第3話『初めてをまた一つ』
予定通り、翌日から授業が始まった。
結衣が俺の前の席に座っているので、授業中も常に結衣の後ろ姿が視界に入って。結衣の髪からシャンプーの甘い匂いが感じられて。たまに、結衣がこちらに振り返って笑いかけることもあって。プリントを受け取るときに結衣の手に触れることができて。だから、1学期よりもいい気持ちの中で授業を受けることができる。結衣のおかげで一日があっという間で。
結衣の後ろの席になれて良かった。
9月3日、水曜日。
今日も放課後になるまであっという間だった。目の前に結衣がいるのはもちろんだけど、放課後に結衣とデートを約束があるのも理由の一つだ。
伊集院さんなどのクラスメイトや福王寺先生に「また明日」と挨拶して、結衣と俺は教室を後にする。
「今日も放課後になったね! 悠真君とデートするから嬉しい!」
「俺も嬉しいよ」
一昨日の放課後は胡桃と伊集院さんと4人でお昼ご飯を食べたけど、昼過ぎから俺がバイト。昨日の放課後は俺がバイト、結衣がスイーツ部の活動があった。だから、今日は2学期になってから初めての放課後デートをするのだ。それもあってか、今日の結衣はいつも以上に上機嫌だった。
「まあ、悠真君の前の席だから、学校生活も楽しいんだけどね。振り返ればすぐそこに悠真君がいるし。後ろから悠真君の匂いがしてくるし」
「ははっ、そうか。結衣らしいな。俺も常に視界に結衣がいるから、今の席が凄くいいよ。結衣の髪の匂いとかもしてくるし。今まで以上に楽しい高校生活になってる」
「そっか! 良かったよ!」
結衣はとても明るい笑顔でそう言った。普段から近くに結衣がいるのは嬉しいな。ただ、それ以上に、結衣が俺の前の席であることが嬉しいと言ってくれるのが嬉しい。
昇降口で上履きからローファーに履き替えて、俺達は校舎から出る。
今もよく晴れている。ただ、夕方になったのもあってそこまで暑くはない。夏休み中は夕方でもかなり暑かったから、季節が確かに進んでいるのだと実感する。
「ねえ、悠真君。私、悠真君と一緒に行きたいお店があるんだけど……いいかな?」
校門を出た直後、結衣が俺にそう問いかけてくる。結衣……俺と一緒に行きたいお店があるのか。
「もちろんいいよ。どんなお店なんだ?」
「ランジェリーショップ」
「……ラ、ランジェリーショップ?」
予想外のお店だったから、思わずオウム返しのように訊いてしまった。てっきり、スイーツ店か書店かと。あとは生活雑貨店くらいで。
結衣は俺の目を見ながら「うん」と首肯する。
「持っているブラジャーがキツく感じるものが多くて。だから、新しい下着を買いたいの。昨日の夜にお母さんにバストのサイズを測ってもらったら、前よりも大きくなってて。カップのサイズもEカップからFカップになったんだ」
「そうなのか」
胸が大きくなったと話されると、自然と視線が結衣の胸に移ってしまう。今、結衣は半袖のブラウスの上にベストを着ているけど、それでも胸の膨らみがはっきりと分かるほどに大きい。
「ふふっ。悠真君、おっぱい見てる。私のFカップおっぱい見てる」
「胸の話題になったからな。確かに、制服を着ていた1学期の頃よりも大きくなっているような気がする。……そういえば、1学期の期末試験が終わったときにも、胡桃と伊集院さんと一緒にエオンの中にあるランジェリーショップに行ったな」
「行ったね。今から行くお店もそこだよ。ちなみに、前に行った頃はまだEカップだったんだ。きっと、夏休みの間に悠真君といっぱいえっちしたからだろうね。そのときに悠真君は私の胸を堪能していたし。悠真君のおかげでFカップになれたんだよ!」
結衣はとっても嬉しそうに言った。ちょっと興奮しているようにも見えて。あと、大きめの声で「俺のおかげでFカップになれた」と言ったから、近くを歩いている女子達がこちらをチラチラと見ているではないか。ちょっと恥ずかしい。
俺といっぱいえっちしたから……か。思い返すと、夏休み中はお家デートやお泊まり、伊豆への旅行のときに結衣と何度も肌を重ねたっけ。そういったとき、俺は結衣の胸を色々な形で堪能していた。そういったことで、結衣のバストアップに繋がる物質が分泌されたのかもしれない。
「えっと、その……どういたしまして。結衣の大きな胸は好きだし、Fカップになったって分かって嬉しいよ」
普段よりも小さめの声でそう言った。
「ふふっ、ありがとう。今回も悠真君の選んでくれた下着を買いたくて。ただ、この前は胡桃ちゃんや姫奈ちゃんもいたから、お店の外にいる悠真君に試着した写真を送って決めてもらったじゃない。だから、今回はお店の中で一緒に選んで、試着した姿を直接見てほしくて。それで、今日の放課後デートで、悠真君と一緒にランジェリーショップに行きたいって思ったの」
「なるほどな。分かった。一緒に下着を選ぼう」
「ありがとう!」
結衣はとても明るい笑顔でお礼を言ってくれた。
結衣は俺の左手を離し、左腕をしっかりと抱きしめてくる。そのことで腕に結衣の胸が当たる。下着や制服越しでも結衣の胸の柔らかさがはっきりと分かって。これがFカップの胸の実力なのだろうか?
「あのさ、悠真君。訊きたいことがあるんだけど」
「どうした?」
「悠真君ってさ……これまでに、ランジェリーショップとかショッピングセンターの下着売り場に行って、女の子の下着を選んであげた経験ってあるの?」
結衣は俺のことをじっと見つめながら問いかけてくる。ちょっと真剣な面持ちだ。
何を訊きたいのかと思ったら、女性の下着を選んであげた経験か。恋人のそういった経験事情が気になるのかな。お店に行って、異性の下着を選ぶのは相当な関係じゃなければしないことだろうし。
「選んだのは芹花姉さんくらいだな。俺が小学生の頃に何度か」
当時は芹花姉さんのブラコン度合いが強く、下着売り場に連れて行かされたな。試着した姿を何度も見させられたっけ。あのときの姉さんは滅茶苦茶楽しそうだった。
ここ何年かは芹花姉さんの下着選びには付き合わなかった。だけど、今日の結衣の話をしたら姉さんは羨ましがって、「一緒に選んで!」って言いそうだ。
「あと、姉さんと一緒に母さんも買うときがあったから、母さんが買う場に居合わせたことはある。それ以外では女性向けの下着売り場とかランジェリーショップには入ったことはないな」
「そうなんだ。お姉様とお母様だけか」
そっか、と結衣は嬉しそうに呟く。
「じゃあ、ご家族以外の人と一緒にお店に行って、下着を選ぶのは私が初めてなんだね」
「ああ。結衣が初めてだよ」
「そうなんだ! また一つ、悠真君の初めてをもらえて嬉しいよ!」
結衣は言葉通りの嬉しそうな笑顔でそう言う。俺の腕を抱きしめる力が強くなって。そのことに頬が緩んでいく。
家族以外の女性の下着をお店で初めて選ぶのが自分で嬉しい……か。それを言うところも含めて結衣らしいと思う。
結衣の下着を選ぶのは今日が2回目だけど、ランジェリーショップの中に入って選ぶのは初めてだ。ドキドキしたり、緊張したりするかもしれないけど、結衣も俺もいいなって思える下着を選びたい。