第6話『日常を抱きしめて』
芹花姉さんに玉子粥を食べさせた後、ようやくいつも通りの平日の朝の時間を過ごし始める。今日は早めに起きていたのもあり、あまり急ぐ必要はなかった。
「……よし、大丈夫だな」
朝食を食べ終わり、自分の部屋で身だしなみと荷物が大丈夫であることを確認する。
スクールバッグを持って部屋から出る。いつもなら1階に降りるところだけど、今日は芹花姉さんの部屋に向かう。
俺が作った玉子粥を食べたからだろうか。芹花姉さんは仰向けの状態でウトウトとしていた。ただ、俺に気付いたのか、姉さんはこちらに向いて微笑む。
「あっ、ユウちゃん……」
「これから学校に行くから、姉さんの様子をもう一度見ておこうと思って」
「そうだったんだ。ユウちゃんが学校に行くのは寂しいけど、部屋に来てくれて嬉しいよ」
「そっか」
芹花姉さんの頭を優しく撫でる。そのことで姉さんの口角が上がる。
「ユウちゃんに頭を撫でてもらえてもっと嬉しい」
「ははっ、姉さんらしいな」
「……早く帰ってきてね」
「分かった。ゆっくり休むんだよ、姉さん」
「うん」
「いってきます、芹花姉さん」
「いってらっしゃい、ユウちゃん」
芹花姉さんは体調を崩しているけど、いつものように「いってきます」「いってらっしゃい」とやり取りできることが嬉しい。そう思いながら、姉さんの頭をポンポンと優しく叩いた。
芹花姉さんの部屋を後にして、俺は1階に降りる。
キッチンで弁当と麦茶の入った水筒をバッグに入れて、高校へと出発する。
今日もよく晴れている。爽やかな気候になってきたけど、日差しを直接浴び続ける中で歩くと暑く感じてくる。体調を崩している芹花姉さんにはちょっとキツいかもな。姉さんが病院に行く頃には気温が上がっているだろうし。ただ、母さんが同伴するから大丈夫だろう。
数分ほど歩いて高校に到着し、1年2組の教室がある第2教室棟へと向かう。
2階に行き、後方の扉から教室に入ると……結衣の席の周りで、結衣と胡桃、伊集院さんが談笑している様子が見えた。3人とも元気そうだし、安心する。
男子中心に何人かのクラスメイトに「おはよう」と朝の挨拶を交わしながら、自分の席へと向かう。
「みんなおはよう」
「おはよう、悠真君!」
「ゆう君、おはよう」
「おはようございます、低田君」
結衣達と挨拶を交わし、スクールバッグを自分の机に置くと、結衣は俺に抱きついてきた。そのことで結衣の温もりと柔らかさ、甘い匂いを感じて。芹花姉さんが体調を崩しているのもあって、いつも通りに学校で結衣を感じられることがとても嬉しい。気付けば、両手を結衣の背中の方へ回し、結衣のことを強めに抱きしめていた。
「おおっ、今日は強く抱きしめてくるね」
「ご、ごめん。苦しかったか?」
「ううん、そんなことないよ。それに、悠真君にぎゅっと抱きしめられているから、悠真君の温もりを強く感じられて嬉しい」
「それなら良かった」
右手を結衣の頭に乗せて、そっと撫でる。結衣は今の言葉通りの嬉しそうな笑顔になる。可愛いな。その直後に俺の胸に顔を埋めて、頭をスリスリしてきて。より可愛いな。
「……あっ、そうだ」
そう言うと、結衣は俺の胸から顔を離し、見上げてくる。
「悠真君。昨日の放課後デートで買った新しい下着をさっそく付けてきたよ」
「そうなんだ」
「ハグを解いてくれる?」
「ああ」
結衣の言う通りに抱擁を解くと、結衣は俺から一歩下がる。
結衣は両手でベストとブラウスの胸元を少しつまみ上げる。ブラウスの隙間からは昨日購入した黒いブラジャーに包まれた結衣の胸が見えて。結衣の甘い匂いが濃く香ってくるのもあり、結構ドキッとする。こういう形で下着を見せられるのもそそられるものがあるな。
「黒を付けてきました」
「そうなんだ。昨日も思ったけど、大人っぽくて素敵だよ」
「ありがとう」
「良かったね、結衣ちゃん」
「良かったのです。さっき、あたし達にも、今のように新調した下着をチラ見させてくれたのですよ」
「素敵な下着だよね。結衣ちゃんに似合ってる」
胡桃と伊集院さんにも見せたのか。俺に下着を選んでもらったのが相当嬉しかったのだろう。その話を聞いて嬉しい気持ちになる。
「夏休みを経て結衣はFカップになって凄いのです。あたしも夏休み中はたっぷり睡眠をとったので、ちょっとずつではありますが胸が大きくなっているのです。Cカップになるのも時間の問題だと思うのです」
伊集院さんはニコッと笑いながら、俺に向かってそう言ってくる。俺に言うのは、1学期の期末試験後に結衣と胡桃が下着を買ったとき、2人の大きな胸を見て愕然とする中、俺が「伊集院さんにも希望はある」「たくさん寝ればいいんじゃないか」と言ったからだろう。
「そ、そっか。その……良かったな」
「はいっ!」
とっても元気良く返事をする伊集院さん。胸が大きくなってきたのが相当嬉しいことが窺える。ささやかだけど助言したのもあり、今の伊集院さんを見ると俺も嬉しくなる。
学校に来て、いつも通りに結衣に抱きしめられ、結衣達と話したことで気持ちが落ち着いた。
「……あのさ、結衣」
「うん?」
「今日もバイトはないけど、今日は放課後デートができないんだ。実は今朝になって芹花姉さんが体調を崩して」
「えっ、お姉様が」
「体調を崩されたのですか」
「心配だね」
結衣達は心配そうな表情を見せる。
「まあ、俺が作った玉子粥をお茶碗一杯分食べたし、今日は母親も家にいて、一緒にかかりつけの病院に行くから大丈夫だとは思う。ただ、姉さんは俺が学校に行くのを寂しがっていたし、学校が終わったらすぐに帰ってくるって約束したから、放課後デートはできないんだ。ごめんな」
「ううん、気にしないで。悠真君が学校に行くのを寂しがるのはお姉様らしいな。……もしかして、今日は私をぎゅっと抱きしめたのはお姉様が理由?」
「……ああ。いつも通りに結衣が俺を抱きしめてくれるのが嬉しくてさ」
「そっか」
ふふっ、と結衣は声に出して笑う。結衣の笑顔は優しいもので。結衣を見ていると心が穏やかになっていく。
「もし良ければ、放課後にお姉様のお見舞いに行ってもいいかな?」
「あたしも行きたいのです」
「あたしも今日はバイトないから、一緒に行きたいな。もしご迷惑でなければ」
「大丈夫だよ。みんなが来てくれたら、姉さんもきっと喜ぶと思う」
昔から、芹花姉さんが体調を崩すと、放課後の時間に友達が何人もお見舞いに来ていた。そのことに姉さんはとても嬉しそうにしていた。だから、親交のある結衣達がお見舞いに来てくれたら姉さんはきっと喜ぶだろう。
「みんなありがとう。じゃあ、放課後はみんなで一緒に帰ろう」
「うんっ!」
「元気になってくれたら嬉しいのです」
「そうだね、姫奈ちゃん」
「放課後にお見舞いに行くけど、お姉様にお大事にってメッセージを送ろうっと」
その後、結衣達はLIMEで芹花姉さんにお見舞いのメッセージを送った。程なくして、姉さんから「ありがとう」と返事が来て。これで姉さんが少しでも元気になったら嬉しい。
また、結衣は中野先輩に「お姉様のお見舞いに一緒に行きませんか」とお誘いのメッセージも送っていた。先輩もバイトなどの予定は特にないそうで、一緒にお見舞いに行くことになった。