第15話 短剣と銃弾は睨み合う
武装客船の居住区に雪崩れ込んできた兵士たちはあっさりとバリケードを吹き飛ばし、反抗する者たちを次々に殺傷。あっという間に、四方にある出入口のすべてを制圧した。
居住区側の迎撃態勢が整っていなかったとはいえ、ほんの一分か、二分の出来事である。
出入口を占拠した兵士たちはそのまま四人一組で居住区に散らばっていく。
暗がりの中、静けさと緊張が張り詰めていた。
唐突に銃声や爆発音、怒声、絶叫が静けさを破るが、それもいつしかなくなって、居住区に再び静寂が訪れる。そしてそれは幾度か繰り返された。
残ったのは降伏した者か、居住スペースで息を潜めている者だけ。
残された女や子供、老人たちとて戦えないわけではない。人数だけならばまだ居住区に住んでいる者たちのほうが多い。
だが、その圧倒的な力の差を目の当たりにして、動けずにいた。
降伏するならば受け入れるという艦内放送もあって、皆殺しにされるまで戦い続けるという方法はもはや選択肢になかったのである。
そんな中、ロブは兵士たちの動きを見ながら、路地をひっそりと移動していた。
ベルタはいつのまにかどこかへ消えていたが、ロブは特に気にすることもなく、物陰からそっとこの襲撃を見つめていた。暗闇の中でときおり警戒灯の赤い光に浮かび上がる兵士たちの一挙手一投足を。
装備に統一性はなく、錆すら浮いている魔動機械を身体の各位に装着している。主な武装は消音器付きらしい銃器と近接武器。全体的に粗野で無精髭が目立ち、血走った目つきや愉悦につり上がった口角は、闘争に酔っているようにも見える。だがそのくせ、その動きに無駄はなかった。
この兵士たちが、ニール・フラッグスという調査員に率いられた組織の構成員で、この奇襲は界境列車救出作戦の一貫である、ということまでロブも理解していた。
ゆえに、これまで手出しはしなかったのだが――。
赤ん坊のつんざくような泣き声が鼓膜に突き刺さった。
それを皮切りに、居住区のそこかしこで女や子供の叫び声があがる。
棚を引き倒したかのような物音。絹を引き裂くような悲鳴。赤ん坊の絶叫。衣服を引きちぎる音。
「ちっ……」
突如として始まった凶行に、ロブは舌打ちした。
一度文明の滅んだ世界。文化や技術だけでなく、倫理観も崩れ去っているらしい。まるで戦国時代か、無法地帯の紛争地域かのように暴行、強姦、略奪が始まった。
これがこの地では当たり前なのかもしれないが――。
ロブは背負い袋に突っ込んでおいたメカカモノハシを取り出すと、兵士が押し入った居住スペースの近くにひょいと転がした。
――カパンッ、カパパンッ
犬よりもカモノハシに似ている魔動機械が、憐れな鳴き声を上げた。
直後、居住スペースから飛びだしてきた兵士によって蜂の巣にされる。
無数の銃弾を食らい、火花を散らした。かろうじて犬らしかった垂れ耳はもぎ取られ、左目や全身に銃弾がめり込んでいた。ますますカモノハシっぽくなったが、悲壮さもぐっと増した。
「ちっ、玩具か?」
兵士は周囲の暗闇を見渡すが、異常はない。
他の居住スペースで金目の物を漁っていた仲間がちらほらと姿を見せたが、すぐにまた略奪を始めてしまった。
「いいところで邪魔しやがって」
兵士は苛立ちのままにメカカモノハシの残っていた右目に銃弾をぶち込んだ。つばを吐き捨て、そのまま居住スペースに戻ろうとして、そこにロブが滑り込んだ。
メカカモノハシを撃って飛び散った火花にほんの一瞬だけ浮かび上がった兵士の装備。戦士のような練度と反応速度、仲間との拙い連携や粗野な行動原理。
その一瞬で、制圧可能と判断したロブは物陰から兵士の足元に滑り込み、両手に一基ずつ構えた回転式散弾銃を発射した。
音もなく発射された弾丸は兵士の顔面に直撃する瞬間、大きく十字型に開く。そのまま顔面を鷲づかみにして全身をも吹き飛ばし、天井にめり込んだ。
十字拘束弾が顎を強撃し、頭部を天井に強く打ち付けた兵士は、その一撃で沈黙する。
即座に、小隊メンバーが異変を察知して居住スペースから飛びだす。だが。
その出鼻を、ロブが挫いた。
音もなく放たれる三発の十字拘束弾。
三人の兵士たちは顔面に受けて吹き飛ばされ、壁に磔にされた。
兵士たちはなおも全身に装備した魔動機械を動かそうとするが、そこでさらに四肢へと撃ち込まれて拘束され、完全に身動きが取れなくなった。
「――動けば殺すっ」
だが三人の兵士たちはロブの警告をあっさり無視し、魔動機械を最大稼働させて、一斉に動こうとする。
兵士たちの身体は動き出す寸前に、再び壁へと磔にされ、そして二度と動かなくなった。
装甲で覆われた胸には、まるで杭のような徹甲弾が突き刺さっていた。
戦闘音を察知し、兵士たちが集まってくる。
だが、なぜかロブが見つけられない。
兵士たちは全員が暗視能力を持つ魔動機械を装備しているが、まるでジャングルのように密集している居住スペースで不審者を見つけることができなかった。
温度感知か、透視能力でもあれば即座に発見できたのだろうが、そこまでの代物はなく、居住スペースに身を隠しながら移動するロブに翻弄され、各個撃破されていった。
「こんなもんか」
おおよそ一区画の壁に兵士たちを磔にしたロブ。
四方の出入口を占拠した部隊は異常事態に手出しを諦め、居住区の封鎖だけに留まっていた。
「……さて、どうするか」
まあ、考えても答えなんぞでるわけないか、と開き直る。
報復しようと近づく住民を追い払いながら、両目に銃弾がめり込んだメカカモノハシを拾い上げ、どうしたもんかと思案を巡らしつつ、両陣営に睨みを効かせていた。
そうしてしばらくすると、出入口の一角に騒がしくなる。
居住区に明かりが灯る。
「――これがどういう状況か、説明しろ」
磔にされた兵士たちを見ながら、男は吸いさしの煙草を踏み潰して消した。その後ろにはアルセリアもいたが、男のほうが偉いらしく、口を噤んで控えている。
鋭くも死んだように光がない緑眼が印象的な中年男性であった。着崩した黒いシャツにダークスーツ、黒いコートを羽織っている。マフィアのボスという印象が非常に強かった。
ロブは至極真面目な顔で説明する。
「犯罪者か兵士かわからなかったから黙らせた。殺したのは反抗した四人だけだ。あとは生きてる。ていうか、あんた誰だ? 俺はロブ。そこのアルセリアのツレだ」
「ニール・フラッグスだ。しかしこれはどういうことだ? 界境列車を救出しに来てみれば、味方に部下を殺されるとは」
「あんな艦内放送で敵味方が判別できるわけないだろ。まして降伏した連中を襲うような悪党じゃあな。敵と勘違いして当然だろ?」
「ここを呑気な文明国と一緒にするな。なぜなんの益もなく貴様らを助けねばならん」
ニールが来たことで、磔にされていた兵士が動きだそうする。その目には敵意があった。
ロブはニールと話しながらも、宣告どおりに回転式散弾銃の引き金を引く。
「――銃ごと貫くつもりだったが……」
弾丸は明後日の方向に弾き飛ばされ、その銃口にはニールが投じた黒い短剣が突き立っていた。
ロブはニヤリと笑って、ニールの斜め後ろに目をやった。
「さっすがアルセリアさんだ」
まるでニールを挑発するかのようなロブを、アルセリアはキッと睨みつけた。
ロブの銃弾が阻止されことで、磔を弾き飛ばした兵士は動きだしていた。
だが、ニールの後ろにいたアルセリアが即座に間合いを詰めて大きな枷で横殴りにし、返す刀で兵士の手首を捕えて拘束。
『魔を捕らふ枷』に拘束された兵士の手首は、魔動機械の出力をどんなに上げても外れなかった。
じろりとアルセリアを睨むニールであったが、アルセリアはなんら恥じることはないと見返す。
「フラッグス調査官、すでにこの船は制圧され、彼らは降伏しています。これ以上の戦闘行為は不要です」
「勘違いするな。制圧したのは我々であって、界境列車の無能な警護員たちではない」
「連盟法の交戦規定には――」
「この世界内の紛争には適応されない。列車の窓から覗き見るだけの観光客どもが、くだらない正義を振りかざすな」
そう言われてしまえばアルセリアは口を噤むしかない。だがそれでも、枷は解除しなかった。
「まるであんたが正義とでも言いたげだな」
ロブが尋ねると、ニールは死んだような目つきのまま懐から煙草を取り出して咥え、火をつけた。
「正義も悪もない。強い者が食らい、弱い者は踏みにじられる。勝者こそが正義と歴史を語る資格を持つ。それだけだ」
ニールは眉間に皺を寄せ、紫煙を薫らせる。
「ならなんの問題もない。あんたらは強かったから武装客船をねじ伏せた。俺のほうが強かったから兵士を蹴散らした」
「――小僧、考えてからものを言え」
ニールの背後から兵士たちが姿を見せる。壁に磔にされていた兵士たちも強引に拘束を解き、ロブを囲む。
いつのまにか、ニールの周辺に黒い短剣が浮かび、羽織ったコートが揺らめく。
異能以外のすべてを切断する短剣を自由自在に操る『百剣』と、闇のように広がって堅固な守護となる『闇護の布装』であった。
だがロブも、一瞬にして完全武装へと換装を遂げている。
両手と肩部、背部、脚部にまで巨大な銃砲を生み出し、全方位へと銃口を向けている。僅かに露出した肌はまるで銃身のように金属質の光沢があった。
まさに一触即発。
「ここの連中は巻き添えか。さすがは勇者といったところか」
「俺の銃弾は狙った奴以外には当たらない。……アルセリアは、まあガンバレ」
正確には、流れ弾になる前に弾丸を消す。この周辺の住民はすでにロブが追い払っており、巻き添えは発生しない。
ついでのように言われたアルセリアであったが、するりとニールの脇を抜け、ロブの背後を守るように立つ。
「で、どうする? 俺だけじゃなくアルセリアまで殺すか」
睨み合うロブとニール。
だが、あっさりとニールは短剣を消した。
「……まあ、いい。車掌とは話がついている」
ニールは血走った目の部下たちを下がらせるが、部下たちの感情は爆発寸前であった。
「どうせこいつらはこの地から去る。そのあと、好きにしろ」
その一言で部下たちは武器を収めた。
そのとおりである。ロブが何をしようと、アルセリアが何を言おうと、この地に残らない限りは住民の運命は変わらない。
ロブは何も言わず半分ほど武装を解除し、アルセリアを連れて、界境列車へと向かった。