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起床

 チィチィ、と甲高いさえずりが聞こえた。

 ふわりと柔らかい風が肌を撫で、その風のほのかに甘いようないい匂いが、記憶をピリッと刺激する。

 ああそうだ、この匂いを俺は知ってる。

 これは、俺が初めて触れた――


 パチッと音が鳴った錯覚すら覚えるほどに、勢いよくまぶたを開けた。

 目に飛び込んできたのは、垂れ下がる艶やかな黒髪とこちらを覗き込んでくる整った顔立ちの美少女――イェーナだった。

 目が合うこと数秒。

「あ……え、その、おはよう、ござい……ます……」

「……うん、おはようございます」

 寝起きのせいか状況がよく飲み込めない。

「あの、違うんです」

「えっと……何が?」

「いえ、その、カジナ様がお目覚めになられたかどうかを確認しにきたのですが、その、とても良い寝顔でしたのでつい見入ってしまいまして……すみません」

「……なるほど」

 何がなるほどなのか分からないけどとりあえずそう答えて、俺は体を起こした。

 ここはパーティションが十数個並んだ細長い部屋。パーティションの間にはちょうど俺が今まで寝ていた木製のベンチみたいな簡素なベッドが、同じく十数個置かれている。昨日のイェーナの説明では戦士用の宿舎と言っていたか。

 ああ、そうだった。確か昨日は魔狼との戦いの後、約束通りベアトリスに会いに行ったが彼女は既に体力が尽きて眠っていたので、そのまま軽く食事をとって眠ったのだ。

 そこでふと、俺は周りを見回した。

 昨日寝るときにはいびきやら寝息やらでにぎやかだったこの建物だが、今はもうほとんど誰もいなくなっているようなのだ。

 つまり、みんな起きてるというわけか。

「えーっと……イェーナさん、今何時?」

 おそるおそる尋ねた俺に、イェーナはにこやかな笑顔で答えた。

「はい、今は三の時です」

 聞けばこの世界では一日を十二等分し、年間の日の出の平均を一日の始まりとしているらしい。

 要するに一日が朝の6時から始まる感じだ。

 そして三の時は、10時から12時くらいを指す。……どう考えても寝坊だ。

「……すみません、寝過ぎですね」

「いえ、大丈夫です。もう少し休んでいてくださって構いませんよ?」

「え? いや、でも……」

「昨日あれほどの戦いがあったのです、このくらいで文句を言う者はおりませんよ。むしろ、ゆっくりお休みになられていたようで安心しました」

 そう言われて俺は思い出した。

 岩石の巨人との遭遇。大地の神との死闘。それに加えて魔狼の迎撃。

 全てが一日足らずの出来事だったことを。

 あれほどの濃密な一日を生き延びたのだ、まあ寝すぎることぐらいあるか。

「それでは、私はこれから見張り番ですので。何かあれば近くの者に言ってくださいね」

 そう言い残してイェーナは建物の外へ向かって歩いていこうとした。

 その綺麗な顔をいつもの癖で追っかけていると、それが俺の目に止まった。

「イェーナさん、左頬、どうしたんですか?」

 ろくな明かりのない薄暗い室内でも見て取れたそれは、滲んだ赤色。さらに周りをよく見ると、頬も心なしか腫れているような気もする。少なくとも、昨日の時点ではそんな傷はなかったはずだが。

 イェーナはというと、少し顔を背けただけだった。

「カジナ様がお気になさることはありません。些細な――そう、些細な揉め事があっただけですよ」

 そして軽く微笑むと、イェーナは行ってしまった。



「気にするなって言われても、気にしてしまうよなぁ……」

 俺はそんなことを呟きつつ、防壁近くの空地をぶらぶらと歩いていた。

 だって、気にならないわけがない。

 どう見たってあれは殴られた怪我だし、血気盛んな野郎とかならともかく、イェーナみたいな女の子が殴られるような揉め事って些細なこととは言えないような……。

 というようなことを悶々と考えていると、

「てやぁー!」

「おりゃあー!」

「甘いわぁ!」

「まだまだぁ!」

 男臭さ5割増しな掛け声の応酬が聞こえてきた。

 見ると、そこでは木製の武器を手にした戦士たちが激しい攻防を繰り広げていた。

 突き込まれる槍、側面から叩いて逸らす木剣、振り下ろされる踵、角度を付けて受け流す円盾――様々な武器や戦い方の組み合わせで行われているのは、おそらく模擬戦だろう。

 繰り出される技のキレは結構本気っぽくも見えるが、刃の付いていない木製の武器だからこのくらいやっても大丈夫ということなんだろうか。

 と、見ていた俺の前で、剣士と戦っていた槍使いが強烈な突きを胴に命中させた。

「うおっ、今の突きは結構効いたんじゃないか?」

「ふらついてますね。でもまだ戦意はあるみたいですよ」

「戦意があってもあれじゃ……うわ、剣投げたよ」

「お、避けましたね、見事です。ですがその間に距離が詰まってしまいます」

「あー、長物だから素手の距離では戦いにくいのか」

「彼は体術も優れてますから。これは勝負ありですね!」

「はー、なるほどな」

 と言って、俺は横を向いた。

 すると、見慣れない顔の少年がこちらを向いてにっこりと笑った。

 屈託のない素敵な笑顔だが、やっぱり見覚えはない。

「……キミ、誰?」

「ノエです!」

 いや、誰だよ。

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