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第14話 魔女と一緒に


『――さすが勇者ね』

 『界越えの魔女』ベルタ・アンデールが、ふわりと地面に降り立った。

 ロブは怪訝な顔をする。

「悪いが、何を言っているかわからない」

 イヤーカフスのない耳を指差すロブを見て、ベルタはふわふわと近づき、気怠げな仕草でロブの唇に人差し指を触れさせた。

 すると、そこに小さな魔法陣が現れる。魔法陣はベルタが指を動かすと同時に動き、唇から顎、喉を撫で、胸元で止まった。

「これで通じるんじゃないかしら」

「ああ、通じる。ちょうどよかった。界境列車が乗っ取られた。手を貸してくれ」

 魔王でもない限り、使えそうなものは使う。ロブが知る限り、今のところベルタを生理的に嫌う理由がないのだから、頼むことに抵抗はなかった。

 ロブの頼みに、ベルタが少しだけ目を丸くした。

「ん~、高くつくわよ?」

 ベルタは小首を傾げ、気怠げながらも挑発的な眼差しをロブに向けた。

「貸しで」

「あら、そんなこと言ってもいいの?」

「悪いことじゃないなら手を貸そう」

 頼み事をしているわりに、ちっともその気配がないロブであったが、何故かベルタは了承した。


「なら、この残骸貰ってもいいかしら?」

 ベルタはロブが殲滅した魔動機獣の残骸に目を向けた。

「好きにしてくれていいが、どれくらいで追える?」

「すぐに組み上げるから、そう時間はかからないわ」

 ベルタはそう言って、さっそく作業に取りかかった。

 最悪走って追いかけることを考えていたロブであったが、そこでようやく一息ついた。

 あとはもうベルタを待つしかないと開き直ることにして、趣味と実益を兼ね、残骸の銃砲を眺めだした。

 ロブは残骸の中でも無事そうな銃や砲、残った弾薬などを拾い上げ、矯めつ眇めつする。

 基本である火薬や魔法で発射する銃や砲以外にも、蛙の舌が砲口になっている『蛙口砲フロッグカノン』のような人工筋肉を用いた生物的なフォルムのものから、歯車の力で発射する『歯車銃ギアガン』まで、実に異世界らしい銃砲が揃っていた。


 ロブは適当なところで銃砲見物を切り上げ、ベルタのほうへと近づいた。

 そこでは使い魔の犬たちがせっせとベルタの元へと残骸を運び、ベルタはいつものようにふわふわと浮きながら、地面に描いた魔法陣の上で魔動機獣のパーツを組み上げていた。

「魔法と機械の融合か。難しそうだな」

「けっこう簡単よ? この世界の住人はこうして魔動機獣を利用して生きているからね」

 パーツを集め、組み上げ、ゴーレム化の魔法を用いると、『魔動機械』となる。

 組み上げたパーツが構造的に正確であるほど強力な魔動機械となるが、機械的にあり得ない構造であったとしても、ゴーレム化の魔法で強引に動かすことができる。

 ベルタはざっくりとそう説明した。

 それを聞いたロブは早速とばかりにパーツを漁り出す。

 モデルは二足歩行している使い魔の犬たち。愉快でコミカルな犬たちを見ていて、ロブも一匹くらい欲しくなったのだ。

 無論ロブには機械的な知識などあるわけもなく、出来上がったのは形ばかりの二足歩行の犬であった。

 大きさは小型犬ほど。耳は垂れ耳で魔動機獣のものをそのまま流用し、目はパーツが見当たらなかったためプラスのネジ頭を二つ、鼻も鉄板で代用した。

 それは犬と形容すること自体おこがましい代物であった。二足歩行のカモノハシというのが一番近い。

 当然、それを見た犬たちは首を傾げていた。少なくとも、同種には見えなかったらしい。

 それでもロブはベルタに教わったとおり、ゴーレム化の魔法をかけたわけだが……。


 ――カパンッ、カパンッ


 鉄板で出来た鼻は何故か平べったい嘴になり、およそ犬とはいえないようなもの哀しい音を立てる。手足は短すぎて立つことも出来ず、小さくバタバタ動くだけで、身体は地面にぺたんと伸びたまま。

「……さて、いきましょうか」

 まるで何事もなかったかのように、ベルタは完成した魔動機械に跨がった。

「……狼か」

 ロブが憐れなカモノハシから目を逸らしながらそう言うと、ベルタが不服そうに言い返す。

「犬よ。狼なんかと一緒にしないで」

 ベルタが組み上げていたのは、大型二輪車ほどもある犬型魔動機械であった。

 牧羊犬や番犬はいいが、家畜を荒らす狼はダメだらしい。羊系統の獣人らしい、かどうかはわからないが、ロブはなんとも微笑ましい気持ちになる。

「ほっといて」

 ぷいっとそっぽを向き、早く乗れと言わんばかりのベルタ。

 ロブもそれ以上は何も言わずに乗り込もうとしたのだが、地面に転がるメカカモノハシが憐れに見えて、ひょいと拾い上げて背負い袋に押し込んでから、ベルタの後ろに跨がった。

 すると犬型魔動機獣は動きだし、そのまま一気に加速した。

 

 荒野を駆ける大狼は二時間ほどで界境列車を襲った武装客船に追いつくが、見張りは厳重であった。

 ロブはベルタと相談し、日暮れを待ってから接近し、宵闇に乗じて武装客船の後方から船内に乗り込んだ。

「列車の場所はわかるか?」

「ん~、完全に隠れていてわからないわ」

 ロブに腕を絡ませ、身体を預けるベルタ。ふわふわと僅かに浮いていて重くはないが、色々と柔らかく、香水の匂いも漂ってくる。

「ここまでしてくれれば十分だぞ」

「こんなときでもなければこんな埃臭いところに来ないもの」

 ベルタはまるでデートでもするかのように歩き出した。


 当初、列車ジャックするような武装客船の内部など、盗賊の隠れ家と大差ないのではないかと思い込んでいたロブであるが、その予想は大きく覆されることになる。

 天井は低いがワンフロアすべてが居住区となっていて、スラムのように雑然としてこそいるが、そこには平和な街があった。

 魔動機械は武装だけでなく生活必需品、さらには水やブロック状の栄養素を生み出す食品製造機械にまで使われている。決して豊かとは言えないが、過酷な大地でたくましく生きる人々の姿がそこにはあった。

「おや、見ない顔だね」

 ロブとベルタがそれとなく歩いていると、小さな屋台をやっている老婆が声をかけた。

「ええ。最近来たばかりなの」

「そうかい。あの集落の生き残りだね。大変だったね」

 土と埃だらけのロブとベルタを見て、何か勝手に解釈したらしい老婆は二人を座らせた。

「こんなものしかないけどお食べ。あったまるよ」

 どろりと濁ったスープであった。

 ロブは躊躇いなく口にする。

 コメの形がなくなるまで煮込んだ肉雑炊という感じであろうか。肉など挽肉以下しかないが、風味は十分に感じられた。

 ベルタは口に合わなかったのか、一口手をつけただけ。

「食欲がないのかい?」

「これ、おいしくな――ぶっ」

 心配そうな老婆にベルタが正直に答えようとしたところ、ロブが慌ててその口を手で塞いだ。

 首を傾げるベルタを無視し、ロブはそのスープを横から奪う。

「見てのとおり、肉類はダメなんだよ。俺が代わりに食べるよ」

 ロブの言葉と、ちらりと見えたベルタの小さな羊角に老婆は安心したように頷いた。

「そういや、なんかあったのか? 昼間随分騒がしかったようだが」

 食べながら、ロブは老婆に尋ねた。

「ああ、あれは野良の群れが襲ってきたのさ。随分前に親玉が倒されたっていうけど、ちっとも平和にならないね」

「なんだ盗賊かと思ったぜ」

「ああ、そうかもしれないね。上がなにやってるのか、あたしらにはあんまりわかんないからね、気をつけたほうがいいよ。あんたのツレはぺっぴんさんだからね」

 そこで話を切り上げ、礼を言ってからロブとベルタは店を出た。


 そのあとも街を歩きながら、少しずつ情報を集めていくが、急に船内の明かりがすべて消えた。消灯時間らしい。

 これ以上の情報収集は危険だと判断したロブは、誰もいない薄汚れた路地の壁に蹲った。その隣にベルタも座る。

 不特定多数から噂話を集めただけであったが、その成果は十分にあった。

 武装客船内の人口は小さな街ほどで、コマンダーを倒した男が率いる組織とは敵対している。ただ規模が倍ほども違うため、衝突を避け、どうにか支配されることなく独立を保ってきた。

 しかし最近、おかしな情報が舞い込んだ。

 コマンダーを倒した男が率いる集団が、どこからか強力な武器や人員を得て、さらなる軍事力を手にしているのだとか。

 これに危機感を抱いた上層部は、力の差が致命的になってしまう前に戦うべく、密かに作戦を練っているのだという。

 これに列車ジャックという事実を加えると、朧気ながら背景だけは見えてきた。

 界境列車は、つまるところ現地の紛争に巻き込まれてしまったのだ。

 他にもいくつか気になる事はあったが、これ以上は界境列車を取り返してからだと、ロブは身体を休めることにした。

 消灯したあとも漏れ聞こえていた生活音は消え、今はもう巡回の赤い光がちらつくだけ。界境列車の場所がわからない以上、もう寝る以外にやれることはなかった。

 そこでふと、隣のベルタが気になった。

「……で、こんなところまでついてくるなんて、暇なのか?」

 唐突なロブの問いに、ベルタは心外だと言わんばかりに口を尖らせる。

「今はアナタを追いかけるのに夢中で、暇じゃないわ?」

「建前はいい。何が目的だ?」

 ロブがじっと見つめても、ベルタに動揺はなかった。

「別に建前なんかないけど、アナタが納得するというなら全部言ってしまうわね。――ただの勧誘よ。でも、誤解しないでね。アタシと二人で、誰にも邪魔されずに、のんびり生きれればいいという意味よ。働くのは年に一回くらい。なにも悪いことをしようっていうんじゃないのよ? アナタの力と名声を利用すれば、それほど難しくないわ」

 ベルタは連盟への不信を唆して離反させ、そのロブを籠絡し、別口に就職させて、その斡旋料を稼ぎ、ロブの稼ぎも手に入れる。と、そんな風に考えているだろうことは、なんとなくロブにもわかった。

 ただ、それもまたいいか、という程度にはロブにも利益のある話であった。

 ベルタのような美女と、二人きりで爛れた生活を送る。

 なんと甘美な誘惑であろうか。

「アナタが好きなように振る舞えばいいわ。それでも莫大な利益を生むのだから」

 ベルタの上目遣いに、ロブは完全に鼻の下を伸ばしていた。

「それも悪くな――」

 突然、船内を大きく揺らす衝撃が走る。

 魔動機獣のパーツや日用品が崩れ落ち、居住区の至るところから動揺の声が広がる。

 ロブは船の内壁に耳を当てる。

 微かに爆発音が聞こえてきた。

 衝撃はさらに二度、三度と続き、船内の人々は身を小さくして耐えることしかできない。


 どれほど時間が経ったか、突然艦内放送が流れる。

「――私の名はニール・フラッグス。これより界境列車の救助を開始する。降服するならば受け入れるが、抵抗は死あるのみ」

 ロブにはその名に聞き覚えがあった。

 二つの異能を持つ調査員にして、コマンダーを倒した希代の英雄。

 助かった。

 そう思ったのもつかの間、ロブは決断を迫られることになった。

 突然、居住区に雪崩れ込んできた武装した兵士たち。

 たまたま近くにいて交戦した男たちはあえなく倒された。

 その間にもどうにかバリケードを構築した居住区の住人たちであったが、魔動機械で完全武装した兵士たちの前にあえなく突破される。

 女と子供、老人は降伏した。

 だが、そこから始まったのは暴行、略奪、強姦であった。


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