6話 現実を充実した者達
やはり広い場所に出るとなると、狭い教室とは違って見える景色は壮大だった。何より呪縛から逃れられる解放感と可能性のある自由が圧倒的に興味を蘇らせては瞳は常に輝いている。
ゆっくりと歩道を歩く傑は見慣れた光景を楽しんでいた。
何度も何度も歩いてきた場所ではあるけれど、それほど苦じゃない。学校に居るよりも耳を傾いて大切そうに各々の目的のために移動する人達を眺めている。その表情はとても輝いて、こちらも釣られて意味もないのにクスッと笑えてしまう。
明らかに学校に居た時よりも楽だ。
顔色を伺う彼らに構う必要はない。目障りしか生まれない居場所ではとても窮屈だ。自分らしさの欠けた小心者に傑は言葉が見つからない。
(あれは見てるだけでも辛いけれど……。不気味だったな)
末期かと思った。
時間が経つにつれて瞳に映る人の表情に拒絶していた。最初は後遺症の何かと思えていたが、人の悪い部分を理解していたから気持ち悪く見えたのだろう。校舎を出た途端にアホみたいに症状が治まったので、傑はきっと人の醜態に限界だったのかもしれない。
「まあ、何より今を楽しむ事に専念するか」
体調が優れている。水を得た魚みたいに思考が冴えている。
息を吹き返すキッカケなんてそう簡単に作れるものではない。心の底から仮面を被る学生を否定してきたからこそ、傑が必要とする居場所を見出したと思う。
信用に値しない。
いつかは騙されると勝手に考えてしまう。
そんな無理矢理作らせた概念が余計に相手を悪くさせる。亀裂が一度走れば修復はできるが、元に戻る事は不可能だ。
人の繋がりは解れ糸のように、脆くて千切れる。
取り替えようのない不便な産物。振り回す課題はいつまでも背負わされる始末。
友達。そのような意味を含めた言葉には疑問を抱えるはがり。
大した事ではないのかもしれないけど、居ても居なくても傑は何も変わらない。
独りだから何も変わるものがない。
「……いつからだろうな」
ふと周りを振り向いたら独りぼっちになっていた。前後を確認しても見付けてくれる人が誰一人いなかった。孤独感に襲われると思いきや、知らない内に慣れてしまっている自分がここにいる。
引き留める理由もなく。
繋ぎ止める根拠もなかった傑はこうして美しい街に暮らしている。すっかり見慣れてしまった光景を、邪魔する者もなく好きなだけ眺められる、そんなささやかな日々を静かに送る事は日課になっていた。
今も空へ見上げれは空色の世界は澄み渡る。
すると空を切るジェット機に見掛ける事ができた。目を追う事をできても近付く事は無理だ。限度を予め理解しているので当然だが、手を伸ばす挙動は止まる事は知らない。
果たして。
過去で自分は何を手に入れたかったのだろう。
「……」
今と未来を掴むことを優先する。生きるための糧は既に手に入れている。後は独りで世界に挑み続けるための見据える瞳を保つだけだ。
有り触れた生活の中に潜めてる小さな闇を見付ける事が出来るのなら。
自らの手で、打ち勝ってみせる。
「……先に進むか」
影かうっすらと伸びていく。世界が傾き同時にその色彩は小刻みに変えて。
失われることのない景色の中で、傑はただただ歩み進む。
調子が良いので今回はあの通行止めに定評のあるスクランブル交差点には通らない事にした。理由に挙げられるのは特に待つ時間が長い事と、世にも奇妙な現象に遭遇したため傑にとって後世に続くトラウマにしかならないのだ。
だが気になる部分がある。
嗜虐的に誘うような、機械染みた女の子について。
(あの声、どこかで聞いたような聞いてないような……)
興味のないもの以外記憶に収まるものなのに、反応が曖昧だった。現に覚えていないというか勘違いをしてるのは紛れもない。
それでも感覚は認識があるのだから傑には怖いものがあった。
「駄目だ、何も感じられない」
これ以上考えても無駄だと気付いた傑は、見据えた意識を現実に焦点を合わせるために首を振った。根拠のない問題には余計に時間が掛かってしまう。
(これって時間のロス、だよな。少し考えるのを避けようか……)
下手したら本質を見失う可能性があるので、今後は極力控えようと思った矢先。
「おーい、傑くーん!」
元気の良さの感じられる可愛らしい声が後ろから聞こえたのだ。
傑は声のする方へ振り向いてみると、そこに見知った二人の人物が信号の向こう側にいた。手を振ってくれる少女と首を傾げながら頷く少年の姿が見える。
すると信号は空気を読んだのかパッと青色に変えた。
止まりかけていた人の流れが再び生まれてくる中で、掻き分けるように進む二人組は一目散と傑が立つ場所に向かう。そこで会話ができる距離まで近付けた二人は、傑と共に歩きながら優しくて元気のある笑みを浮かべた。
「傑くん珍しいね。通学路ってこの辺だっけかな」
「違うけど、ちょっとした雰囲気変えだ」
「ふぅん。そうなんだ」
やや赤みを帯びたショートの黒髪にカチューシャをした少女、佐倉由貴は納得はしたがその紫色をした瞳を見る限り内容を熟知してなさそうだった。
高校は同じなので制服は同等。ただし女子には首元にリボンが付いている。ちなみに由貴はボタンを着用しないため胸はかなりあると認識できる。けしからん。
「それはとにかく……、二人は?」
「僕らは由貴と共に下校している途中だよ」
質問に答えたのは黒髪の少年、島崎逸だった。
深い赤色を輝かせる瞳に生まれつきの根暗の性格を持つ。制服はネクタイを締めており由貴とは反して着崩れは全くない。物事を見据える冷静沈着さにはかなりの評価があり傑よりも判断力はある。
そんな二人だが昔からの友達で、今も時々話したりしているのだ。
昔に比べると定期的のような気がするが。
「それじゃあ、これからデートか。流石に俺がいたら気まずいわな」
「あははははー……」
ちなみに由貴と逸の二人は付き合っている。言わばカップルでリア充。
傑と会うまでは肌身を離さずに常に二人でイチャイチャしているのだろう。同じクラスにいるのだし、カップルなのだから当然なんだろうがその周りにいる人達にはさぞかし眩しく見えているハズだ。
二人をよく知る傑や将でも苦笑いするしかない。
何せこれまでの距離が遠くなった気がするからだ。それはだんだんと差は広がっており、止まる事も露知らず、やがては見えなくなってしまいそうな映像が浮かびそうで。
無視できない直感のある傑はとうにそれを納得していた。
「じゃあ、俺は帰ることにするわ」
「え……」
黒バックを肩に掛けながら自宅に向かうために足早になる傑。
これからは二人の時間を築くことが優先になる。そうなる事なら傑は離れた方が都合が良い。偶然に出会っただけなのだから、何も無かったように過ごせる。
思い留まることのない傑に由貴は堪らずに追いかけた。
「ちょっと、久しぶりに一緒に帰らないの?」
「ああ。遠慮しとく」
申し訳ない気持ちになるのは嫌だ。いい加減かもしれないが、由貴の幸せの事を考えるとこの選択は必定だ。そのため傑は二人から離れないといけなくなる。
「……、」
既に理解してる逸は静観していた。
雰囲気の温度と声の強さによって区別をして、傑の行動を止めない。
けれど由貴は追い掛けるのを止める気はなかった。小さな拳を握り締めて、不機嫌そうにする表情は怒っていると見て捉えるレベルに達していた。
「どうしてなの」
放つ言葉は冷たくて燃えている。意思を貫き通すただならぬ威圧感に傑はとりあえず立ち止まる事にした。
その行動に由貴は口元が緩んで笑みが溢れるが直ぐに不機嫌そうになる。
些細な変化にも傑は動じず要件だけ答えた。
模範のような、正論のような、優れた言葉だった。
「俺がいると邪魔じゃん」