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第27話 滲み出た裏



 ヤクザをぶん殴って吹き飛ばしたところで、アルセリアは酔いから覚めた。

 そこで後悔などするわけもなく、スナックの奥から相争ってわらわら増えるヤクザに狙いを定める。

 一息で懐に潜り込み、メリケンサックにした手枷を握って急所に打ち込み、即座に離れる。

 一撃離脱。

 アルセリアが行って戻ってくるたびに、厳ついヤクザが崩れ落ち、呻き声を漏らした。

 確かにアルセリアは、元事務員で十年調査員になれなかった不器用者であるが、それでも特殊部隊染みた調査員試験の訓練を十年続けてきた。ろくな訓練も受けていないヤクザ程度では相手にならない。

 そんなアルセリアの姿に、店の隅で縮こまっていた酔客や水商売の男女はぽかんと口を開きっぱなし。

 アルセリアは認識阻害魔法によって、その特徴的な耳や目を標準的な人間のそれに寄せてある。

 だが、それ以外は特に変更を加えていないため、百三十センチにも満たない小柄な女がヤクザを素手でぶん殴って昏倒させているという現実離れした光景を、周囲に見せ付けていた。

「やっぱり俺の知ってる妖精じゃないなあ」

 ロブがそんなことを呟いたのは、躍動するアルセリアを背後から襲わんとするヤクザの頭にビール瓶を叩きつけたときであった。

 この世界でもビール瓶は恐ろしく硬く、割れることなくヤクザを昏倒させる。

「物騒だねえ」

 周囲からは殴り込みだ、ぶっ殺せ、などという野太い怒声に、刃物をぶつけ合う金属音。それに加えて風切り音や小さな雷の音までしてくるのだから、日本風の魔法世界もなかなかに物騒である。

 ふと見ると三郎もアルセリアをフォローするように動き、柔道か合気道のような技でヤクザをぽんぽん放り投げている。

 三人は誰に言うともなく呼吸を合わせ、スナックの出入口までの道を確保し、客たちに避難を促す。ベルタが戦うことなくのんびりと出入口で手を振っているため、客もどこか安心した様子でそちらに向かった。


「……これで、とりあえず終わりか」

 ロブは誰かがリクエストしたらしい演歌のイントロが流れるだけのスナックを見回し、逃げ遅れた客がいないか確認してから外へ出た。

 だが、そこにいたのは逃げたはずのスナックの客たちであった。

「逃げなかったのか?」

 ロブがそう呟くと、三郎が異変に気づく。

 夜明けまで煌々とした光が絶えることがなく、不夜城の異名を持つ扇籠の歓楽街。元々治安がいいとは言い難い街ではあったが、今はいくつものサイレンが遠く鳴り響いていた。

 他にもどこからか悲鳴や怒声が、果ては爆発音や落雷の音まで。

 遠くのビルの影には黒煙と火の粉が舞い上がっていた。

 客たちは逃げなかったのではなく、逃げられなかったのだ。

 こんな騒ぎになってなお警察は姿を見せず、タクシーを呼ぼうにも来てくれず、どこへ避難すればいいのかもわからない。

「ただのヤクザの抗争かと思ったが……」

 ロブがふと三郎を見ると、すでに携帯電話のような通信の魔法具を取りだし、どこかへと連絡を入れていた。

 数分で話を終えた三郎が、ロブたちにも何が起こっているのかを教えてくれる。どうやら日輪の政府中枢に直通電話をかけていたようである。

 現在、東都の中心を構成する中央区、長田区、大湊区、扇籠区において、事件が多発しているという。

 裏カジノにトラックが突っ込んだ。

 とある組事務所では鉄砲玉が殴り込んだ。

 極左組織と極右集団が衝突し、一般市民らしき新興宗教の信者が無差別通り魔事件を起こした。

 などなど、街角では色々な勢力同士の縄張り争いが散発的に発生し、窃盗や強盗、強姦事件も起こっているという。

 警察はフル稼働で各事件の収拾に向かっているが、まったく手が足りない状況であった。

 三郎も電話で話しながら、周囲を探った。

 三郎を常に影から守っている情報機関の警護員が、今なお姿を見せない。三郎たちの知らぬ間に、何かが起こっていたのであろう。

「これから避難希望者を連れ、近くの警察署に向かう。協力してもらえるか?」

 三郎の言葉に、ロブとアルセリアは頷く。ベルタもついてくるようである。

 ロブたちは避難希望者を連れて歩き出す。

 道すがら、ヤクザ同士の衝突があったり、火事場泥棒的な暴徒を撃退したりしながら、逃げ損ねた人々をさらに回収しつつ、警察署へ向かった。


「――きサマらさエ、いなケれバッ」

 

 突然の怒声。

 ヘルメットを被った男が路地裏から飛び出し、ロブたちに襲いかかる。

 目の前で平均的な日輪人らしい若い男が一気に膨れあがり、筋肉の化け物となった。

 その背丈は倍以上になり、腕や足などはアルセリア一人分でも足りないほどに太い。

 男の名残ともいえるのは、その頭にちょこんと乗ったヘルメットのみであった。

 豪腕が唸る。

 丸太のごとき太い腕で放たれたそれは、まるで砲弾のようにロブたちの間に突き刺さった。

 ボクシングを軽く囓った程度の拙い拳を、四方に散ってあっさりと躱したロブたち。

「――オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ」

 雄叫びを上げ、なおも手当たり次第に暴れる筋肉男。

 避難希望者たちは悲鳴を上げ、幾人かが腰を抜かす。

 それが目障りだったのか、筋肉男はぎらりと睨みつけ、拳を振り上げた。

 だが、そのときにはすでにロブが筋肉男の背後を取り、その手にとある銃を握って、渾身の力で叩きつけた。


銃把鎚ガンハンマー

 銃把がとてつもなく硬いだけの、ほとんどモデルガンといってよいライフル。使用方法は至ってシンプルで、銃身を握り、硬い銃把を棍棒のように叩きつけるだけ。

 個人の武装が極めて制限されているこの日輪でどうにか戦うべく、ロブが生み出した苦肉の策であった。


 背後からの横殴りの一撃にヘルメットは吹き飛び、筋肉男は一瞬動きを止めるも、標的を変えることなく拳を振るう。

 だがすでに、そこには三郎がいた。

 ロブの作ったほんの僅かな間隙にどうにか割って入った三郎は、筋肉男の拳を受け流し、その力を利用して投げ飛ばす。同時に三郎も筋肉男に身を預け、その喉に警棒型魔法具を押しつけ、地面に激突すると同時に放電。

 落下の衝撃と喉への一撃、さらに落雷じみた強力な電撃に、さすがの筋肉男も意識が飛ぶ。

 そこでアルセリアが『魔を捕らふ枷』を用い、その手首を拘束した。

「この世界の魔法も凄まじいな。こんな連中がうようよいるのか」

 三郎は首を横に振った。

 この世界には強力な魔法は存在しない。多くの魔法は魔法具で増幅して初めて強力な力を発揮する。ただ、その魔法具にしても通常の用い方では、人の身体を筋肉の化け物に変質してしまうような力はなかった。

「……おそらくはいくつかの魔法具を体内に埋め込み、魔法的に融合させている」

「そんな物騒な技術が出回ってんのか」

「一度融合すれば二度と元には戻れない。表社会では違法、裏社会とて鉄砲玉ですら使わない」

 技術的に施術できる者が少なく、コスト的な問題で使い捨てにするにはあまりにも高価であった。

 三郎は変貌してしまった男を見下ろす。

 正体は、はっきりしない。見た目どおりなら極左系の闘士。偽装しているのなら極右系の工作員か、それとも召喚者や連盟を目の敵にする過激派の宗教者か。もしかすると、そのうちの誰かに唆された一般市民という可能性も大いにある。

 貴様らさえいなければ。

 三郎や連盟に敵対的な者たちの常套句であった。

 この世界が日本の辿った歴史どおりに時を刻んだとしたなら、おそらくは日輪皇国の敗戦で幕を閉じていたかもしれない。

 だが三郎が召喚されたことで、第二次世界大戦以降、それがことごとく阻止された。

 歴史的にいえば、藤田三郎以後・以前と区別されるほどに、その武力、知識、思想が世界を一変させたといえるだろう。

 己の存在が、歴史を変えてしまった。三郎もそう考えたことがなかったわけではない。

 それでも、三郎自身が胸を張って生きるために、戦争に介入しないという選択肢はなかった。そこに後悔はない。


 三郎が筋肉男を見ていたのは一瞬のことで、すぐに避難誘導を再開した。

 それから三十分ほどをかけて戦闘と避難民の誘導を行い、ロブたちはようやく警察署に辿り着く。

 警察署の前はバリケードが敷かれ、警察官が物々しい格好で見張りについていた。

 ロブたちの背後で、安堵の溜め息が漏れる。

 そこでようやく三郎を影から警護していた者や政府関係者とも接触がかなうと、現在の状況もはっきりしてきた。

 事の発端ともいうべきものは、ロブの素性が日輪政府に露見したことであった。

 ただ、それ自体は日輪政府とエドモンドの会談により、なんの問題にもならなかった。

 だが、諸外国はそうではなかった。

 社会主義勢力が日輪の極左集団を動かして騒ぎを起こし、そのどさくさに紛れて三郎もしくは連盟員を殺すべく暗殺者を送り込んだ。

 極左集団をマークしていた日輪政府はそれを阻止すべく動くが、日輪の大物政治家が三郎を引き抜かれるくらいならば殺したほうがいいと暴走し、極右集団と殺し屋を動かした。

 そこで極左集団と極右集団がかち合い、さらにはそれぞれの組織と繋がりのある反社会的組織が動員された。

 その影では漁夫の利を得るべく他国の諜報員や工作員が動きだし、それぞれにかち合ってしまう。

 そうなればこれまで棚上げされてきた各国の別件も絡み合い、事態はあっという間に泥沼化した、というわけである。

 全員の視線がベルタに集まった。

 ベルタがロブの素性を日輪に教えてしまったことが原因といえなくもない。

「知らないわ? アタシは口止めされてないもの」

 確かに最後のボタンを押したのがベルタなだけであって、そもそもをいえばロブと三郎を会わせてしまったことが原因ともいえる。

 いやそれ以前に、連盟とこの国の在り方に問題があったともいえるし、それを信用しきれなかった国際社会が原因ともいえる。

 誰を倒せば事態は収拾するのか、明確な敵が見えてこない。

 魔王という絶対悪を相手にしてきたロブには、少々やりづらい状況であった。


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