第7話『プールデート』
8月28日、水曜日。
午後1時20分。
晩夏の日差しを浴びながら、俺は武蔵金井駅に向かって歩いている。日差しも強いし歩いているから体感温度は結構高いけど、これから過ごす内容を考えると、この暑さも嫌だと思うことはない。
これから、結衣とプールデートをするのだ。
プールデートをすることになったきっかけは、一昨日、オープンキャンパスから帰ってきた日の夜のことだった。結衣から電話がかかってきて、
『悠真君が選んでくれた青いビキニを、夏休みのうちにもう一度着たいなって思っているんだ。もしよければ、プールデートしませんか?』
と誘ってくれたからだ。結衣曰く、今月初めに行った旅行では海で遊んだから、今度はプールで遊びたいのだという。
結衣に新しい水着を選んだ後、俺も結衣の選んでくれた青いスイムショーツの水着を購入した。俺もその水着を穿いたのは旅行中の海水浴だけだし、もう一度水着を着てみたい気持ちになった。それに、金井高校にはプールがなく水泳の授業もないから、プールに行くのはとてもいいと思えて。なので、結衣のプールデートの誘いに快諾した。
昨日はバイトのシフトが入っていたため、予定がフリーである今日に結衣とプールデートをすることになったのだ。
武蔵金井駅の北口が見えてきた。結衣とは、午後1時半に駅の改札口の前で待ち合わせすることになっている。
「今日はどうかな」
待ち合わせの時間まであと5分ちょっとある。ただ、このくらいの時間だと、結衣が先に到着している可能性が高そうだ。
北口から駅の構内に入り、改札口の方を見ると……いた。ジーンズパンツにノースリーブのVネックシャツというラフさを感じられる服装の結衣が。水着などが入っているからか、普段よりも大きめのトートバッグを肩に掛けている。
結衣、と少し大きな声で呼ぶと、結衣はぱあっと明るい笑みを浮かべてこちらに手を振ってきた。今日も俺の彼女はとても可愛いです。あと、手を振ったときに見える結衣の腋がとても綺麗でグッときます。
「お待たせ、結衣。待ったかな?」
「ううん、そんなことないよ。私もついさっき来たところ」
「良かった。今日の服装はラフさも感じられていいね。素敵だよ」
「ありがとう。プールデートに行くから楽な格好がいいかなって。悠真君のパーカー姿もいいね! 似合ってるよ!」
「ありがとう」
結衣の頭をポンポンと軽く叩くと、結衣は柔らかな笑顔になる。そんな結衣も可愛い。
「今日は私のお願いを聞いてくれてありがとう」
「いえいえ。それに、夏もそろそろ終わるし、俺も結衣の選んでくれた水着をもう一度着たいって思えたから。それに、旅行で入ったのは海だったから、プールは今年初だし」
「高校にはプールないもんね」
「あとは……また、結衣の水着姿を見られるのが楽しみだから」
「……私も悠真君の水着姿が楽しみです」
ちょっとはにかみながら敬語でそう言うと、結衣は俺にキスしてきた。結衣の唇から優しい温もりが伝わってきて。
結衣から唇をそっと離すと、すぐ目の前には頬を赤く染めながらもニッコリと笑う結衣の顔があった。
「じゃあ、さっそく行こうか!」
「ああ」
改札を通り、都心とは逆の下り方面の列車がやってくるホームへ向かう。
エスカレーターでホームに上がると、空席ができやすそうな先頭車両が停車する場所まで歩いた。
「スイムブルー八神っていうプール楽しみだな」
「とてもいいプールだよ! 普通のプールはもちろんだけど、流れるプールもあって。ウォータースライダーもあるんだよ! 去年までに何度も行ったことがあるの。姫奈ちゃんとも一緒にね」
「へえ、そうなんだ」
何度も行ったことがあり、ここまで楽しげな笑顔で「とてもいいプールだよ!」と言うので、結構期待できそうだ。
今まで一度も行ったことがなかったので、事前にスイムブルー八神についてネットで調べていた。公式ページには『多摩地域で一番大きな屋内プール施設』と記載されていた。結衣の言うように、いくつもの種類のプールの写真やウォータースライダーの写真も掲載されていたな。
「屋内プールだから天気も気にしなくて済むし、施設の中も暑くないの」
「それは最高の環境だな」
「ふふっ、確かに。そんな場所だから、何時間も遊んだことが多かったよ。サマーベッドでゆっくりもできるし」
「おぉ。より楽しみになってきた」
「そう言ってくれて嬉しいな。私も悠真君と一緒だから凄く楽しみだよ!」
えへへっ、とニッコリ笑う結衣。結衣と一緒なら今日のプールデートを思いっきり楽しめそうだ。
2、3分ほどして下り方面の各駅停車がやってきた。俺達はその電車に乗る。
休日のお昼過ぎだけど、俺達の狙い通り。空席となっている場所がいくつかあり、その中には2席連続で空いている場所も複数あった。俺達は隣同士に座った。
「狙い通りになったね、悠真君」
「ああ。座れて良かった。暑い中歩いて、ホームで待っていたし」
「そうだねっ。座れて良かったよ。しかも隣同士に」
ふふっ、と声に出して笑うと、結衣はそっと俺に体を寄せて、右肩に頭を乗せてきた。
無事に座れてすぐに、俺達の乗る電車は発車する。
スイムブルー八神の最寄り駅は八神駅。武蔵金井駅からだと7つ先で、到着まで25分か。結衣と一緒に座れたし、25分はあっという間かな。
それからは一昨日行ったオープンキャンパスのことや、結衣の家で開催された先週のお泊まり女子会などで結衣と話が盛り上がる。
お泊まり女子会では胡桃と一緒にお風呂に入ったり、ベッドで一緒に寝たりしたのが特に楽しかったそうだ。胡桃が色々と柔らかくて気持ち良かったらしい。胡桃に何をしたんだろうね。
胡桃の方も、お泊まり女子会が凄く楽しかったって前にメッセンジャーで話していたな。結衣や胡桃はもちろん、伊集院さん達にとってもいい思い出になったに違いない。
「八神駅に着いたね!」
「着いたな」
結衣との話が楽しかったのもあり、八神駅まではあっという間だった。複数の路線が乗り入れているので武蔵金井駅よりも立派だ。
駅からスイムブルー八神までの道のりは事前に調べてある。ただ、これまでに何度も行ったことがある結衣が、
「プールまでの道順は分かっているから任せて!」
と、明るく張り切って言ってくれたので、俺はそのご厚意に甘えることにした。手を引いて歩く姿はとても頼れるオーラがある。
これまで八神駅周辺に来たのは、受験生のときに滑り止めに良さそうな私立高校の学校説明会に行ったことくらいだ。ただ、その高校はスイムブルー八神と方向が違うので、今歩いている場所は初めて。一昨日、四鷹駅から東都科学大学へ歩いたときと同じく小旅行気分に。
「ここだよ!」
「おおっ……」
結衣のおかげで、俺達は迷いなくスイムブルー八神の前まで到着した。とても大きな建物なので思わず声が漏れてしまう。
「大きいな……」
「大きくて立派な建物だよね。私も初めて来たときは同じリアクションだったよ」
「この建物を目の前にしたらそうなっちゃうよな」
「ふふっ、そうだね。よし、入ろう!」
俺達はスイムブルー八神の中に入る。
大きな建物なだけあって、ロビーも結構広い。綺麗で落ち着いた雰囲気だ。こういったプール施設に来るのは初めてだけど、ロビーはこういう感じなのかな?
終盤とはいえ、まだ夏休みシーズンだからか、親子や学生グループの姿がある。ソファーに座ったり、自販機で買ったと思われる飲み物を飲んだりしてゆっくりしている。
受付で利用料金を支払い、俺達は更衣室の前まで向かう。
「じゃあ、更衣室を出たここで待ち合わせをしよう」
「分かった。じゃあ、また後でな」
「うんっ」
結衣と小さく手を振り合って、俺は男性用の更衣室の中に入る。更衣室も結構綺麗だな。
人のあまりいないエリアで、俺は私服から水着に着替えることに。
バッグから青い水着を取り出すと……結衣と一緒にこれを買ったときのことや、旅行中の海水浴のときのことを思い出す。どっちも楽しかったなぁ。気づけば頬が緩んでいた。
服を脱いで水着に着替えていく。……ちゃんと穿けたな。夏休み中だから一日家にいるときもあったけど、太っていなくて良かった。
服と荷物をロッカーの中にしまい、ロッカーのキーバンドを左腕に装着する。メガネを外したから遠くが少し見えづらくなったけど、結衣と一緒に遊ぶ分には問題ないだろう。旅行での海水浴でも普通に遊べたし。
男性用の更衣室を出ると……まだ結衣の姿はないか。待ち合わせ場所のここで結衣を待っていよう。
周りを見てみると……近くにプールへ繋がる出入口がある。そこから中の様子がちょっと見えるけど、結構広いのが窺える。中からは楽しそうな声も聞こえてきて。
あと、出入口の近くにも自販機がある。そこから、水着姿の男性がカップを持ってプールの中に入っている。あの自販機で買ったものなら、プールの中で飲んでもいいことになっているのかな。
「お待たせ、悠真君」
結衣のそんな声が聞こえた瞬間、結衣の甘い匂いがほのかに香った。
声がした方に顔を向けると、すぐ目の前には青い三角ビキニ姿の結衣が立っていた。そんな結衣はスマホを持っている。俺と目が合うと結衣はニッコリ笑う。
水着を買うときと旅行の海水浴で、この青い三角ビキニを着た結衣の姿は見ているけど……やっぱりいいなぁ。よく似合っている。大きな胸によって谷間がしっかりできていたり、くびれがはっきりしていたりとスタイルが良くて。ビキニの色が濃い青だから、結衣の白くて綺麗な肌が映えて。結衣のプロポーションの良さを改めて実感する。
「悠真君ったら、私の水着姿をじっくり見ちゃって。水着姿になるのはこれが初めてじゃないけど、ちょっとドキドキする」
笑顔でそう言うけど、結衣の頬はほんのりと紅潮していた。
「ご、ごめん。結衣のその水着姿は本当に似合っていると思ってさ。体も素敵だから、自然と見入っちゃっていたよ」
「ふふっ、そっか。水着姿も体も褒めてくれて凄く嬉しいです」
結衣は言葉通りのとても嬉しそうな笑顔になる。凄く可愛いな。周りに人がいる中で体についても褒めてしまったけど、正直に話して良かったようだ。
「悠真君のその水着……やっぱり似合ってるね。プールデートに誘って良かったよ」
「誘ってくれてありがとう。結衣の綺麗な水着姿をまた見られたから」
「いえいえっ」
可愛らしい声でそう言うと、結衣は俺にキスしてくる。そのことで結衣の甘い匂いがさっきよりも濃く香ってきて。体が段々と熱くなってきた。この状態でプールに入ったらかなり気持ち良さそうだ。
数秒ほどして、結衣の方から唇を離す。キスしたことで、結衣の笑顔がさらに可愛くなったな。
「ねえ、悠真君。一緒に写真撮らない? 海水浴でも水着姿になったけど、プールデートは初めてだし。LIMEで送るから」
「もちろんいいよ」
俺との写真を撮りたいから、結衣はスマホを持ってきていたのか。
それから少しの間、結衣のスマホでツーショット写真を撮影する。その際、結衣が寄り添ってくるので、腕や脚が肌と肌で直接触れ合って。水着越しの胸も当たって。温もりと柔らかさが感じられてドキッとした。
撮影した写真を見ると、結衣はどれもいい笑顔で写っている。中にはピースサインもしている写真もあって。俺も我ながらいいと思える笑顔になっていて。だからか、結衣はとても満足そうにしていた。