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第3話『七夕前日はあなたの誕生日』

「……うん。これでいいだろう」


 夕食後。

 俺は新曲『氷砂糖』の最終チェックを行なった。

 この『氷砂糖』という曲は、俺のもう一つの顔である『低変人』として、福王寺先生へプレゼントするために作ったのだ。福王寺先生の誕生日が7月6日であると知ってから、試験勉強の気分転換も兼ねて少しずつ制作していった。このことは結衣達は知っているけど、先生本人は知らない。

 ちなみに、この曲は音源を福王寺先生だけに渡し、ネット上に公開する予定はない。


「おっ」


 パソコンの画面の右下に『桐花(とうか)さんからメッセージが来ました』と通知が表示された。『桐花』というのは、ネット上での胡桃のハンドルネームだ。

 メッセンジャーのウインドウを開くと、たった今送信された桐花さんのメッセージが一番上に表示されている。


『こんばんは。杏樹先生にプレゼントする曲の制作作業をしていたの?』

『そうです。たった今、最終チェックが終わりました』


 正体を知る前からの名残で、ネット上で胡桃と話すときには敬語だ。


『そうなんだ、お疲れ様。それにしても、曲を作ってもらえるなんて。先生が羨ましいな』

『先生は低変人の大ファンでもありますから。でも、桐花さんとか、結衣とか、俺の正体を知っている人が次に誕生日を迎えるとき、低変人として新曲をプレゼントしたいと思っています』


 今回作った『氷砂糖』は福王寺先生をイメージして作った曲だ。これまで、こういう形での曲作りはあまりやらなかったので、今回は特に楽しく制作できた。

 これから、結衣や胡桃、伊集院さん、中野先輩が誕生日を迎えるときは、俺が抱いている印象を基に作った新曲をプレゼントしたいと思っている。


『そうなんだ。じゃあ、今年の誕生日は楽しみにしてる』

『桐花さんにいいなって思える曲を作りたいと思います』


 胡桃は優しくて穏やかな女の子だから、聴いたら癒されるような曲を作りたいと思っている。胡桃の誕生日は8月だから、夏休みに入ったら制作を始めるか。


『お風呂の順番が来た。あたし、お風呂に入ってくるね』

『分かりました。では、また』


 俺がそうメッセージを送ると、桐花さんはすぐにログアウトした。

 今日も涼しいから、お風呂に入ると気持ち良さそうだ。特に今日は期末試験が終わって、疲労も溜まってきているし。今日はいつもより長めに入るかな。


 ――コンコン。

「はーい」


 夜に俺の部屋に来る人は……芹花姉さんくらいしかいないだろう。そんな推理とも言いがたい推理をしながら、部屋の扉を開ける。


「ユウちゃん」

「芹花姉さんか」


 扉を開けると、俺の推理通りそこには寝間着姿の芹花姉さんが立っていた。

 お風呂から上がって時間が経っていないのだろうか。姉さんの顔や首にはほんのりと赤みが帯びている。触れていないけど、熱が柔く伝わり、シャンプーの甘い匂いが香ってくる。

 そんな芹花姉さんはよつば書店のレジ袋を持っていた。


「どうしたんだ? そのレジ袋」

「杏樹先生への誕生日プレゼント。姉さん、明日はサークルの集まりとバイトがあってパーティーには行けないからさ。ユウちゃんに渡しておこうと思って」


 芹花姉さんはプレゼントの入ったレジ袋を俺に渡す。


「確かに受け取った。責任を持って福王寺先生に渡すよ」

「よろしくね。先生も『鬼刈剣』が好きで、主人公の炭次郎(たんじろう)君推しだって分かったから、手のひらサイズのミニフィギュアにしたの。クレーンゲーム限定のデザインなの」

「そうなのか。……姉弟だな。俺もプレゼントをクレーンゲームで取ってきたんだ。こっちは猫のぬいぐるみなんだけど。先生、猫好きだから」

「へえ、そうなんだ」


 芹花姉さんは嬉しそうに言った。自分と同じく、クレーンゲームで誕生日プレゼントを取ってきたのが嬉しいのかも。姉さん、ブラコンだし。

 低田悠真として誕生日プレゼントを何にしようか迷っていたとき、先生が猫好きなのを思い出した。そのとき、近くにゲームコーナーがあり、猫のぬいぐるみが取れるクレーンゲームが目に入ったのだ。なので、猫のぬいぐるみにした。


「そういえば、ユウちゃんはクレーンゲームが得意だったよね」

「まあな。ただ、ぬいぐるみを取ったことは全然なかったから、500円使ったよ」

「さすがはユウちゃん! 久しぶりにクレーンゲームをしたから、私は2000円かかったよ……」


 苦笑いをする芹花姉さん。姉さんもクレーンゲームは苦手ではなかったけど、ブランクがあってなかなか取れなかったのかも。


「それでも、先生のためにプレゼントをゲットした姉さんは偉いぞ」


 俺は芹花姉さんの頭を優しく撫でる。そのことで、シャンプーの甘い匂いがより強く感じられる。


「ユウちゃんに褒められちゃった」


 芹花姉さんはとても嬉しそうな笑顔を浮かべて、「えへへっ」と笑う。元気になったみたいで良かった。

 芹花姉さんが部屋を後にすると、俺は姉さんから託されたミニフィギュアを、猫のぬいぐるみが入っている紙袋へ丁寧に入れた。



 それからは録画していた深夜アニメを観たり、普段よりも長めに入浴したり、ラノベを読んだりして、期末試験から解放された夜の時間を過ごす。自分の好きなことをしているからか、あっという間に過ぎていって。


 なので、そのときはすぐに訪れる。


 勉強机の上に置かれているデジタル時計を見ると、時刻は午後11時59分12秒と表示されている。まもなく、福王寺先生の誕生日がやってくる。

 年齢を一つ重ねようとしている福王寺先生は今、何をしているのだろうか。明日は土曜日で学校がないため、今も起きているのだろうか。それとも、今日実施された数学Aの採点や、進路希望調査のプリントの確認をしたことで疲れが溜まり、もう眠っているのだろうか。何にせよ、0時を過ぎたら誕生日のお祝いメッセージと、新曲をLIMEで送ろう。

 もう一度、デジタル時計を見ると、誕生日を迎えるまで残り10秒ほどとなった。


「3……2……1……0」


 7月6日……福王寺先生の誕生日となった。なので、まずは低田悠真として誕生日のお祝いメッセージを送るか。そう思ってスマホを手に取ったときだった。

 ――プルルッ。プルルッ。

 と、普段よりもたくさんスマホのバイブ音が響く。

 さっそく確認すると、結衣、胡桃、伊集院さん、中野先輩、福王寺先生、俺のグループトークに複数のメッセージが送信されたと通知が。


『杏樹先生! お誕生日おめでとうございます! 明日、みんなで食べるチョコレートタルト楽しみにしていてくださいね!』


『杏樹先生。お誕生日おめでとうございます! 素敵な一年になりますように』


『杏樹先生、お誕生日おめでとうなのです。パーティーもありますが、まずはお祝いの言葉を贈らせていただくのです』


『お誕生日おめでとうございます、杏樹先生。いい26歳の日々を過ごせますように』


 結衣、胡桃、姫奈、中野先輩はそれぞれ福王寺先生へ誕生日メッセージを送っている。みんなも0時になったらすぐに、祝福のメッセージを送ろうと決めていたのかも。

 あと、結衣のメッセージの通り、パーティーでは結衣特製のチョコレートタルトを食べることになっている。さすがはスイーツ部に入るだけのことはある。


『福王寺先生、お誕生日おめでとうございます』


 4人よりもシンプルな誕生日メッセージを送った。

 すると、俺が送信したメッセージに『既読』マークが付き、既読したメンバーの数がどんどん増えていく。そして、『5』になってからすぐに、


『みんな、ありがとう!』


 という福王寺先生のメッセージと、先生が愛用している白猫イラストのスタンプが送られてきた。『ありがとう!』という文字付きで、白猫は満面の笑み浮かべている。

 低田悠真としてはとりあえずこれでいいかな。次は低変人としてお祝いしよう。

 俺は福王寺先生とのトーク画面を開く。


『低変人です。福王寺先生、お誕生日おめでとうございます。先生への誕生日プレゼントに新曲『氷砂糖』を贈ります。先生をイメージして作ってみました。聴いてみてください。』


 というメッセージを送り、その直後に『氷砂糖』の音源ファイルを贈った。

 すると、すぐにメッセージに『既読』マークが付き、


『私をイメージした新曲!? 嬉しい! ありがとう! さっそく聴いてみる!』


 福王寺先生からそんな返信が届いた。この文面だけでも、先生のテンションの高さが伺える。

 先生に贈った『氷砂糖』は4分ほどの曲。感想を言ってくれるかもしれないので、数分ほど待ってみよう。

 先生は新曲を聴いてどんなことを思っているのだろう。喜んでくれていると嬉しいな。そう思うと同時に緊張もしてくる。

 ――プルルッ。

 数分ほど経って、福王寺先生から電話がかかってきた。


「もしもし」

『さっそく聴いたわぁ! 『氷砂糖』……いい曲ね』


 そう言う福王寺先生の声色はいつもの素のモードのときよりも甘い。プレゼントされたことの嬉しさや、新曲を気に入ってくれたからだろうか。


『最初の方はアコギ中心に静かな曲調だけど、途中からポップな感じになって。気に入ったわ。癖になりそう』

「そう言ってもらえて良かったです。先生って学校ではクールに振る舞っているじゃないですか。でも、素は可愛らしい。それを音楽の形で表現してみました。あと、一言でたとえるなら氷砂糖かなと思ったので、それをタイトルにしたんです」

『なるほどね。目の前にいなくても、そう言われると照れちゃうな』


 照れている福王寺先生の顔は想像できるけど、実際に見てみたい気持ちもある。

 こうして電話で話しているから、照れとかは全然ないけど、結衣達がいる前だったらちょっと恥ずかしかったかも。


『みんなにお祝いの言葉をもらえて、低変人様に新曲を贈ってもらえて、可愛いとまで言ってもらえて。私は幸せ者だよ。今夜はよく眠れそう』

「そうですか。改めて、お誕生日おめでとうございます」

『ありがとう! 明日、家でパーティーするのを楽しみにしているね。妹の(はるか)も、低変人様達と会えるのを楽しみにしているから』

「そうなんですね。ただ、妹さんの前では、低変人様って呼ばないようにお願いしますね」


 誕生日で気持ちが舞い上がって、つい『低変人様』と口を滑らせてしまいそうだから。


『うん、気をつけるよ!』


 とても可愛らしい声でそう言う福王寺先生。今の声を聞くと、何だか、26歳じゃなくて16歳になったんじゃないかと思ってしまう。声だけなら「女子高生です」と言っても通用するんじゃないだろうか。


「よろしくお願いします。じゃあ、俺はそろそろ寝ますね。明日は朝からバイトがあるので」

『分かったよ。バイト頑張ってね。おやすみなさい』

「おやすみなさい」


 福王寺先生の方から通話を切った。

 福王寺先生……プレゼントした曲を気に入ってくれて良かった。感想を電話で言ってくれるところが先生らしいというか。先生の声を聞いたら、新曲をプレゼントして良かったと強く思えた。

 明日は朝からバイトがある。なので、それからすぐに寝るのであった。

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