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アフターレジスタンス  作者: 島村時雨
第一章 叛逆者の覚醒
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8話 偽りの景色

 再び自宅へ向かおうとする傑は片手にポカリアスを持ちながら、太陽が徐々に傾いていく世界の下で歩き続けていた。


 ペットボトルの中身は空っぽで、持っている事を感じさせないくらいに軽い。

 それをぐるぐる回して弄ぶ傑は楽しんでいた。


「やはりポカリアスを飲まないといけなかったんだな……」


 口に含めたお陰で具合が良くなり調子がとても良好的だ。先程の違和感と疲労は消し去り、何事も無かったかのように今まで通りの平凡を暮らしている。


 しかしながら飲み物の偉大さに傑は深く痛感。

 揺さぶる感情を抑えるための切り札。鎮痛剤よりも体に負担のない摂取方法。血が頭に上るように冷静さを欠けた心境を鎮めてくれる小さなオアシス。


 休憩する事の大切さを教えてくれた由貴に感謝しなければならない。


「少しだけ、骨を休めることも必要、か……」


 あの日から自分は無理している。いいや、これ以前でも傑は努力をして疲労していた。誰にも弱い所を見せないようにと隠し続けてきた生活はとても窮屈だ。


(俺が生きている世界は、どうして不都合で出来ているんだろう)


 遠くから眺めていた景色は最悪だった。

 檻の中に入れられた猛獣に囲まれているイメージは脳裏から離れられない。


 虐げる生き方から解放されるための方法を常に探していた。そして独りになる事が最善の答えだと辿り着いたけれど、その現状は、空間そのものは何ら変わっていなかった。


 彼らも同じく心境が変わる。それは同じ時間を刻み、共に生きているから。


 なんて残酷な世界なんだろう。

 嫌味に思うのは傑だけではない。遥か遠い場所で名前の知らない学生は終わらない弱肉強食の連鎖を繰り広げているのを眺め続ける。


 最後に正直者が勝つ素晴らしいシナリオを、いつまでも待ち望んでいる。

 けれど、それだけでは現状を打破することは出来ない。


 あらゆる現実を受け入れる事。どんなに努力を積み重ねようとしても、世界には届かない。それは独りの人間に対しての価値が低いから。そもそも悪い大人が統べる世界に望みなんて存在しない。


 存在しないのなら、大人達が統べる腐った世界そのものを変えるだけだ。


「まさにここは塩漬けの世界、か」


 傑は前を見据えた。

 視界にあったのは大きなテレビモニターで、映し出すお偉いさん達は難しい顔をして論争を繰り出しているが中身など存在しない。


 とち狂った不自由しかない結末が自分を邪魔をするならば、手を付かずに放置してしまえばいい。最初から付き纏う矛盾を振り払うために、あえてざっぱり切り捨てる事も賢明な判断だ。


 自分の身を守るためならば。

 これから来る安い未来を望まない。本当に欲しいのはホンモノの色彩だから。


「そういえば、あのゲーム……」


 傑は昨日の事を振り返ってみる事にした。

 機械染みた女の子の声は確か『猫』を見付けると、一つだけ願いを叶えられると告げていた。それから、自身の『正体』を暴露すると『権限』が剥奪するらしい。


(……シュレディンガーの猫、か)


 観測される瞬間に全ての存在するものは確立する。

 確立する寸前までは異なる複数の事象が同時で等価に存在する。


 この二つが前提ではあるのだが、分かりやすく言うと、目に見えているものは全て現実であり、認識しなければ複数の可能性が推測される事。


 猫を引例すると観測する前の猫の状態が「生きている」と「死んでいる」の複数の状態が同時に存在するという、滅茶苦茶な解釈。そもそも猫を量子力学を置き換えた物の例えなのでややこしい。


 要は観測する自分が初めから分岐している事。

 そして目に見える現実によって解消される。


(まあ、将ならブラとかパンティーに例えるんだろうな……)


 幻滅する傑は気を取り直し、再び思案する。

 猫を見付けるだけのゲーム。それだけなら癒される要素は十分にある。けれど、正体やら権限のワードは頭から離れない。主な内容を掴めていない分、現実味が全くしない。騙されている感触を未だに残されているからか。


 けれど、唯一、分かるものがある。


(猫を見付ければ一つだけ願いが叶えられる。至高の答えでもあり最悪の答えだ。人を不幸にさせるのは手に触れられるような、ちっぽけな偽りの希望だ)


 弱みを握られながら生きる日々を解放されたいがために。

 無意識に光のある場所へ手を伸ばそうとして。


 人生を逆転させるほどの、世界を引っ括める強大な力を人は欲している。縛られた運命を解放するために悪い大人達を圧倒する物語を抱いている。


 それはまるで人生で最大で最後のサプライズのように。


(どうせロクな事が起きないだろ……)


 あるゲームに参加し、勝つだけで望む一つの願いが叶えられる。そんな夢のようで現実味のない話を傑は聞いた。それを否定してしまうのだが、その可能性がいつまでも消えそうにない。



『君は、つまらない世界のためにリバイバルしてみない?』



 被虐的に抉り、誘うような声は一生忘れられないだろう。


 運命の歯車を狂わせる選択の自由。確定によりこれまでの人生が変わる。しかしいつまでも幸せな時間を送る保証は存在せず、敷いたげられる日々を繰り返す。

 結局は何も変わらないというのに。


(けれど、それが、本当に願いが叶えられるとしたら)


 傑は再びテレビモニターを目にする。相変わらず空っぽの論争を繰り広げる大人達は無駄な時間を浪費している事を知らない。ただ、仕事をしている感覚に襲われているだけの中毒者。


 それが意図も簡単に狂わせる事が出来たら。

 賢く扱えれば、世界すら凌駕するのだろうか……?


(塩漬けの世界も、弱肉強食の世界も、理不尽な世界も、残酷な世界も、腐敗した世界も、穢れた世界も、全部変えられる)


 まだ見ぬ世界は海を越して存在する。そこに絶えぬ悲鳴が続き、安寧を奪う破壊の矛盾を繰り返す。正義と謳う革命は真実を隠されたまま世界に蝕ばれてしまう。


 生きているこの世界こそが争いの権化だと言わんばかりに。

 そんな都合の良すぎる願いは簡単に覆してくれるのだ。


 傑は空のペットボトルをゴミ箱に捨て、手元には制服のポケットに仕舞っていた携帯端末を取り出す。光を飲み込むような漆黒色をする画面には自分自身が映っている。


 起動すれば、その先には何が映っているのだろうか。


「これを開けば、これまでの日常を、変えられるのなら」


 未知なる領域に踏み込もうとする姿勢が、傑自身でも理解してる。だが、それを振り払う理由が傑には無い。待ち兼ねる心情はとう本能のまま動き始めてる。


 現状を変えられる程の望む方法を掴むために指紋認証しようとした、が。

 後ろから何も脈絡もなく、傑は声を掛けられた。


「何してるのー?」

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