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蒼炎が問う・上

 炎使いベアトリス。その実力は、正直なところ俺はよく知らない。

 まあ、風を操るラウレンスが風使いと言われているところからして、炎使いは炎を生み出したり操ったりするんだろうというのは分かる。

 他に分かることといえば、彼女が十代前半くらいの見た目とは裏腹にかなりの実力者だということくらいだ。能力としての方向性は違えど、イェーナの『針通し』くらい技術や才能は持ち合わせているのが当然と考えられる。

 そして、そんなベアトリスからの模擬戦の申し出を受けた俺だが――

「ハッ、来いよ神憑き。殺さないくらいには手加減しておいてやるからさぁ」

 ――ぶっちゃけ勝てる気がしない。


 点々と草の生えた地面の上に、青白い光が格子状に走っている。幅は大体30センチくらいか。それが、ベアトリスを中心とした半径10メートルの範囲にびっしりと張り巡らされていた。

 脳裏に蘇るのは岩石の巨人の繰り出した大規模範囲攻撃だ。流石にあの規模の攻撃は神憑きにしかできないと思うが、万一そんなことをされたら俺は右腕だけを残して灰になってしまうかもしれない。

「あのー、もしかして範囲内全部燃やし尽くすとか、しないですよね……?」

「はぁ? そんなことしたら模擬戦の意味がないじゃん。バカ?」

 ……うん、よかった。しれっと罵倒されたけど。

 範囲攻撃で全体を燃やすというのはない。それが分かったのはいい。だが、それでもこの状況が厄介なのには変わりない。

 青白い光はベアトリスの力を通す線だ。それはつまり、その気になればベアトリスは俺の真下から炎を噴き出させることも可能というわけで、言ってしまえば俺はもう相手のリーチの中にいるということになるのだ。お互いの距離はまだ5メートルも離れているというのに。

 とりあえずは接近しないと始まらない。でもその難易度はおそらくさっきのノエとの模擬戦よりも高いはずだ。それでも、言ってしまった以上はやるしかないんだよな……。


「来ないなら、こっちから攻めていいってことだよなぁ?」

 そう言うなり、ベアトリスは右手を差し向けてくる。その華奢な手のひらの中心に青白い光が灯った、と思う間もなく、蒼い火炎が噴き出してきた。


 ◆


 ゴウっと炎が空気を焼く。手元から一直線に伸びた蒼炎は、少年がいた場所を貫くように直進したが、その寸前に少年はなんとか横っ飛びで逃れていた。

 ――やはり戦い慣れていない。少なくとも、あれは戦士の動きじゃない。

 頭の半分は相手――カジナとかいう神憑きの少年の動きを追い、もう半分でどう攻め立てるかをあたしは考えていた。でも、十分の一にも満たない領域であたしは奴の違和感について考えていた。

 カジナは両手両足でなんとか着地すると、急ぐように体勢を立て直してこちらに飛び込んでくる。

 あたしは右足に力を集めて、ぐっと踏み込んだ。集めた力は地表すれすれに張り巡らせた光の格子をジグザグに走り、一本の経路だけを太く明るく変化させる。

 狙いはカジナが今いる位置ではなく、飛び込んでくるだろう位置よりもさらに手前側。加速した出鼻を挫くような一瞬を狙う。

 カジナが地面を蹴り、少し遅れて炎の壁がその目の前に立ちはだかった。カジナはというと、炎の壁が発生するより早く通り抜けることもなければ、止まり切れずに突っ込んでくることもない。

 ――身体能力も並み以下。本当に神憑きなのか?

 湧いてきた疑念を振り払い、意識を戦いに戻す。サイラスもあたしもいない中であの巨人を倒したというのが事実であるなら、それは神憑き以外にあり得ない。

 そうなってくるとこれまでの経歴など探りたい点は多いが、それは今じゃない。いかに動きが素人で身体能力が平凡でも、神憑きは神憑き。むしろここまで力の片鱗も見えないとなると、どこかに飛びぬけたものを持っている可能性が高い。その一点で押し切られる危険がある以上、今は手玉に取っていても油断はできない。


 炎の壁で接近を阻み、壁を回り込んで来たら直進する炎を放って回避させ、その間に再度壁を配置しなおす。そして、相手が足を止めれば真下からの火柱を食らわせる。これまでにも何度となく繰り返した対人戦用の基本戦術だ。

 そんな基本戦術が、いまだに突破されない。あたしにとっては悪い方に予想外だった。

 何故なら、あたしはこいつの上っ面を引きはがして本性をさらけ出させるために、わざわざ模擬戦なんかを申し出たのだから。

 いかな模擬戦とはいえ、戦闘の最中に極限状態に至れば事故の一つや二つなど珍しいことではない。そんな言い訳のできる状態を、意図的に作り出す。

 具体的には、距離を取って相手の接近や攻撃を牽制し続け、隙を突かれたように見せかけて引き込み、至近距離で一気に仕掛ける。

 さっきまでは完璧に思えたこの作戦だったが、まさか手抜きが疑われない最低レベルの牽制すら相手が抜けて来ないという事態は想定していなかった。

 ――本当の本当に神憑きなんだろうな、こいつ。

 再度膨らんできた疑惑は、いい加減無視できないレベルだった。

「おい、手ぇ抜いてんじゃねえぞ!」

 焚きつけるために罵声を飛ばしつつ、繰り出す炎は緩めない。これでも突破してこないようなら、砦の長への進言(・・)を真剣に検討しなければ――


 ドスッと、その瞬間にやや後方から音が聞こえた。投石や矢のような速度の乗ったものが地面に命中した時の衝突音だ。

 だが、普通の投石ではない。それはそうだ。だって通常の軌道ならば前を向いていたあたしに気付けないわけがない。

 そこまで考えてから、あたしは背後を振り向いた。見えたのは、地面にめり込んだまま静止している何の変哲もない石。つまり、

「上か」

 おそらく、炎の壁で見えなくなる時を狙って上に向かって石を投げたのだろう。

 そこまで判断して、しかし上を見たりはしない。見るのは正面――

 片腕一本で炎の壁をかき消しながら、カジナが飛び込んできていた。

「……ハッ、そう来ないとな!」

 口の端が吊り上がるのを感じながら、あたしは次なる一手を繰り出していく。

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