西の砦
日干しレンガで築かれた建物の中心に位置する、詰めれば軽く100人は入りそうな広間の真ん中で、俺たち四人は仰々しい椅子に座った男に謁見していた。
火のような赤い短髪を逆立たせたその男は、様々な色の刺繍が入った貫頭衣を身に纏い、額に、耳に、首に、手首に、腰に、足首に、それぞれ金属と鉱石でできた多数の装飾品を身に付けていた。イェーナたちと比べるまでもなく明らかに金のかかっているその格好は、語るまでもなくその人物の地位の高さを誇示していた。
だが、そんな豪華絢爛な服装よりも目を引くものがある。男が杖のように床に突いている赤銅色で巨大な刃を持つ武器──大剣だ。
装飾としては、剣の持ち主と比べれば多少地味と言えるだろう。宝石があしらわれているのは柄頭と鍔の中心のみで、しかも小粒のものが一個ずつ。剣自体の意匠としても洗練された美しさはあるものの派手さはない。
しかし、そんな見た目の要素を打ち消して有り余るほどの特異な性質をその大剣は持っていた。すなわち、それは光っていた。
薄暗い室内に灯されたロウソクの明かりを鏡のように反射している、わけではない。大剣そのものが、ロウソクよりも遥かに明るくオレンジ色の光を放っていた。
そして、大地の神との戦いでも感じた異様な存在感、それと同種の気配のようなものを大剣は放っていた。
俺は思わず唾を飲み込み、剣の主である赤髪の男に視線を戻す。
男は俺の視線に気付くや、ある種の肉食獣のような視線を俺に差し向けた。
男の名はエドムント。この西の砦の長である。
砦の長、エドムントは改めて俺たち四人――俺、イェーナ、トビアス、ラウレンスを見渡して、口を開いた。
「既に報告は受けている。サイラスの件は残念だった」
犬歯を覗かせながら唸るようにエドムントは言う。やっぱりネコ科の猛獣っぽいなと頭の隅で考えつつ、俺はちらりと隣のイェーナを盗み見る。その表情は暗い。
まあ当然だろう。父や兄のように慕い尊敬していた相手が亡くなってからまだ一日も経っていないのだから。
そう、イェーナがこの件に関して暗い顔をするのは分かる。
「しかし、かの大地の神を見事討ち果たしたことは称賛に値する。彼の魂もこれで心残りなく還ってゆけるというものだ」
だが、そう続けたエドムントの顔もまた晴れやかなものではなかった。イェーナの表情は悲嘆や後悔だが、彼のものはどちらかといえば不満、そして憎悪のような……?
そうして顔を見つめていると、ギロリと睨むような視線がこちらに向けられた。
「特に、あー、カジナと言ったか。お前の力がこの件では大きな助けになったと聞く。この西の砦の一同を代表してその勇気と力をたたえよう」
エドムントの唸るような声は、確かに俺を形式上とはいえ称賛していた。
だが、俺に向けられた表情は険しいなどというものではない。まるで俺が仇敵であるかのような鋭い視線と顕わになる牙。どういう風の吹き回しか知らないが、どうやら俺はこの男に少なからぬ敵意を抱かれているようだった。
「他の者も此度はご苦労だった。今夜は存分に休息を取って欲しい」
そう言うなり砦の長は立ち上がり、剣の放つオレンジ色の輝きと共に、足早に広間を後にした。
「やれやれ、一晩の休憩しかよこしやがらねえとはなぁ」
「相変わらずしみったれよのぉ。コソコソ貯めこんどる酒でも出せばよいものを」
堂々と愚痴を吐きながら大広間から繋がる階段を下りてゆくのはトビアスとラウレンスの二人だ。
「ちょっと、お二人とも! 聞こえてしまいますよ?」
「いいんだよ、ああいう奴は目の前で言ったって気にもしやがらねえさ」
二人の後ろに付いて歩くイェーナは慌てた様子で二人をたしなめようとするが、トビアスはお構いなしに愚痴を続ける。
そして俺、カジナはそんな三人の後ろを少し遅れて付いて行っていた。
今更会話の輪に入れないとか、そういうわけではない。彼らとはまだ出会って一日も経っていないが、少なくとも俺は気の許せる仲間だと思っているし、今の会話だってその余裕があれば普通に入っていける……はずだ。
だが、今はそれよりも気になることがある。
「……さっきから黙っておられるが、どうかされたかの、カジナ殿?」
「え、あ、ええとその、ちょっと気になることがありまして」
短い階段を下りきってホールのような場所に出たところで、俺は切り出した。
「あの、砦の長、なんか不機嫌そうだったんですけど、俺何かしちゃいました?」
いきなり「敵意を感じた」なんて物騒なことを言うのはまずいかと思い、少しやわらかめにそう聞いてみたのだが。
「そうか? 別にいつも通りだと思ったが」
と、トビアス。
「というか大体いつも機嫌悪いからのぉ」
と、ラウレンス。
「特にカジナ様の振る舞いにおかしなところはありませんでしたし、気になさることはないかと」
と、イェーナ。
……うん、まあ俺より付き合いが長い三人にそう言われてしまえば、俺からは何も言えないのだが。
「そ、そうですか。じゃあ気にしすぎですかねー、はは」
なるべく軽い調子でそう答えた俺だったが、しかしラウレンスは首を縦には振らなかった。
「うーむ。確かに考えすぎという可能性が大きいが、奴が何やらよからぬことを企んどる可能性もなくはない、か……」
そうしてラウレンスはしばし考え込んだ。そして、
「よし、カジナ殿には誰か一人付いておくことにするかの。というわけで麦酒でもあおりに行くぞトビアス」
そう言い放つなり、頭一つ分高いトビアスの首根っこを抱え込み、ラウレンスはさっさと歩いて行ってしまった。
「ちょ、待てよジイさん。あんな麦酒なんか飲んだって果実酒の替わりにゃならねえぞ!?」
「お前さんは知らんかもしれんが、タルで飲みゃ安い麦酒でも酔えるんじゃぞー」
「アホか、そんなに飲めるかっての! っていうか何気に力強いなアンタ!」
やいやいと言い合いながら建物の出口へ向かって遠ざかっていく二人の背中を見送ってから、俺は思わずイェーナと顔を見合わせた。
「えーと、置いて行かれちゃいましたね……」
「まったく……勝手な人たちですよ、ほんとに」
イェーナはしょうがないなとでも言うかのように、穏やかな笑顔を浮かべていた。
その顔に魂を抜かれたかのように見入っていると、イェーナは表情を少し困ったようなものに変えてこちらに向き直った。
「それで、少し寄りたいところがあるんですが、一緒に来ていただいてもいいですか?」
「ええ、もちろんです」
見とれていた俺は、ほぼ何も考えないままにそう答えていた。