第22話 車掌さんの定時報告
界境列車の車掌であるキューバスの仕事は多岐にわたる。
界境列車の運行に保守点検、スケジュールの調整、乗客対応、車内清掃、備品補充まで、警護以外の仕事をほぼ一手に担っていた。
「――各自、持ち場に戻りなさい」
先頭車両のデッキに立つキューバスの周囲には、上下左右隅から隅まで無数の粘体生物が蠢いていた。
スライムたちはキューバスに命じられると、各々珍妙な動きで返答してから、潮が引けるように界境列車の隙間という隙間に消えていく。
スライム種であるキューバスは特定の原生スライムを使役するという種族特性を備えている。
使役とはいっても単純命令のみしかできないが、それでも界境列車の仕事をこなす程度のことは容易であり、スライムたちは密かに界境列車の旅を支えていた。
スライムたちがそれぞれの担当する区域に散っていくと、キューバスは運転室に向かう。
暗室のような運転室では、白い水晶と青い金属で作られたメインパネルが薄く光っていた。
キューバスはメインパネルに触れ、青い仮想パネルをいくつか呼び出し、いつものように定時報告を入れる。
『――よって幽霊たちの帰還は終了し、通常スケジュールに戻る。以上、定時報告まで』
いつもならばこれで終わりであるが、今日は本部より緊急報告が一件あった。
『――ベルタ・アンデールが逃走。これまでの経緯から魔王殺しのロブとの接触が予想される。なお本件についてはリゴット調査員に通達済み』
キューバスの体内から気泡が一つ、コポリと浮き上がった。
『界越えの魔女』ベルタ・アンデールは反連盟的な犯罪者である。
男を籠絡し、その財産を掠め取る。
一言で言ってしまえばやっていることはそれだけなのだが、その稼ぎ方は様々で、名家や財閥、大企業の重役や御曹司に取り入って愛人として財産をせしめたり、連盟非加盟世界に有力な異能者をリクルートして紹介料を稼ぎ、その異能者をも籠絡することがある。
これまでの経緯を考えれば、ベルタがロブを籠絡し、どこかへ紹介することで紹介料を稼ごうとしているのは明白であり、今後ベルタがロブの前に姿を見せる可能性は大いにあった。
『魔王殺し』という称号にはそこまでする価値がある。
特に、連盟非加盟国の多くを占める未発達世界や小規模世界にとっては。
魔王への備えという部分は大いにあるのだが、それ以上に『魔王殺し』を雇っているだけで示威行為になる。
先進世界の間では戦争などほとんど起こらない。自分たちの世界ですらすべてを開発しきってはいないのだから、戦争してまで奪う意味がない。
ただ、小さな世界や未発達世界ではその限りではなかった。
無差別召喚を行ったことで連盟が接触した多くの世界では、無差別召喚の禁止等を条約で結ばされるだけで、技術供与などは行われない。食糧支援程度がせいぜいである。
それは、その世界独自の発展を阻害してはならないという表向きの理由の他に、先進世界が未発達世界を侵略、搾取しないようにするためのものでもあった。
だが、未発達世界で連盟と接触できた者たちはそれが気に入らない。無差別召喚をするような国の多くは魔法文明の世界であり、その多くは王族、貴族が人知主義で政治を行っている。
そのため、より大きな利益と力を欲する。
そんな世界からすれば『魔王殺し』の名と力は大きく、是が非にでも欲しいものであった。
だが、連盟にとってその動きは看過できるものではない。
『突出した力』を保護、管理下に置くこと。
それが異界連盟全界機関に期待されている最も大きな意義であり、そのために『魔王殺し』を保護勧誘し、密かに『界越えの魔女』を捕らえようとしていた。
キューバスはその涼やかな声でぽつりと零す。
「無事に終着駅に辿り着いたとしても……」
連盟の調査員(犬)になるか、己を殺して生きるか、それとも……。
『首輪のない勇者などテロリストと同義』と言われるこの世界において、勇者に自由という翼が与えられることはほとんどない。
***
アルレッキーノとの別れを終えたロブは、界境列車が出発したその夜にラウンジで酔いつぶれ、迎えにきたアルセリアに引きずられて、いつものように車室の寝台に放り込まれていた。
しばらく寝台の中でもそもそ動いていたかと思えば、むくりと身を起こす。
転がり落ちるように梯子を下りて向かった先は、トイレであった。
ロブを寝台に放り込んだあとも本型の端末で作業していたアルセリアは、ふらふら起き出したロブをちらりと見ただけで、また作業に没頭した。いちいち酔っ払いの相手をしている暇はない。
それから一時間ほどもすると、アルセリアは顔を上げた。
「……ようやく申請の許可が下りましたか。これで問題ない、はずです。あとはベルタ・アンデール……手に負えませんね」
自分には手に負えない。アルセリアはこの旅でそれを認めることができるようになっていた。やれることは、せいぜいロブがベルタの誘いに乗らないように牽制する程度だろう。
ふと時計を見ると、あと三時間ほどで列車内時間は夜明けとなる。
アルセリアは調査員服を脱ぎ、寝台に潜り込んだ。
翌朝、早々と起床したアルセリアは一杯の珈琲を飲み、おもむろに立ち上がる。
そして誰もいるはずもないトイレの前へ行くと、スライドドアを三つほどノックした。
返事がないことを確認してからドアに触れるが、開かない。
故障かと考えたところで、アルセリアはすぐにロブのことを思い出し、寝台を覗き込んだ。
いない。トイレで寝てしまったのだ。
「ロブさん、起きてください」
早足でトイレに戻り話し掛けるも返答はなく、ドアに耳をつけると、そこからは小さく鼾が聞こえてくる。
アルセリアの眉間に皺が寄る。珈琲の利尿作用、いや習慣か。
しばらくノックと声がけを続けたあと、
「……隣の車室を借りればいいだけのことですね」
ふとそれに気づき、車室を出ようとすれば、ロブの雄叫びが。
「――とったどーーーーっ」
アルセリアはなんのことやらと思いながらも、ロブに早くトイレを出るよう促した。
***
ドアを叩く小気味の良い音とアルセリアの声にロブがふと目を覚ますと、ドアの近くでうにょうにょコソコソと動く粘液物体を見つけた。
ロブは酔いの残った寝惚け眼のまま、とうっと飛びかかり、両手でむぎゅうと力一杯掴んだ。
「――とったどーーーーっ」
驚いたのは粘体物体、つまりスライムのほうで、ロブはてっきり酔いつぶれて眠ってしまっていると油断していた。
ロブはそのままトイレを出て、アルセリアに見せびらかそうとしてドアを開けると、すぐ目の前にアルセリアがいた。
「……放してあげてください。そしてズボンを履いてください」
アルセリアの表情は驚きから呆れに変わっていった。
「えーー」
ロブはもぞもぞとズボンを引き上げながらも、スライムを放さない。
「変な我が儘言わないでください。それとこの子は界境列車のスタッフです。そして速やかにトイレから出てください」
アルセリアはまだぶつぶつと文句を言っているロブからスライムを奪い、そのままロブと入れ替わるようにしてトイレに入り、そこでスライムを解放した。
スライムは敬礼でもするようにみにょーんと形を変え、そのままどこかへ消えてしまった。
スライムに対して恥ずかしいとかいう感覚があろうわけもない。なんせ排泄物を処理しているのは専業のスライムなのだから。
それからというもの、ロブはスライムを捕獲するようになった。
『魔王殺し』の異名は伊達ではなく、完全に隠れているはずのスライムをどこらかともなく捕まえてくる。
そしてそれをアルセリアが解放するというのも一連の流れとなってしまった。
その夜も二階ラウンジから酔って帰ってきたロブはその手にスライムを握っていた。
スタッフとして乗客に危害を加えるわけにもいかず、スライムにはどこか諦めムードが漂っている。
アルセリアはぐずるロブを寝台に放り込み、スライムを解放すると、ちょうどそこでメカカモノハシのパッシェとスライムが顔を合わせた。
特に害があるわけでもないと、アルセリアはいつものようにテーブルで本型の端末を開き、作業を始める。
三十分ほどが経過した頃、アルセリアはふと奇妙な音に気づいて視線を巡らせた。
するとソファの上で、ぷよんぷよんと小さく伸び縮みするスライムに、パッシェがカパカパと嘴を小さく鳴らして答えていた。
両者に知性と呼べるものはないはずであるが、スライムもパッシェもアルセリアに気を使って、音を小さくしているようである。
アルセリアは小さく微笑んだ。
スライムとパッシェが何をしているのかはわからないが、いつのまにかトイレの出入口ででろんと伸びているロブを見ているよりは心穏やかでいられた。




