第15話『同じ場所に帰れること』
午後8時過ぎ。
打ち上げ中に何かトラブルが起きることもなく、予定通り1時間ほどで1万発の花火が打ち上げられた。打上花火の演目が全て終わると、観客達からは拍手喝采。もちろん、結衣と俺もパチパチと大きな拍手を送った。
「花火、凄く綺麗だったし楽しかったね!」
「楽しかったな! 花火も凄く綺麗だったな」
大きさや形、色などのバラエティが豊富であり、打ち上げ方の工夫も凝らされていたので全く飽きの来ない1時間だった。結衣と話しながら見ていたので、あっという間の1時間でもあった。
「花火大会っていうイベントに、こんなにも多くの人が来る理由が分かった気がする。花火は綺麗だし、打ち上がったときの音の迫力は凄いし。会場にいる人達と「おおっ」って言ったり、拍手したりするのも楽しいし。あと、個人的には結衣と一緒だったから楽しかった」
「悠真君がそう言ってくれて嬉しい。誘って良かったよ!」
「誘ってくれてありがとう、結衣。来年以降もお祭りとか花火大会とかに一緒に行こうな」
「うんっ! 約束だよ!」
とても嬉しそうに言うと、結衣は俺にキスしてきた。約束のキスなのかな。もしそうだとしても、可愛らしい笑顔でしてくれるキスだからとても心地良く感じられた。
結衣が誘ってくれたおかげで、今年の夏の思い出がまた増えた。多摩川沿いで開催されるこの花火大会は、これから何年経っても、結衣と俺にとって夏の定番のデートイベントであり続けるだろう。
「結衣。もう帰るか? それとも、屋台を廻っていくか?」
「そうだね……ちょっと屋台を廻っていこうか。今、駅に戻っても、会場にいた人達で混んでいるから。特に東京方面の電車は混むし」
「なるほど。それなら、少しの間ここにいた方が空いている電車で帰れるってことか」
「うん。家に帰るのはちょっと遅くなるけど」
「そっか。……少しお腹が空いているし、屋台を廻ろうか」
「うんっ」
会場にいる人の多くは、月野駅の方向に向かって歩いている。そんな人の流れに逆らうようにして、俺達は屋台エリアに戻る。
メインの打上花火が終わったからか、花火を見る前とは違って人の数は結構少ない。そのおかげで、結衣と一緒に屋台エリアの中をのんびりと歩けている。人が多いのもいいけど、こういったのんびりとした雰囲気もいいな。
いい屋台はないかな……と屋台の列を見ていくと、
「結衣。焼き鳥なんてどうだ?」
と言って、俺は結衣に焼き鳥の屋台を指さす。
焼き鳥はお祭りでは定番の屋台。今も焼き鳥を買っているお客さんがいる。
「いいね! 焼き鳥も定番だし、今日はまだ食べてなかったもんね」
結衣は快活な笑顔でそう言ってくれる。
「よし、じゃあ焼き鳥にしよう」
その後、俺達は焼き鳥の屋台で、タレ味の焼き鳥を2本ずつ購入した。人があまりいないので、屋台の近くで焼き鳥をいただくことに。
1時間の打上花火を見た後なので、焼き鳥がとても美味しく感じられる。鶏肉のジューシーさとタレの甘辛さがたまらない。
焼きそばのときのように、結衣と同時に一口交換をした。自分で食べるものよりも、交換して食べる方がより美味しく感じられるなぁ。
焼き鳥を食べ終わり、お腹が満たされた俺達は最寄り駅である月野駅に向かう。打上花火が終わってから20分ほど経っているので、駅に向かう道はそれなりに空いていた。
駅のホームにも浴衣や甚平姿の人がいる。ただ、行きと同じように先頭車両に乗ると、席に座ることができた。
「ちょっと会場に残ってから駅に戻って正解だったね」
「そうだな。直後だったら、座ることはおろか混んでいそうだったし」
「うんっ」
結衣は嬉しそうに言うと、俺の腕をそっと抱きしめた。
これからもこういうイベントから帰るときは、帰宅する時間が多少遅くなっても混雑を避けることを優先していこう。
屋台のことや打上花火のこと、胡桃達と会ったことについて話が盛り上がり、武蔵金井駅まではあっという間だった。
武蔵金井駅の改札を出ると、俺は結衣と一緒に結衣の家がある南口を出る。2時間以上、人のたくさんいる花火大会の会場にいたから、人があまりいない南口周辺の風景が随分と静かな印象を受ける。それと同時に寂しさをちょっと感じて。そんな中でも結衣は可愛い笑みを浮かべ、俺の手を繋いでいる。
「結衣、何だか楽しそうだな。嬉しそうにも見える」
「お泊まりだけど、イベントの会場から悠真君と一緒に同じ場所に帰れるのが嬉しくて。明日まで悠真君と一緒にいられるから楽しい気分なの」
「そっか。確かに、同じ場所に帰れるっていいな。イベントが終わった寂しさがあるけど、一緒に行った人と帰ってからも一緒にいられることが嬉しいよ。明日はバイトがないから、日中いっぱいは一緒にいられるし」
「悠真君も同じ気持ちで嬉しい」
そう言う結衣の笑顔は嬉しそうなものに。
イベントから帰るのが寂しいこと。それでも、一緒にいられるのがこんなにも嬉しいこと。もし、結衣と付き合っていなかったら、こういう感情になることはなかったかもしれない。
「悠真君と同棲していたら、どこにお出かけしても、必ず同じ場所に帰れるんだよね」
「一緒に住んでいるからな。……いつか、同棲したいな」
「うんっ」
元気に可愛く返事すると、結衣は俺の頬にキスした。
結衣と同棲するのはいつになるだろうか。学生の間か。それとも、社会人になってからか。どのタイミングでスタートしても、結衣が俺と一緒に住んでいて良かったって思ってもらえるようにしたい。
それから数分ほどで、俺は結衣と一緒に結衣の家に帰った。
「ただいま~」
「ただいま帰りました」
同じ場所に帰って、結衣と一緒に「ただいま」って言えることが凄く嬉しい。結衣と同棲したい気持ちがますます膨らんできた。
土間にある下足を見ると、柚月ちゃんはどうやら帰ってきているようだ。
リビングにいる結衣の御両親に、無事に帰ってきたことを伝える。御両親はそうめんを食べながら、昔流行ったアニメを観るというお家デートを満喫したらしい。
御両親と話していると、柚月ちゃんがお風呂から出てきた。会場内でも会ったけど、柚月ちゃんはあの後、部活の友達と一緒に花火を楽しめたそうだ。また、打上花火が終わった直後に帰ってきたそうで「電車が超混んでてすっごく大変だった!」らしい。屋台を廻ってから帰ろうと結衣の判断が正解だったのだとより実感する。
いいタイミングで柚月ちゃんがお風呂から出てきたので、それからすぐに俺と結衣はお風呂に入ることに。
今日も互いの髪と背中を洗いっこする。もはや、結衣とのお泊まりでは恒例となったな。同棲するようになったら、これが日常になるのかな。
夏休み中は何度も外でデートしたし、今日の結衣は髪をお団子ヘアーにしていた。それでも、結衣の肌は白く綺麗で、結衣の髪は真っ直ぐサラサラしている。
先に洗い終わって、湯船に浸かりながら体や顔を洗う結衣を見ているけど、ついじっと見てしまう。見惚れる姿だ。
「よしっ。じゃあ、私も入るね~」
体と顔を洗い終えた結衣は湯船の中に入り、俺と向かい合う形でお湯に浸かる。その際、結衣は「あぁっ……」と可愛らしい声を漏らし、まったりとした笑顔を浮かべる。
「温かくて気持ちいいね」
「そうだな。花火大会の会場を歩いたから、温もりが身に沁みるよ」
「癒やされるよね」
「ああ。それに、結衣と一緒にお風呂に入っているからな」
「……私もだよ」
結衣はニッコリとした笑顔を俺に向けてくれる。湯船に浸かっているので見えるのは胸元までだけど、今の結衣の姿はとても艶やかに感じられた。
「ねえ、悠真君。今日も悠真君とぎゅっとしながら浸かりたいな」
そんなお願いをすると、俺を見ながら両腕を少し広げてくる。
結衣と抱きしめながら湯船に浸かるのも恒例。ただ、こうやってお願いされるとキュンとくる。「抱きしめながら」ではなくて、「ぎゅっとしながら」と言うところも可愛い。
「もちろんいいよ。さあ、おいで」
結衣よりもずっと広く両腕を広げる。そんな俺の反応が嬉しいのか、
「ありがとう!」
ちょっと大きめの声でお礼を言って、俺の胸の中に入ってくる。その流れで両腕を俺の背中に回してきた。
結衣に抱きしめられることで、結衣の胸がダイレクトに触れてきて。シャンプーとボディーソープの甘い匂いもあって結構ドキドキするけど、結衣と触れ会えることの安心感も同時に抱く。そう思いつつ、両手を結衣の背中に回した。
「あぁ……悠真君とぎゅっとしながらお風呂に入るの気持ちいい」
「俺も気持ちいいよ」
「嬉しい。この前のお泊まり女子会では胡桃ちゃんと一緒に入って、今みたいに湯船の中で抱きしめ合ったの」
「前に話してくれたな」
「うん。胡桃ちゃんはとても柔らかくて、甘い匂いもして。それも気持ち良くて癒やされるんだけど、やっぱり悠真君が一番だよ」
「ははっ、そっか。恋人として嬉しいなぁ」
比べる相手が女の子の友人の胡桃でもさ。
右手で結衣の頭をポンポンと優しく叩くと、結衣は目を細めて笑ってくれる。
「俺は……こうして抱きしめ合って湯船に入ったのは、結衣以外は家族くらいだけど、結衣が一番気持ち良くて癒やされるよ」
「……嬉しいです」
結衣は甘い声色でそう言うと、俺を抱きしめる力を強くして、俺にキスしてきた。そのことで、全身を結衣の温もりで包まれたような感覚になって。多幸感に浸ることができて。
10秒ほどで結衣から唇を離す。ゆっくりと目を開けると、すぐ目の前に恍惚とした笑みを浮かべる結衣があった。そんな結衣を見てこう思うのだ。
「好きだよ、結衣」
結衣としっかり目を合わせながら、俺は想いを素直に伝えた。
「私も好きだよ、悠真君」
そう言って、結衣は白い歯を見せながら笑う。そんな結衣がとても可愛くて、今度は俺からキスをした。
それから湯船に入っている間は結衣と抱きしめ合い続け、たまにキスを交わした。そのことで身も心もとても温まった。