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第12話 全員有罪



「――そんなことはありませんっ」


 嫌がらせのようなベルタの伝声魔法で、すべてを聞かされていたアルセリアは、嘘偽りなどないとでも言うように、その大きな目でまっすぐとロブを見つめた。

「でもぉ――」

「ええ、すべて事実です。ですが、連盟が勇者を軽んじるなどありえません。わたしは、勇者に憧れたからこそ調査員になったのです。そんな勇者をどうして軽んじることができるというのです!」

 アルセリアはベルタの言葉を遮り、断言した。

 連盟が把握しているだけで年間二、三体の『魔王』が確認され、未開世界の多くが消滅している。

十数年に一度は連盟加盟世界が消滅することすらあった。

 それ故、その『魔王』を倒した『魔王殺しの勇者』に、憧れない者などいなかった。


 アルセリアはそのままベルタを見ると、喋る暇を与えず、問い詰める。

「――ただの事実を悪し様に告げるあなたこそ、いったい何をしようとしているのですか!」  

「悪し様になんて言ってないわぁ。どう感じたかはロブが決めることでしょう?」

 ベルタはロブを妖しく見つめ、アルセリアはまっすぐに見据えた。

「どっちが正しいかなんて、わかるわけないだろ」

 優柔不断とも取れるロブの言葉にベルタがつまらなそうな顔をし、アルセリアは悔しげな顔をする。

「まあ、小市民としちゃあ、安定は大事だ。こんなもふもふした長い物なら巻かれたってかまわ……あれ?」

 いつのまにか、もふもふした毛の生えた大蛇がいなくなっていた。

 ドラケノスも十本足の犬も、すべての世界樹の獣が草原の中に隠れてしまい、残された使い魔の犬たちはどことなくしょぼーんとしている。

「なんか悪いことでもしたか?」

 ロブはログハウスを出たときから常に感じていた気配が迫っているのを感じると、ベルタも同じだったようでふよふよと離れていった。

「ここでは何もしてないわぁ」

「警邏隊です。ここまで近づくということは……まあ、そういうことでしょう」

 気配は十分に間合いを保ってロブたちを囲んだ。

(欲深き者たちよ、目障りだ。出て行け)

 警邏隊の姿なきアールヴたちが威圧を放ち、『開心』によるテレパシーで最後通告を告げた。


 ベルタの唆すような誘惑。

 ロブの傲慢といい加減さ。

 アルセリアの、ベルタに向けた頑固な敵意。


 『読心』といえど、すべてを読み取ることはできない。

 だが、『読心』が読み取れる範囲にまで敵意や悪意を心が放ったのなら、それは警告の対象であった。

「だからこの世界はいやなのよ」

 ベルタはそれだけ言い残し、あっさりとその場から消え去った。 

「……だから不機嫌そうだったのか。さて、俺たちも逃げるか」

 ロブはふと、いつか感じたことのあるような視線を感じてそちらに目を向けると、そこにはいつかのように使い魔の犬たちがぽつんと残されていた。

 えっという顔をして、ロブと見つめ合う犬たち。

「「「「「……」」」」」

「……就職先、考えたほうがいいんじゃないか?」

 ロブが呆れてそう言うと、使い魔の犬たちは首をぶんぶんと横に振る。

 その様子に、もう一つからかってみようかとロブが口を開きかけたとき、草原に魔法陣が現れた。

 使い魔の犬たちはほっとした様子で魔法陣に飛び込んでいった。


 そのあと、ロブとアルセリアも足早に審査所を抜けたのだが。

「二度と来るな(……二度と来るな)」

 アールブの言葉と心の一致した挨拶を背に受けて、逃げるようにスタコラサッサと界境列車へと乗り込んだのであった。


***


 界境列車に戻ってきたロブはデッキを歩きながら、くっくっと笑っていた。

 そこそこ真っ当に生きてきたと思っていたが、この世界では犯罪者扱いなのだから笑うしかない。

「世界は広いな」

 ただ、ベルタが言ったこの世界が嫌いというのもわかる気がしていた。

 実際、こんな世界には住みたくないし、煩悩まみれの自分では住めないとも確信していた。

 

 車室に戻ると、ロブとアルセリアはいつものように向かい合ってソファに座る。

「……説明させてください」

 アルセリアは思い詰めた表情でそう切り出した。

「別にあんたが悪いわけじゃない。気にすんなよ、早々上司に逆らえないだろうしな」

「いえ、一からきちんと説明させてください」

 アルセリアは自身の経歴と、この任務を受けた経緯を語った。

 経歴自体はベルタが告げたものとほとんど同じで、調査員試験に落ちて、調査部の事務員になって、毎年の試験に落ち続け、十一年目にしてようやく調査員となった。

「確かにベルタ・アンデールの言うように、初任務でこのような仕事を割り振られることは珍しいです。ですがそれは、事態が切迫していたからに他なりません」

 ロブが転生した世界は、連盟本部からかなり遠くに存在していた。そのため、こうしてロブが界境列車で様々な異世界を見ることにもなっているのだが、距離が遠いということは即応もできないということを意味している。

 そんな場所の勇者が指名手配されたという情報が入った。

 現地に潜入している現地調査員は何かあったときのための最後の駒であり、容易には動かせない。

 他の調査員も手が塞がっていて、すぐに動けるのは新人だけ。その中で、曲がりなりにも調査部で十年事務員をしていた経験のあるアルセリアが抜擢されたのであった。


「ですから、決してロブさんを軽んじているわけではないのです」

 誤解しないでほしい、アルセリアはその一心であった。

「なるほど。だからエルフらしくないというか、妖精種らしくないんだな」

 だがあまりにも斜め上からのロブ返答に、アルセリアは二の句が継げなくなる。

 その間にもロブはしげしげと、ソファにちょこんと座るアルセリアを眺めていた。

 小柄で華奢な身体は、確かにロブの知るエルフや妖精種の近縁種らしいといえる。

 だが、その華奢な身体の細くも強靱な筋肉はエルフや妖精種らしさなど微塵もない、いじめにいじめ抜いたものであった。

「まあ、俺は好きだがね、その身体は」

 場を和ませる冗談なのかと思いきや、ロブのだらしない顔がすべてを台無しにしていた。

 こちらはこんなに真剣なのに、なんでこの勇者はいつもこんなんなのか。

 ふとそんなことを思ってしまったアルセリアを誰が責められようか。

「……任務中で我慢していましたが、今後のためにも指摘します。それは性的迷惑行為セクハラです。連盟では許されませんよ」

 アルセリアはジトっとした目でロブを睨んだ。

「なんでもかんでもセクハラって、それはどうかと思うぞ? 円滑なコミュニケーションには多少の下品さは必要なはずだ」

 ロブは未だ冗談のつもりでいた。

 日本では結局就職することも、ろくに社会に出ることもなく、まだまだ倫理観が円熟しているとはいえないハノーヴァス王国での長い勇者生活。

 ゆえにこれが、セクハラだという認識も薄かった。

「わかりました。本部に到着したときに、ロブさんが勇者として恥ずかしくないように協力させていただきます」

 アルセリアは使命感を感じさせる口調でそう告げて、いつものように本型の端末を調べ物を始める。

「いや、それは遠慮したいんだが……って聞いちゃいねえな」

 ロブがぼやくが時すでに遅し。目的を得たアルセリアは一直線に走り始めていた。

「つきましては、ロブさんが今後どうしたいのか、希望進路を聞いておきたいのですが。魔王殺しの勇者ともなれば調査員になるのもそう難しくはないと思います」

 お前は進路指導の教師か、と言おうとして、身長以外はまさしく生真面目な女教師だと気づき、ロブは苦笑するほかない。

「進路ねえ……」

 今のところ、何も考えていなかった。

 このままでは当然ダメだという意識も頭の片隅にはあったが、具体的に何をするということまでは考えていなかった。

 いや、あえて避けてきた。

 勇者という名の兵士に特化して生き抜いてきたが、その力は全盛期の半分以下。しかも銃弾を使えば使うほどに、その力は落ちていくといっても過言ではない。

 劣化した力で戦場に立つほど戦争が好きなわけでもない。

 かといって、兵士以外の道を探ろうにも、まったくもって潰しが利かない。


「……まあ、本部に着くまでになんか思いつくだろ」

 そんな呑気な回答に、アルセリアは急かすようなことを言わずに頷いた。

「そうですね。それではまず連盟における倫理観、常識、法意識などから始めましょうか」

 まるでこれから授業が始まるかのようで、ロブは学生時代を思い出してげんなりした。

「いや、今日もラウンジで約束があってな?」

「それでしたら先程端末から連絡を入れておきました。先方も、さすが勇者は勤勉だと、快く許してくださいましたよ」

 口をぱくぱくさせるロブに、アルセリアはにこりともせず、授業を始めるのであった。


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