第9話『酔いどれ女教師』
女性陣によるBL漫画鑑賞会は結構盛り上がり、時折、黄色い声が出るときもあった。BL好きの福王寺姉妹はもちろんのこと、結衣や胡桃も興奮することも。
小さい頃に、芹花姉さんや姉さんの友達の遊びに何度も付き合わされたこともあって、こういう場にいるのは慣れている。それに、恋人や友人達の楽しげな会話の声や笑い声も聞こえるので、居心地が悪いとは思わなかった。
ただ、以前ここに来たときにBL漫画や小説の朗読をしたから、今回もやるかもしれないと覚悟していた。でも、そんな展開にはならず。嫌ではないけど、朗読するとかなり疲れるので正直ほっとしている。
「1人で読んだり、遥と2人で読んだりするのもいいけど、みんなで一緒にBL漫画を読むのも最高ね。より味わい深くなった気がする。また一つ、誕生日プレゼントをもらった気がするよ」
福王寺先生は満足そうに言う。漫画について語り合ったり、一緒にアニメを観たりすると楽しいから、先生がそう言う気持ちも理解できる。
「気分もいいし、お酒呑んじゃおうかな。ただ、自宅でも、生徒のいる前だから呑んじゃったらまずいかなぁ……」
苦笑いしながらそう言う福王寺先生。休日の自宅でも、生徒が目の前にいたら教師モードの思考になるのかな。お酒絡みのことだし。
「私は呑んでもいいと思いますよ。プライベートですし、ここは姉さんの家ですからね。それに、今日は姉さんの誕生日という特別な日ですし」
「遥さんの言う通りですよ。誕生日という喜ばしい日に呑むお酒は、きっと美味しいんじゃないかと思います。私は未成年で、お酒は……食事のときに自分の飲み物と親のカクテルを間違えて呑んだことくらいしかないですけど」
「その程度の経験で安心したわ、結衣ちゃん」
ほっと安心した様子で言う福王寺先生。
1ヶ月ほど前、俺は結衣の家に泊まりに行った。そのときの夕食の際、結衣は母親の裕子さんが呑んでいたオレンジカクテルを間違えて呑んでしまったのだ。一口だけだったけど、結衣は美味しそうに呑んでいたっけ。酔っ払った結衣、可愛かったなぁ。
「遥さんと結衣ちゃんの言う通りですよ。今日は休日であり、誕生日でもあるんですから。ちなみに、杏樹先生ってお酒はよく呑むんですか?」
「翌日に仕事のない日は呑むことが多いかな。量はそこまで多くないけど」
「そうなんですか。明日は日曜日ですし、お酒を呑むのには問題ないですね」
「そうですね、胡桃。杏樹先生、遠慮なく呑んでください」
「堅く考えなくていいんですよ、杏樹先生。あと、個人的には先生が酔うとどんな感じになるのか興味あるんで……」
ふふっ、と不適に笑う中野先輩。俺も酔っ払った福王寺先生がどんな感じになるのかちょっと興味がある。
「みんなの言う通りだと思いますよ、福王寺先生。今日は休日で先生の誕生日です。俺達がいるからと遠慮はせずに、好きなお酒を呑んでください」
定期的にお酒を呑むそうだし、お酒を呑めば福王寺先生にとって、もっと楽しい誕生日になると思うから。
「じゃあ、お言葉に甘えてお酒を呑むね。まだ、チョコレートタルトが残っているし、チョコに合う白ワインにしようかな。私、白ワインが好きだし」
へえ、福王寺先生は白ワイン好きなのか。個人的にワインを嗜む人は大人なイメージがある。あと、白ワインってチョコに合うんだ。初めて知った。
先生以外の未成年組が飲んでいるアイスティーはどれも残り少なくなっていた。なので、アイスティーやアイスコーヒーを淹れる。
「全員、新しい飲み物を用意しましたし、せっかくですから乾杯しましょうか。どうです? 姉さん」
「いいね。じゃあ、乾杯の音頭は提案者の遥がやってくれる?」
「お任せください!」
遥さん、とてもやる気になっている。ふんす、と鼻息を鳴らしているし。
俺達は自分の飲み物が入ったコップやグラスを手に持つ。福王寺先生は白ワインが注がれたワイングラスを持っている。さすがに、今の先生は26歳の大人な雰囲気がある。
「改めて……姉さん、26歳のお誕生日おめでとうございます! 乾杯です!」
『かんぱーい!』
俺は結衣達が持っているコップやグラスを軽く当てて、アイスコーヒーを一口飲む。苦みが強めで美味しいなぁ。紅茶も好きだけど、コーヒーの方が好きだなぁと思う。
福王寺先生はワイングラスに入っている白ワインをゴクゴクと呑んでいる。そんなに一気に呑んで大丈夫だろうか。つい、先生のことを見つめてしまう。
福王寺先生はグラスに注がれた白ワインを一気に呑んだ。あぁ……と甘い声を出しながら長めに息を吐く。
「とっても美味しい。この白ワイン、以前から好きなもので、定期的に呑んでいるの。だけど、今日が一番美味しく感じる。きっと、みんなが誕生日をお祝いしてくれたおかげだね。ありがとう」
普段よりも甘めの声でそう言い、ふふっ、と上品に笑う福王寺先生の姿はとても美しい。お酒に酔い始めたのか頬がほんのりと赤くなり、目つきがさっきよりも優しくなっている。それもあって、普段よりも艶やかさを感じる。
「杏樹先生、酔うと普段以上に可愛くなるんですねぇ」
ニヤニヤしながら中野先輩はそう言う。からかっているつもりなのだろうか。
ただ、福王寺先生は笑みを絶やさずに中野先輩を見て、
「そう? ありがとう。千佳ちゃんは可愛くていい子ねぇ。頭ナデナデしてあげる」
よしよし、と先輩の頭を撫でる。どうやら、先生は酔うといつも以上に褒める性格になるようだ。そんな先生の姿を見てか、俺の隣に座る結衣は「かわいいっ」と呟いていた。
いつもよりも白ワインが美味しいと言うほどだからか、福王寺先生はワイングラスに白ワインを注ぐと、再び一気呑み。
「う~ん、美味しい!」
「杏樹先生。美味しくても、何度も一気呑みしたら体に毒なのですよ」
「姫奈ちゃんの言う通りですね。あたしのお父さん、今の先生みたいにお酒が美味しいからって一気呑みしたら……気分が悪くなって戻したことがあるので。その後は頭痛がひどかったそうですし……」
「うちの両親も年に一度か二度、吐くまで呑みまくることがあるよ、華頂ちゃん」
俺の両親は体調が悪くなるほど呑むことはないな。芹花姉さんを妊娠するまでは、かなりの量を呑むことが何度もあったそうだが。
「心配してくれてありがとねっ! 気をつけるっ! 姫奈ちゃん! 胡桃ちゃん!」
そう言うと、福王寺先生は胡桃と伊集院さんの間に座り込む。2人の肩に手を回すと、交互に頬をスリスリさせている。胡桃も伊集院さんも笑顔を浮かべているし、女性同士なので、このくらいのスキンシップなら止めないでおくか。
「酔っ払った杏樹先生、本当に可愛いね、悠真君」
「そうだな」
「悠真君は酔っ払ったらどうなるの?」
「酒を呑んだことはないからなぁ。……ただ、中学生の頃に、親戚からの旅行のお土産のブランデーチョコを食べたら、体が熱くなって眠くなったな」
「そうなんだ。……酔っ払った悠真君を見てみたいな」
「俺が20歳になったときのお楽しみにしよう」
「そうだねっ」
と笑顔で言ってくれるけど、20歳になる前に酒入りチョコとかを食べさせそうな気もする。来年のバレンタインデーや誕生日とかで。
何にせよ、お酒には気をつけないと。下手すると、身体的にはもちろんのこと、社会的にも死ぬ可能性がある。
気づけば、福王寺先生は元の場所に戻っていた。胡桃と伊集院さんの忠告通り、白ワインを少しずつ呑み、残りのチョコレートタルトを食べていた。
「ワインを口にした後のタルトも最高ね。……本当にみんなのおかげで、幸せな誕生日の時間を過ごさせてもらってるよ。火曜日にはスイーツ部でお祝いしてくれるし。私は本当に幸せ者だなぁ。……ここにいるみんな大好き」
柔らかい笑顔になり、とても甘い声で俺達にそう言ってくれる福王寺先生。かなり酔っ払っているように見えるけど、今言った言葉は本音なのだろう。それがかなり可愛らしくて、不覚にもキュンときてしまった。
「あっ、悠真君を結衣ちゃんから取ることはしないから安心してね」
福王寺先生がフォローすると、結衣はほっと胸を撫で下ろす。あと、酔っ払っているからか、俺のことを「悠真君」と言っている。
「みんな大好きって言われて、色々な意味でドキッとしちゃいましたよ」
「ふふっ。あぁ、好きだって言ったら、みんなの頬にキスしたくなってきちゃった。でも、生徒だし、てい……悠真君と結衣ちゃんはカップルだから……遥の頬にキスするね! 妹だし! 大学生だし!」
福王寺先生は横から遥さんを抱きしめ、頬に何度もキスする。この面子で、頬にキスしても問題ない人は妹の遥さんくらいだもんな。もちろん、遥さんが嫌がったらダメだけど。
あと、酔っ払っているからか、俺のことを「低変人」と言いかけたな。でも、よく耐えたな。偉いぞ26歳。
「もう、姉さんったら。みんなの前でキスされるのは恥ずかしいですよぉ」
と言いながらも、遥さんは抵抗するどころか福王寺先生にキスされて結構嬉しそう。先生にキスされてドキドキしているのか、それとも先生の吐息で酔っているのか、遥さんの顔は赤く、今までよりも柔和な笑みを浮かべている。
今後も、福王寺先生がお酒を呑む場に居合わせることが何度もあるだろう。だから、今日のことを覚えておこう。
福王寺先生がたくさん笑顔を見せてくれ、俺達への想いを口にしてくれたこともあり、とても楽しくて温かい雰囲気の誕生日パーティーになった。