第11話『久しぶりの夜-後編-』
『鬼刈剣』の放送が始まる午後10時半間近に、芹花姉さんがアイスティーの入ったマグカップとマシュマロを持って俺の部屋にやってきた。
そして、『鬼刈剣』を3人で観始める。
原作漫画を最新巻近くまで読んでいるため、ストーリーの流れは分かっている。それでも、作画や音楽、演出、声優さんの演技などがとてもいいから、観ていて凄くワクワクする。
「きゃーっ! 前逸君!」
「炭次郎君! そこで首を斬るんだよっ!」
主人公の炭次郎君達の戦闘シーンでは、結衣と芹花姉さんが黄色い声を出しながら盛り上がっている。2人のハマり具合が凄いと今さらながらに思う。
「今週も楽しかったね!」
「そうだな。あっという間の30分だった」
「原作を読んでいるから展開は分かっているけど、来週がとても待ち遠しいよ!」
目を輝かせながらそう言う結衣。今の結衣の一言は、このアニメの出来の良さを象徴する言葉だと思う。俺も来週の放送が今から待ち遠しい。
『鬼刈剣』は9月末まで放送される予定。これからも、こうして何度かリアルタイムで結衣と一緒に観たい。胡桃達も好きだから、みんなで一緒に観てみるのも楽しそうだ。
「さあ、悠真君! そろそろしようか!」
意気揚々とした様子でそう言うと、結衣は俺の両肩をしっかりと掴んできた。もっとドキドキした雰囲気になるかなと思っていたんだけどな。思わず「ははっ」と笑い声が出てしまう。
「随分とやる気満々のご様子で」
「もちろんだよ! 期末試験があったから……少なくとも、半月はしていないんじゃないかな。まあ、私は試験勉強の気分転換に一人でしてたけど。それも気持ちいいんだけどね」
「そ、そっか」
結衣らしい気分転換の方法だし、その光景を容易に想像できてしまう。結衣のことだから、その方法で気分転換をした後は、試験勉強にかなり集中できたんじゃないだろうか。
「今日のお泊まりでは、悠真君とたっぷりしようって決めていたの。それを励みに期末試験を頑張ったんだから!」
「結衣らしいな。……まあ、俺も結衣とのお泊まりがあるから、期末試験を頑張れたんだけど」
「そっか。嬉しいなぁ。今日はいつも以上に積極的に動いて、悠真君を気持ち良くさせてあげるからね!」
結衣は爽やかな笑顔でそう言ってくれる。だからか、結衣がとても頼もしく見えてくる。
「頼りにしているよ。どうぞよろしくお願いします」
「うんっ」
結衣はニッコリと笑いながら首肯すると、俺にキスしてきた。その流れで俺のことを押し倒したのであった。
それからはベッドの中を中心に、結衣とたくさん愛し合った。
期末試験に向けての勉強もあってか、こういう時間を過ごすのは久しぶりで。溜まっていた欲をぶつけ合うように結衣と体を重ねた。その中で、幾度となく唇を重ねた。
宣言をしただけあって、結衣は積極的に動いていた。そんなときの結衣は恍惚とした表情を浮かべていて、とても美しく思えた。
「今回も気持ちよくて幸せな時間になったよ」
「俺もだよ。宣言通り、今日はいつもより積極的に動いていたな」
「我ながら、かなり動いたと思ってる。気持ちよかった?」
「もちろん」
「それなら良かった」
えへへっ、と結衣は俺の胸に頭をスリスリしてくる。結衣の柔らかな髪が直接肌に触れてくるので、とても気持ちがいい。家に来るノラ猫のモモちゃんが、手のひらに頭をすり寄せてきたときの感覚とちょっと似ている。
少しして、俺の胸から顔を離すと、結衣は俺を見つめながらニッコリと笑う。それがとても可愛くて、吸い寄せられるようにして結衣と唇を重ねた。これが今夜何度目のキスかは分からないけど、温かな気持ちと心地よいドキドキをもたらしてくれる。
「……あっ、もうとっくに0時を過ぎてるね」
「そうだな。7日……七夕の日になったのか」
「そうだね。七夕祭り楽しみだなぁ。今年は悠真君達と一緒に行けるから」
「俺も結衣達と一緒だから楽しみしてる。結衣の浴衣姿を見られるから、お祭りも期末試験を頑張る励みの一つになってた」
「嬉しい。浴衣姿、楽しみにしていてね!」
「ああ」
七夕祭りでは結衣だけでなく、胡桃、伊集院さん、芹花姉さんも浴衣を着るつもりだそうだ。姉さんについては毎年を見ているけど、4人の浴衣姿を楽しみにしておこう。
「ねえ、悠真君。七夕といえば、織姫さんと彦星さんだよね」
「そうだな」
1年に1日。7月7日の七夕の日だけ、夫婦である織姫と彦星が許されている。小さい頃からずっと、2人は恋人の関係だと思っていたけど、中学生になってから2人が夫婦であることを知った。
あと、織姫と彦星にさん付けをする人は初めてかも。結衣が言うからかもしれないけど、さん付けって可愛いな。
「1年に1日しか会えないんだし、2人はもう会っているのかな」
「きっと会っているんじゃないか。1秒でも長くいたいだろうし」
「悠真君もそう思う? 2人はどんなことをしているんだろうね。……してるのかな? 夫婦の営みってやつ」
「ど、どうかなぁ……」
まったく、結衣ったら……何てことを言うんだか。織姫と彦星に失礼な気がする。
ただ、ついさっきまで、俺と体を介して愛を育んでいたから、結衣がそんなことを考えてしまうのは仕方ないのかな。
「1日しか会えないからな。来年の七夕にまた会うまで頑張れると思えるように過ごすんじゃないかな。もちろん、結衣の言ったようなことをしているかもしれない」
「なるほどね。……もし、私が悠真君と1日しか会えなかったら、なるべく後悔しないように、思いっきり楽しむかなぁ。ずっとイチャイチャしているだけの年もあるかもしれないけど」
「ははっ、結衣らしいな。もし、結衣と1年に1日しか会えないなら……このくらいの広さの部屋にずっと一緒にいるかなぁ」
「近くにいたいよね。もっと欲を言えば、七夕の日は24時間ずっと、五感のいずれかで悠真君を感じ続けていたいかな」
「それは言えてる」
結衣との濃密な時間を過ごすことは間違いないだろう。
今の会話のせいで、これから何年もの間、七夕の前後に天の川を見たら、織姫と彦星は七夕の日にはイチャイチャしているかもしれないと考えてしまいそうだ。
結衣は俺の左腕をぎゅっと抱きしめてきて、脚も絡ませてくる。そのことで結衣の温もりや柔らかさが感じられて心地いい。
「1年に1日しか会えない話をしたら、ちょっと寂しい気分になっちゃった」
「俺もそうなったら嫌だなぁって思ったよ。いつでも会えたり、いつまでも一緒にいられたりする関係でいられるように頑張ろう」
俺がそう言うと、結衣は持ち前の明るい笑顔で頷いてくれる。そんな結衣を見ると、きっと大丈夫だろうという安心感が芽生える。
「頑張ろうね。じゃあ、その約束のキスをお願いします」
「ああ」
俺は結衣にキスする。いつまでも一緒にいられる関係になろうという約束を込めているので、いつもよりも長めに唇を重ねる。
唇から感じる結衣の温もりはとても優しい。だからか、結衣と一緒にいたい気持ちがどんどん強くなっていく。結衣も同じだったら嬉しい。
唇を離すと、目の前にはうっとりとした様子で俺を見つめる結衣が。
「とてもいいキスでした。今日は凄くいい夢を見られそう」
「いい夢を見られるといいな。……じゃあ、そろそろ寝ようか」
「うんっ、おやすみ」
「おやすみ」
ちゅっ、と結衣はおやすみのキスをすると、ゆっくりと目を瞑った。そこから10秒も経たないうちに可愛い寝息が聞こえ始める。さっそくいい夢を見ているのかな?
結衣が起きないように、結衣の頭をそっと撫で、俺も眠りについた。