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第6話 魔女と勇者


 軽く握られたロブの手には、大きめの懐中時計にも似た円形の黒い塊があった。

 パームピストル。

 手の掌に収まる大きさの短銃であるが、現実に存在しているものは射程も短く、命中精度も低い。

 弾数も少なく、口径も小さいが、こと接近戦においては高い効果が発揮される武器である。

 もっとも、ロブはそんな銃のことなど存在すら知らず、十五年の戦いで必要としたからこそ生み出した銃であった。

 超接近戦で使用するため、やはり命中精度は低め。装弾数も一発であるが、ロブならば念じるだけで装填可能であるため超接近戦に使う分には問題はない。

『夢幻銃砲』に成り果ててからは銃の創造に一定の制限が生まれていたが、それでも実体弾、非実体弾共に大口径銃並みの威力はあった。

 どんな体勢になろうとも、銃でぶち抜けばいい。下手な拳や蹴り、武器など不要。

 攻撃を受けないこと。動けなくならないこと。死なないこと。

 それがロブの体術のすべてであった。


 そんなロブの奇妙な戦い方に犬たちはグルルっと唸りを上げて牙を剥くが、ロブも眉間に皺を寄せていた。

 堅くて、速い、五匹の犬。

 しかも、異能持ちとはいえ銃の携帯免許を持っていないロブは、あまり派手な銃を使って目立つわけにもいかない。

 犬に効果的かつ派手さがない銃。

 そんな銃があったかねと考えていると、ロブはふと犬たちの後方に目をやった。

 ふわりと屋上に現れたのは『界越えの魔女』、ベルタ・アンデールであった。

 ベルタはロブに目もくれず、いつの間に回収したのか、額を押さえてべそをかく三匹の犬をやんわりと撫でている。

「……やっぱりあんたの犬か。放し飼いにすんなよ」

「番犬に吠えられるのは不審者よ? こっそり狙うアナタが悪いわ」

「あんたが悪いんだから仕方ない」

 ロブとベルタがお互いを計り合っている中、ロブに攻撃を受けなかった残りの二匹の犬がじりじりと後退し、何人もとおさずと言わんばかりにベルタの前で仁王立ちした。

「知らないわぁ、連盟が勝手に指名手配したんだから。アタシにはまったく心当たりはないのよ?」

 結婚詐欺は痴情のもつれ、業務上横領や窃盗は男がくれたプレゼント、界境法違反にしても単身で界境を越えることの何が悪いのかまったくわからない。

 結婚詐欺を除き、ベルタと関わった男たちは誰一人として政府に訴えるという手段は取っていない。代わりに、その妻であったり、恋人であったり、部下や子供が被害を訴えていたのである。

 結婚詐欺にしても、ベルタは一言たりとも結婚するなど言った覚えはなかった。

「そのあたりのことはどうでもいい。俺は連盟の法律なんぞ知らねえからな」

 どんな法律なのかもわからないのだから、善悪の根拠とするには弱い。

 アルセリアに尾行を勧めたのはこっそりと銃弾を得るため。それにしたところで、アルセリアにベルタを捕まえたいという意思があればこそ。よもやあそこまで猪突猛進だとは思いもよらなかったが。

 指名手配だけを理由に自ら捕まえる気はなかったが、誰かが捕まえるというのであれば止めもしない。

 現状、それが連盟のことをほとんど知らないロブの立ち位置であった。

「あらぁ? それならなんでアタシを狙ったのかしら。あの娘がお気に入りなの?」

「今のところは、後腐れがないなら、程度さ。あんたこそ、よっぽど気に入ったんだろ? こうしてすぐに逃げられるんだ。そうでもなきゃ、あんな追いかけっこに付き合わないだろ」

「可愛らしいわよねえ。でも、それだけじゃないのよ? なぜ現地調査員でもないあの娘がこんなところでうろうろしているのか。それがちょっとだけ気になったのだけど。ん~、理由はアナタかしら? 異能持ちのようだし」

 気怠げなエロスやおっとりした口調になんとなく騙されそうになるが、困り眉の下にあるエメラルドのごとき双眸は、ただ静かにじっとロブを見つめていた。

「さあ、どうだろうな。本人に聞けよ」

「あの娘はきっと頑固だから無理よぉ。まあいいわ。それより、そろそろアタシを狙った理由を教えてくれないかしら?」

「ちょっと、気に入らなかっただけだ」

 ロブは階下の路地、めちゃくちゃになった路地をちらりと見下ろした。

「ん~、でもそれはあの娘が追ってきたからだし、多分、申請すれば連盟が補償するはずよ?」

「人様に迷惑かけんなって話だ。それにな、わかんねーけど連盟とやらがすぐに補償するのかよ。調査が入って、補償金が入るまでどれだけ時間がかかるんだよ。半日か、一日か、一週間か? その間の生活はどうするつもりだ」

 すべての人間が困窮するわけではないが、困窮しない人間がいないとは決していえない。それに金銭では補償できないものが破損していれば取り返しがつかない。十年二十年をかけた秘伝のタレとか、使い込んで手に馴染んだ商売道具とかがそうであろう。

「それはアタシじゃなくて連盟の問題だし、あの娘だって同罪よ?」

「当たり前だ。俺もアルセリアもやるさ。まあ、後始末さえするならあとは好きにしていい」

「いやよぉ。面倒臭いもの」

 そこまで言って、ベルタはきょとんとした顔をする。

 ロブの手が、指鉄砲が向けられていた。

「とっ捕まえられたらよかったんだが、まあ仕方ない。後始末、やっていく気はないか?」

 『界越え』なんて技術を持っているなら、捕まえるのは困難を極める。

「やっぱり異能持ちなのね。でも、いやよぉ?」

 ベルタが、消失する。

 そのときには、ロブも引き金を引いていた。

「……これで弾切れか。まあ、嫌がらせ程度にはなっただろ」

 見事に、逃げられた。

 半ば予想していたとおりの結果に、ロブは肩を竦め、『指鉄砲』ではなく『透明化』した銃を消した。

 魔王討伐前ならば『界越え』も防げたかもしれないが、今のロブに対抗策はなかった。

 やれることはせいぜい嫌がらせ。

 王城をペイント弾で済ませたのは王城にいるかつての戦友たちを傷つけないため。

 今回のは本当にただの悪あがきであった。


 ロブはふと、視線を感じて目を向ける。

 そこには、犬たちがぽつんと残されていた。

 えっという顔をして、ロブと見つめ合う犬たち。

「「「「「……」」」」」

「……意外と、マヌケだな」

 呆れるようにそう言いながらロブが腰の銃を抜こうとしたところで、犬たちの足元に魔法陣が生まれ、犬たちはホッとした様子でその中に飛び込んでいった。


***


「――魔女はっ」

 アルセリアがようやく追いついたときには、すでに屋上にはロブしかいなかった。

「逃げられた」

 ロブの返答を予測していたのか、アルセリアの顔に落胆はなかった。

「わかりました。行きましょう」

 ロブが何か言う前に、アルセリアはくるりと反転して階段を降りていってしまう。

 すぐに追いかけていったロブであるが、思いのほか足の速いアルセリアに追いついたのは階段を降りきり、路地に出たところであった。


 だがそこで、ロブは言おうとしていた言葉を呑込む。

 アルセリアはもうすでに、後始末に追われる路地沿いの店の手伝いを始めていた。

 当然、アルセリアに向けられる店主たちの視線は複雑なものがあった。

 彼らも、連盟が悪党を追う意義はわかっている。

 だが、店主たちにも生活があった。

 申請さえすれば補償は行われる。ただ、全額か半額か、いつ頃になるかはわからない。その不安が、調査員であるアルセリアを見る目を厳しくしていた。

 だが、アルセリアはやめない。

 その姿に、ロブもめちゃくちゃになった路地の後片付けを始めた。

 それでもそんなことを続けていると、

「……嫌じゃなかったら持っていきな。どうせ売れないし、捨てるっていうのもあれだしね」

 おばさん店主からロブとアルセリアに渡されたのは、傷ついた柑橘類であった。色とりどりの果汁が紙袋から少しばかり漏れていたが、すぐに食べる分には申し分はない。

 二人は礼を言って、喜んで受け取った。

 

 そのあとも列車の発車時刻ぎりぎりまで店を回って後始末をしていたが、その作業中、アルセリアは何度かじっとロブを見つめることがあった。

 実のところ、ベルタの伝声魔法がかかったままであったアルセリアには、ロブとベルタの会話が一部始終聞こえてしまっていた。

 連盟の調査員であるアルセリアのミスによって生じた一般人への被害、ベルタという追われる立場からの連盟批判。それに対するロブの返答。

 連盟のことをよく知らないロブがベルタに影響されてしまったのではないか、アルセリアはそんな危惧を抱いていた。


***


 一方のベルタは、隠れ家のベッドの上で四肢を投げ出し、蠢いていた。

 ベルタは界越えにこそ成功していたが、ロブの力を完全に見誤っていた。

 放たれた銃弾は光速に迫り、簡易障壁も貫通して、ベルタの胸に直撃していた。

 なんらかの制約があったのか、外傷は一切ない。もしこの銃弾に殺傷能力があったらどうなっていたかを考えると背筋が凍るが、それ以上にこの銃弾が厄介であった。

 小指ほどの弾丸はベルタの肢体を一切傷つけることはなかったが、まるで尺取り虫のように身体を這い回っていた。

 何をしようと取り除けず、ただただくすぐったい。

「あっ……そこは、はぅ……」

 ベルタは隠れ家に帰ってきて早々にベッドへと倒れ込んでいた。

 もっとも、この銃弾の効力は本来こんなものではなかった。

 かつては、体内に潜り込んだ弾丸が内臓も魔力も食い破るというえげつないものであったが、『夢幻銃砲』に成り果て、弾速の光速化と障壁貫通という付与を行ったために、今となっては拷問にならない程度にくすぐるだけ。

 もしかすると戦闘中なら我慢できる程度のくすぐりであったが、そんな緊張感もない状態では妙に気になり、気になってしまうとあとはもう弄ばれるだけであった。

 豊満な肉体に汗を浮かべ、肌も露わに身悶えするベルタ。

 その周囲にはベルタを追うようにして帰ってきた使い魔の犬たちが、あわあわと右往左往していた。

 ベルタが対処できないならば、ただの二足歩行の犬でしかない彼らにできることはなく、ただただご主人様の回りをくるくる回るだけ。


 くすぐりは丸一日ほど続いた。

 ベッドの上で悩ましげな荒い息を繰り返していたベルタに、使い魔の犬たちがタオルやベルタの好きなワインを甲斐甲斐しく差し出している。

 ベルタはそれを受け取り、犬たちを撫でながらもぽつりと零した。

「……絶対、許さない」

 上半身を起こしたベルタの後ろで、ふわふわくるくるした大量の金髪がまるで孔雀の羽のように大きくゆっくりと広がっていった。


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