第21話『恋人岬』
「博美さん。あたし達はこれで帰るのです。今回もとても楽しかったのです。2日間お世話になりました」
「楽しめたのなら何よりよ。久しぶりに会えて嬉しかったわ、姫奈ちゃん。結衣ちゃんと低田様は、昨晩はラブラブな時間を過ごせましたか?」
「ええ、たっぷりと!」
「結衣と素敵な夜を過ごせました」
「それは何よりでございます。みなさま、この度は当館をご利用いただきありがとうございました。またお越しくださいませ」
正午過ぎ。
海水浴を楽しんだ後、俺達は女将の風見さんに挨拶して、俺達は福王寺先生の運転する車で潮風見を後にした。ちなみに、座る場所は昨日と同じだ。
小さい頃は泊まった旅館やホテルから去るのがとても寂しかった。ただ、大きくなるにつれてそういう思いが薄れていって。でも、今回はとても寂しい。きっと、潮風見や海水浴場、足湯などで楽しい思い出がたくさんできたからだと思う。
俺の両隣に座る結衣と芹花姉さんも、どこか寂しげな笑みを浮かべていた。
お昼ご飯は西伊豆地域で評判のラーメン屋。
お店の方のオススメは醤油ラーメンと塩ラーメンとのこと。俺は醤油が一番好きなので醤油ラーメン。結衣は塩ラーメンを頼んだ。
オススメするだけあって、醤油ラーメンはとても美味しい。魚介類の出汁を使った醤油スープが縮れ麺に絡んでおり絶品。個人的に、今まで食べた醤油ラーメンの中でも五本指には入るほどの美味しさだ。
また、結衣と一口交換し、塩ラーメンを食べた。こちらもかなり美味しい。結衣も醤油ラーメンを美味しいと言い、何だか嬉しい気持ちになった。
午後1時半。
俺達が乗った車は恋人岬に到着する。駐車場には何台もの車が止まっている。恋愛のパワースポットや、絶好の富士山のビュースポットなので、観光に訪れる人が多いのだろう。
俺達は車から降りる。よく晴れており、午後1時半という時間なのもあって暑い。ただ、柔く吹く潮風が気持ち良くて。風が吹くと、胡桃や芹花姉さんも微笑んで「気持ちいい」と言っていた。
結衣は車から降りると、持ってきた麦わら帽子を被る。結衣が着ている白を基調としたオフショルダーのワンピースとも合っていて。まさに夏の美少女だ。
「悠真君達と一緒に、恋人岬に来られたよ……!」
恋人岬に行きたいと希望した結衣は、昼食を食べ終わって恋人岬に向かい始めたときからずっとテンションが高い。ただ、恋人岬に到着し、そのテンションが一段と高くなった気がする。それだけ、ここに来られたことが嬉しいのだろう。
「恋人岬の展望台には遊歩道の先にあるのです。そこには恋の鐘があるのですよ」
全員が車から降りると、伊集院さんがそう説明する。さすがは何度も来たことがあるだけのことはある。
「さっそくそこに行きましょう!」
結衣がそう言うと、俺達はみんな頷く。
伊集院さんを先頭に、俺達は鐘のある展望台に向かって歩き始める。もちろん、結衣と手を繋いで。あと、伊集院さんが段々とガイドさんのように見えてきた。
遊歩道は青々しい木々の間に作られている。風も吹いているし、所々に日陰もあるから歩いていて気持ちがいい。こういうところだと、今のような真夏の昼間でも散歩するのがいいなと思える。
「あぁ、緑がいっぱいで気持ちいいなぁ」
「気持ちいいですよね、芹花さん」
背後から芹花姉さんと柚月ちゃんのそんな会話が聞こえてくる。
歩いていると、カップルらしき観光客と何組もすれ違う。どのカップルも手を繋いで仲睦まじい様子。さすがは恋愛のパワースポットだ。
「さあ、もう少しで展望台なのですよ」
あと少しで到着するのか。展望台はどんな雰囲気なんだろう。展望台からはどういった景色が見られるか楽しみだ。
「みなさん、ここが展望台なのです」
遊歩道を歩き、俺達はついに展望台に到着した。カップルや家族連れ、俺達のような数人の学生グループがいる。
雲一つない快晴だから、展望台からは青くて綺麗な駿河湾が見える。そして、その先には日本最高峰の富士山の姿が。今は8月だから山頂の方に雪はないが、それでも美しい形の富士山が存在感を放っている。そんな景色を間の当たりにして、伊集院さん以外の全員が「おおっ……」と声を漏らしている。
「うわあっ、綺麗な海と富士山だね!」
「絶景だよね、華頂ちゃん!」
特に胡桃と中野先輩が感激した様子に。朝、結衣が恋人岬に行きたいと言った際、2人は景色を見てみたいという理由で賛成していたからな。2人はスマホでこの景色の写真を撮っていた。
「確かにこれは絶景だね、悠真君」
「ああ。日本の自然の美しさを堪能できるね。晴れた日に来られて良かった」
俺はスマホを取り出し、駿河湾と富士山の景色を撮る。……いい感じに撮れたな。
結衣にお願いして、この景色をバックにした結衣の写真と、結衣との自撮りツーショット写真も撮った。
――カーン! カーン! カーン!
「花子ー!」
「太郎くーん!」
鐘の音が響く中、そんな男女による大きな声が聞こえてきた。恋の鐘の方を見ると、カップルと思われる男女が鳴らしていた。
「前に調べたんだけど、あの恋の鐘を一緒に3回鳴らしながら、愛おしい人の名を言うと、その愛情が実るんだって」
「そうなんだ。じゃあ、俺達もそうしよう」
「うんっ!」
結衣は明るい笑顔になり、しっかりと首肯してくれる。
恋の鐘を再び見ると、太郎と花子カップルが腕を組みながら展望台を歩いていた。おそらく、俺達が遊歩道ですれ違ったカップル達は、あの恋の鐘を一緒に鳴らして、愛おしい人の名前を言ったのだろう。
恋の鐘に向かって、2組のカップルが並んでいる。なので、俺達もそのカップル達の後ろに並ぶ。
「私も並ぼう」
そう言って、福王寺先生が俺達の後ろに一人で並ぶ。
「杏樹先生、叶えたい恋心があるんですか?」
「ううん。BL漫画で結ばれてほしい2人がいるから、その祈願」
「なるほどです」
納得した反応を見せる結衣。
そういえば、朝食のときに結ばれてほしい2人がいると言っていたっけ。あと、祈願って言葉を聞くと、ここが神社に思えてくる。
俺達の前に並んでいたカップルは2組だけだったので、数分ほどで俺達の番に。
結衣と俺は恋の鐘の前に立って、2人で鐘の紐を掴む。
「結衣、低田君。動画で撮るのですよ。あとでLIMEにアップするのです」
伊集院さんはすぐ近くからスマホをこちらに向けている。胡桃と柚月ちゃん、中野先輩、芹花姉さんは伊集院さんの後ろから俺達を見ていた。一緒に旅行に来た人達とはいえ、ここまで視線が集まるとちょっと気恥ずかしい。
「やろうか、悠真君」
「そうだね」
そう言って首肯すると、結衣は笑顔で頷いてくれた。
――カーン! カーン! カーン!
「結衣!」
「悠真くーん!」
恋の鐘の音が響く中、俺と結衣は大きな声で愛おしい人の名前を呼んだ。これで俺達の愛が実るといいな。
――パチパチ。
胡桃達が俺達に向かって笑顔で拍手をしてくれる。
「何か、結婚式みたいだね、悠真君」
「ははっ、そんな感じするな。結衣は白いワンピース着ているし」
「……いつかは白いウェディングドレスを着るからね」
「楽しみにしているよ」
麦わら帽子越しに、俺は結衣の頭をポンポンと軽く叩いた。そうすると、結衣はニッコリと嬉しそうな笑顔を見せてくれて。それがとても可愛くて、結衣にキスをした。
軽く触れるだけのキスだったけど、結衣はさらに嬉しそうな笑顔を見せてくれた。さっそく恋愛のパワースポットや、恋の鐘効果が出ている気がする。
「ゆう君、結衣ちゃん。記念に写真撮ろうか? 撮るならLIMEにアップするよ」
気づけば、胡桃は福王寺先生の横まで移動していた。スマホをこちらに向けている。
「お願いしようか、結衣」
「そうだね。ありがとう、胡桃ちゃん! お願いしますっ!」
「うんっ! はい、チーズ!」
胡桃に結衣と俺のツーショット写真を撮ってもらった。
その後すぐに胡桃がLIMEのグループトークにアップしてくれたので、俺達は自分のスマホに保存した。結衣が可愛く写っているし、恋の鐘もしっかりと写っているいい写真だ。
――カーン! カーン! カーン!
「春山君! 秋川君! 喧嘩のエピソードばかりだけど、いつかラブラブのカップルになる展開が来てほしいよー! あっ、できれば攻めは春山君でー!」
福王寺先生は恋の鐘を力強く鳴らして、海に向かって推しの2人のカップリング成立を叫んでいた。二次元キャラのためにここまでできるとは。春山君と秋川君のことが本当に好きなのだと窺える。先生の願いが作者や出版関係者に届くといいですね。あと、そもそもこういう鐘の鳴らし方は大丈夫なのだろうか。
ちなみに、一生懸命お願いする福王寺先生の姿を中野先輩が楽しそうに撮影していた。
それから少し展望台からの景色を楽しみ、俺達は遊歩道を戻る。
遊歩道の入口まで戻って、俺達は恋人岬の事務局に。
結衣と俺がカップルで恋の鐘を鳴らしたので、この事務局で恋人宣言したという証明書を発行してもらえることに。それぞれ持っていた方がいいと結衣が言うので、結衣はピンク色、俺は青色の証明書をそれぞれ発行してもらった。
事務局の方から証明書を受け取ると、結衣はとても嬉しそうにしていた。俺も結衣との恋について形に残せるのは嬉しくて。なくしてしまわないように、大切に保管しておこう。
「結衣。恋人岬……思った以上に良かったよ。行きたいって提案してくれてありがとう」
「いえいえ。私も悠真君達と来られて嬉しいよ! ここで素敵な思い出がいくつもできたよ。こちらこそありがとう」
可愛らしい笑顔でそう言うと、結衣からキスしてきた。
今まで数え切れないほどにキスしてきたけど、証明書を発行してもらった直後なのもあって、指折りの嬉しさを抱く。
それから、胡桃にお願いして、俺達は証明書を持ったツーショット写真を撮ってもらった。
結衣と一緒に行く初めての旅行で、この恋人岬に来られたのはとても良かった。何年経ってもこの証明書を見たら、恋人岬で一緒に鐘を鳴らしたことや、今回の旅行のことをきっと思い出すだろう。