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第4話 銃弾を求めて

 ――ロブはその足で初めて、新しい異世界に降り立った。


 これまで、いくつかの異世界に停車するも、諸般の事情で降りられずにいた。

 先進世界である『七十八番世界のマルスス』、界境列車が通れるほどの巨大な地下トンネルが無数に走っている地下世界、電子情報生命体が行き交う電子の海で構成された電子世界など。

 七十八番世界は時刻表の都合で、地下世界はロブの環境適合が間に合わず、電子世界はそもそも降車すら不可能であった。

 そんな理由もあって、ようやく降りることができたロブの感慨はひとしおであった。


 界境列車とプラットホームを中心に露店市が形成され、その周囲には蜘蛛の巣状に路地が広がっていた。

 燦々と降り注ぐ太陽光の下では、竜の幽霊焼きや飲料用アイスガソリンの量り売りといった屋台が威勢のいい掛け声をあげ、隅の薄暗いほうでは体中の至る所に歯車を身につけたドワーフが移動販売車で武器を売り、歩く小木に腰掛けた魔女が枝に乗せた薬や細工物を売っている。

 歴戦のリザードマンが派手な服のエルフを侍らせ、執事服を着た人間が車椅子に座る怪しげな人魚をかいがいしくお世話していた。

 先進世界の洗練さなどまったくない猥雑とした人混みであったが、ロブにとってはその漂う怪しさが心地良く、自然と口元が緩んだ。

 ここは『百九十九番世界・サンドリス大陸ルーバ共和国交易都市ドルーラ』、界境列車や無数の異世界の存在を多くの者が知っており、幾多の世界の産品が玉石混淆で集まっている街であった。


 ロブはアルセリアに案内されながら、界境列車で少しばかり稼いだ金を使っていくつか日用品を買い求めていた。

 西の辺境にあった家に戻ることなく、ほとんど着の身着のままでアルセリアの誘いに乗ったせいで、薄手の服や下着などが不足していたのである。

「とりあえずはこれで十分か」

「もし足りない場合は列車内で買うことも可能です。少々割高ですが」

「へえ、避妊具なんかもあるのか?」

 一歩間違えれば、いやもはや完全なセクハラであったが、アルセリアは動揺することなく答えた。

「あります」

「それは娼館的なもんもか?」

 ロブはニヤニヤと、どこぞのエロ親父っぽくそう続けたが、アルセリアはやはり動じない。

「ありません」

「ならこの街で済ませちまっていいか?」

「許可できません。最低限の検査はしてありますが、あなたにはまだ病気等の予防処置がされておりません。我慢してください」

「そりゃしんどいな。なら、あんたが相手してくれてもいいんだが」

「……調査員の業務にそれは含まれておりません。我慢してください」

 最後だけは声のトーンが少しばかり冷え込んだが、結局ロブが引き出したい言葉は出なかった。

 ニヤニヤした笑みをピタリとやめたロブは、このマニュアル対応臭い堅物をどう打ち崩せばいいかと頭を悩ませる。

 何も我慢できないほど女に飢えているわけではない。いや、合意の上であればあっさり頷いてしまうほどには準備万端であったが、今の目的は違っていた。

 銃弾を補給しておきたい。それだけであった。

 そのためにはアルセリアが一緒では困る。異能があるのになぜ銃弾を買う必要があるのか、という疑問を抱かれることすら問題があった。

 どうにかアルセリアの隙をついて、銃弾を買う。それが今の命題であった。

「ちょっとトイレに行っていいか? ああ、先に列車に戻っていていいぞ」

 ロブは露店市の外れにあるトイレに目を向けた。

「では列車に戻りましょう。さほど距離は変わらないのでトイレはそちらでお願いします」

 現地の男子トイレでは自分が入るわけにいかず、防犯上問題がある。アルセリアはそう考えただけで、ロブの意図を察しての返答ではなかった。

「無理だ。漏れる。そのちょっとの差が天国と地獄の境目だ」

「……わかりました。わたしも同行します」

 アルセリアの生真面目な眼差しに負けまいとロブも見返す。

「……わかった。よろしく頼む」

 ほとんどチキンレースの様相を呈してきたがロブは引けないし、アルセリアもマニュアルから逸脱するわけにはいかない。

 一歩一歩トイレに近づくごとに、ロブの想像もリアリティを増していった。

 子供のように小柄で、美少女といっても過言ではないアルセリアが見守る中、用を足す。そのあまりにグレーな展開になってしまっていいものかどうか。

 しかも、嘘。

 そもそもアルセリアが少しばかり目を離してくれればいいだけなのだが、これではそれも適いそうにない。

 そんな葛藤を抱えながらトイレの目前に辿り着いたところで、ついにロブが白旗を上げた。

「……すまん。大丈夫そうだ」

 アルセリアはそうですか、と至極あっさり返答した。

 ロブは内心でぐぬぬと悔しがりながらも歩き出し、今度はわざと人混みに入り込む。

 はぐれた感を装うつもりであったのだが、それも失敗に終わった。

 どこへ行こうとしても、アルセリアの大きな目は常にロブを視界に収めており、はぐれそうになるとすぐに歩くのをやめて、ロブの隣に戻ってきてしまう。


 どうしても離れられない。

 ロブはふてくされたような顔で歩調を僅かに緩め、アルセリアの背中をじっと見つめた。

 エルフか妖精のように華奢で小柄。だが、服の上からでもうっすらとわかるほどに首、腕、背中、そして臀部の筋肉は鍛え上げられており、隙も少ない。

 何より、任務に忠実かつ生真面目で、その強い目は常に周囲を警戒していた。


 これはもうお手上げかね、と諦めたところで、ロブの目はとある路地に釘付けになった。

「――へえ、さすがは異世界だ。浮いて移動しているやつまでいるとはな。しかも美人さんとか」

 ロブの何気ない一言であったが、アルセリアがぐるんとこちらを振り向く。

「――どこですかっ……あれは」

 問いながら、ロブの視線を追ったアルセリアは目つきを鋭くした。

 ふわふわでくるくるした大量の金髪は足元まで伸び、側頭部にはその金髪に埋もれるようにして生えている羊の巻き角の先端が見え隠れしている。

 淡褐色の肌に困り眉、茫洋とした目つきにぷっくりとした唇。両肩を露出したシャツに腰元を絞ったロングスカートという派手さのない装いであったが、その肢体は極めて肉感的で熟れきった果実のようであり、それでいて張りと瑞々しさを失っていなかった。

 アルセリアは今にも飛びだして行きそうになるも、寸前で堪えた。

「……知り合い、って感じでもないな。訳ありか?」

 アルセリアはそれとなく女を視界に収めたまま、小さく早口で答えた。

「――ベルタ・アンデール。別名『界越えの魔女』と呼ばれ、窃盗、結婚詐欺、業務上横領、界境法違反等、積もり積もった賞金額は総額四百八十万七千ゴルド。単身での界越えを得意とする異能持ちの賞金首です」

 日本円にしておおよそ四百八十万円という金額は賞金首としては小物で、殺人等の凶悪犯ではないため殺して捕まえることもできないが、それでも犯罪者には違いない。

 見過ごすわけにはいかないアルセリアであったが、ロブの護送という任務がある。軽々に追うことはできず、飛び出せなかった。

 異能持ちの犯罪者を捕らえるという調査員としての使命感と、任務を果たさねばならないという義務感の間で揺れているアルセリアを見て、ロブは閃く。

「こんな人混みだ、捕まえるのも難しいだろ。とりあえずこっそり尾行して、ねぐらでも見つければ儲けもんでいいんじゃないか。それくらいなら別に規則に反しないだろう?」

 数秒の逡巡のあと、アルセリアはいつもの強い目つきで頷いた。


 こうしてベルタという魔女の追跡を始めたロブとアルセリアであったが、尾行を始めてものの数分で尾行が露見してしまう。

 先を歩いていたはずのベルタが突然振り向き、アルセリアを見て思議そうに小首を傾げたのである。

 蠱惑的なそれは男であれば骨抜きにされそうなものであったが、女であるアルセリアにしてみれば明らかな挑発であった。

 尾行がばれたのなら捕まえるまでといわんばかりに、アルセリアは猛然とベルタを追い始めた。

 ロブはその様子に苦笑いを浮かべる。 

 アルセリアの尾行が下手すぎた。

 身体は小柄だが、その強い視線を隠し切れていなかった。

 それに意外と猪突猛進で激情家。エルフではない、というのも納得である。多少の個人差はあれど、彼らは一様に、不気味なまでに冷静であった。

 アルセリアのまっすぐな怒りを見て取ったベルタもどこか呆れた顔で、ふよふよと逃亡を始めていた。


 炎天下の人混みの中、ベルタのあとを追うアルセリアとロブ。

 その中で、ロブだけがゆっくりと追跡から離脱していった。

「どうにかなったな」

 無事、アルセリアからはぐれたロブは目をつけていた銃器屋に向かう。

 そこはプラットホームの周囲にある露店市よりも少し奥、蜘蛛の巣状に広がる路地のちょうど入口にあった。

 その銃器屋はトラックの荷台を改造し、片面を全開できるようにしてあり、様々な銃がガラス窓の向こうにずらりと並んでいた。

「――どの世界でも比較的手に入りやすい銃と弾を見せてくれ」

 魔法方式だけでなく、火薬方式であったとしても使用できない世界があるとロブはアルセリアから利いていた。

 片目を機械化したスキンヘッドのおっさん店主は、胡乱な目でロブを睨んだ。

「妙な注文をしやがるな。……まあいい。免許を見せな」

 ロブはつい天を仰ぎそうになった。

 銃の売買になんらかの制約がないはずがないのである。

「……ない」

「……まあ、詮索はしねえが、免許がねえなら売れねえな」

 店主はロブの腰の銃をちらりと見たが、それについては何も言わなかった。

「……そうか。なら、せめて見せてくれないか」

 雨に濡れた捨て犬のような目をしたロブを不憫に思ったのか、それとも銃の愛好家同士なんらかのシンパシーを感じたのか、厳つい店主は黙って棚から一丁の銃を取り外した。

 青みがかった金属の枝といった風な自動拳銃であったが、どことなく魔法使いの短杖を想起させるデザインであった。

「売れねえが教えておいてやる。『汎用魔導式自動拳銃グエンドL8』だ。弾は9ミラゲイズ実体弾と1Fゲイズ非実体弾、散弾にも対応している。連盟加盟国ならどこでも撃てるだろう。装弾数はどちらも十五発。オプションにはシールドやジャミングもある。護身用には十分だが、ちと高値なのが欠点だ」

 ミラはそのままミリメートル、Fはファイアボール一発相当の威力という意味であった。

 あまり銃らしくない異世界の銃と銃弾をロブは手に取り、食い入るように見つめた。

 だが、そんな時間も呆気なく終わりがきた。


 何かが崩れ落ちるような音と怒号をロブの耳は捉え、銃から音のしたほうへと向けられたその目は鋭く細められていった。


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