第1話『席替え』
2学期初日である今日は、始業式とホームルームだけだ。お昼前には終わる。
始業式はこれまでと同じくテレビ中継形式。移動しなくていいので楽だ。また、エアコンのかかった涼しい教室にいられるので、校長先生の話もそこまで長くは感じなかった。
始業式の後は2学期最初のホームルームが行なわれる。
2学期は文化祭や体育祭などのイベントがいっぱいあること。2年生に進級する際に文理選択をしてクラス分けがされるので、文系と理系のどちらかにするのか考え始めることなどを福王寺先生から話された。
勉強や進路関連のことを話すとき、福王寺先生は真面目な様子だった。だけど、1学期のときのようなクールで堅い感じはあまりない。夏休みを経て、2学期になったのを機に、学校でも素に近いモードで過ごそうと決めたのだろうか。個人的には、柔らかい雰囲気になっていいんじゃないかと思う。
「さてと、今日みんなに話すことは一通り話したから……これから席替えをしようと思います」
福王寺先生は微笑みながらそう言った。
席替えか。新学期が始まったし、キリがいいからかな。前回席替えをしたのは5月頃なので、随分と久しぶりな感じがする。まあ、窓側最後尾のこの席は気に入っていたから全然いいけど。
福王寺先生から「席替え」という言葉が出たからか、何人かの生徒が「おおっ」と声を漏らす。ワクワクしている生徒も何人かいて。高校生になっても席替えは心惹かれるイベントなのだろう。
ちなみに、結衣もワクワクしている生徒の一人だ。俺の近くの席になるかもしれないからかな。俺も結衣の近くの席になれたらいいな。
福王寺先生は黒板に6×6の格子状の図を書いていく。おそらく、あれは新しい座席表だろう。
「よし、これでOKっと。5月にやった席替えと同様に、今回もくじ引きで新しい席を決めます」
そういえば、5月の席替えではくじ引きで席を決めたっけ。ちなみに、中学までも、くじ引きで決めるクラスが多かった。この方法が最も平等に決められていいのかもしれない。
「ただ、その前に視力が悪いなどの理由で、最前列の席がいい人は遠慮なく言ってね」
優しい笑顔でそう言う福王寺先生。
5月の席替えでも、くじ引きをやる前に視力が悪かったり、背が低かったりするなどの理由で、最前列がいい生徒の希望を募っていたな。黒板が見えづらかったら授業を受けるのに支障をきたすし、これはいい配慮だと思う。
はいっ、と最前列の教卓近くに座っている女子生徒2人が手を挙げた。彼女達は前回の席替えでも最前列がいいと希望していたっけ。2人の要望は通り、彼女達の席は今のままとなった。もしかしたら、2人は1年生の間はずっと今の席で学校生活を送るのかもしれない。
福王寺先生は黒板の座席表に最前列がいいと希望した2人の生徒の名前を書き、窓側の最前列から順番に番号を振った。2人決まっているので、1から34まで。
俺の希望は窓側か通路側の席。あとは最後尾の席だと嬉しい。窓側は1から6。廊下側は29から34。最後尾は6、12、17、22、28、34か。
先生はトートバッグから小さな紙の手提げとレジ袋を取り出し、教卓に置いた。
「それじゃ、窓側の最前列から順番に、この紙袋から1枚ずつくじを引いて、書かれている番号のところに自分の名前を書いてください。35と36を引いたらもう1枚引いてね」
そして、新しい席のくじ引きがスタートした。
窓側最前列から順番に引くから、俺はすぐに引くのか。どの番号を引くことになるだろうか。
「はい、次は低田君」
福王寺先生に名前を呼ばれたので、俺は教卓に向かう。その中で黒板に書かれている座席表を見ると……まだ5人しか引いていないので、俺が希望する座席はまだまだ残っている。窓側か通路側、最後尾のどこかの席の番号を引きたい。
俺は教卓に置いてある紙袋に右手を突っ込む。その瞬間、じっとこちらを見つめる結衣が視界に入った。恋人の俺がどこの席に座るのか気になるのだろう。
紙袋からくじを1枚引く。二つ折りにされているくじを開くと『6』と書かれていた。
「6でした」
6番は……あっ、今の席と同じだ。窓側最後尾で気に入っているから、引き続き同じ場所にいられるのは嬉しい。運が良かった。
「6番ね。じゃあ、くじを袋に入れて、黒板の座席表に書いてね」
「はい」
引いたくじをレジ袋に入れて、俺は新しい座席表の6番のスペースに自分の名前を書いた。
また、自分の近くの席を確認すると……前の席は5番、右隣の席は12番か。この2つは今も空いている。このどちらかを結衣が引いてくれると嬉しいな。それか、せいぜい右斜め前の11番を。そう思いながら自分の席に戻った。
その後も席替えのくじ引きが進んでいく。
俺の右斜め前である11番の席は、早々に女子生徒に引かれた。ただ、俺の前の席や右隣の席のくじ引きが引かれることなく、
「はい、次は結衣ちゃんね」
「はいっ!」
結衣の順番が回ってきた。5番か12番を引き当ててほしいな。
「5番か12番を引きたいです!」
「ふふっ、引けるといいね」
結衣は5番か12番のくじを引き当てる気満々のようだ。やる気に満ちた様子で、くじの入った紙袋に右手を突っ込む。
これっ、と結衣は紙袋からくじを1枚引く。さあ、どうだ。
「36番でした」
36番ってことは空くじか。2枚しかない空くじを引き当てるのも凄いな。さすがは結衣。珍しいものを引き当てた勢いで、5番か12番を引き当ててほしい。
「36番か。じゃあ、もう一枚引いてね」
「はい」
結衣は再び紙袋に右手を入れて、くじを1枚引く。さあ、今度はどうだ。
「5番ですっ!」
結衣は普段よりも高い声でそう言った。その直後、結衣はとても嬉しそうな笑顔で俺の方に向き、ピースサインをしてくれた。そんな結衣に俺は右手でサムズアップした。そのことで、結衣の口角が上がった。
5番ってことは、俺の前の席だ。素晴らしい席を引き当ててくれたな。
結衣は黒板に書かれている新しい座席表の5番の席のスペースに、『高嶺結衣』と書いた。席替えしたら結衣がすぐ近くに来るのだと実感する。
「良かったですね、結衣」
「うんっ! ありがとう、姫奈ちゃん」
結衣は嬉しそうに言う。結衣に良かったねと言えるのは、伊集院さんはさすが親友同士だなって思う。
その後もくじ引きは進んでいった。その中で、伊集院さんは結衣の右斜め前である10番の席を引き当てた。伊集院さんも近くの席になったから、結衣はとても嬉しそうにしていた。
全ての生徒がくじ引きを引き終わり、福王寺先生は黒板に書かれた新しい座席表をスマホで撮影した。
「これでOK。じゃあ、さっそく新しい席に移動してください」
『はーい』
みんなは返事をすると、荷物を持って新しい席に移動する。俺は同じ席なので移動せずに、その光景を眺める。席替えしても席の場所が変わらないことは全然なかったので、こうしているのは新鮮だ。
教室を眺めると、荷物を持った結衣がニコニコ顔でこちらにやってくる。
「悠真君! これからよろしくね!」
「ああ。こちらこそよろしくな、結衣」
「うんっ!」
結衣は可愛く返事をすると、俺の前の座席に腰を下ろした。自分の前に結衣がいる光景……凄くいいな。
「悠真君の場所は同じだね」
「ああ。ただ、窓側最後尾だから好きだし、結衣も前の席に来てくれた。だから、凄くいい席を引けたと思うよ」
「ふふっ、そっか。良かったね、悠真君」
「ああ。これからの学校生活がより楽しくなりそうだ」
「そうだね! 今日から始まった2学期がより楽しみになりそうだよ!」
「ふふっ、2人とも良かったのですね。結衣の近くの席に座れて、私も楽しみなのですよ」
結衣の右斜め前の席に座った伊集院さんは、こちらに微笑みかけながらそう言ってきた。
「良かったよ、伊集院さん」
「凄くいいよ! 後ろには悠真君がいるし、斜め前には姫奈ちゃんもいるから」
「そう言ってくれて嬉しいのです」
伊集院さんの微笑みが嬉しそうな笑顔に変わる。
結衣だけじゃなくて、友達の伊集院さんも結構近くの席になった。だから、これからの学校生活は本当に楽しいものになりそうだ。
「後ろの席に悠真君がいると思うと、ちょっと興奮してくるよ。いつでも後ろから頭を撫でたり、体の色々なところを触ったりしていいからねっ」
弾んだ声でそう言ってくる結衣。結衣の頬はほんのりと赤くなっていて。結衣らしいから、思わず「ははっ」と笑い声を漏らしてしまう。
「結衣らしいな。分かったよ」
「うんっ」
結衣は元気良く返事をする。頭を撫でることを中心に、この席から結衣に触れていきたいと思う。
「みんな座ったね。少なくても、中間試験のあたりまではこの席になります」
中間試験ってことは、10月下旬あたりか。これから1ヶ月半ほどは結衣の後ろの席で学校生活を送れるんだ。最高なこの席での学校生活を謳歌していこう。