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遠い陽炎

 この世界には二種類の神がいる。

 人の営みに寄り添い人のために力を振るう善神と、それ以外の邪神だ。

 そして、あたしの第一祖神となったフィルグクー神は、気まぐれで人を助けては気まぐれで人を苦しめる、たちの悪い邪神だった。



 かつてあたしは父と母と妹の四人で、畑を耕して暮らしていた。覚えていることはもうほとんどないけれど、ささやかで平凡なありふれた人生を送っていた。

 だが、そんな生活はある日突然破壊された。

 事の発端は今となっては分からない。覚えているのは野を焼き、畑を焼き、家を焼いた「蒼い炎」。あたしたち家族は慌てて逃げ出したものの、炎はあたしたちをあざ笑うかのように散り散りに引き裂いて、あたしは一人になった。

 取り囲む蒼い炎の間から空を見上げて、あたしはこれで死ぬんだなとぼんやりと思っていた。

 不思議と死ぬのは怖くはなかった。ただ両親とかわいい妹が生き延びていてくれればいいと、それだけを思っていた。

 その時、声が聞こえた。


「ハーッ! こんなところにまだ生き残りがいやがるとは、偶然を司るオレ様ですら予想外だったぜ!」

 けたたましい軽薄そうな声だった。それはまるで全方向から聞こえてくるような奇妙な声で、しかも一帯が燃えているこの状況でそんな声が聞こえてくること自体が、後から考えれば異常だった。

 だけど、炎と煙に巻かれたあたしにはまともにものを考えるだけの余裕はなく、よりにもよってその声にすがってしまった。

「お願い……両親と妹を助けてください……あたしのことはいいから……」

 すると、一瞬の間を置いた後で声は答えた。

「かわいそうだがそれはできねえな!」

「お願い、します……なんでも、しますから……」

「そう言われるともっと無理だな!」

 そこでようやく、あたしは声の主が普通じゃないということに気付いた。だが、気付くのが遅すぎた。

「いい機会だ、教えてやんよ! オレの名はフィルグクー、火と狡猾と偶然と気まぐれとその他いろいろを司るデンジャラスな邪神様だぜ! そんなオレっちが、素直に人間の願いを叶えると思うかい?」

 瞬間、炎に囲まれているのに寒気が全身を襲った。

 同時に、熱さと息苦しさが遠のいていった。周りの炎は弱まるどころか激しく燃え盛っているというのに。

「オレ様からの贈り物だぜ、小娘! オマエにこのフィルグクー様の加護をくれてやる! この蒼炎はオレっちの力だからな、オレっちの加護さえあれば平気になるぜ!」

 そう、よりにもよって邪神はあたしを助けたのだ。しかもそれだけでは終わらなかった。

「それと、今この瞬間にここいら一帯の人間は全部焼け死んだぜ! どれが誰だか分かんねえけど、オマエの親と妹とやらもきっちり即死させてやった。熱さと苦しさからは救ってやったぜ?」

 そして、燃え盛る蒼い炎の中、呆然とするあたしを残して声は去っていった。


 炎は丸一日燃え続けた後にようやく消え、あたしは死体を弔いにきた神官たちによって発見された。あたしは奇跡の生還を果たした少女などではなく、邪神との契約で生き延びた外道として非難を浴びることになった。

 それともう一つ。神官たちの拷問に近い取調べの結果、あたしの組成――あたしという存在を作り上げている神々の影響力の比率――が大きく変動していることが判明した。それまで豊穣の神と守護の神が大半を占めていたはずのあたしの組成は、あの一件によって半分以上がフィルグクー神に埋め尽くされていた。すなわち、第一祖神がフィルグクー神に変わってしまったのだった。



 それからの暮らしは酷いものだった。

 家族も土地も財産も失った年端もいかない少女というだけでもう十分に困窮していただろうに、加えてあたしは邪神に魂を売り渡した「邪神の子」と呼ばれて蔑まれた。

 道を歩けば石が飛ぶ。物乞いをすれば唾が降る。邪神に憑りつかれるというので直接触られることはほとんどなかったが、物で殴られるというのは頻繁にあった。

 そんな状況でも生きていられたのは、単にフィルグクーが死なせてくれなかっただけだ。

 死なせてくれと懇願しても、性根の捻くれた邪神は願いを聞き入れたりはしない。傷だらけになって死を願うたびに、生き続けて苦しめと言うかのように傷は瞬く間に塞がっていった。

 人並みの生活を送ることは許されず、死ぬこともまた許されない。ひたすら耐え続けるだけのそんな日々であたしの心は擦り減っていった。

 あの人と出会ったのは、そんな時だった。



 きっかけは、おそらく些細なことだったろう。

 罵倒と暴力の降り注ぐ毎日の中で、とうとうあたしの心は限界に達した。

 邪神に話しかけた自分が悪かったのだと言い聞かせて耐え忍んできたものが、ついに耐え切れなくなった。それだけの話だ。

 あたしは溢れ出した怒りのままに、炎を振るった。家族と人生を焼き尽くして灰にしたあの忌々しい蒼い炎で、人々を焼き尽くそうとした。

 そして、焦土の真ん中で一人荒れ狂うあたしの前に男が現れた。


 ――俺と一緒に来ないか?


 白い鎧に身を包んだ、大柄な男。男は燃え盛る蒼い炎をその身で受け止め、蹴散らしながら、何度も何度もあたしに呼びかけた。あたしがそのしつこさに音を上げるまで、何度でも。

 そして、疲れ果てて火の粉も出せなくなったあたしの前で、男はおもむろに剣を抜いた。


 ――お前はさ、剣は悪いものだと思うか?


 脈絡のない問いに戸惑ったが、「良いも悪いもない」とあたしは思ったままを答えた。すると男はその通りだと頷いた。剣には良いも悪いもない、剣を握っているやつがどうやって剣を使うか、それだけだと。罪のない人を傷つければ悪い剣だし、人を守るために戦う剣は良い剣だと。

 そして、邪神の力も剣と同じだと男は言い放った。あたしは分かったような口をきくなと噛みついたが、男はにやりと笑って一言、試してみるかと言った。邪神の力などというものも所詮は剣と同じで、扱い方次第なのだと。

 あたしはここで引き下がるのも何だか負けたような気分だからと、投げやりに男の手を取った。その男こそがサイラスだった。


 サイラスに拾われる形となったあたしは、それから数年間で力の制御を含めた戦う術を彼と彼の仲間から学んだ。邪神の力を戦うための力に変えていったあたしは、やがてサイラスと肩を並べて人々を守るために戦えるようになり、ついには実力を認められて正式に戦士としての身分を得た。

 今でも時々思うことがある。あの時、サイラスに出会えていなかったら。サイラスがあたしを拾ってくれなかったら。「邪神の子」と言われて忌み嫌われていたあたしを、それでも拾い上げてくれたサイラスがいたからこそ、今のあたしはある。

 蒼い炎の中で一度死んだあたしに、サイラスはもう一度命をくれた。だからこれからはその恩を精一杯返していこうと……思っていたのに。



 ああ、熱い。

 血が滾っている。


 サイラスは死んだ。大地の神とその神憑きによって殺された。

 確かに、助けられる力を持ちながら助けなかった神憑き(カジナ)に対して憤りを感じないわけではない。

 だが、死ぬと分かっていてサイラスを戦いに向かわせた者がいたとしたら。いや、死なせるために戦いに向かわせたのだ。その罪の重さは手を下した張本人と同じだ。

 そして、その男(エドムント)は悪びれもせずにあたしの目の前に立っている。自らがサイラスを死なせたのだと認めてなお、後悔する素振りの一つも見せずに。



 聞こえているかフィルグクーよ、化け狐よ。

 今すぐあたしに力をよこせ。この枷も、あの男も、残さず焼き尽くす炎を、あたしによこせ。

 あたしから全てを奪ったあの蒼い炎を、全てを焼き尽くし灰にする炎を。

 全てを灰にする力を。

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