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神の礫・下

 唸りを上げて一直線に飛来するのは直径3メートルもの岩塊。直撃すれば石垣だろうが鉄筋コンクリートだろうがただじゃすまないだろう。

 もちろん、この場で対抗できるのは俺しかいない。

「俺が打ち返します!」

 叫びつつ、俺は仲間たちの前に躍り出る。

 だが、巨人の脚一本を粉砕した俺にとってこの程度はもはや敵ではない。相手が今更こんな攻撃をしてくることの真意が気にはかかるが……。

 岩塊がほぼ一直線に飛んでくるせいでタイミングは取りにくいが、しかし見切れないほどではない。とりあえず今この瞬間は目の前の脅威にだけ集中する。

「うおお!」

 自らを鼓舞すべく雄叫びを上げ、拳を握り、大きく踏み込む。

 ドゴォンと激突音を響かせて、拳は岩に命中。

 当然のように拳は岩塊を押し返し──


 直後、全身の血液が冷水に変わってしまったかのような錯覚を感じた。

 その瞬間に何が起きたというわけでもない。ただ見えた、そして気付いた。

 殴り飛ばした直径3メートルの岩塊は、ライナー性の打球のように真っ直ぐに跳ね返っていく。

 それは俺の見立て通り、ただ重くて硬くて大きいだけの岩石の塊だった。

 それで十分だったのだ。

 打ち返した岩塊が猛スピードで離れていき、覆い尽くされていた視界が一気に晴れる。そして見えたのが、今まさに迫り来る第二の岩塊と、巨人を形作る岩塊群の中から飛び出してきたばかりの岩塊──第三の岩塊だった。


 巨人の姿を象るように間隔を開けて宙に浮かぶ岩塊の数は、ざっと見ただけでも優に百は超える。加えて、先程の大規模な地面の操作からしても、地面から砲弾として新たな岩塊を作り出すことは造作もないだろう。

 俺は岩塊を放たれるたびに打ち返さなければならず、そのたびに多少なりとも体力は削られていく。

 つまり、大地の神は大きさや重さではなく、数で俺を潰すつもりなのではないか。俺の体力が尽きるまで。

 一で足りねば十、十で足りねば百、百で足りねば──


 頭を振って、次の岩塊へと無理矢理に意識を切り替える。踏み込み、全身を使って拳を叩き込む。

 鳴り響く衝突音の後、岩塊は俺の拳に押し負けて放物線を描いて打ち返される。だがその行き先を見届ける暇もなく次の岩塊が迫ってくる。

 予感した通り岩塊は俺に息をつかせる暇を与えないように絶え間なく放たれ続ける。そうと分かっていても、俺には打ち返し続ける選択肢しかなかった。

 俺の後ろにはイェーナ達がいる。俺自身だって直撃を受ければ命はない。

 だから、だから俺は──。

「まだまだぁ!」

 なおも雄叫びを上げ、俺は岩塊の連射に抗い続けた。



 振りかぶり、打ち返す。振りかぶり、打ち返す。また振りかぶり、打ち返す。

 そのたびに轟音が響き、衝撃の余波で地面が揺れ、また一つ荒野に転がる岩が増える。

 だが、それももう長くは続かない。

 分かってしまうのだ。

 フォームは乱れ、その影響か初めはほとんど感じなかった打ち返す瞬間の手ごたえが、今はずっしりと重く感じる。加えて、打ち返した後の岩塊の飛距離だって最初の半分にも達しなくなった。

 限界が近い。

 振りかぶる右腕は既に重く、鉄の塊にでもすり替わってしまったかのようで、呼吸だってままならないし、視界だってブレにブレている。

 だって、そりゃそうだ。おそらくそういう訓練を受けていないであろう俺の体が、普通の人間の平凡な肉体が、全力のパンチをそう何回も休みなしで打てるはずがない。

 それでも、岩塊は変わらず飛んでくる。

 やはり、初めからこれが大地の神の狙いだったのだろう。そう、大地だ。俺は今更ながらそれが比喩でもなんでもないということを理解していた。

 相手は正真正銘の()()()()()()。人間なんかとは存在のスケールが違う。アリとゾウどころか、釈迦の手のひらの孫悟空レベルだ。

 そんな俺がここまで善戦できたのは、単に相手に手の内がバレていなかったおかげでしかない。

 そして、岩塊が目の前に迫った。

 左足を踏み込み、右拳を振りかぶり、無理矢理に気力を振り絞るように雄叫びを上げながら、

「あああ──」

 しかし、それは間に合わなかった。

 俺の右拳は確かに岩塊を捉えた。だが、威力の乗り切る前に当たってしまった拳は完全には岩塊の勢いを打ち消せず、俺は真後ろに弾き飛ばされた。


 ◆


 何度目の迎撃だったろうか。

 ついに恐れていたことが起きてしまった。

「か、カジナ様……!」

 飛来した岩塊と打ち合ったカジナの拳が弾かれ、岩塊はかろうじて打ち返したものの、カジナの決して大きくない体は後ろにいた私の方へと吹き飛ばされてきた。

「カジナ様……無事ですか、カジナ様!」

 体を抱き止めながら、思わず私は叫んでいた。だが、肉体は力なく崩れ落ちる。

 その目は閉じていた。


 そんなカジナへ向けてか、大地の神は少女の声で言う。

「98回、か。想定よりも遥かに短かったが、いずれにせよ結末は不変だ。そうと知りながら挑み続けた精神は称賛に値するが」

 そして少女の体を内に取り込んだ巨人は、その両腕を左右に広げ、じわりじわりと持ち上げ始めた。

「では、貴様らにはこの地上から消えてもらおう。そう、人間のことごとくを殺戮し、地上から骨の一片も残さず消し去ることこそ我らが使命。我が領域にて砕け散り朽ち果てるがよい」

 巨人の腕が肩の高さまで掲げられると、腕を構成する岩塊一つ一つに眩いほどの白い光が灯った。



 カジナの体を地面に横たえ、膝の上に力なくしなる頭を乗せた。

 見た限りほとんど外傷はないが、荒い呼吸と滝のような汗は彼の苦闘を物語っていた。

 そこまでして守られていた自分の不甲斐なさが心に刺さるが、しかし今はそれどころではない。

 今すがれるのは一人、ではなく一柱しかいなかった。

 私はずっと宙に浮いたまま戦況を見ていた、人の頭ほどある灰色の目玉に向かって顔を伏せて頼み込んだ。

「カジン・ケラトス様、どうかお力をお貸しくださいませんか。お力をお貸しいただけるなら、どのような捧げものでも……!」

 だが、返ってきた答えは非情なものだった。

「そいつはできねーな」

「な、何故ですか! カジナ様は貴方様の大切な神憑きでは──」

「弓使いの娘よ、おめーは海に落ちた矢まで拾いに行くのか?」

 必死の抗弁を押しとどめたのはそんな問いかけだった。

「い、いえ、それは……」

「行かねーよな? そういうことだ。いくら気に入っていようが人間なんて矢も同然っつーのが神ってやつだ。俺様だって神憑きを失うのは少々痛いが、この程度を超えらんねー駄作なら俺様の望みは果たせないんでな。神なんてそんなもんだ」

 カジン・ケラトスの言葉には感情らしい感情がなく、だからこそその言葉が本心に近いものだということが否が応でも分かってしまう。

 だが、そうなればもう打つ手は……と諦めかけた私に、もう一つだけ目玉の姿の神は声をかけた。

「そろそろカジナが目を覚ますぜ。諦めるのはそれからでいいだろ」

 直後、その言葉通りカジナの瞼が開いた。


 ◆


 目覚めて真っ先に飛び込んできたのは、綺麗な黒を髪と瞳に湛えた不安げな少女の顔だった。

「カジナ様……ご無事ですか?」

 言われて、俺は気を失う寸前の記憶を思い出した。

 そう、俺はあれを打ち返しきれなくて……。

 瞬間、俺は慌てて上体を起こした。

 飛び込んできたのは両腕を煌々と光らせる巨人の姿。

「あ、れは……」

 見ただけで分かってしまった。あれは大地の神ゴトス・ユエの本気だ。当然、全力などではないのだろうが、たった数人の人間相手に出すような力ではない。


 そして、俺ではあれに抗うことはできない。


「に、逃げろ! あんなのどうしようもない!」

 思わず、俺は叫んでいた。

 だが、返ってきたのは妙に落ち着いたトビアスの声だった。

「そいつぁ無理だぜ、カジナ殿。逃げようもんなら先に串刺しになるのがオチだ。試しちゃいないがそんぐらい分かるぜ」

「じゃあ……」

 もうどうしようもない。口には出さなかったものの、俺は確信してしまった。

 そんな俺に死を告げるべく、大地の神が声を発した。

「これより我が礫が貴様らを打ち負かす。潰れよ、砕けよ、朽ちよ、そして死ね──否、そしてコロス」

 直後、巨人は左右に広げた両腕を霞むほどの勢いで正面に差し向け、その両腕を爆発的に明るさを増した白い光が包み込んだ。

 光は岩塊一つ一つに力となって宿り、推進力へと変わる。

 その様は、腕全てを弾丸として放つ超質量の弾幕。あるいは超大規模散弾銃(ショットガン)

 視界の全てを埋め尽くすかのような巨岩の数々は、一つ一つが先程まで俺が打ち返していたものと同程度の大きさで、その密度は先程までの比ではない。


 俺は、立ち上がれなかった。

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