プロローグ『結衣と姫奈のメイドバイト-①-』
夏休み編4
8月14日、水曜日。
8月も半ばになり、夏休みも後半に。
ここ最近は熱帯夜にならない日がたまにあるものの、昼間は厳しい残暑となる日が続く。連日真夏日で、酷いと猛暑日になる日もある。今日も晴れており、最高気温は33度まで上がる予報だ。
今朝見た週間予報でも低くて32度。高いと35度予想の日もある。あと2週間ちょっとで季節が秋になるとは信じられない。9月末まで夏でいいんじゃないだろうか。それに伴って、夏休みもそこまで延長してほしい。
「暑いねぇ、ユウちゃん、胡桃ちゃん……」
「そうだな、芹花姉さん」
「暑いですよね。ただ、ここは日陰なのでちょっとはマシですね」
「そうだねぇ……」
午後0時25分。
俺・低田悠真は芹花姉さん、友人の華頂胡桃と一緒に、武蔵金井駅の南口近くに立っている。ここで、中野千佳先輩と、俺の担任教師である福王寺杏樹先生と0時半過ぎに待ち合わせをしているのだ。
なぜ、5人で待ち合わせをすることになったのか。その理由は――。
「結衣ちゃんと姫奈ちゃんのメイド服姿、楽しみですね」
「そうだね! あたしはメイドカフェ自体が初めてだから、カフェの雰囲気も楽しみだよ」
そう。これからお昼ご飯を食べにメイドカフェへ行くからである。
メイドカフェの店名はカナイ~ノ。駅の南口から徒歩2、3分のところにある。そのカフェで、俺の恋人の高嶺結衣と結衣と胡桃の親友の伊集院姫奈さんが助っ人として今日限定でバイトをしているのだ。
結衣と伊集院さん曰く、2人の中学時代の友人の女性がカナイ~ノでバイトをしている。今朝、その友人から、
『今日だけ、助っ人でバイトしてほしいの』
と連絡が来たのだ。シフトに入っている複数の人が急に体調を崩したらしい。バイトが休みの人も、お盆の時期なので帰省したり、旅行に行っていたりとシフトに入れないとのこと。
そこで白羽の矢が立ったのが結衣と伊集院さん。自宅からお店まで徒歩圏内であること。2人とも中学時代にお客として友人の女性と一緒に行ったことがあるため、2人にバイトしないかと連絡したのだそうだ。
結衣も伊集院さんも今日は特に予定がなかったので、助っ人バイトを引き受けることにしたとのこと。2人曰く、バイト代はかなり出るらしい。
結衣と伊集院さんがバイトをすることを知った俺達は、予定のない胡桃、中野先輩、芹花姉さん、そして仕事の昼休み中の福王寺先生と一緒に行くことになった。待ち合わせ時間が0時半過ぎなのは、先生の昼休みに合わせたためだ。
また、結衣の妹の柚月ちゃんは、部活の友達と買い物の予定があり、その買い物が終わったら友達と一緒に来るそうだ。
「俺も2人のメイド服姿やメイドらしく接客してくれるのが楽しみだな」
結衣は美人でスタイルがいいし、伊集院さんはかなり可愛らしい雰囲気の女の子だ。きっと、2人ともメイド服姿が似合っているに違いない。
「おーい」
おっ、中野先輩の声が聞こえた。
声がした方に振り向くと、ショートパンツに半袖のパーカー姿の中野先輩がこちらに向かって歩いてくるのが見える。俺と目が合うと、先輩は持ち前の快活な笑みを浮かべて手を振ってきた。
「こんにちは。みんな待ちました?」
「いいえ。俺達もついさっき来たところなので」
「それなら良かった」
「千佳ちゃんも来たから、あとは杏樹先生だけだね」
「そうですね。あたし、杏樹先生にメッセージ送ります」
そう言うと、胡桃はショルダーバッグからスマホを取り出した。
今さらだけど、プライベートならともかく、仕事の昼休みでメイドカフェに行くのって大丈夫なのだろうか。どの年齢でも入れるお店だし、主な目的は昼食だけど。
「……あっ、先生から返信来ました。今、学校を出たところですって」
「そうか。じゃあ、あと数分で来るか」
カナイ~ノもここから2、3分のところだから、あと10分ほどでメイド服姿の結衣と伊集院さんと会えるのか。そう思ったらワクワクしてきたぞ。
「あたし、メイドカフェは初めてなんだよね。3人ってメイドカフェって行ったことあります? 悠真は結構行っているイメージがあるけど」
「俺、全然行ったことないんですよね。姉さんの高校時代に、金井高校の文化祭に行ったときに、姉さんの友達のクラスのメイド喫茶へ家族みんなで行ったくらいで。漫画やアニメとかで好きなメイドキャラはいるんですけど。生身のメイドはあんまり興味なくて」
「生身って。まあ、それも悠真らしいね」
中野先輩がそう言うと、先輩と胡桃、芹花姉さんは声に出して楽しそうに笑う。
生身の人間のメイド服姿を見ていいなと思ったのは、俺の好きなメイドキャラを担当した声優さんが、そのキャラにコスプレしたとき。それと、姉さんの友達が高校の文化祭の出し物のメイド喫茶でメイド服姿になって接客したときくらいだ。
「そういえば、これまでゆう君から『メイドカフェに行った』って話は全然聞いたことないね」
「うん。南口の方にあるから、結衣達の話を聞くまで、地元にメイドカフェがあるのも知らなかったよ」
「あたしはバイト先が南口にあるから、カナイ~ノは知ってた。でも、ユウちゃんはメイドカフェにあまり興味ないから話さなかったな。文化祭のときは、仲が良くてユウちゃんと会ったことのある友達のクラスの出し物だから一緒に行こうって提案したし。あと、あたしもメイドカフェには一度も行ったことないよ」
「そうなんですね。華頂ちゃんはどう?」
「あたしは中学時代に一度、お姉ちゃんと一緒にカナイ~ノに行ったことがあります。店員さんが着ていたメイド服が結構可愛いですよ」
「へえ、そうなんだ。高嶺ちゃんも伊集院ちゃんも可愛いし、2人のメイド服姿に期待しちゃうな」
中野先輩のその言葉に、俺と胡桃、芹花姉さんはしっかり頷いた。
「みんな、お待たせ!」
北口方面から福王寺先生のそんな声が聞こえる。そちらの方を向くと、スラックスにノースリーブのブラウス姿の福王寺先生がこちらに向かって歩いてきていた。平日だけど、生徒が夏休みなので、いつもよりちょっとラフな雰囲気だ。
福王寺先生にとっては仕事の昼休みなので、俺達4人は先生に「お疲れ様です」と言った。すると、福王寺先生はニコッと笑う。
「みんなありがとう。じゃあ、さっそくカナイ~ノに行きましょうか」
『はーい』
全員揃ったので、俺達はカナイ~ノに向かって歩き出す。
日陰の涼しさに慣れてきていたので、駅を出て再び日なたを歩くと結構暑いな。
「そういえば、福王寺先生。昼休みにメイドカフェに行って大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。違法な店じゃないし。それに、お昼ご飯を食べに行くことと、担任教師として生徒がちゃんと働いているのを見ることが目的だから」
「なるほど」
俺の父親も、昼休みになったら会社の近くの飲食店にご飯を食べに行くからな。その飲食店がメイドカフェだと思えば……いいのかな? あと、担任教師としてバイトしている生徒を見るって言うと凄くまともな印象になる。メイドカフェだけど。
「あと、結衣ちゃんと姫奈ちゃんはとっても可愛いからね。カナイ~ノのメイド服も可愛らしいデザインだから、あのメイド服姿になった2人がどんな感じなのか凄く興味があるの! 2人を誘ったお友達のメイド服姿も!」
目を輝かせながらそう言う福王寺先生。現役女子高生のメイド服姿を生で見るのが一番の目的なんじゃないか? メイドカフェには色々な人が来店するだろうけど、一番注意しなければいけないのはこの人かもしれない。
「そ、そうですか。あと、今の言い方ですと、先生はカナイ~ノに行ったことがあるんですね」
「ええ。金井に引っ越してきた年の今くらいの時期に一度ね」
「あたしもお姉ちゃんと一度行きました」
「そうなのね、胡桃ちゃん」
その後は行った経験がある胡桃と福王寺先生中心に話をしながら、俺達はカナイ~ノに向かって歩いていく。一度でも行ったことがあるから、胡桃と先生は話が盛り上がっているなぁ。スイーツ部の顧問と部員の関係でもあるけど、まさかメイドカフェで話しが盛り上がれるとは。
色々話をしたこともあり、俺達はあっという間にカナイ~ノの前まで辿り着く。淡い桃色が特徴的な可愛らしい外観だ。俺と胡桃、芹花姉さんはスマホで外観の写真を撮った。
「3人とも写真を撮ったわね。じゃあ、お店の中に入るわよ」
福王寺先生を先頭に、俺達5人はメイドカフェ・カナイ~ノの中に入る。先生が扉を開く際、ドアベルの音がカランと鳴った。
20分近く屋外で歩いていたから、店内の涼しさがとても心地いい。あと、提供されている料理なのか、美味しそうな匂いがしてくる。
ドアベルの音で、お客さんが来店したことに気付いたのだろう。お店の奥から、メイド服を着た2人の女性が歩いてくる。……結衣と伊集院さんだ。
「あっ、悠真君! みんなも来てくれたんですね!」
「嬉しいのです!」
嬉しそうな様子でそう言い、結衣と伊集院さんは俺達の目の前までやってきた。
結衣と伊集院さんが着ているメイド服は黒を基調としたオーソドックスなもの。ただ、夏仕様なのか、ノースリーブでスカートの丈も膝よりも少し短い。2人の両腕には黒いカフスが付いている。そのため、2人の綺麗な腕や腋はもちろんのこと、白いソックスとスカートの間の太もも部分……いわゆる絶対領域がちゃんと見えていて。また、2人はフリル付きの白いエプロンに『ゆい』『ひな』と名札を付けている。
結衣も伊集院さんも凄く似合っている。ここがバイト先のお店じゃなかったら、結衣を抱き寄せてキスしていたところだ。結衣と2人きりの空間だったら、その先のことをしていたかもしれない。伊集院さんも頭を撫でたいくらいに可愛い。
「結衣も伊集院さんも、メイド服がとても似合っているよ」
「ユウちゃんの言う通りだね! 凄く可愛い!」
「とても可愛いよ! 結衣ちゃん! 姫奈ちゃん!」
「高嶺ちゃんも伊集院ちゃんも可愛いね!」
「結衣ちゃんも姫奈ちゃんも可愛いわ! いやぁ、眼福眼福。担任教師として文句なし。一個人としても文句なし!」
胡桃達も結衣と伊集院さんのメイド服姿を好評価。みんないい笑顔で2人のことを見ている。結衣の彼氏として嬉しい気持ちになるな。
「みんながそう言ってくれて嬉しいです。特に悠真君」
「嬉しいのです。……結衣。そろそろメイドとしてお迎えの言葉を言いましょう」
「そうだね、姫奈ちゃん」
そう話すと、結衣と伊集院さんはお互いに見合う。そして、結衣が小さな声で「せーの」と言って、
『おかえりなさいませ! ご主人様! お嬢様!』
結衣と伊集院さんはとびきりの笑顔になり、メイドとして俺達5人のことを迎えてくれた。ただいま、可愛いメイドさん達。