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第13話『"恋人"とか"姉"とか』

 ビーチボールで遊んだ後、俺達はレジャーシートに戻って休憩することに。

 俺はレジャーシートで体を伸ばしながら座り、自分が持ってきたスポーツドリンクを一口飲む。体を動かした後だから、凄く美味しいな。

 結衣は俺の隣に座ると、ペットボトルの水を飲み、レモン味の塩タブレットを口に含んだ。そのタブレットは俺が物販バイトで差し入れしたのと同じもので、この前のショッピングデートのときに結衣が買っていた。


「その塩タブレット、本当に気に入ったんだな」

「うんっ! とても美味しかったからね。悠真君も一つ食べる?」

「いただくよ。ありがとう」

「はい、あ~ん」


 結衣に塩タブレットを食べさせてもらう。

 この塩気とレモン味を感じると、結衣と伊集院さんの物販バイトの様子を見に行ったのを思い出す。あの日は今以上に暑かったな。そんな中、2人は接客を頑張っていたっけ。Tシャツ姿の2人がとても可愛かった。

 伊集院さんのことを思い出したので、自然と伊集院さんの方に顔が向く。今は柚月ちゃんや芹花姉さんと談笑している。中野先輩は仰向けになってのんびりとしており、福王寺先生はスポーツドリンクを飲んでいた。


「あれ? 胡桃は?」

「胡桃は遊び終わったとき、お手洗いに行くと言っていたのです」

「そうか」


 まさかの迷子かと思ったけど、伊集院さんに行き先を知らせているなら大丈夫か。お手洗いもここから見える場所にあるし。


「……あら、スポーツドリンクなくなっちゃった。自販機か海の家で飲み物を買ってくるね。みんな、何か飲みたいものはある? 先生が奢ってあげるよ」


 福王寺先生は優しくそう言ってくれる。

 奢ってもらえるのは嬉しいけど、スポーツドリンクはまだまだ残っているからなぁ。俺はいいかな。俺がそう思う中、中野先輩が麦茶、柚月ちゃんが乳酸菌飲料を注文する。


「杏樹さん。一緒に行きましょうか?」

「ありがとう、柚月ちゃん。でも、大丈夫よ。買うのは3本だけだから。行ってくるね」


 福王寺先生は前開きのパーカーを着て、海の家の方へ歩いていった。


「あれ、胡桃ちゃんじゃない? 男の人達に話しかけられているけど」


 芹花姉さんはそう言い、右手の人差し指で指さす。

 姉さんが指さす方向を見てみると、胡桃は何人かの水着姿の男に話しかけられている。まさか、ナンパだろうか。胡桃はとても可愛いし……胸もかなり大きいからな。大人しい雰囲気だから、ナンパが成功しやすいと思っているのかも。当の本人の胡桃は苦笑いを見せている。


「確実にナンパだよね、悠真君」

「ああ。笑顔を一応見せているけど、胡桃は怖がっているかもしれない。……よし、俺が胡桃を連れてくる。向こうは何人もいるし、男の俺が行った方がいいな」

「そうだね。ナンパを蹴散らすためにも、胡桃ちゃんの恋人のフリをしていいからね!」

「了解」


 ああいうナンパは、彼氏連れであると分かるとすぐに諦めてくれる。恋人の結衣の許可ももらったし、胡桃の恋人っぽく振る舞うか。

 俺はレジャーシートから出て、胡桃のところへと向かう。

 近くまで行って分かったけど、水着姿の男は3人いるのか。多い人数でナンパすれば、自分達の思い通りになると考えているのだろう。


「胡桃。帰りが遅いから探しに来たよ」

「ゆう君……」


 俺が来たからだろうか。胡桃は嬉しそうな笑みを浮かべ、俺の方を見てくる。これなら、俺達が恋人同士だとすぐに信じてもらえそうだ。

 ついでに男達も俺を見る。俺の登場もあってか、みんな不機嫌そうな様子。

 俺は胡桃の隣に立ち、胡桃の右肩を掴んでこちらに抱き寄せる。


「もしかして、ナンパですか? ごめんなさいね。彼女、俺の恋人なんで」


 そう言って、胡桃の方を見る。

 今の一言で、俺が彼氏のフリをして助けに来たのが分かったのだろう。胡桃は俺の目を見て小さく頷くと、自分からも俺の体に密着してくる。そのことで胸がダイレクトに当たって。この柔らかさは結衣以上……かも。


「そうなんです。彼や友達と一緒に海水浴に来ているんです。なので、ごめんなさい」


 微笑みながら胡桃はそう言った。

 すると、男達は「チッ」と舌打ちをして、


「彼氏がいるなら、さっさとそう言えよ。……ったく」


 男達の1人がそんな捨て台詞を吐いて、俺達から立ち去っていった。これで何とか一件落着かな。そう思って俺は胡桃の右肩から手を離した。

 男達の後ろ姿を見て、胡桃は胸を撫で下ろす。俺の方を見ると、胡桃は持ち前の優しい笑顔を見せてくれる。


「ありがとう、ゆう君。助けに来てくれて」

「いえいえ。ナンパされている胡桃を見つけたから。ちなみに、彼氏のフリは結衣から許可をもらってる」

「ふふっ、そうだったんだ」

「とりあえず、まだ男達が見ているかもしれないし、レジャーシートに戻るまでは一応カップルっぽくしていよう」

「うん!」


 嬉しそうに返事をすると、胡桃は俺の右手をしっかり握る。恋人のフリだからか、指を絡ませる恋人繋ぎで。

 俺は胡桃と一緒に、結衣達の方に向かって歩き始める。


「お手洗いを出て、ゆう君達のところに戻ろうとしたら、さっきの人達に話しかけられたの。友達と来ているからって言っても、帰るルートを阻まれて。だから、段々と怖くなってきちゃって」

「男3人だもんな。怖いと思うのは無理ないよ」

「……だけど、ゆう君が助けにきてくれて嬉しかったよ。それに、短い時間でも、好きな人と恋人のフリができて……幸せです」


 胡桃の笑みが優しいものから幸せそうなものに変わって。俺にとって、胡桃は中学時代の初恋の人だから、今の言葉に凄くドキドキする。

 さっきの男達に絡まれることなく、俺と胡桃は結衣達のところへと戻った。福王寺先生はまだ戻ってきていないか。レジャーシートに入った瞬間、胡桃からそっと手を離す。


「みんな、ただいま」

「ただいま。ゆう君に助けてもらいました。恋人のフリをしてもらって」

「悠真君と密着していたもんね。悠真君、よくやったね!」

「すぐに立ち去ってくれて良かったよ」

「心強かったよ、ゆう君。本当にありがとう」


 そう言うと、胡桃は俺にニッコリと笑いかけてくれる。お礼の言葉は何度言われても嬉しいものだな。

 さっきと同じく結衣の隣に腰を下ろす。すると、結衣がぎゅっと俺の右腕を抱きしめ、頭を顔に乗せてくる。恋人のフリをしてもいいと言ったけど、胡桃との様子を見て、多少なりとも嫉妬しているのかも。


「あれ、杏樹先生……海の家の方で男達に話しかけられているのです」


 伊集院さんがそう言うので、俺達は海の家の方を見る。伊集院さんの言うように、福王寺先生が海の家の近くで男達に話しかけられている。そんな先生は、右手で何かが入ったレジ袋を持っている。おそらく、飲み物を買ってきた帰りに、あの男達に話しかけられたのだろう。


「あの人達もナンパの可能性がありそうだね、悠真君」

「その可能性は高そうだ」


 福王寺先生はとても美しい顔立ちだし、パーカーを着ているけどスタイルの良さはよく分かる。それに、ビーチボールで遊ぶ前にストレッチをする先生のことを、何人かの男性が見ていたほどだ。


「よし、また行ってくるか」

「行ってきて、悠真君。胡桃ちゃんのときのように彼らを追い払って、杏樹先生を連れて帰ってきて」

「分かった」


 俺は再びレジャーシートから出て、福王寺先生のところに向かって歩き始める。福王寺先生は……4人の男性に絡まれているのか。

 胡桃のときのように……と結衣は言ったけど、今度は福王寺先生だからな。先生を恋人と嘘をつくのは気が引ける。恋人以外で、男達をすんなりと追い払えそうな嘘のつき方は――。


「杏樹姉さん、ここにいたのか。飲み物を買いに行くって言ったのに、帰りが遅いからさ。探したよ」


 そう言って、俺はレジ袋を持つ福王寺先生の右手を掴む。

 家族と一緒に来ており、待たせていると分かれば男達も立ち去ってくれると思ったのだ。それに、福王寺先生が持っているレジ袋から、3本のペットボトルが見えるし。

 俺が割って入ったからか、今回の男達も不機嫌そう。

 俺が腕を掴んだ瞬間、福王寺先生は体をピクつかせた。ただ、俺と目が合うと、先生はすぐに微笑んでくれる。どうやら、俺がこの男達から助けるために嘘をついたと分かってくれたようだ。


「ごめんね、悠真。頼まれたものが売っている自販機が遠くの方にあって。それで、その自販機で飲み物を買って帰ろうとしたら、ここでこの人達に話しかけられちゃってね」


 落ち着いた笑みを浮かべ、福王寺先生はそう話す。さすがにリアルな妹がいるだけあって、自然な雰囲気で話してくれる。


「そうだったんだ。さあ、帰ろう、杏樹姉さん」

「ちょっと待て」


 男達の中の一人が、俺に問いかけてくる。そいつは鋭い目つきで俺を見る。


「本当に姉弟なのか? 髪の色が全然違うじゃないか」


 姉弟なら、髪の色が同じか似ているのが普通だからな。福王寺先生は銀髪で俺は金髪だから、本当に姉弟かと疑っているのか。


「俺が金色に染めたんですよ。染めてくれた友達が上手で、いい感じの金髪になりました」

「……そうかよ。まあ、姉弟かどうかはともかく、男連れなのは確かか。あーあ、時間が無駄になった。行くぞ」


 男がそう言うと、他の3人と一緒に俺達の元から去っていった。姉弟なのかと疑われるくらいで済んで良かった。

 胡桃と福王寺先生のことで、男と一緒に海に来ているのは女性へのナンパを諦めさせる効果があると分かった。一緒に旅行に来ている人達はみんな魅力的な女性なので、俺が守っていかないと。


「助けに来てくれてありがとう、低田君。……今は弟だから悠真って言う方がいい?」


 ニッコリと笑ってお礼を言う福王寺先生。


「どちらでもいいですよ。レジャーシートから先生がナンパされているのが見えたので、助けに来ました」

「そうだったんだ。1人や2人ならまだしも4人だからね。ちょっとヤバそうな感じだったから、悠真が来てくれて安心した」

「それは良かったです。あの男達が見ているかもしれないので、姉弟っぽくこのまま手を掴みながら戻りますよ」

「……うんっ」


 福王寺先生は可愛らしい声で返事する。今の先生を見ていると、教師というよりも綺麗で大人っぽい雰囲気の大学生くらいに見えてくる。

 俺達は結衣達のいるところに向かって歩き始める。


「それにしても、私のことを姉って言うとはね。ああいうときって、『俺の女だぜ』とか『俺の恋人なんだけど』言いそうなものだけど」

「結衣からも恋人のフリの許可は下りていたのですが、あなたは教師ですから。フリでも恋人って言うのは何だかなぁ……と思って。それで姉にしました」

「なるほどね、そういうこと。悠真らしい。ただ、私は……恋人だって言ってくれても良かったけどね。きっと、嬉しかったと思うなぁ……」


 そう言いながら上目遣いで俺を見てくる福王寺先生。その仕草はもちろんのこと、水着姿で今も先生の右手を握っているから、凄くドキッとする。ほんと……俺の担任教師は可愛い人だよ。

 俺達は結衣達のいるレジャーシートに戻る。すると、結衣達は「おかえりなさーい」と言ってくれる。


「ただいま。見えたそうだけど、男達にナンパされちゃって。低田君が姉だって嘘ついてくれたから、すぐに解放されたよ」

「今度は姉って言ったんだね、悠真君」

「ああ、そうだよ」

「……今の話し方だと、低田君は他にもナンパから助けたのかな?」

「ええ。胡桃のことを。胡桃とは……恋人のフリをしました」

「そうだったんだ」

「はああああっ……」


 芹花姉さんによる盛大なため息が聞こえてくる。姉さんの方を見ると、姉さんはちょっとしょんぼりとした様子で俺のことを見ている。


「どうしたんだ? 芹花姉さん」

「……フリだとしても、私以外の人を姉って呼んだのがちょっとショックで」

「……なるほど」


 フリでもショックを受けるとは。芹花姉さんのブラコンの深さが垣間見える。俺の姉は自分だけだと思っているのだろう。……結衣に姉がいなくて良かった。結婚したら俺に義理の姉ができるから。


「俺にとっての姉は芹花姉さんだけだよ」


 芹花姉さんの目をしっかりと見て、揺るぎない事実を言う。

 すると、芹花姉さんはとっても嬉しそうな笑顔になり、


「うんっ!」


 と返事して、俺のことをぎゅっと抱きしめてきた。そして、嬉しさのあまりか俺の右頬に何度もキスしてくる。

 芹花姉さんにキスされるのは何年ぶりだろう。こんなところでキスされるのは恥ずかしいけど、結衣達が笑顔なのでその想いは次第に薄れていく。あと、どうして中野先輩は面白そうな様子で、こちらにスマホを向けているのでしょうか。


「本当に、お姉様は悠真君のことが好きなんですね」


 結衣は楽しそうな様子で芹花姉さんにそう言った。ブラコンだと知っており、キスしているのが頬だからだろうか。そんな結衣の言葉に、姉さんは「うんっ!」と返事し、しっかりと首肯する。

 かなりのブラコンだけど、可愛い姉だよ、芹花姉さんは。そう思いながら、姉さんの頭を優しく撫でた。

 それから少し休んだ後、俺は結衣達と一緒に海や砂浜で遊ぶのであった。

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