第21話 戦友は水面に帰る
何人かの幽霊たちが列車を降り、ベルタが連行され、界境列車は再び旅立った。
さらにいくつかの駅で幽霊たちとの別れを繰り返すと、車室も随分と静かになっていた。
ただ、ロブの仕事はまだ終わっていない。
「――おれがなぜ戦ったのか、あんたならわかるだろっ?」
「知るかっ」
アルレッキーノの無茶ぶりに、ロブはそう叫んだ。
確かにアルレッキーノが召喚される直前から戦死するまでのことは聞いている。
だが、それをそのまま書いただけでは違うというのだからどうしろというのか。
「使命感とか、親しい人たちを守りたかったとか、確かにそれもある。だけど、それだけじゃないんだ。もっとこう内面的で、根本的な、なんでこんなロクデナシなおれが戦ったのか、それを残したいんだっ」
アルレッキーノは召喚される前は少しばかり裕福な商家のぼんぼんであったという。あまり優秀ではないが、金の力で大学に入り、大学でもノホホンと遊びほうけていたのだとか。
「……具体的には?」
「自分でもわからんっ」
アルレッキーノは悪びれることなく胸を張る。
「勘弁してくれよ」
「あんたなら書けるはずだ。おれと同じような……って、呑みにいくんじゃなーーーいっ、行くならおれも行くっ、呑ませろーーーーっ」
逃げるように出て行くロブをアルレッキーノが追いかけていく。
(ロブさんが一人増えてしまったみたいです……)
二人のやり取りを聞いていたアルセリアはそんなことを思いながら、各車両の乗客たちから受け取った幽霊たちの聴取り調書を本型の端末にまとめていた。
そうして数日後、界境列車は次の世界に到着する。
『まもなく、910番世界カルヴァレーゼ海域に到着致します』
時はすでに昼も遅く、ロブはアルレッキーノと話を続けていたが完全に行き詰まっていた。そこでふと、車内アナウンスを聞いて、窓の外を眺めた。
そこには、果てしなく続く、鏡のごとき水面の世界であった。
空は青く、雲を浮かべ、それを綺麗に写しだしている水面には波一つない。
界境列車はしばらく水面ぎりぎりを走ったあと、停車した。
駅名標とプラットホーム、そして界境列車だけが、広大な水面の上にぽつんとあった。
いつものように、アルセリアが説明を始める。
「かつてはここに大きな島がありましたが、百年ほど前に水没してしまいました。それ以来大地が安定せず、駅として設置した座標をその都度動かすのは相応のコストがかかってしまいますので、このような形に落ち着いたそうです。今日はここで一泊し、明日の昼頃に出発予定となっています」
ほぼ水没したようなこの世界では、人々は僅かにある島々で暮らしている。島は定期的に水没と隆起を繰り返すため、人々は船と共に移住を繰り返しながら文明を築き上げてきた。
今では現地調査員ですら、天候と潮のせいで時刻表に合わせてこの場にくることは難しく、界境列車がこの世界を訪れるのは、もっぱら全異世界でも有数のこの水面世界を観光するためであった。
「…………」
そしてここはアルレッキーノの故郷。
すでに水没し、そこに住んでいた人々はどこにいるかもわからないような状況であった。
多くの幽霊がその長い月日の経過ゆえに迎えの一人もいなかったのだが、それはアルレッキーノも例外ではないようであった。
ロブがふと対面にいるアルレッキーノに目をやると、幽霊のくせに肩を竦めて仕方ないという風に格好つけている。
「……とっとと成仏しろよ」
「まだ書いてもらってないからなっ、まだ時間はあるっ」
幽霊たちはこのアルレッキーノで最後である。
だが、これまでのようにパメラと幽霊の感動の別れが起こることなく、アルレッキーノはロブにつきまとっていた。
「ええいっ、未練がましいっ」
「幽霊だからなっ」
やかましいわっ、とロブは逃げるようにして車室を出て行った。
――カパパパパッ
メカカモノハシのパトラッシュ、愛称パッシェが水面をパタパタと泳いでいる。大きさはともなくとして、若干湯船でぱちゃぱちゃ泳ぐ玩具に見えないこともない。
「楽しい、のか?」
その近くで、ロブはプラットホームに腰掛け、あの鏡のような大海原に釣り糸を垂らしていた。
機械仕掛けのゴーレムなのだから沈みそうなもんだが、と思うも泳いでいる。決して構造的に正しいとはいえない機械を強引に魔法でゴーレムにしているとあって、機械的にも魔法的にももはやロブにはまったく理解できないゴーレムとなっていた。
ロブは釣り糸の先端に目を向けた。
逃げては来たものの、どうしたものかと、アルレッキーノのことを考えていた。
するとアルレッキーノが隣に座り、釣り糸を垂らす。パメラの異能がなければ、釣り竿がただ宙に浮いているという怪奇現象が生まれていたことだろう。
「……やっぱ無理だろ」
「そう言わず、まだ間に合うっ、いけるいける」
「そもそもなんで俺なんだよ」
「ラウンジであんたの話を聞いた。魔王殺しも、そのあとも、転生前のことも」
「……」
「似てると思ったんだ。お気楽大学生が召喚されて、国を背負って戦って、そのあとはまあ少し違っていたが、でも結局、かつて一緒に戦った兵士たちを殺さないために逃げたんだろ? なら同じだ」
「……似てる、ねえ」
「――おいっ、引いてるぞ」
アルレッキーノの声で、ロブは反射的に竿を引いた。
グンッとしなる竿、張り詰める糸。
界境列車で貸し出していた竿と糸だけのシンプルな釣り竿であるが、先進世界最先端の竿である。
その強度はロブが力任せに竿を引いてもなんら支障はなかった。
海面に馬鹿でかい魚が揺らめく。
妙に頭部が大きいずんぐりむっくりな影である。
「違う違う、右だ、いや左だっ」
「黙れ、馬鹿幽霊っ」
アルレッキーノのいい加減な声援にロブは苛立ちながらも、魚の動きを指で、目で感じ取る。
異能の補助効果で若干目がよかったり、呪いや毒を受け付けにくかったりする。ロブはそれを用いて、魚の動きを推測する。
魚が海面から跳ね上がろうとしたその瞬間を予測し、引っこ抜いた。
跳ね上がる力を利用された魚は見事に宙を飛び、どさりとアルレッキーノに直撃した。
「のあっ、見えないっ、魔王の陰謀かっ、策謀かっ、できればかわいこちゃんに目隠しされたいっ」
頭部の馬鹿でかい魚にすっぽりと顔を丸かじりされているアルレッキーノ。
魚の中にも当然幽霊に干渉できる魚は存在する。
「これが似てるねえ……」
助けてくんろーーっ、と叫んでいるアルレッキーノを見て、ロブは溜め息をついた。
その夜。
ロブは珍しく書類とにらめっこしていた。
アルセリアが作成したロブの聴取り調書とパメラが作成したアルレッキーノの聴取り調書。
その二つを見比べていた。
「……やっぱり、そういうことかねえ」
ロブはなんとなく嫌な顔をしながらも、何かを思い出すようにしながら簡易端末に文章を打ち込んでいった。
翌朝、ロブたちはプラットホームにいた。
涼やかな朝の水面が太陽光を反射して、眩しいほどに輝いている。
アルレッキーノはそこで、昨夜ロブの書いた聴取り調書を読み込んでいた。隣ではパメラがそれを心配そうに見つめている。
まもなく、界境列車は発車する。これが最後のチャンスであった。
「ん~~っ、まだまだだねっ」
そのいい加減で微妙に偉そうな物言いにロブが言い返そうとするが、アルレッキーノはそれを遮って続けた。
「――だけど、この一文はいい。だからもう未練はないっ」
アルレッキーノはあっさりと水面へ身を投げ出した。海の底へと沈んでいき、そして次第に溶けていく。
人の魂は海に溶け、罪を洗い流し、再び天へ上って、雨となって戻ってくる。それがこの世界の主な宗教観であった。
「……お世辞かね」
ロブは報告書にちらりと目を落とした。
『――善良にまではなれなくとも、正しくありたかった。だからおれは戦った』
この部分が、アルレッキーノの根本に近かったらしい。
だがそれは、アルレッキーノとは関係のない、かつてのロブの気持ちであった。
似ているというアルレッキーノの言葉と、実際に調べて類似性があったロブ自身とアルレッキーノの経歴から、ただただ当時の己を思い出してみただけである。
死の間際に、神らしき存在の問いかけによく考えないまま同意して、転生召喚された。
だが、所詮は就職に失敗しかけていた大学生である。ちょっとだらしない、頻繁に手抜きをするような、そんなありきたりの大学生だったのである。
転生先でも多くの失敗をした。
嫌いなやつだっていたし、罵ったことだってある。殴ったこともある。過剰に反応して殺してしまったことも多い。裏切った者は殺したし、兵士の暴走に激しく折檻したこともある。戦時中は高圧的でもあった。今でもアルセリアによく指摘されているようにハラスメント行為もあっただろう。
決して善良とはいえない。その自覚はあった。
だがそれでも、という思いも確かにあった。
それがロブに、この一文を生ませていた。
ふと横を見ると、パメラが涙ぐんでいる。
昨夜の内に別れは済ませていたらしく、辛うじて号泣はしていない。
ちょうどいいところにあるそのふさふさの狼耳ごと頭を撫でようとして、その寸前でハッとして、ロブは近くにいたアルセリアを見た。
アルセリアはじっとロブを見上げてから、コクリと頷いた。
ロブはほっと胸をなで下ろし、わさわさとパメラの頭を撫でる。
それで涙腺が崩壊したのか、パメラはだばーと涙を流し、そして駆け寄った。
アルセリアの元に。
ロブは宙に残った手を彷徨わせながら、アルレッキーノの消えた海の底を見つめた。
なぜか戦友を見送るような気持ちになっていた。
同時に、達成感のようなものも芽生えていた。
界境列車は再び旅立った。
ちなみにパメラは一度本部に戻るようで、そのまま界境列車の警護員と同じ関係者用の小さな車室をあてがわれた。
「そういやあとどれくらいだ?」
ロブがそう聞くと、アルセリアは端末を見ることすらなく、答えた。
「あと五駅ほどで終着駅に到着します」
長いようで短かった旅路はもう少しで終わってしまうらしい。
ロブはふと、それを残念がっている自分に気づくのであった。




