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第30話 特別顧問



 全界機関上層部がロブの拘留を決めたのは、ロブたちが三郎と別れ、界境列車が出発した直後のことであった。

 一介の新人調査員でしかないアルセリアは、その決定に従うほかなかった。

「明日、審問会が行われます。それまでの間、この部屋にいてください。食事は三度。トイレ、シャワーは備えつけのものを自由に使ってください」

「晩酌はないのか?」

 ここに至っても変わらないロブの軽い調子が、余計にアルセリアの気を重くした。

「ありません」 

「そうか。ああ、そうだ。パッシェのことはよろしく頼む」

 ロブの足元にいたパッシェは、まるでいやいやするようにロブのズボンの裾をその平たい嘴で噛み、短い四肢でへばりついている。

 この状況をただの魔動機械が理解しているはずもないのだが、改造につぐ改造でよくわからないことになっているパッシェならばもしやという雰囲気があった。

 アルセリアはそんなパッシェを優しく抱き上げる。

「もちろんです。ですが、明日の審問会にはわたしも同席します。午前中にはこちらに伺います」

「あんまり気にするな。出世に響くぞ?」

「いえ、審問会には必ず参加します。それでは明日、また」

 アルセリアはそれだけをどうにか言って、部屋を出た。

 どうしても、逃げてくれと言えなかった。

 ロブが軟禁されているこのなんの変哲もないビジネスホテルのような一室は、とある異能持ちによって封印され、内側から破ることは困難であった。それに加え、この本部にはロブに勝るとも劣らない強力な異能持ちが十数名、それより劣る者たちを含めれば百名以上が存在している。

 いかに魔王殺しのロブとて無傷で突破することは難しく、失敗すれば上層部の心証を悪化させてしまうだろう。それにたとえ成功したとしても、指名手配されてしまう。ベルタのような界越えの技術を持たない以上、ロブは逃げ切れない。

 だが、だからといって逃げなければ自分が守る、とも言えなかった。

 そもそも上層部にどんな意図があってこんなことになっているのかすらわからない。

 アルセリアはあまりの無力感に涙が零れそうになる。

 もう三十年以上、己の無能さとは付き合ってきたが、それが今日ほど憎いことはなかった。

 直情的過ぎる性分に極度の不器用、融通の利かない考え方、まるで成長しない異能。

 もしかすると、そんな自分がロブを保護したからこんなことになったのかもしれない。

 そう思わないわけではなかった。

 だが、それでも。いや、だからこそ、アルセリアは諦める気はなかった。

 何が起こっているのか見届け、上層部の真意を確かめる。

 アルセリアはいつものように自分を奮い立たせ、今やれることをやるべきだと、早足で職場に戻っていった。


 翌日。アルセリアがロブのいる一室を訪れた。

「おはようございます」

 正午前ではあったが、ロブはいつものようにまだ眠そうな声で返答した。

「それでは出発します」

 そんなロブのノロノロとした身支度を待ってから、アルセリアがそう言った。

「出発?」

 ロブが問い返すも、そのときには壁一面に連盟本部内部の柱や壁などが映し出された。

 次から次へといくつもの柱や壁に切り替わり、そしてあるとき、外が見えた。

「外からは見えていません」

 この部屋自体が動いているのだと、ロブはここでようやく気がつく。

 部屋は上昇しているらしく、界境列車から降りたときにはほとんど見ることができなかった景色が、どんどんと広がっていった。

 五つの世界が融合した世界『フェムグラーデン』。

 そのちょうど融合点にあるのが、この島一つを城にしてしまったかのような連盟本部であった。

 純白を基調とした巨大な城は、人工的に作られたとは思えないほどに曲線美に優れ、どこか女性的ですらある。それが魔法の仕業だとすぐにわかるのは、城の至る所が波打ち、ときに窓の位置すら変わっているからであろう。

 そんな空飛ぶ魔法の城としか形容できないような連盟本部の周囲に、五つの世界が接していた。

 まるで霧に覆われているようであったが、パステルカラー、クリアブルー、黒色、緑色、灰色といったそれぞれの世界が基調としているらしい色にぼんやりと染まっていた。

「アルセリアはどこの世界の出身だ?」

「あそこです」

 パステルカラーが滲んでいる世界であるようで、ロブはアルセリアのピンクホワイトの髪を見て、根拠もなく納得していた。

 しばらくすると、ちょうど天辺で部屋は止まった。

 アルセリアがドアを開けると、真っ暗の闇の中で、ここを歩けと言わんばかりに光の円が等間隔で続いている。

 ロブはアルセリアについていく形で先へ進むと、ひときわ大きな円に行き止まる。

 そして、ちょうどそこに立ったとき、真っ正面に光の柱が立ち、何者かが立っていた。

 車掌のキューバスであった。今は白い調査員服に身を包んでいる。

「――改めて自己紹介させていただきます。異界連盟全界機関特別顧問カレルヴォ=キューバス・オールドマンと申します」

 これにはアルセリアも呆然としていた。

 特別顧問とは長官直属の独立した存在であり、表立って動くことはほとんどない。普段何をしているのかすらよくわからない存在で、一介の事務員でしかなかったアルセリアにとっては雲の上の存在で、その名前しか知らなかった。

 しかも公表されている文書にはミドルネームを省いたカレルヴォ・オールドマンとしか表記されていないのだから、それが車掌をしていたとしてもわかるわけがない。

「騙し討ちのような形になってしまったことは申し訳なく思っておりますが、すべては偶然でした。長官に頼まれて私が界境列車の車掌をしたのも、ロブさんを緊急に保護しなくてならなくなったのも、ちょうどそのときもっとも早く現地に到達できる移動手段として私が車掌を務める界境列車が選ばれたのも」

 それが本当に偶然であったのかどうか、ロブには知りようもないが、偶然だろうと必然だろうと何も変わらない。

 ロブの今の興味は、この審問会とやらがどんな意味を持つかだけである。

 キューバスはそれだけ言うと、審問会の手続きを始める。

「未登録世界、ハノーヴァス王国出身、魔王殺しのロブ。貴方には『未開世界に関する干渉罪』及び『殺人罪』の容疑がかけられております。これらは連盟が召喚被害者である貴方の保護と受け入れに、重大な影響を与える事案であると判断し、召喚被害者保護を定めた連盟法に従って、審問会を行うこととします」

 ロブはキューバスの言葉をしっかりと聞きながらも、異能の補助があってなお見えぬ暗闇の先にぼんやりと感じる気配が気になっていた。

 顔を見せる気はないらしく、ロブの様子に気づいたキューバスもそのことについては触れずに話を進める。

「それではお聞きします。貴方は989番世界、日輪皇国にて現地暴動に巻き込まれた際、一般市民を連れ警察署に避難。そのあと界越えの魔女の協力を得て、自らの意思で暴徒を制圧しに向かった。相違ありませんね?」

 ロブはなんら恥じることはないと、キューバスを正面から見据えた。

「目の前で誰かが殴られそうになっている。それを助ける力があったから助けただけだ。それはおかしいことか?」

「警察署に避難するまでの間ならば正当防衛が成立します。ですがその後、犯罪者と協力してまで暴徒を制圧しに行ってしまった。その結果、二人を殺害し、無数の負傷者を出しています。確かに日輪政府は超法規的に貴方の罪を問いませんでした。しかし連盟法は属人主義の立場を取っており、連盟関係者による殺人には殺人罪が適応されることになっています」

 この殺人罪に関して、ロブが荒野に置き去りにされた第961番世界での殺人も違法ではあるが、状況等が加味されて正当防衛が成立しており、今回は不問とされていた。

「それが法律ならそうな――」

「――異議あり。ロブさんは当時連盟の保護下にあっただけで、連盟員ではありません。日輪政府が不問にした以上、その殺人罪を連盟が裁くことはできません」

 キューバスの言葉を肯定しようとするロブを、アルセリアが遮った。

 アルセリアは昨夜ロブと別れたあと、色々と調べ上げていた。今回の件がどうなっているのかは結局わからなかったが、連盟法については何度も読み返してきた。

「ええ、そのとおりです」

 そんなアルセリアの反論を、キューバスはあっさりと認めてしまった。

 つまるところ、ロブを罰することはできない。

 では、なぜこんなことをしているのか、ロブにはわからなかった。

「それでいいなら審問会なんて必要ないだろ……いや、茶番か」

 建前だけは綺麗に並べつつ、すでに何かが決まっている。これはその体裁を整えるためだけの茶番。

 ロブはそう疑ったが、キューバスの言葉はそれを否定した。

「――いいえ。まず告げて置かなければならないのは、ここまでのすべてが適性試験であったということです」

 唐突なキューバスの告白に、ロブ、そしてアルセリアも耳を疑った。

 

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