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第20話 ベルタはかたる

「――無理だっ、寝る」 

 ロブは梯子を駆け上がると、カーテンを勢いよく引き、そのまま寝台に潜り込んだ。

 界境列車は極寒の世界とその次の世界への停車時間を短縮したことで、元々の運行予定を取り戻していた。

 その間もロブはアルレッキーノの聴取り調書を作成していたのだが、上手くいってない。


『生涯のすべてを思うとおりに記録として残せないのはわかっている。だけど、おれの根っこにあるもんだけでも残しておきたい。後世の誰かに、面白おかしく好き勝手に解釈されたくない。まあ、おれ自身も根っこをどう説明したらいいかわからないんだけどなっ』


 その気持ちは、ロブにもわからなくはなかった。

 転生召喚された国を逃げるように出て来たロブであるが、国王となった王弟との仲はまったくよろしくない。今後どんな形で自身のことが語られていくのか、気にならないといえば嘘になる。

 ただ、それと、ロブの文章力の問題はまったくの別物で、書けないものは書けないのである。

 そんなわけで、ロブは絶賛ふて寝を始めたというわけであった。

 

 そこにするりとベルタが潜り込んでくる。

 いつものことであるが、いかがわしいことはしていない。カーテン一枚隔てているとはいえ、衆人環視の元でそんなことをする趣味はなかった。

「……わざわざあんなことに付き合う必要なんてないと思うわ?」

 ベルタはロブの耳元でねぶるように囁く。

 耳朶をくすぐるような小声と柔らかな重みにニヤけそうになりながらも、ロブは下半身に集中しそうになる意識を逸らすように天井を見つめた。

「乗りかかった船だしな」

「今度は、あの狼ちゃんに絆されたの?」

 何度も誘惑しているのにロブが靡かないのはアルセリアに気を使ってのことだとベルタは考えていた。

「どうかね。まあ、一生懸命やってるのは微笑ましいが」

「……ん、一つ面白い話があるのだけど、もうすぐお別れだから聞いてくれる?」

 次の駅でベルタは連行される。

 ロブがベルタの顔も見ぬまま返答すると、ベルタはまるで寝物語のように話し始めた。


 そこはとある異界連盟加盟国であった。

 だがそこで、魔王が発生してしまう。

 魔王の動きは迅速苛烈で、連盟の援軍が派遣される間もなく、爆発的な侵攻を行った。

 世界が瞬く間に侵略されていく中で、連盟の助けが間に合わないと悟った現地人は、禁止されていた無差別召喚を行ってしまう。

 召喚は成功する。

 その召喚された五名の中に、とある魔女とその親友がいたという。

 現地人たちは召喚者たちを突撃させて魔王を倒そうとしたが、そこに連盟の現地調査員が踏み込んだ。

 魔王発生という国家存亡をかけた緊急事態ということで召喚を行った者たちを罰することは延期されたが、五名の召喚者たちはすべて未開世界から召喚されたようで元いた世界に帰すこともできず、かといって魔王が健在であるためこの世界から出ることもできない。

 魔王は感染する。

 魔王が出現した世界では魔王の因子が充満しており、ほぼすべての者が感染しているため、もしそのまま別の世界へ行ってしまえばその世界にも魔王が出現してしまう可能性があった。

 ゆえに例外を除いて、魔王感染世界には入ることはできても、出ることは許されなかった。

 相談の結果、現地人が総力を結集して時間を稼ぎ、現地調査員が召喚者たちを鍛えて魔王を討伐することが決まったのだが、魔女と親友は逃げた。

 魔女は己の身を守るために。親友は魔女を守るために。

 『爆滅の道連れ』。

 それが召喚によって魔女の身に宿った異能であった。対象を必ず滅ぼすかわりに、己も死んでしまうというその力を利用されることを恐れ、二人は逃げたのである。

 現地調査員は二人を追うことなく、残りの召喚者を鍛え、魔王と戦ったが、魔王は強かった。

 じりじりと、しかし確実に殺されていく現地人と召喚者たち。

 すべての召喚者が死に、人々が滅亡の数歩前まで追い込まれたとき、現地調査員が魔女と親友の前に現れた。

「――その異能でこの世界を救ってほしい」

 現地調査員は跪いてそう頼んだが、この世界に縁も所縁もない二人が頷くわけがなかった。

 すると数日後、現地調査員が牙を剥き、親友を人質に取り、魔女に異能の行使を求めたのだ。

 だが、それは親友本人により阻まれた。

 親友は魔女と二人で開発していた界越えの技術を用い、魔女をどこか別の世界へ逃がしてしまう。

 界越えできるのは一人だけ。

 そうして、その世界は滅んだ。

 別の世界に飛ばされた魔女であったが、幸いにもその世界で魔王が発生することはなく、そのあとの人生を生きることになる。


「……めでたし、めでたし、って、もうっ」

 ロブは仰向けのままで目を瞑ってしまっていた。だが、寝ていたわけではない。

「なんで、逃げないんだ?」

 ベルタがなぜこんなことを語ったのかは知らないが、それではなぜ今は逃げないのだろうかとロブはふとい疑問に思った。

「心配してくれるの?」

「そんな殊勝なタマじゃないだろ?」

「……だって、罪を償わなきゃダメなんでしょう?」

 いつだったか確かにアルセリアがそんなことを言った。

 だが、ベルタがそんなことを真に受けるような女ではないことくらい、ロブも気づいている。

「本気かよ」

「本気よ?」

 ベルタはそのままロブに抱きつくようにして目を瞑ってしまった。

「……まあ、いいか」

 ロブもそんなことはどうでもよくなり、いつの間にか眠ってしまった。


 翌日の昼過ぎ。

 とある新興の先進世界に到着した界境列車では号泣するパメラによる幽霊との別離があったが、別の場所ではもう一つの別れがあった。

「――『界越えの魔女』ベルタ・アンデールを捕縛しました。引き継ぎお願いします」

 アルセリアは駅で待ち受けていた巡察調査員のイライアス・カームベルトといくつか書類のやり取りを始めた。

 巡察調査員とは全界機関調査部の調査員で、定められた管轄内の世界を巡回調査している。他にも現地に住み込んで調査等を行う現地調査員や無差別召喚等の禁止行為に対して実力行使を行う執行調査員なども存在していた。

 ベルタはアルセリアの後ろ、界境列車のデッキで連行されるのをじっと待っているようで、ロブはそんなベルタを不思議そうに眺めていた。

「あれは……」

 ベルタが巡察調査員を見て、ついという感じで零した。

「知り合いか?」

「ん~、昨夜話したあの調査員?」

 あの話自体が嘘か真かロブには判断できなかったが、調査員まで存在しているとなると信憑性は増してくる。

「行きますよ」

 だがそこで、アルセリアがベルタを連れて行ってしまった。

「――ご苦労様です。確かに引き継ぎしました」

 イライアスはしっかりとベルタを受け取り、懐から取り出した手錠の片方をベルタに嵌め、もう片方を己の手首に嵌めた。

 アルセリアはそこでようやく『魔を捕らふ枷』を解除し、賞金首を無事に引き継ぎできたことにほっと胸をなで下ろす。

 その横では、イライアスがベルタへ話し掛けていた。

「何年ぶりですかね。ベルタ・アンデール」

 イライアスは陰のある柔和な男であったが、ベルタへ向けるその目は昏く、口調には執念のようなものすら漂わせていた。 

「覚えてないわ、興味ないもの」

 ベルタは素っ気なくそう返す。

「そうですか。まあいいです。じっくりと取り調べさせていただ――」


「あん? そういや、なんでその男は生きてるんだ?」


 ベルタの話が事実だとすれば、生き残っている者はいないはずであった。

 だがすぐに、ロブは事情に気づき、そういうことかと一人で頷く。

「……何を聞いたか知りませんが、その女が世界を一つ滅ぼしたのは事実ですよ。そして当時現地調査員だったボクはぎりぎりで彼らを残して引き上げた。それだけのことです」

 イライアスは眉根を顰めてロブを見た。

「わかってる。執念というか、恨みみたいなものを感じてな、つい言っちまった」

 ロブは別にベルタを非難するつもりも、ぎりぎりで離脱した調査員を非難するつもりもない。

「……調査員といえど情も悔いもありますからね。ただ逃げただけならいい。だけどこの女は世界の存亡の危機にありながら人間関係を散々に引っかき回し、財貨をせしめ、挙げ句一人で逃げたんですよ」

「ん? あんたが親友を人質にとったと聞いたが……」

「人質になどとっていないし、そもそも親友などいない。五名の召喚者の中にこの女と出身世界を同じにする者はいなかった」

「じゃあ、死んでくれと頼んでないのか?」

「頼みはしましたよ。ただ、それだけです。この女はとっとと一人で逃げたんですよ」

 ロブは大きな溜め息をつき、ベルタを見た。

 するといつものように気怠げな様子でふよふよと浮き、小首を傾げる。

「そんなことないわ?」

 すっとぼけるベルタを見て、ロブはなんとなくおかしくなって苦笑してしまう。

 イライアスはそれを見咎めた。

「魔王殺しの勇者さまは随分と寛容なようですね」

「そもそも無差別召喚なんて誘拐だからな。死んで世界を救ってくれと言われても困るだろ」

 もし自分が滅亡寸前の世界の住人や調査員の立場ならベルタに異能を使わせようとしたかもしれないが、逆にベルタの立場ならば見捨てて逃げていたかもしれない。

 誰が悪いのかと言われれば、魔王が悪いとしかロブには言えなかった。

 そんなロブの言葉が気に入らなかったのか、イライアスはその昏い瞳をロブにも向けるが、放った言葉はそれを咎めるものではなかった。

「……せいぜい本部までの旅を楽しんでください。貴方が旅などできるのもその間だけでしょうから」

 そんな不穏なことを言い残し、ベルタを連行していった。

 当のベルタといえば、一度も振り返ることなく連行されていった。

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