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第29話 道半ばにして



 僅か一歩で、ヨシフ・スタルギンは加速した。

 一瞬にしてロブの視界から消え去り、すれ違い、無防備なロブの首筋、手首、心臓をメスで切り裂く。特殊合金でできたメスはロブの戦闘服をあっさり貫通した。

 だが、そこまでだった。

 メスがロブの肌に触れた瞬間、スタルギンの手はまるで金属を切りつけたような硬質な手応えを感じ、安っぽい金属音を聞いた。


 スタルギンは金さえ払えば入学できる大学の私費留学生であった。

 有名大学でコネクションを作り、未来のエリートの思想誘導を行うような合法的な工作員ではなく、留学ビザで入国したあとに姿を消して潜伏し、様々な汚れ仕事を専門に行う非合法の工作員として日輪皇国にやってきた。

 世界でも有数の先進国である日輪皇国には私費留学生などごまんとおり、目的が学習ではなく出稼ぎの生徒も社会問題になるほどいる。スタルギン一人が姿を眩ませたところで、日輪政府が探すことはない。

 そうして日輪の極左組織の支援等をしながら三年ほど活動していたわけだが、藤田三郎に異界連盟が連れてきた同郷人が接触したことで、にわかに忙しくなった。

 そして本国から、極左組織を煽り、ヤクザ同士をぶつけて暴動を起こさせよという命令が下った。

 その際、極左組織への支援ついでに、『超戦士』を投下することに思い至る。これは、人間と複数の魔法具を融合させ、怪力と超高速を合わせ持つ戦士を生み出す極秘プロジェクトの産物である。

 だが、怪力とそこそこの速さは実現したものの、思考能力が著しく低下するという実験結果を受け頓挫してしまった、いわゆる失敗作であった。

 それでもとりあえず街を混乱させるには十分だと判断し、実験体を十体ほど野に放ち、あとはほとぼりが冷めるまで国外逃亡でもと思った矢先、実験体の五体をあっさり斬り殺すような般若面の赤尾に見つかってしまったというわけである。

 この赤尾という人斬りは目標を入力されたゴーレムのごとく執拗で、人体の超高速化を実現したスタルギンをもってしても逃げ切れなかった。

 そこに魔王殺しのロブが乱入したものだから、スタルギンは戦うと見せかけ、そのまま逃走しようと画策する。

 それらしいことを言いながら様子を窺い、一気に最高速まで加速。すれ違いざまにロブとやらを殺せればそれはそれで悪くない。

 そう思ってすれ違いざまにメスを振るったが、その手応えが異質であった。


銃纏ガンコート』。

 ロブが異能で創造した『鎧の形をした銃』、『全身に纏うような銃』で、ロブの顔や身体が金属に覆われたような状態になる。機動力が極めて低下するという欠点はあるものの、その硬さは、かつてニール・フラッグス調査員の異能である『百剣』を防いだ銃身とほぼ同じ硬度であった。


 そんなロブの異能など知るはずもないスタルギンは、メスが弾かれたことを疑問に思いながらも加速したまま後方に抜け、路地を一つ曲がったあたりで逃走の成功を確信した、はずであった。

「――ごほっ……な、にが……」

 加速が解け、まるでつんのめるように姿を現わしたスタルギンは、そのまま勢いよく地面に倒れ伏す。

 すると白衣の至る所から赤い染みが滲み、どんどんと大きくなる。

 全身の激痛と、酷くなる一方の寒気にスタルギンは立ち上がることもできぬまま、意識を失った。

 スタルギンは全身に『モスキート弾』を受け、死亡した。

 これはロブが創造した銃から放たれた特殊な銃弾で、針治療に用いる針のように細いが、重く、強力な貫通力を持つ。スタルギンはそれを百発以上もその身に受けていた。

 ロブがこの銃弾を放ったのは、最初の奇襲のとき。

 スタルギンがこの銃弾を受けたのは、メスでロブを切る直前。

 ロブは『銃纏ガンコート』でメスを防ぎ、最初の奇襲と同時に全方位に向け、数百発の『超低速』モスキート弾で撃っておき、超加速で接近したスタルギンの自滅を誘ったのである。


 『超低速』。

 一見止まって見えるほどの速度で直進しながら、対象が触れてもなおその速度で直進し続ける。

 実際の速度は超低速であるが、その威力は超高速時に等しいという特殊な銃弾であった。

 

 そうしてほぼ一瞬でスタルギンに勝利したロブであったが、スタルギンとすれ違った直後、般若面の赤尾がその懐に潜り込んでいた。超低速で直進するモスキート弾が見えているのか、被弾している様子はない。

 小気味よい金属音が鳴り響く。

 赤尾自体にスタルギンほどの速さはない。だがロブには、赤尾がいつ仕込み杖を抜いたのかわからなかった。

 ロブは奇妙な衝撃に襲われた。

 刀自体は銃纏ガンコートで防いだはずだが、血の気が失せ、膝の力が抜けかける。

「ほう、『鬼魂きこん斬り』を受けてなお立つとは、魔王殺しとやらも伊達ではないようだ」

 赤尾が持つ日輪刀は魔法具であり、刀としての機能の他に、相手の精神を切り裂く力を有していた。ロブはそれにより、精神を斬られた状態にあった。

 異能の副次的作用である精神耐性により、辛うじて倒れなかったロブ。

 そこに返す刀で二の太刀を振るわんとする赤尾であったが、ロブがその手に握った小さな銃、パームピストルを見て、即座に間合いを空けた。

 スタルギンとの戦いを見て、赤尾もロブを警戒していたのである。

「やりにくいな……」

 ロブは苛立ちながらも、銃を回転式多銃身拳銃ハンドガトリングガンに持ち替え、銃弾をばらまく。

 だが、赤尾はあっさりと銃弾を躱し、切り払い、弾いてしまう。

 すべての銃弾の速度を光速から音速、低速まで変えているというのに、赤尾はそのすべてに対応してみせた。

「腕と人格が比例しないのはどこの世界でも同じか」

「……いささか拍子抜けだ。これでは遠間からしか撃てぬ夷狄の魔法使いどもと大差ないではないか」

 そんな赤尾の返答に、ロブは苦笑した。

 スタルギンの超高速戦闘にも楽々対応していたことから考えるに、赤尾は『予測』とでもいうべき技術か、魔法を有している。そこに装甲無視の鬼魂斬りなんていう一撃まで持つのだから、魔法世界の剣豪は広範囲殲滅と中長距離戦を得意とするロブの天敵ともいえるような存在であるかもしれない。

「期待に沿えず、申し訳ないっ」

 ロブは全身にハリネズミのように銃を装備し、全方位に一斉掃射した。

 だが赤尾はなんなく避け、一足で間合いを詰める。

 流れるような動作で仕込み杖が抜き放たれようとして、ロブはやはりそれに反応すらできず。

 だが――。

 ――般若面が砕け散った。

 日輪刀は空を切り、赤尾は全身から血を吹きながら、前のめりに倒れた。

 赤尾が最後に聞いたのは、奇妙な金属音であった。

「やれやれ、化け物だな」

 ロブは銃を消し、どさりとその場に腰を下ろした。

 跳弾。

 それも全方位に放っておいた超低速弾に、ロブが新たな銃弾をぶつけることで、予測不可能な跳弾の嵐を生み出した。一発や二発であれば赤尾にも察知できたかもしれないが、百発単位の跳弾が上下左右斜めを飛び交うのだから避けられるはずもない。

 ロブ自身も銃纏ガンコートを纏っていなければ被弾していたこと間違いナシの、自爆紛いの攻撃であった。

「……けっこう使わされたな。足りるか」

 ロブ小さくそう呟くと、そこにベルタが姿を見せる。

「魔王殺しは伊達じゃないのね?」

「さて、次に行くか……」

 ロブは重い腰を上げ、ベルタと共に暴徒狩りを再開した。


 それから一時間ほどで暴徒を狩り尽くし、ロブたちは夜明けを迎える。

 昨夜の暴動が嘘のように静まり返った街に、朝日が差込んだ。白い陽光に照らされた街は、まるで今誕生したかのような真新しさすらあった。

 ロブは眩しそうに手をかざす。

(……意外とあっさり、なくなるもんだな)

 魔王を倒したあとの二年間とここまでの戦闘で、これまで創造した銃の弾はほぼ使い尽くした。

 今回の戦闘で千発以上を使い、補充がないのだから当然である。

 まだ特殊な状況下でしか使えない銃は残っているし、また新しい銃を思いついたり、見たことのない実銃を見学したすることで多少の補充は見込めるが、これまでのような火力任せの戦闘はできなくなった。

「まあ、こんなもんか」

 ロブは意外とさっぱりしていた。

 魔王は倒した。後悔するような使い方はしていない。一発一発の弾に意味があったと言い切れる。

 なんとなく、これで一区切りついたような心持ちですらあった。

「このまま戻ってもいいことなんてないわよ? アナタのすべてをアタシにくれない?」

 ふわふわ浮いたベルタが背後に立ち、ロブの頭を柔らかく抱きしめた。

「泣きそうになるな。ていうか、泣くぞ?」

 そう言いながらも、ロブは頷かなかった。

 最後まで強情を張るロブに、ベルタはあっさりとその身を離し、犬型魔動機械を魔法陣にしまい込む。

「眠いから、帰るわ?」

「あれ? 送ってくれないのか?」

「いやよ? アタシのものにならない男をどうして送ってあげなきゃならないの? 頑張って歩くといいわ」

 貸し一でここまで働かされた意趣返しか、ベルタは気怠げな笑みを浮かべ、本当に消えてしまった。

「まじか。ここから歩くのか……」

 昨夜の騒動でタクシーなどいるわけもなく、バスも電車もまだ走っていない。

 ロブは肩を落とし、トボトボと歩き出した。


***


 ロブがアルセリアと決めていた待ち合わせ場所、日輪皇国本土に初めて上陸したときの埠頭に辿り着いたのは、出勤ラッシュも終わった頃のことであった。

 埠頭には三郎とアルセリア、そしてエドモンドが待っていた。

「――すべて連盟に任せてある。このまま旅立つといい」

 三郎の口から、日輪皇国はロブの罪を問わない、という意図の言葉が出た。

 超法規的措置であるが、現実としてロブの実力行使のお陰で現場は鎮静化。正体こそばれていないものの、一部の人たちから『銀顔の射手』などと呼ばれ、半ば英雄、半ば都市伝説と化していた。

 そんな存在を罰せられるわけもない。

「もし……いや、そうだな。元気でな。またいつでも来るがいい」

 三郎はロブを日輪皇国に勧誘しようと考えていたが、やめた。

 多くを望んでいるわけじゃないというロブの言葉。そして今なおこうして手柄を誇らない性格。

 日輪に残れば、どうしたってその異能には期待される。三郎が死んだあとは縛られるか、それとも使い捨てられるか。自由とは言い難い立場になってしまう。

 だから、誘いきれなかった。


 ロブたちは三郎と別れ、小型のクルーザーで出発し、界境列車に戻ってきた。

 界境列車に乗り込む直前、これまで黙っていた日本かぶれの調査員、エドモンドが別れの言葉代わりの忠告をする。

「連盟の保護下にあったからこそ、あなたは生きてこの世界を出ることがデキル。その力、過信しないことデス」

 ロブはおどけるように、肩を竦める。

「連盟の保護下にあろうがなかろうが、同じことをしただろうよ」

「本部はこの国の政府のように甘くありまセン」

「どうしたって、なるようにしかならないだろ」

 界境列車のドアが閉まり、ロブは再び旅立った。


 車室に戻ったロブであったが、そのあと他の世界で下りることはなかった。

 残り四駅ほどあったのだが、単純にロブが適応できる世界ではなかった。

 列車内では暇つぶしに新聞や連盟の広報誌などを読んでいたが、終着駅に到着するまで三郎の世界の事件どころか、ロブがこれまで各世界であった出来事が報じられるようなことはなかった。

「さすがに世界を越えて活動するようなジャーナリストはいないか……」

 それがロブにとってよかったのか、悪かったのかはわからないが、こんなときはいつもムキになって連盟を擁護するアルセリアが今日は静かなものであった。

 埠頭で合流してからアルセリアの表情はずっと暗かった。

「……生理か」

 そんなロブの言葉にも言い返さないのだから重傷である。

 そうして終着駅に到着した。

 物見遊山をする暇もなく、ロブはアルセリアに連れられ、終着駅のプラットホームから直通で異界連盟全界機関の本部に案内された。

 そして、通されたのは無機質な一室。

「……調査部の正式決定により、ロブさんを拘留させていただきます」

 日輪皇国で起こった暴動への介入が致命打であったという。

 アルセリアは苦渋に満ちた表情で、そう告げた。


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