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第31話 審問会のなりゆき


 終着駅に至る界境列車の旅はロブの市民として、そして調査員としての適性試験を兼ねていた。


「しかし、ハノーヴァス王国での記録と貴方を護してからの行動から、一般的な市民以前に異能持ちとして不適格との分析結果が出てしまいました」

 連盟では、単純な異能所持の場合は届け出のみで許可が下りるが、ある一定水準以上の異能持ちに対しては『異能の所持及び行使』に関して適性試験を義務づけていた。

「試験ねえ……アルセリアは知ってたのか?」

「……いえ、初めて知りました」

 市民、調査員、異能持ちとしての試験を、任務中にするなどアルセリアは聞いたことがなかった。

「リゴット調査員の任務は保護と勧誘だけです。派遣が急遽決まったことや私が偶然車掌をしていたことで、後付け的に試験が決まりました。そして、これはリゴット調査員への最終試験でもあったのです」

 アルセリアはまさか、という思いであった。

 そしてすぐに、最終試験の結果がどうであったのかと気になった。ただ、聞かずとも半ば予想できてしまうだけに、続きを促すことができなかった。

「へえ。で、どうなんだ?」

 そんなアルセリアの葛藤を無視して、ロブが無遠慮に尋ねてしまった。

 アルセリアはロブのデリカシーのなさに苛立つのが半分、しかしもう半分はよく言ってくれたというのが、正直なところであった。

「……残念ながら調査員としては不適格と言わざるを得ません」

 あっさりそう告げるキューバスの涼やかな回答に、すとんと抜けそうになる全身の力をアルセリアはかろうじて堪える。

「どこもかしこも騙し討ちか。いいご身分だな」

 ロブどころか迎えによこしたアルセリアまでもをこっそり試していたとあって、ロブも気に入らない。

「これから試験を行います、などといちいち言うのは学生までです。それくらいは大人なのですからおわかりかと」

「まあ、社会はそんなもんかもしれんな。なら、そう判断した詳細は教えてくれるんだろう? よもや保護して、気に入らないから捨てる、なんて言うまい?」

「ええ。それがこの審問会の目的です。我々も実際に貴方と言葉を交わし、最終判断を下したいと思っています」

 そう告げて、キューバスは話し始めた。

「具体的に一つずつ事例を挙げていきましょう。まず四百十二番世界、フェイクエリクサー所持の現行犯で逮捕されかけていたご婦人を助けた件です」

「知らないな。それらしいことがあったのは見ていたが、俺は別に何もしていないさ。それとも、何か証拠でもあると?」

 ロブはあくまで、何もしていないというスタンスを貫く。

「……いえ。使い魔による撮影ですらその瞬間は捉えられませんでした。では、ここでは仮に、ということで話を進めましょう。仮に貴方が助けたのなら、という形の試験問題だとでも思ってください」

「まあ、仮にそうだとして、何か問題でもあるのか?」

「あの助けられたご婦人の亡き夫がスパイであり、彼女に重要な情報を託していたとしたら、どうでしょうか?」

 四百十二番世界では、東西南北にある四つの大陸それぞれに統一国家があり、世界会議を構成していた。四ヵ国の間では戦争こそない起きていないものの、水面下では激しい暗闘が繰り広げられていた。

 そんな中、未亡人の亡き夫も南のスパイとして、西大陸のエントワール王国に潜入していたが、財産と探り当てた機密情報を残し、あえなく死んでしまう。

 未亡人は夫がスパイであったとそのときに知ったわけだが、そのときは子供を守るため界境列車に飛び乗るのが精一杯であった。

 だが、列車はエントワール王国に戻ることになる。

 逃げ場などないことを悟った未亡人はその機密情報を連盟に持ち込み、亡命しようと画策した。

 機密情報を手土産に、より有利な亡命条件を連盟から引き出すため、エントワール王国に隠したままの機密情報の詳細文書を回収するべく単身エントワール王国に戻ったのである。

「――つまり、あの少々横暴な騎士がフェイクエリクサーを使ってまで逮捕しようとしたのは、スパイに対処しなければならない国として当然の行いであり、仮に、貴方があのご婦人を助けたのだとしたら、その動機は正しかったと言えますか? 未亡人の行いに正当性があったと言えますか?」

 あの事件の真相をじっと聞いていたロブであったが、そこには小揺るぎした様子すらなかった。

「あくまで、仮にということで答えようか。――俺が見たのはほぼ協定違反といってもいい手段で、女を現行犯に仕立て上げた悪党だけだ。そんなに捕まえたいなら正式な手段で捕まえればいい」

「相手が悪党ならばどんな手段を用いてもいい。それが正義だと?」

「そもそもが強権を用い、不当な手段で行われた摘発だ。正当な手段で救うのは難しい。少なくとも俺にはそんな手段は思い浮かばない。奴隷をのさばらせておくような王の専制国家なら、一度罪が決まれば覆ることなどほとんどないからな。であれば、ああいう方法も一つの手段だろう、とは思う」

 ロブが転生したハノーヴァス王国というのはそういう国であった。

「あのご婦人の情報で何万人もの人が傷つき、死んだとしてもですか?」

「なら反対に聞くが、その何万人を救うためにあの未亡人が犠牲になってもいいのか? あの時点では、少なくとも未亡人に落ち度はない。落ち度があったら正当な手段で捕まえたはずだからな。であれば、未亡人は正しい。よしんば正しくないのだとしても、何万人対一人の戦争でしかないわけで、それは人という獣同士の食らい合いの結果であり、たった一人の未亡人が勝ったとしても、それは悪じゃない」

「わかりました。それでは次に第九百六十一番世界について……」


 キューバスはこのあとも、いくつかの世界でロブが取った行動について質問を続け、二時間弱ほども審問を繰り返した頃、ようやく質疑が終わった。

 キューバスの周囲には、小さな光の画面がいくつも浮いていた。

 ロブからは見えないが、これはこの審問会に参加している幹部たちの意見書であり、キューバスはそれを統合し、結論を出す。

「――やはり、貴方は異能持ちとして不適格です。貴方は表面上は首輪を受け入れようとも、その社会の都合など考えることなくその力を振るってしまう。しかも自覚的に。連盟は中立でなければなりません。連盟法を遵守しなければなりません。勇者の独善でこれをねじ曲げられては困ります――」

 キューバスがそこで一旦切り、こぽりと水泡が湧き上がる。



「――そんな貴方に、その『夢幻銃砲』という異能は危険極まりない」



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