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第25話 夜に酒瓶を抱え


 日輪皇国の首都『東都』。

 その駅の雑踏に、ベルタ・アンデールの姿があった。

 足首ほどまでもある大量のふわふわした金髪と淡褐色の肌は、ほとんど黒髪の日輪人が行き交う駅では異様に目立つ。

 だが、誰もベルタを気にした様子はなかった。

「……もう、なんでそんな山奥にいるの?」

 ベルタは索敵魔法で脳内の地図を確かめながら唇を尖らせ、ふよふよと浮いて進む。

 認識阻害魔法は姿形だけではなく、その歩き方すらも一般的な日輪人のようにベルタを偽っていた。


 それからベルタは列車に乗り、秋日原市で降車して駅を出ると、タクシーに乗り換えた。

 列車に乗り、タクシーに乗り換えるなど面倒この上なかったが、残念ながら『界越え』で行けるのは一度行ったことのある地点、もしくは目視できる地点のみ。

 タクシーはベルタに伝えられた住所まで車を走らせていたが、道半ば、高速で追跡してきた覆面パトカーに止められてしまった。

「ちょっといいかな」

 だが、私服警官の男たちはタクシーではなく、乗客のベルタに降りるように指示した。

 ベルタは嫌そうな顔をしながらも、それに従う。

「――この先になんのようだ」

「ロブのとこに行きたいだけよ?」

 ベルタは端的に目的を告げた。明らかに警官という感じはしないが、連盟の関係者でもない。

「……ロブとは何者か」

 男たちは表情を変えることなく尋ねるが、ベルタはほんの僅かに人では感知できないような苛立ちを感じ取っていた。

「魔王殺しくらいはアナタたちも知ってるんじゃないの?」

「それ以外の素性だ。嘘偽りなく答えればこのまま通そう。言っておくが嘘はつくな。こちらはそれを判別する方法がある」

 真偽判別の魔法、ないしは嘘発見器。魔法か、科学か、それとも異能か。それによってベルタも対処法を変えねばならないが、どちらにせよ面倒臭い。

「教えたらちゃんと通してよ?」

「約束は守ろう」

「……ロブは魔王殺しの勇者。元々は日本にいて、転生召喚されたらしいわ。今は無職だけど、連盟の保護下にあるわね」

 ベルタは連盟と対等の関係にあればわかるような情報を教えてやった。

 ベルタにとっては特に隠すような情報ではなかったが、この世界の状況ではそんな情報すらも重要らしく、男たちは明らかに目の色を変えていた。

 約束どおりベルタは解放され、待っていてくれたタクシーに乗り込んだ。


 そこからさらに十分ほど経過したところで、ベルタはタクシーを止める。

「いいんですかい? 確かに見えていますが、ここからだとまだまだ距離がありますよ」

 遥か先の山の麓に一件の日本家屋があった。

 そこはベルタの目的地であったが、近いようでいてタクシーですらあと二十分はかかる。

「いいのよ」

 ベルタは料金を支払い、両脇にある林以外は何もない道路を歩き出した。

 しばらくして、少しばかりベルタを気にしていたらしいタクシーが走り去った頃を見計らうように、林から何者かがベルタの前に立ちはだかった。

 が、そこにもうベルタはおらず、ベルタを密かに追いかけてきていたあの私服警官たちは悔しげに唸り、ベルタを探すべく四方に散っていった。

 当のベルタはというと、すでに目的の日本家屋の前に立ち、呼び鈴を鳴らしていた。

 あの私服警官たちに行く手を阻まれる寸前に界越えをし、秘密の拠点に一旦飛んでから、目視できていた日本家屋の前に再び界越えしていたのである。

 私服警官たちが気づいたときにはすでにベルタは日本家屋の中に入っており、手出しできない状況であった。


 ***


 ロブが大きなちゃぶ台の上の青いカレー相手に立ち往生していると、呼び鈴が鳴り響いた。

 これ幸いと家の主でもないのにロブは立ち上がろうとするが、それを手で制して三郎が立ち上がってしまう。

 引退前は『大元帥』にまで上り詰め、首相の相談役や皇族の友とまで呼ばれた三郎ならばお手伝いさんの一人や二人いそうなものだが、妻を亡くした三郎はあえて一人暮らしをしていた。自ら客の応対をするなどいつものことであった。

 ロブは仕方なく再び青いカレーと向き合うが、すぐに三郎が戻ってくる。

「ベルタと名乗っているが、知り合いか?」

「こんばんは?」

 三郎は確認に戻ってきたようだが、ベルタは勝手に上がってきたらしく、三郎の後ろから気怠げにそんなことを言った。

 ベルタは相変わらず気怠げそうで、逃亡してきたとは思えないほどに変わりがない。

「やはり知り合いのようだな」

 三郎はロブたちの表情を確認してから、ベルタを咎めることなくカレーの前に座ってしまう。

「……捕まったん――」

「――お腹空いたわ?」

 ロブが言い切る前に、ベルタはロブの横に座り、まだ手を着けていなかった青いカレーを奪い去った。

「ん~、甘すぎないかしら? もう少しスパイスを効かせてもいいと思うけど」

「……これでちょうどいいんです」

 アルセリアとしては、せっかく捕まえたのに逃げてしまったベルタに思うところはあれど、今の自分では捕まえるだけ無駄とわかっている。だが、まるで姑のようなベルタの言葉に少しばかりかちんときた。

「妖精族に近いほど甘いのが好きだと聞くけれど、カレーまで甘くするのはどうかと思うわ? 香りも単調すぎるし」

「甘口カレーですから、問題ありません。それにスパイスばかり効かせても、限られた人しか食べられないようなものは作っても意味がありません」

「美味しい方がいいじゃない」

「わたしはこれで十分美味しいです」

 答えのない戦いを始めてしまった二人であるが、ロブは気になっていた青色という部分がさっぱり言及されないことに納得がいかないものの、口を挟む気はなかった。不毛な戦いに巻き込まれれば損をするだけである。

「飲むか?」

 三郎はこっそりと、カレーにビールという素敵な組み合わせを勧めてくれ、ロブは喜んでコップを受け取った。

「いいのか、あれ。一応、連盟では賞金首だぞ?」

「賑やかなのは悪くない」

 三郎は何故か嫁に甘い舅のように、意外とベルタに甘かった。

 日輪政府のあるこの第989番世界はまだ通常の付き合いができていない。そのため、指名手配犯に関する懸賞金制度を批准していなかった。

 知らなかったといえばそれで済んでしまうのである。

「それよりも、なかなかいけるぞ」

 三郎は青いカレーを食べながら、ビールをぐびぐびと飲み干した。


 夕飯を終えると、ロブが話の続きを促した。

「逃げた理由なんて大したことじゃないのよ? あの男が嫌いなだけ」

 名前すら呼びたくないほど嫌いであるらしい。

 そもそもベルタは、己の過去と殊勝な態度でロブの気を引くつもりだった。

 だから捕まってみたのだが、連行するのがあの巡察調査員と気づいたところでテンションが下がり、拘置所に到着したらなんとなくばからしくなって脱走した。それだけである。

 アルセリアは睨むようにベルタを見つめ、ロブは苦笑する。

「実際に、親友はいたのか?」

「一緒に召喚されてないだけで、他の召喚された子と仲良くなることはあるでしょ?」

「死んでくれと強制されたのか?」

「調査員としての権限と現地勢力の期待を一身に背負ったお願いは、強要とは言わないのかしら?」

「現地人たちの人間関係を引っかき回して、財産を奪ったのか?」

「突然身一つで召喚されて、それでも生きていかなければならないでしょ? 賠償金とか生活費とか、盗むというのもあれだから、優しい男性に頼んで少し寄付してもらっただけなのよ」

 何が事実で、何が嘘か。ベルタの返答ですら、明言されていない部分もある。

 だがそれはベルタ、そしてその世界の問題なのだろうと、ロブは興味を引っ込めた。

「――それで、アタシと一緒に来てくれるかしら?」

 ロブはベルタにいつかされた勧誘を思い出しながら、三郎が持ってきた日輪酒を受け取り、全員分をコップに注いだ。

「質問で返して悪いが、あんたは何がしたいんだ?」

 行く先々でつきまとい、アルセリアの案内では見えなかったその裏側を示唆していく。どこかにリクルートして稼ぐ気でいるらしいが、あえて自分に拘る意味がわからない。


「――楽に稼ぎたいだけよ?」


 無色透明な日輪酒をコクリコクリと飲んでから、ベルタはそう答えた。

 ロブに虚仮にされたことは屈辱であるが、ロブを堕としてしまえばそれで溜飲は下がる。そのあとはロブが稼げなくなれば捨てるだけだが、それもロブ次第である。

 自由すぎるベルタの返答にロブは妙な納得を覚えながら、ベルタの誘いに答えを出した。

「今は無理だな。連盟にはあの世界から連れ出してもらった義理もある。アルセリアには色々と面倒もかけたしな。それに俺は、さほどたくさんのものを求めてるわけじゃない」

「連盟が何をしているか、もうわかったんじゃないかしら?」

 それでもロブは頷かなかった。

 その反応に面白くなさそうな顔をするベルタであったが、すぐに標的を変え、三郎を見た。

 だが、その手のハニートラップには慣れっこであった三郎はすぐにベルタの思惑を看破する。

「孫と同じような歳の娘に欲情する気はない」

 もはや不機嫌そのもののベルタ。

「……もう、こんなところまで来たのにっ」

 完全にふて腐れ、コップの酒を一気に呷り、ロブにもう一杯と催促する。

「バカンスだと思えばいいじゃないか、なかなかいいところだぞ?」

 三郎の家であるにもかかわらず、主人面してそんなことをのたまうロブが憎らしくて、ベルタは軽く指を振った。

 するとたちまちに魔法陣が現れ、使い魔の犬たちが飛びだしてくる。

 使い魔の犬たちはすぐにパッシェを見つけると、一緒になってころころと遊び出す。

 三郎は何も言わず、むしろ楽しげに酒をちびりちびりとやっている。

「……遊んであげなさい」

 使い魔の犬、そしてパッシェもが目をぴかーんと光らせ、何故かアルセリアに飛びついた。

「ぷっ、な、なんでわたしに」

 無論、ただの八つ当たりである。

 

 それから夜も更けて。

 使い魔の犬たちはパッシェとひとかまたりになって眠ってしまった。

 なんだかんだで使い魔の犬たちと遊んだアルセリアであったが、あのあと酔ったベルタに絡まれて、今はなぜかその豊満な胸に埋もれて一緒に寝ていた。

 起きているのはロブと三郎のみ。

「強いな」

 ロブは首を小さく横に振る。決して酒に強いわけではない。

「……そうか。眠れないのか」

「いつも寝るのは夜明け寸前くらいだからな。習慣はなかなか抜けない」

「……いつからだ?」

 ロブは、返答に詰まった。

「十五年も戦えば習慣など身体にこびりつく」

 三郎は一夜で見抜いていた。ロブが、夜に眠ることができないのだと。

「……まあ、そんなとこだ」

 魔王との戦いでロブはいつも夜警をしていた。

 人間たちは基本的に夜を、暗闇を苦手としていた。だがロブは、異能の補助効果もあって、夜でも獲物を逃がすことはない。

 よってロブは軍隊と行動を共にするようになってから十三年ほど、完全に昼夜逆転の生活を行っていた。

 神経を尖らせて夜を見張り、事あらば出撃する。夜に眠ることはほとんどなかった。

 それは魔王を倒し、二年が経ってもなお身体に染みついたまま。

 ただ、酔いつぶれれば眠ることはできたし、結局夜に寝るか、昼に寝るかの違いで、それほどロブは苦にしていなかった。

「ここは安全だ。安心して眠るといい」

 それでも夜に眠った方がいいのは確かである。酒も呑みすぎては毒になる。

 三郎はそれだけ言うと、その場でごろりと横になった。

 ロブが眠ったのは、その二時間後であった。早いとはいえないが、酒に酔いつぶれたわけでもなかった。


「――遊びに行きたいわ?」

 翌朝、ベルタがまるで祖父に甘えるように、街へくりだすことを三郎にお願いする。あわよくば、奢ってもらおうという厚かましい算段であるようである。

 三郎はロブとアルセリアを見て、心底反対しているわけではないことを確認してから、あっさりと頷いた。



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