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第13話 残された勇者


 そこは荒野であった。

 かろうじて砂漠にはなっていないというだけの、荒れ果てた大地が地平線の彼方まで続いている。

 そんな場所に、ロブは一人で立っていた。

 空は雲もないのに薄暗い灰色で、土埃を巻き上げて吹きつける風は鬱陶しい。

「……ちくしょうめ。見栄なんて張らずに見捨てりゃよかった」

 そんな風にできもしないことをぶちぶちと愚痴っていたが、急に目を細め、耳を澄ませた。

 遠くで舞い上がる砂塵。

 徐々に近づく地響き。

 ロブは戦闘服のフードを目深に被り、荒野の果てを睨みつける。

 それは、獣と虫であった。

 一体一体の大きさは馬車ほどもあり、剥き出しのパイプやギヤの目立つ機械の身体に、不揃いな砲や刃で武装がなされている。

 そんな機械の獣や虫たちが、まるで行進でもするかのように押し寄せていた。

「くそっ。また弾が減る」

 ロブは悪態をつきながら、両手に銃を創造する。


 回転式多砲身ガトリング機関砲カノン

 無骨な四本の砲身は身の丈を優に超え、口径は五十ミリ。本来であれば重さ、反動共に人が片手で保持できるようなものではない。ましてそれを両手に一基ずつ持つことなどありえなかった。

 回転式多砲身ガトリング機関砲カノンはその威容を晒した瞬間から、高速回転を始める。

 間断なく吐き出された砲弾は、機械の群れに突き刺さり、爆発した。

 人など容易に轢き殺せそうな機械の群れが、まるで玩具のように宙を舞う。

 それでも感情などない機械の獣や虫たちは、損害など考えることなくロブに迫ろうとした。

 だが、動かなかった。

 計八つの銃口が吐き出した砲弾は絶対零度の凍てつく爆風を撒き散らし、群れの先頭の足を凍りつかせた。

 そこへ、缶コーヒーほどもある徹甲弾が数体をまとめて貫通する。

 薙ぎ払うようにして撃たれた徹甲弾に、群れの先頭はほぼすべてが沈黙するが、それを乗り越えて次から次へと金属質の獣や虫の群れが前進を続ける。

 ロブは引き金を引きっぱなしにして、迎え撃った。

 シンプルに広範囲を吹き飛ばす砲弾に、紫電を帯びた鉄片を撒き散らす砲弾、広範囲に酸をぶちまける砲弾など、悪態とは裏腹に弾はケチらない。

「まあでも、しょうがないよな。うん、しょうがない」

 ロブは誰にともなく言い訳するが、その表情はどこか楽しげであった。

 緊急事態とはいえ、いや緊急事態だからこそ弾数を気にすることなく暴れられる。相手は機械だ、遠慮も躊躇もいらない。

 それはかつて魔王を相手にしていたときと、全盛期の頃と同じ状況であった。

 ロブの血が滾らないわけがなかった。

 だが、機械の獣たちとて無抵抗でいるわけもなく、群れが刻一刻と駆逐されていく中、事態を察した後方が一斉に攻撃を開始した。


***


「――次の第九百六十一番世界ですが、一度滅びかけてしまった世界です」

 降車アナウンスの少し前に、アルセリアが説明を始めた。いつも誇らしげであるが、今日は一段と気合いが入っている。

「この世界はかつて栄華を極め、魔法と科学を融合させて魔動機械を生み出しました。現在、先進世界で用いられている魔導科学と近似するものに、独力で辿り着いたといわれています」

 いわゆる先進世界には、魔法文明を極めたもの、自然科学を積み上げたもの、そして魔法と自然科学を融合させた魔導科学の三つが存在していた。

 異界連盟の本部がある世界は魔導科学が主流であり、イヤーカフスや界境列車も魔導科学によって生み出されていた。

「ですが、ある日起こった一つの事故が文明を崩壊させ、全人口の九割を失い、他の生物は死に絶えました」

 兵器工場と総司令本部のAIが突如として暴走を始め、『魔動機獣』という自立型兵器を量産し、生命体という生命体を駆逐し始めた。

 暴走当初の魔動機獣は脆弱で、現地政府の独力で十分対応可能で鎮圧も時間の問題かと思われた。

 だが、兵器工場のAIである『マザー』は生産のたびに魔動機獣の改良を重ね、総司令本部のAIである『コマンダー』も急速に戦い方を学んだことで、戦況はいつのまにかひっくり返っていた。

「残った一割の人々は技術も倫理観も失い、終末世界さながらに生きていたそうですが、ある時、まったく別の世界にいた連盟の調査員がその地に召喚されてしまったことで、状況は一変しました」

 まったく未知の世界からの、本人の了承を得ない無差別召喚であった。

 アルセリアはここが一番盛り上がるところなんです、とでも言いたげに捲し立てる。

「調査員であった彼は召喚された時点ですでに異能持ちでしたが、無差別召喚されたことでさらなる異能を手に入れます。そして連盟と通信することすらできない孤立無援の中、二つの異能を駆使し、生き残った人々を率いた結果、生命の駆逐を魔動機獣に命じていたコマンダーを見事に撃破し、人々を救いました。さらに残ったマザーと魔動機獣を用いて文明を着実に再興しています。この偉業は魔王討伐に比肩しうるものなのです」

 アルセリアは自国の英雄が誇らしくて仕方ないといった様子で、まだまだ語り足りないようであったが、そこでアナウンスが響いた。

『――次は九百六十一番世界、船着き場です』

 それを聞いたロブが不思議そうな顔をする。

「船着き場の意味は、実際に見たほうが早いですよ」

 アルセリアはそう言うが、窓の外に見えてきたのは荒野だけ。

 ロブは仕方なく降車アナウンスが流れるのを待っていたが、列車が止まってしばらくしてもアナウンスは流れなかった。

 十分、十五分と待ち続け、アルセリアも焦れてきたところで、ようやくアナウンスが流れた。


『――この列車は我々が完全に掌握した。各車両の乗客はその場で待機しろ。抵抗すれば殺す』


 しわがれた男の声であった。

 アルセリアは即座に本型の端末を開くが、そこもすでに列車ジャック犯の手が回っているようで、通信は妨害されていた。

 ロブもすぐに車室のドアを開けようとしたが、ロックがかかっているらしく、破壊しない限りは開きそうもない。

「……お手上げだな」

「そんな……なんでこんなことが」

 アルセリアはそれでも何かできないかと端末に没頭し始めたが、資料にもマニュアルにも列車が『完全』に乗っ取られたときの対処法などありはしなかった。

 そうこうしている内に、列車が『上』に動き出す。

 どうやらクレーンか、魔法で持ち上げられているようだが、詳細はやはり不明。

 列車が再び止まったところで、またアナウンスが流れた。

 

『――第八車両、『魔王殺し』のロブ。これより百数える間に車両を出て、指示に従え。抵抗した場合、他の乗客を殺す。それ以外の乗客はその場で待機せよ。それではカウントを始める』


 アルセリアは勢いよく端末から顔を上げた。

「……まあ、仕方ない。一応、俺が適応できる世界なんだろ?」

 何を言っていいのかわからず、ただ頷くアルセリア。

 ロブはリュックを背負い、飲料マシンの水を二杯飲み干した。

「……本当に、申し訳ありません。せめて、これを」

 それは周辺地図を紙に書いたものであった。

「まあ、気にすんな」

 ロブは悲壮さなど見せることなく、さも当たり前のようにそう言った。

 かつて勇者であった。そして列車内でも勇者として称賛された。そんな自分がここで乗客を見捨てることなどできなかった。かつて勇者であった自分を裏切らないために。


 カウントが三十を過ぎたあたりで、ロブは車室から飛びだした。

 そのまま駆け足で列車を出ると、一旦立ち止まるが、イヤーカフスを外して捨てると、すぐにまた駆け出した。

 界境列車の停車と共に魔法で生み出される駅名標にイヤーカフスを捨てることと、矢印で『荒野へ行け』という指示があったのである。

 ロブは砂混じりの冷たい風を感じながら、周囲を見渡す余裕もなく、全力で駆け抜け、そして跳んだ。


 着地のダメージを減らすように、荒野をごろごろと転がってから立ち上がる。

 追跡はできなかった。

 駅名標には指示と、追跡禁止の文言があったのである。

「……だから船着き場なのか」

 ロブは今さらながら、見ればわかるというアルセリアの言葉を思い出していた。

 巨大な船が砂塵を巻き上げ、遠ざかっていた。

 その姿はさながら豪華客船のようであるが、ホバークラフトのようにほんの僅かに浮いている。

 船体は錆びや修復痕だらけで、至るところに武装も並んでいた。

「さて、どうするか」

 こうしてロブは事態もわからぬままに、荒野に置いてきぼりにされたのであった。


***


 先頭が壊滅し、前進が難しくなったことを察した魔動機獣の群れは、砲撃戦を選択する。

 それが微かに、戦場の空気を変えた。

 だが、十五年も戦い続けていたロブが、それに気づかないわけがない。

「往生際が悪いな。とっとと諦めろっ」

 巨大な大砲を両肩に背負うように一基ずつ生み出し、即座に砲弾を発射する。

 それは魔動機獣の一斉砲火とほぼ同時のことであった。

 爆音が大気を揺さぶる。

 ロブが放った砲弾、いや無数の『散弾』は、魔動機獣の一斉放火をすべて迎え撃っていた。

 火球も砲弾もミサイルも、大砲から絶え間なく放たれる散弾に使命を果たすことなく、空中でエネルギーを霧散させていく。

 ロブはその間も引き金にかけた指を緩めず、弾切れした砲弾を切り替えながら、回転式多砲身ガトリング機関砲カノンで魔動機獣を撃ち抜いていった。


 一体残らず魔動機獣を殲滅し、ロブが創造したすべての銃を消すと、見計らったようにぱちぱちと乾いた音が鳴り響いた。

『――さすが勇者ね』

 『界越えの魔女』ベルタ・アンデールが、ふわりと地面に降り立った。


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