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アフターレジスタンス  作者: 島村時雨
第一章 叛逆者の覚醒
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4話 解答のない空論

 自分は退屈と思える当たり前の平凡を欲している。


 そこに煌びやかな青春も、眩しい思い出も要らない。三年間の時が続く学校生活には人生というルールは存在せず、閉鎖社会に適合するための告げ口を学ばされている。どうでもいい会話を続ける毎日は乏しく、全く意味がない。


 会話が合う以前に理解していなければ本末転倒で、聞く立場でも話す立場も変わらずに本当に馬鹿馬鹿しくなる。


 単純な答えがあるのに。

 当然なものなのに相手は答えられなかった。


 最初は想定外の出来事にフラストレーションが溜まり溜まったものの、ある事に気付く。それを気付くのに時間は失われることはないが、とても悲しくなる。


 ただの浅才ではない。常識そのものが知らなかっただけ。

 理解する範囲が自分とは違うだけ。


 周りのレベルとの差が違っていた事に過ぎなかった。けれどその距離は縮まることを許されず、まして届くことも叶わない。共感という言葉が失せるほど人との関わりが無意味だという事を告げられるのも当然だった。


 それも成績が優秀だろうが賞賛されることはなく、飛び抜けた才能は孤立する。


 場違い。

 そういう言葉が相応しい。


 飛び抜けた存在が相手の興味をなぞらせる。実力の違いを勘付く彼らは他者を尊うことを忘れ己の利益しか見えていない。真実を知るための探求心を忘れて。


 楽に生きるためなら他者でも利用していくスタイル。


 典型的な弱肉強食の世界のサイクル。危険な道は歩まずに近道だけを選ぶ手段。今でも活用する知恵の証は日常茶飯事に行われていて、使えるものなら壊れる瞬間まで扱う。たとえそれが親しい人間関係だとしても。


 生きるために犠牲が必要なら。


 人は、失いながら生きるしかない。

 奪い続けるだけの運命を彼らは操られている事も知らない。


 全ては思い通りになるままに都合の良い事を唄い、現実を直視しようとしない。深淵から覗かせる真実を避けながら生きることを理解しながらも自分は関係ない、問題ないと呪詛のように放つ。


 結局、他人である事は変わりない。


 他人の不幸は蜜の味であり現代社会においてそれが常識というものだ。しかし寄生虫であるのなら自覚をした方がいいだろう。


 母体の存在なしでは生きれない事を、知れ。


(綺麗事は偽物だ。存在しない。有るのは戯言だけだ)


 昼休みになれば教室は活気に満ち溢れてくる。


 くだらない話をしながらも必死に共感を得ようとする努力を見ても、傑にとってそれは痛々しく見えていた。無理に周りを集めるために自身を演じてる姿には失望を覚えてしまう。


 本当は違う性格だったのかもしれない、と。


 独りである事が怖いから、友達という共存意識を失いたくないから、他人の空気を読んでいるとしたら。本当の自分を隠してしまうほど守りたいものがあるのか、傑には到底分からないものだが、その生活は果たして充実と呼べるのだろうか。


 もっとも、本質を理解した人しか思う気持ちはない。


 そもそも傑のような変人と渡り合える人物は居ないと思っている。


 再び注目を集めれば小鳥の雛のように群がれば、耳を塞ぐほどつんざく甲高い声が身体中を刺していく。何せ苦手なものが意図も簡単に解けてしまう人が身近にいたら、一目散に頼るのは目に見えている。


 顔色良くして、媚びるように。


 せめて自身の力で学問を身に付ければいいものの……、男女問わずざわめき始める集団を傑はいつまでも遠目で眺めるしかない。


 指摘しようにも流石には言えないし違和感のある視線が普通に効くので止める。


(同じ事を言って、それって面白いのか……?)


 話すためだけの話題を振っていても中身のない。単なる噂話をしようとも謎は深まるばかりで解決しようにも最後は興味が薄れて別の話に切り替わってしまう。


 まるで台風のように過ぎ去っていく感じだ。


 突飛的に変わってしまうため小耳に挟んでしまった人にとっては不思議しか残らない。いざ最終章を臨もうと準備したところでざっぱり切られてしまう辺り、教材に載っているものより難題だったりする。


 それでも彼らや彼女らは目をキラキラさせながら時間の少ない昼休みを謳歌している。授業では見ることのない笑みはなんとなく分かりやすい。


 性格は顔に出やすい。一瞬の本性を覗かせる。


 生き様を表に現す生き鏡のように言葉を使わずに理解してしまうもの。

 だが、凝らす瞳が笑っていなければ、それは本心じゃない。


 無意識に出される本心は残酷なまま冷たい。自分との関係のない話を聞かされて虫酸が走りながらも道化師を続ける。意外そうな人物ほど、差のあるギャップはとにかく怖くて直視できないほど。


(おー、怖い怖い。この人はピエロだな)


 今後関わるかもしれない人物を選別している傑。人間観察を装いながら危険分子を見付け出す。正直言って誰一人信用に至る人物が居ないのが現状。


(今のところ、クラスの中に知り合いが居ないが楽である)


 共に遊べる仲間はいるけれど、それは友達と呼べる間柄は無い。


 将はもちろんの事、アリサに対してはどのクラスにいるのか未だに分からない。仲良しリア充もあまり気にする所も無かったりする。


 故にぼっちである。

 けれど傑には喪失感など無かった。


 元々一人でいる事に慣れていて、特に困るような問題は殆ど無いくらい。あっても自力でやってのけるので越した事は無い。その誰もが欲しがる稀有な才能からか将には『ハイスペックぼっち』の称号を与えられてしまったが。


(……まあ、一人楽しくやってるよ)


 何ていうか残念な人にしか印象がない。そのぐらい自分でも分かってはいたが、いざと言われると思う所がある傑は気が滅入る。


 いっその事、みんなが憧れる学級活動に徹した学生になればいいのだが、どうせ出しにされる光景が浮かぶ。生徒には不人気だが先生達には評価を貰えそう。


 だけど傑が求めているものは名誉ではなく、変わりのない平凡。


 自然に任せる生活。あっという間に一日が終わってしまうような。退屈だと思える瞬間が幸せを感じる事ができる。当たり前の事だからこそ、失うものは大きい。そこにある平凡を傑は大事にしようと思えるのだ。


 それに気付かない人達には到底分かり合えるものではない。


 やがて彼らはこれからの課題について語り始めた。


 嫌な顔をしながらも共感できる部分にほっとしている様子。それでも肝心な所ではなにも解決していないので、ある解決策を施そうとするが、その時傑は咄嗟に席を離れて、教室を出ていく。


 どうせ一方的に勉強を教えろと懇願してくるのなら、その場に居ない方がいい。


 猫に小判。そんな言葉が相応しくて。


 当事者が遂げなければ何の意味もない。他人に頼ってばかりでは自身を磨くこともおろか特徴もなくなる。努力をしてきた人達は自信を持っていて、生まれ付きの才能を持つ天才も的確な判断を下せる。


 全ては自分が何者なのか知るべきだ。


(自分ばかりしか考えない自己中心性が、結局身を滅ぼすんだ)


 これ以上考えても無意味なほど、賢明な判断だった。陰で悪口言われようが冷たい眼差しが刺さろうが傑には何も関係ない。怠る自身が悪いのだから。


 なので声を掛けられる前に教室を出てしまえばこちらの勝ちだ。たとえ勘違いでも別に構わない。身の安全が出来るのなら離れた方がマシだ。


(とりあえず昼休みが終わるまでのんびり校舎を見ていくか)


 やる事がないから常時暇。音楽を聴こうにも昨日の一件もあって、携帯端末をあまり操作したくない。協力なウイルスが仕組まれていたら闇雲に触れない。


(本来なら脅威検出と英語表記のメッセージが画面に表示されるハズだ。けれどそれが反応もしないでいつの間にかアプリをインストールされていた。そして一番の疑問なのは遠隔操作についてだ)


 相手はイヤホンを介して電話をしてきた。

 決して傑は電話をしておらず、さらに画面が暗くなっても会話が続いていた事。


 自称ボクっ娘はそのアプリはバッテリーを喰うと言っていたのを思い出す。明らかに電池が切れていたのに対して、何事も無かったみたいに告げていた。


(しまったな……)


 今思うとその出来事自体怪異なものなのに、空気の流れに逆らえずにいた。あまりにも浸透している自分がいた事はとても痛いものがある。


(……電源が切れていた時点でジャックするのは不可能と気付いてしまった)


 圧倒的に今更感が傑のモチベーションを下げていく。


 じゃあその現象は一体なんだったのか、そう言わざる負えなくなる。ある意味猟奇的な奇譚(きたん)なので短編小説を書ける程度にしかならない。既に終わった事に茶番のように扱う傑の視界の向こう側に、何かが起きていたようだ。


(ん? あれは……)


 リノリウムの床に響かせるのは、とある集団の声。


 どうやら同じ学年の学生達が廊下で立ち話をしていた。本来はこのまま擦れ違うのだが、流石に何も無かったとは言い難い光景が広がっていたのだ。


 たった一人の女の子に対し、三人の男が彼女を囲むようにしか見えなかった。


(あれは一方的に話し掛けているようにしか見えない……)


 男達はいかに楽しそうな雰囲気を出しているものの、女の子の方はどこか遠慮をした様子で時々頷きながら聞いている。だが、その表情には余裕がない。


 両手に教材を抱える少し紫掛かった黒髪ロングの少女。


 どこか大人しそうな印象がありながら容姿もずば抜けており、着崩れのない制服の着用にはしっかりしている。育ちの良さも目立っていて才色兼備という言葉が相応しいほど。そしてスカーレット色の瞳は人を魅了しそうなほど美しい。


(確か、名前は常盤美散さんだったかな)


 綺麗な苦笑いをする少女、常盤(ときわ)美散(みちる)はそれでも話を丁寧に相槌をする。


「そ、そうですか。あはは……」


 教材を抱える姿を察して移動中だったのか、このように男達に絡まれてしまったのだろう。急いでる様子を見せているのに男達は鈍すぎて聞いちゃいない。


 それどころか自分達の話ばかりで盛り上がっている。

 本当に迷惑な存在だ。


 相手の話になるとつまらなそうに聞く態度が鬱陶しい。

 誰かの気持ちを知ることのない彼らに、傑はやるせない気持ちに惹かれる。


 善人気取りの悪意。全ての物事が一人のために回っているのではない。この世界は名前の知らない誰かが築き上げたもの。みんなの支えによって日常があるのに、彼らの多くはその有り難みを知らない。


 薄っぺらい感情とロクでもない傲慢。そして無駄な勘違いする彼らに、困っている少女と話す権限はない。そう思えた瞬間に、傑はとうに動き始めていた。


 順応よく、彼女と男達の間を割ってみせた。

 そして限りのない変化をもたらす災いの言葉を堂々と告げる。


「あのさ、どうも困っているみたいだから塞いだ道を開けたらどう?」


 間違いなく自分らしくもない行動をしているに違いないだろう。


 ハッキリ言って傑には関係のない事だと認識していた。それでも理性は鬱陶しさに苛立ちを隠せなかった。棘のある変化を与えなければ、何も変わりはしない事実を分からせるための正しさを教えてやる。


 そんな傑の登場に黒髪の少女は驚きのあまり硬直している。

 まあ無理もない。


 一方で問題の男達は突然の出来事に訝しみ始める。お楽しみの会話を中断されたのだから反応として当然の事なんだろう。


 けれども、今は傑にも彼らにも、彼女と会話する権利はない。


「ほらほら、彼女には用事があるみたいだからここを通らせてくれないかな」


 あくまでも要件を言ってやった。たったそれだけの事だ。彼女を困らせる根源が彼らにあるので傑はそれを取り除かなければならなかった。


 傑の質問に男達は感情の起伏が沸騰してきたのか表情に鋭さが増している。そんなことはどうでもいいのでさっさと終わらせる。


「正直言うけれど、人の話を聞かない時点で女子に嫌われるし受ける訳がない」


 すると他人の顔色を伺う事に長けている彼らは、仰け反りながら慄いた。流石にパワーワードには弱く、コミュニティーを一番とする彼らにとって独りになる事は死に等しいらしい。極端な話なのだがこの場面にて便乗した方が無難だ。


(ここからが問題だろうな)


 煽りを入れてやったので一様何を言われるのか身構えていた傑。


 だが、男達は先ほどの気迫がどこに行ったのか挙動不審そうにして傑や彼女を見ている。反論も子供みたいに融通の利かなさを醸し出し、小さな声は聞き取れず蚊を彷彿させて苛立ちと不快感を一層と増してきた。


 何を伝えたかったのか傑には分からなかった。


 このどうしようもない曖昧さが嫌いだ。靄に掛かった不透明感が真実を隠してしまう。目障りなら反論すればいいのに、関係ないなら一言告げればいいのに、それを中途半端にする人がいる。


 そこには事実があるのに。目の前に現実があるのに。

 瞳に映る景色はハリボテなのか。


(イライラする。根本的な理由がないなら、どうして話し掛けてきたんだ)


 やはり人間は汚い存在で他人を簡単に傷付けるしか出来ない。勝手な都合で自分をえこひいきにし、弱い者を蹴り落とすしか能の無いのなら、これ以上は何も進展しない。そして何もかも救いようのない。


 媚びと傲慢を諂う彼らの前で、凍えた表情をする傑は静かに怒りだした。


「……特に用がないなら、話かけるな。彼女の迷惑。邪魔だ」


 計り知れない真理の言葉。

 彼らを突き刺しては深く傷付けた。

 傑を睨み付けていた男達は一瞬にして顔色を真っ青に変える。


 何に怯えているのか伝えぬまま、物凄い形相をしながらこの場から走って逃げてしまった。それでも廊下を走るのはタブーなので傑は立て続けに言うと、彼らは慌てふためいて歩いてる学生にぶつかり、謝りもせすに姿を消す。


 一体彼らは何をしたかったのか未だに分からないまま終わってしまった。


(本当にこれで解決してもいいのか……?)


 ようやく平凡を取り戻した結果になれたが、傑はどこか納得が行かない。


 誰かを傷付けなければ人は救えないのだろうか。その方法でしか答えはなかったし心のどこかでは理解していても正しいとは言い切れない。後に後悔しても起きた現実は何も変えられはしないのだから。


 もしかしたらより良い方法があったかもしれない、と。

 いつまでも掘り下げる夢のような可能性を傑は考えてしまう。


 儚くて綺麗な結末を考えても無駄だと分かっても傑は思案を巡らしながら廊下を歩こうとする。そんな気持ちが晴れそうにない彼に、声を掛ける人はいた。


「あの、助けてくれてありがとうございましたっ」


 声の方へ振り返ると視界に佇むのは滑らかに揺れる少し紫掛かった黒髪を持つ少女、美散だった。彼女はお礼を告げながら深くペコペコと会釈をしてみせる。


 そんなに会釈されても困るだけなので傑は一様優しく言葉を告げた。


「いや大した事してないから。だからまずは顔を上げて」


 残り少ない昼休み。

 いつまでも廊下に居ても仕方ないので傑は美散を急がせようとする。


 確かに自分は人を傷付けた。そして困っている人を助けた。救いようのないとても曖昧な結果だ。こうして自分もいい加減な人間であると改めて理解できる。完璧な人などこの世には居ないのは確かだけど。


 傑はたとえ最悪な結末を迎えたとしても現実を受け入れる。


 全部自分が決めた事。

 目の前の出来事を受け入れないのは自身を否定するのに同じだ。


 感情と理性は正直だ。だからこそ人には善意と悪意がある。それを全部を受け入れるこそが自分自身、千住傑だと思っている。


「俺はこの辺で。さようなら」

「え!? ちょっと、なにかお礼を……」


 これ以上の関わりは要らない。なので傑は背中姿を見せて颯爽と逃げた。

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