第2話『希望を胸に』
リーズナブルさを一つの売りにしていることもあり、ナイゼリアには金井高校を含め、学生服を着たお客さんが多い。他の学校も、今の時期は期末試験をしているのだろうか。
運良く、俺達は待つことなく4人席に座ることができた。
俺は明太子パスタ大盛り、結衣はチーズハンバーグ、胡桃はカルボナーラ、伊集院さんはミラノ風ドリア、みんなでつまむためのフライドポテトを注文。大盛りにしてもそこまで高くないので、このお店でパスタを頼むときはいつも大盛りにしている。
お客さんは多いけど、俺達の注文した料理はすぐに運ばれてきた。
俺の注文した明太子パスタやみんなで食べるフライドポテトはもちろんのこと、
「悠真君。はい、あ~ん」
「あーん」
結衣と一口交換してもらったチーズハンバーグもとても美味しい。
明太子パスタを食べさせてあげたら、結衣の口に合ったのか、とても嬉しそうな表情で「美味しい!」と言っていた。そのときの結衣の笑顔がとても可愛くて。
胡桃も伊集院さんも、自分の注文した料理を美味しそうに食べている。個人的に、料理やスイーツなどを美味しそうに食べる女性は素敵だと思う。
今日の試験はどうだったとか、福王寺先生に渡す誕生日プレゼントは決まったのかなどということを話しながら、4人で楽しくお昼ご飯を食べるのであった。
昼食後。
外は雨が降っているので、今日はエオンの中にあるお店を見ることに。エオンには様々なジャンルの専門店が入っているし、休憩スペースがいくつも設けられているのでゆっくりと過ごせるだろう。
金曜日のお昼過ぎだけど、期末試験を実施した学校が多いのか、俺達のように学生服を着た人や若い人が多く、賑わいを見せている。
「チーズハンバーグ美味しかった!」
「美味しかったな。明太子パスタも美味しかったよな」
「うんっ!」
「前に明太子を食べたことあるけど美味しいよね。カルボナーラも美味しかったよ。ソースをつけたフライドポテトも良かったな」
「あのときに美味しいと言っていた胡桃、とても可愛かったのです。ドリアも美味しかったのです。来週からは午前授業ですから、また一緒にナイゼリアに食べに行きたいのですよ」
「そうだね! 今度は千佳先輩とも一緒に行きたいな」
結衣のその言葉に、胡桃と伊集院さんは頷く。
午前授業の期間は2週間近くある。だから、中野先輩とも一緒にお昼ご飯を食べに行くことはあると思う。バイトの休憩のときとかに、俺から誘ってみるか。
「そういえば、今日は雨だけど、七夕祭りのある明後日は大丈夫かな?」
そんなことを問いかけてくる胡桃。
明後日は七夕であり、当日は武蔵金井駅から20分くらい歩いたところにある『金井公園』というとても大きな公園で、七夕祭りが開催されるのだ。
夏祭りのように縁日があり、七夕らしく短冊に願い事を書き、笹に飾ることのできるコーナーも設けられている。期末試験の前に七夕祭りに行こうという話になり、俺達4人と中野先輩、福王寺先生、芹花姉さんと一緒に行く予定だ。
結衣は立ち止まって、スマホを眺めている。天気予報を見ているのだろうか。
「当日は晴れるみたいだね。雨も今夜には止むそうだし、大丈夫だと思うよ」
結衣がそう言うと、胡桃は嬉しそうな笑みを浮かべる。
「良かった。年の一度のお祭りだし、雨は降ってほしくないなって」
「ですね。晴れるなら、天の川も見られそうなのです」
「梅雨の時期だから、雨や曇りになることが多いけど、今年は運良く見られそう」
「そうだね、胡桃ちゃん。明後日が楽しみだね」
「うんっ」
七夕祭りが近づき、当日は好天候に恵まれる可能性が高いと分かってか、3人とも明るい笑顔になる。そして、俺達は再び歩き出す。
去年までに何度か、家族や親戚と一緒に七夕祭りには行ったことがあるけど、恋人や友人と一緒に行くのは今年が初めてだ。きっと、今までの中で一番楽しい七夕祭りになることだろう。
気づけば、レストランエリアを抜け出して、ファッション系の専門店が並ぶエリアを歩いていた。女性向けの服を扱うお店が並んでいるためか、周りにいるお客さんは女性が多い。陳列されている服、3人なら似合いそうなものが多いな。
「あっ……」
胡桃がそんな声を漏らし、急に立ち止まる。
俺達のすぐ近くにあるお店は……ラ、ランジェリーショップか。男の俺が見てしまってはまずい気がするので、お店から視線を逸らす。
「どうしたの? 胡桃ちゃん」
「ここのお店に何か用事でもあるのですか?」
結衣と伊集院さんの女子2人がそう問いかけると、胡桃は頬をほんのりと赤くしてはにかむ。
「じ、実は……今持っている下着の多くがキツくなってきたから、近いうちに新しい下着を買わなきゃって思っていたの。でも、今日はいいや。みんなもいるし……」
そう言いながら、胡桃は俺のことをチラチラ見てくる。そんな胡桃の頬の赤みがさっきよりも強くなっている。一緒にいるのが女子の結衣と伊集院さんだけならまだしも、男の俺がいたら下着は買いづらいよな。
「キツい下着が多くなったなら、早めに新しいものを買った方がいいよ。私や姫奈ちゃんでよければ、サイズとか測ってあげるし」
「このお店を見て自然と立ち止まったのです。それはきっと、今、新しい下着を買った方がいいという神様からのお告げかもしれないのですよ。あたしも協力するのです」
「俺は……あそこのベンチに座って食休みしているから、俺のことは気にせずにゆっくり見てくるといいよ」
恋人の結衣と2人きりで、結衣の下着を買うのならまだしも、今回は胡桃の下着を買うのが目的だ。結衣が一緒とはいえ、俺がランジェリーショップにいてはまずいだろう。ほぼ確実に店員さんや周りにいるお客さんから変な目で見られると思うし。不審者として警察に通報される可能性も否めない。
俺達3人の言葉で決心がついたのか、胡桃は微笑みながら頷いた。
「じゃあ、お言葉に甘えて新しい下着を買ってくるね」
「では、まずはサイズを測らないといけないのです」
「そうだね。……私も新しいのを買おうかなぁ。悠真君が胸を愛でてくれるからか、ちょっと大きくなったような気がするし、悠真君の好きな色の下着を付けたいから。確か、黒や緑、青系の色が好きなんだよね?」
「あ、ああ。そうだよ」
先日、低変人として、SNS上でみんなからの質問に答えるキャンペーンを行なった。その中で好きな色は何かと問われたのだ。そのときの返答の内容を結衣は覚えていたようだ。
あと、俺が胸を愛でたと言ったからか、結衣本人だけでなく、胡桃も伊集院さんも顔が赤くなっているではないか。幸いにも、他の人には聞こえなかったようで、こちらを見てくる人はいない。俺も頬中心に熱くなっているので、彼女達と同じように赤面してしまっているんだろうな。
「俺はあそこのベンチにいるから、ゆっくり見てきておいで」
「ありがとう、ゆう君。いってきます」
「いってきます、悠真君」
「いってくるのです」
結衣と胡桃が、それぞれ気に入る下着が買えれば何よりだ。
3人に手を振って、俺は近くにあるベンチの方へと向かう。近くに自販機があったので、そこでブラックのボトル缶コーヒーを買い、ベンチに腰を下ろした。
さっそく、ブラックコーヒーを一口飲む。
「……美味いな」
バイト先のムーンバックスのコーヒーや、家で淹れるインスタントコーヒーも美味しいけど、缶コーヒーもとても美味しいと思う。
あと、コーヒーの苦みと冷たさで、それまであった体の熱が緩和されていき、ドキドキしていた気持ちも落ち着いていく。コーヒーが喉を通り、一度長く息を吐くとさらに落ち着く。
「それにしても、期末試験が無事に終わって良かった……」
どの教科も手応えがあったし。きちんと見直しもしたので、回答欄がズレて赤点になることはないだろう。期末でもいい点数を取れていれば、来週にある三者面談は何事もなく乗り越えられると思う。低変人関連で福王寺先生が暴走する可能性は否めないが。
午前授業期間が終わって、終業式を迎えれば、いよいよ高校最初の夏休みに突入するのか。スタートするのは半月近く先のことだけど、期末試験が終わったのでグッと近づいた気がする。
「いい夏休みにしたいな」
結衣達と遊んで、バイトして、好きなアニメをたくさん観て、新曲を制作・公開して。必ず一度は結衣達と一緒に海やプールに行きたいな。
あと、結衣とは何度もお互いの家で泊まるのだろう。結衣は夏休みを凄く楽しみにしていたし、行動力もあるので、泊まりがけの旅行へ行く可能性もありそうだ。今から楽しい気分になってくる。
結衣達が戻ってくるまで何をしていようか。スマホのリズムゲームをやろうか。それとも、最近はあまり読めていなかったWeb小説でも読もうか。そう思いながら、ズボンのポケットからスマホを取り出したときだった。
――プルルッ。
スマホのバイブ音が響く。結衣が下着についてメッセージでも送ってきたのだろうか。さっそく確認してみると、LIMEというSNSアプリを通じて、結衣から1件のメッセージが送られてきていた。
『カップは変わらないけど、春よりも少しバストが大きくなってたよ! 悠真君のおかげだね!』
さっき、胸が大きくなった気がすると言ったから、わざわざ結果を報告してくれたのかな。可愛い恋人である。俺のおかげだと言っているけど、一般的に恋人ができたり、恋人に触れられたりすると、胸って大きくなるものなのだろうか。
『そうか。大きくなっていて良かったね』
これが一番いい文言かは分からないけど、俺は結衣にそう返信した。
サイズが分かったので、きっと今は自分の胸に合い、デザインなどを気に入る下着を選んでいることだろう。きっと、胡桃も。どんな感じの下着を選んでいるんだろうな。
それからは、『BanDream! 』というスマホのリズムゲームをする。最近は試験勉強や曲作りをして、このゲームは全然やっていなかったけど、腕があまり落ちていなくて一安心。
――プルルッ。
数曲ほど遊んだところで、結衣からメッセージと写真が届いたという通知が。気に入った下着が見つかったのかな。
『一つ買おうと思っているんだけど、どっちがいい?』
そんなメッセージと一緒に、黒い下着と、青い下着を試着した結衣の自撮り写真を送ってきていた。確認のための写真なのに、可愛い笑顔で写っているのが結衣らしい。デザインは一緒なので、色で迷っているのだろう。黒も青も俺の好きな色だから。
写真をスマホに保存し、どっちの色がいいか考える。
どちらの色も結衣によく似合っているな。あと、写真でも結衣の白い肌が綺麗だと分かり、しっかりと谷間ができている。またドキドキして体が熱くなってきたぞ。このまま見続けていたらのぼせてしまいそうだ。
早く決めよう。黒か、青か。結衣が身につけるのにいいなと思うのは――。
『黒がいい。どっちも似合っているけど、黒の方がより艶っぽく感じたから』
結衣にそう返信を送った。艶っぽくなんて書いてしまったけど、このくらい言った方が結衣も気持ちよく黒い下着を買ってくれると思う。そう信じよう。
結衣もスマホを見ているのか、すぐに『既読』マークが付き、
『へぇ~。悠真君は艶っぽい雰囲気が好みなんだね(笑) 分かった! 黒にするね! 明日のお泊まりのときに持っていくね!』
という返信が届いた。(笑)と付いているけど、実際には結衣はスマホを見ながらニヤニヤしていそうだ。
あと、結衣は明日、家に泊まりに来ることになっている。期末試験が開けたので、久しぶりに俺と一緒にゆっくりと夜の時間を過ごしたいらしい。土曜日なので、『鬼刈剣』というアニメを、大ファンである芹花姉さんと3人でリアルタイムで観ることも楽しみにしているそうだ。
結衣の返信を受け取ってから10分ほど経って、
「悠真君、お待たせ」
結衣達がこちらにやってきた。結衣と胡桃が同じ桃色の紙袋を持っているので、おそらくその中に購入した下着が入っているのだろう。
「悠真君が選んでくれた下着を買ったよ。ありがとう」
「いえいえ。胡桃も……買えたみたいだな」
「うんっ、いいのが買えたよ。あのお店、サイズが大きくなっても色々なデザインの下着があるの」
「そうなのか。買えて良かったな」
結衣も胡桃も満足げな笑顔を見せる。
それに対して、伊集院さんは……笑みこそ浮かべているものの、何だか切なさそうに見えた。あと、伊集院さんの目に生気が全く感じられない。
「伊集院さん、どうしたんだ?」
「……2人の大きな胸を間近で見たら、自分の胸はとても小さく思えたのです。結衣の胸は今まで何度も見たことがあるので大丈夫でしたが、胡桃の胸は破壊力があったのですよ。衝撃を受けたのです。Gって凄いのですね……」
あははっ、と伊集院さんは力なく笑う。
まあ……結衣と胡桃と比べたら、伊集院さんの胸は……さ、ささやかな感じだな。膨らみがあるのは分かるけど。あと、胡桃の顔がほんのりと赤くなっていることから、胡桃の胸はGカップなのだろう。忘れた方がいいだろうけど、忘れられる自信がない。
こういうとき、伊集院さんにどういう言葉をかければいいのだろうか。どうしたのかと訊いた以上、無言のままではいけないだろう。
「えっと、その……結衣や胡桃も現在進行形で大きくなっているんだ。だから……同い年の伊集院さんにも大きくなる希望はあるんじゃないか」
俺が伊集院さんにそう言うと、結衣と胡桃は俺の言葉に賛同してくれたのか何度も頷いてくれる。それが良かったのか、伊集院さんはいつもの可愛らしい笑顔を取り戻していく。
「そうなのですよね。まだ膨らむ可能性は残っているのですよね! 希望を胸に持っていいのですよねっ!」
「あ、ああ。いいと思うぞ。あと、生活習慣を変えると大きくなりやすいって聞いたことがある」
「以前、杏樹先生のお見舞いに行ったとき、早く寝るといいと聞いたのです。ただ……あたしは最近、試験勉強もあって、遅く眠るときもあったのです」
「そ、そうか。期末試験も終わったし、たくさん寝るようにすればいいんじゃないか」
「そうしましょう」
半月後からは夏休みが始まる。胸が大きくなりやすい生活を送っていれば、2学期になったら今よりも胸が成長しているかもしれないな。
それからは胡桃がバイトしているよつば書店に行ったり、ゲームコーナーで遊んだりしたのであった。