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第10話 読心と開心

 界境列車では二十四時間を一日とし、魔法によって昼夜が再現され、時間に応じて様々な幻影が車内に投影されている。

 ロブが四腕の未亡人の車室から戻ってきたのは、ちょうど朝靄を再現したような薄暗い時間帯のことであった。

 眠そうな目で朝帰りしたロブが車室に帰ってくると、アルセリアはすでに起床し、いつものように手元の端末で作業をしていた。

 車室に入ってきたロブをちらりと見るだけで、朝帰りしたことに言及はしなかった。

「早いな。いつも見てるみたいだが、仕事か?」

 ロブがそう尋ねると、アルセリアは本型の端末に目を落としたまま答えた。

「調査部のデータベースです。他にも界境列車のスケジュールや新聞各社のデータなどもありますが」

「新聞か……そういや連盟ってのはどこにあるんだ?」

 今さらといえば今さらな質問であるが、新聞があるんだな、という素朴な驚きが、どこかリアリティのなかった連盟という存在に輪郭を与え、ロブの疑問を喚起した。

 アルセリアにとっては知っていて当たり前の情報であったが、端末から顔を上げ、生き生きと説明を始めた。

「――異界連盟本部は、この界境列車の終点、五つの世界の中心に存在します」

 かつて原因不明の超常現象によって、五つの世界は消滅の危機に瀕していた。

 当初、五つの世界はそれぞれ独自に動いていたが、それが事態の悪化を招く。

 そんななか、各世界の有志が集結し、国家どころか世界の枠を越えて協力しあう展開を見せ始める。

 結果、世界を救うに至った。

 それ以来、五つの世界はとある一点で融合することになり、そこに異界連盟の本部が設置されたのだという。

「なら、新聞はその五つの世界すべてを網羅する……なんてことはないか」

「新聞といっても様々です。ある世界のある国の地方紙なんてものから、それこそすべての異世界を対象にした全界新聞まであります」

 地方紙レベルならば発達した先進世界でも紙が使われることもあるが、世界規模、全界規模ともなると先端技術が使われている。


「問題なさそうなら、見せてくれ」

 少し待ってくださいというアルセリアの言葉に従い、ロブは車室の隅に設置されている飲料マシンのスイッチを適当に押し、しばし待つことにした。

 この機械の原理どころか珈琲すらもロブの知る同一のものかどうかは不明であったが、スイッチを押したらお茶や珈琲、ジュースが一杯分出てくるとあって、便利に使っていた。

 ほんの十数秒で出来上がった珈琲をアルセリアの前に一つ置き、ロブは対面に座った。

 すると目前に、半透明の新聞が展開される。

「紙の新聞と同じように使ってみてください」

 つらつらと目を通すが、当然ロブには理解できないことのほうが多い。もっぱら連盟本部の国の出来事と、他の世界での大きなニュースのみであった。

 ただ、日本にすらなかったようなよくわからない技術の新聞を、ロブは興味深げに何度もめくり返していた。


 新聞めくりにも飽き、なんとなく文字を見つめていると、ロブは眠気を思い出した。

「……寝るわ」

 そう言って、寝台に上ろうとしたロブの背中にアルセリアがぽつりと言った。

「……世界が違えば婚姻制度も違いますのでご注意を」

 なんのことかと一瞬考えたロブであったが、にやりと笑って、振り返った。

「後腐れない関係だ。第一、子供が二人もいる未亡人にヒモが一人増えたってしょうがないだろ。旦那の遺産だって限りがあるからな。あっちもそれくらいはわかってる。それとも、連盟的にそんな関係は違法なのか?」

「いえ、法的には問題ありません――」

 男女関係は個人の自由であり、婚姻制度に関しても人権を尊重したシステムになっている限り、一夫一妻だろうが、多夫多妻だろうが、連盟は関知しておらず、各世界はそれぞれに法で規定していた。

「――ただ、勇者は勇者として在るべきだとは思います」

 どんな形であったとしても、勇者としての甲斐性を示せ。

 それが基本的人権やそれ以上の倫理観を持つに至った先進世界で、それでもなお残った伝統的な考え方であった。

「たとえばどんな?」

「一般的には結婚です」

「今の俺の立場じゃ無理だし、お互いに望んでない」

「そういった場合は経済援助となります」

「ほーん。具体的には、どんな行為にどれくらいが相場なんだ?」

「こ、行為について、具体的に相場があるわけではなく、そこは男女問わず勇者の誠意であって、それについて価格などと言ってしまうのは……」

 あくまでも事務的に答えていたアルセリアであったが、あまりにも予想外な質問に尖った耳先をほんのり赤らめながら、それでも精一杯に答えようとした。

「いやいや、だからといって誠意なんて曖昧とした要求で迫るのはヤクザがマフィアと同じだ。だから、具体的にこっちは知りたいわけだ」

「ですから――」

 そこでふと、ロブのニヤニヤした表情に気づいたアルセリアは、からかわれたことに気づいてキッと睨みつけた。

 ロブは喉奥でくっくっと笑いながら、そのまま梯子を上って、寝台に潜り込んでしまった。


 苛立ちを抑えきれず、冷めた珈琲を一気に呷ると、アルセリアは顔を顰めた。

「……苦い」

 こんなところにまで悪戯がと一瞬頭に血が昇りかけるも、ロブが自身の珈琲の好みなど知らないことを思い出した。

 アルセリアは一つ溜め息をついてから、再び端末に目を落とした。だが――。


 ロブの鼾が響き渡った。


 さほど大きな音ではない。

 だが、いつもは気にならないその音が、今は妙に気になって仕事が手に付かない。

 アルセリアはつい、ゴチンとテーブルに突っ伏した。

 己の無能さ、ベルタの妨害、ロブの不穏な言動やからかい。色んなものがないまぜになって悔しくて、普段は気にならなかった鼾までも腹立たしかった。

 しばらく足元の木目を数えていたアルセリアであったが、がばりと勢いよく身体を起こす。

 ここで折れるわけにはいかない。

 アルセリアにとって、連盟本部のある世界は故郷である。それに不信感を抱かれたままというのは業腹であった。

 アルセリアは再び資料に目を通し始める。

 いつものように変更があろうがなかろうが毎日送られてくる界境列車の予定表に、いちいちすべて目を通しているアルセリアであったが、とある駅名で目を留めた。

「これは……しかし……」

 アルセリアは困ったような顔でしばらく固まっていた。

 

***


 巨大な樹があった。

 その幹は雲を突き抜け、その枝葉は大地に大きな影を作っていた。

 そこから四方へと草原が果てしなく広がり、その外れに緑に覆われたログハウスがある。

 そこに、界境列車が到着した。

 界境列車に搭載されている術式によって、駅名標とプラットホームが生み出されると、途端にそこは駅となった。

 しばらくして幾人かが降車するも、ここには現地人どころか駅員すらいない。

 果てしない草原のそここから気配こそすれど、姿は見せなかった。

「ほとんど無人駅だな」

 降車しながらロブがそんなことを言うと、アルセリアは首を横に振った。

「あまり失礼なことは言わないでください。ログハウスの中が入国審査になっていますので、そちらにちゃんといます」


 アルセリアに窘められながら、そのあとを追ってログハウスに入ったロブであったが、目を奪われた。

 長い耳と白磁の肌を持つ、金髪の美男美女。

 ロブが間抜け面を晒していると、辛辣な言葉が突き刺さる。

「――許可区域内から出るな。トラブルは起こすな。(……聞くに堪えぬ心を晒すな)」

 最後の言葉は、脳に直接届いたメッセージであった。

「……エルフはどの世界でもあまり変わらないな」

 もちろん脳に直接響くようなテレパシー能力はなかったが、それ以外はロブがいた転生先世界のエルフとよく似ていた。

「エルフではなく、アールヴです」

 アルセリアは手早く手続きを終わらせると、ロブを引きずってログハウスを出た。

「――『世界樹の獣』たちに嫌われないようにな」 

 アールブの忠告とも警告とも言えるような、そんな不穏な言葉を背に受けながら。


 見渡す限りの草原であった。

「本当に何もないな……後ろの連中以外は」

 ログハウスを出た途端、ロブはログハウスから隠す気のない視線を感じていた。

「アールヴたち以外が街に行くとトラブルの元にしかなりません。……この二十六番世界は連盟に加盟こそしていますが、多くの条約や協定を批准していません。……いえ、する必要のない世界です」

 少し躊躇いを見せながら、アルセリアはロブに説明した。

 『読心』と『開心』。

 この世界でヒトに類する存在はエルフの近縁種であるアールヴしか存在せず、彼らは生まれつきこの二つの能力を有していた。

 相手の心を読む力と、自分の心を読ませる力。

「全人口は二億人ほど。ほぼ自給自足の生活ですが、純魔法文化としては先進世界の一つに数えられています。異界連盟加盟国で最も平和な世界といわれ――」

 話の途中で、アルセリアは息を呑む。


 草原にあった気配の主たちが、一斉に飛びかかってきたのである。

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