第3話 新王と連盟
ロブが転生してきた世界、ハノーヴァス王国の至宝とまで謳われたメイダス城は、無残にもどぎつい七色に染まっていた。
十五年の戦いを耐え抜いた城壁から天辺にある美しい尖塔、さらには門番、使用人、王族、滞在中であった貴族から他国の使者まで漏れなく染め上げられていた。
この奇怪な事態に、新王は呼び寄せていた各国の使者との謁見を延期。
今は眉間に皺を寄せて玉座に座り、誰もいない謁見の間で虚空を睨みつけていた。
王城を一瞬にして染め上げた、決して消えない七色の塗料。考えるまでもなく、こんな馬鹿げたことができる存在など一人しかいない。
「……あの愚民めが。なんのつもりだ」
新王は憎々しげに呟き、玉座の背もたれに体重を預け、腕を組んで瞑目した。
すると、新王の身体が一瞬びくりと震える。
数秒か、数十分か。
新王は一瞬時間の感覚を失ったが、そのかわり、真実を得た。
「――ワルズ商会の商会長を呼べ」
一時間も経たずに、一人の男が跪いていた。
「……面を上げよ」
新王の言葉に中年の男が面を上げ、さらには無礼にも立ち上がって王をまっすぐ見上げた。
普段ならば王の周囲が叱責する所業であるが、今は新王のほかには誰もいない。正確には影の護衛たちがいるのだが、新王の命令で護衛の任に徹していた。
「……ワルズ商会のリチャード・ロウ商会長。いや、異界連盟とやらの現地調査員と呼んだほうがいいか?」
この世界の住人には一切告げたことのない正体を看破された中年の男は、しかし不敵な笑みを浮かべた。
くすんだ金髪をオールバックにし、スラリとした体躯と姿勢はまるでダンサーのようで、今は貫禄すらも漂わせている。
「なるほど、神託が降りましたか。それではもはや隠す必要もありませんね。改めて名乗らせていただきましょう。異界連盟全界機関調査部現地調査員のリチャード・ロウと申します。今この時より、異界連盟からの正式な使者ともなりますので、ご承知くださいませ」
新王は酷薄な目でリチャードを見下ろしていた。
「我が国をネズミのように嗅ぎ回っただけでは飽き足らず、保護と銘打ち勇者を勝手に連れ出した。その上で厚かましくも正式な使者を名乗るなど恥ずかしくはないのか?」
そんな新王の威圧にもリチャードは真っ向から見返した。
「転生召喚などという無責任な手を使ってまでも国を保ち、そこまでして呼んだ者の報酬を取り上げ、指名手配までして追い詰めたのは恥ずかしくないのですかな? ――まず一点、連盟より警告します。即座に転生召喚の術式破棄を求めます。仮にもし破棄せず、使用が判明し、我が連盟の人民を無差別召喚、つまりは拉致するようであれば、連盟は即座に宣戦布告します」
宣戦布告などより、報酬である年金を取り上げたことや、指名手配を知らなかったことに新王は内心で舌打ちした。
「転生した時点で、あれはこの世界のものだ。まして魔王の出現を知りながら世界の外から傍観していた者共に道義を指摘される謂れはない。術式など知らぬ。あれは勝手に現れたのだからな。しかし、欲しいというのであれば好きにすればいい。あの勇者に、もはや魔王を殺す力はない。用済みだ」
勇者が力を失ったという部分で、今度はリチャードが内心で驚く。
新王にリチャード、どちらも自分たちの知らぬ情報を突きつけられながらも、表情はかわらない。
「ふんっ、話はそれだけだ。去れ」
リチャードは新王に慇懃無礼な礼を返すと、あっさりと謁見の間を立ち去った。
王城を出たリチャードは一つ伸びをする。
するとその懐がもぞもぞと動き、ぬるりとスライムが顔を出した。
スライムはそのまま肩までよじ登ると、ぷよんぷよんと可愛らしく跳ねて、頬ずりする。
「評判どおりの新王ですね。あとは……勇者の力ですか。これは調べてもらう必要がありますね。まあ、身柄はすでに確保していますから、最悪生きてようが死んでいようが問題ありませんね」
青いスライムが同意するようにぷるんと震えた。
リチャードが去ったあとも、玉座で思考を巡らせている新王。
新王はかつて王弟であった頃に王とその息子を毒殺し、王位を奪った。
だが、やったのはそこまでで、端金の年金など止めてはいないし、指名手配もしていなかった。
ロブの人格も生まれも何もかも認めていないが、たった一つ、その戦闘力だけは認めていた。だからこそ、不干渉を貫き、玉座を得る際にも藪を突くような真似はしなかった。
戦後は、お互いに不干渉。それがロブと王弟の間にあった暗黙の了解であった。
なのになぜ、年金は止められ、指名手配がかけられ、勇者がこの世界を飛び出したのか。
実のところ、もう想像はついていた。
前王派の連中が、勇者の怒りを新王に向けようと画策したのである。罪人の刑罰の決定はともかく、指名手配程度に王の裁可など必要ない。
こんな半端な策が曲がりなりにも機能してしまったのは、前王と王子の死や新王の即位で王都が混乱を極めていたからだ。
そしてその中で勇者への策謀が図られた結果、新王が勇者を排除すべく密かに動きだしたのだと、周囲の貴族や官僚が勝手に忖度してしまったせいであった。
「ふんっ、その程度で逆らおうとは……」
ロブの性格も加味しない杜撰な計画は、前王派にはその程度の連中しか残っていない証拠であった。
確かに、前王は平時であれば慈悲深い優秀な王であった。
そんな王であったからこそ、平民であった勇者ロブを十分に生かすことができたというのも否定はできない。
だが、異種族との融和、奴隷制度の廃止、平民に対して銃の配付等、いくら魔王を倒すためとはいえ、平民でしかない勇者の言い分を聞きすぎてしまった。
それでももし魔王討伐後に平民の増長を防ぐ手立てを打っていたならば、貴族たちの支持を失うこともなかったのだが、何も手を打たなかった。
いや、打てなかった。
だから、見限られた。
不甲斐なくも東部貴族たちは魔王に領地を奪われ、汚染された。
だがそれゆえに、終戦まで最前線に立ち続けた。
しかし、戦後の論功行賞では報われず、汚染された大地の復興も遅々として進まない。王国にそれだけの余力がなかったともいえるが、それは言い訳にはならない。役に立たなかった西の貴族の領地を削ればいいだけの話である。
汚染された土地では生き物は育たず、魔物も凶暴となる。
大地を耕してしばらく日光に晒す。それを三度も四度も繰りかえしてようやく元に戻る。ゆえに復興は遅々として進まなかった。
復興の支援のみでは、東の貴族たちは郎党を食わせることもできない。
元の領地に戻れぬ貴族たちは不満を貯めていた。
元奴隷や異種族が人間たちと同じように振る舞っているのも目障りで、かつての王国の栄華は失われたようにしか見えなかったはずである。
だからこそ、王位を奪い、西の貴族の不正を暴いて断罪し、役職と領地を優秀な東の貴族に分配した。
「……腰抜けめ。だから平民は役に立たん」
もしロブが血を厭わなければ、結果は変わっていたかもしれない。
もっとも、ロブにどこまで統治能力があるのかは甚だ疑問であるが。
「――屍なきところに平和などない」
新王は王座に座ったまま、再び虚空を睨み始めた。
新王と異界連盟の接触より七日後。
ハノーヴァス王国は周辺の小さな国、里を吸収し始め、いつしかハノーヴァス連邦王国を名乗るに至った。
魔王討伐からおよそ二年。
ハノーヴァス王国は大陸を統一した。