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アフターレジスタンス  作者: 島村時雨
第二章 堕天の玉座
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4話  継続的なアイロニカル

「正直、食堂から続く出来事に、ロクな思い出しか浮かばなかった」


 普段から利用してる、馴染みのある食堂にやって来てもモチベーションの低い傑は喜色の表情を浮かべられない。この世界では一回目だ。初めて地に付く場所でもある過去の思い出では、ただの勝手な想像に過ぎない。


 謎の狐の仮面を被る青年に葛葉京華。風紀委員長の立花響。担任の先生。

 たった数十分の出来事なのに、何かと注目を浴びていた。


 誰かの証明によって十分に生かされてるつもりが、今ではその痕跡もない。明日に盗撮事件が起きるという事は誰もが知る機会は与えられない。


 ただ一人、除いて。

 世界の変革を見届けた者としての、一週間の過去は紛れもなく全部本物だった。

 ――絶対に忘れてたまるか。


「だからこそ、今度は形のある思い出を築くんだ……」

「なんか難しい顔をしてるけど、傑、何かあったのか?」


 特に深刻な趣きを感じさせない平和ボケを噛ます将。未然だとはいえ、悲劇を起こした張本人には問答無用。傑は恨みを背負いながら振り向き、呆れたような失望を含む哀れみの目付きを隠すことなく睨んでいた。


「お、おれの「かお」になにかついてます?」

「妖精さんみたいな口調で言うんじゃない。そもそもお前が疚しい事を企てた事実に許さないんだ。父親がジャーナリストだから融通が効いたのか?」


 盗撮をする引き金となったのは、血筋の定めなのか。

 幾らでもカメラを設置出来る職業に関係していれば、道具を調達する手間は掛からない。寧ろ失うものが無いのが末恐ろしい所。元々壊れているカメラを仕掛けている時点で、盗撮が目的ではなく、願いを叶えるための殺害を狙っていた。


 親友を殺してまでも描いた夢物語は人格そのものを変えてしまう。恐るべき醜態を纏った狂気の愛情。それは歪みの消えない強欲。


 常識を覆す奇跡の力は意志を反して絶望へ誘う災禍の力に。扱う方向性を間違えれば、人類を脅かす脅威になると。


「ちょっと待って、どうしたら父さんの事を話題に振る必要が……?」

「異性の話題以外には疎いのなお前。痴情の縺れとか、人間らしさには定評はあるのに。スキャンダルがホンモノの真実だと言っていたのは、写真に写るものが形として現れる瞬間が、人の本性を切り抜くからだと教えてくれたのに」


 スプーンを持ちながら空中を掻き回す傑。

 退屈そうに白い円形のテーブルに肘を付き、淡々と言葉を告げる。多くの情報が行き交う世界のご時勢にアナログ式のカメラの存在は、一定の時間の枠を切り取れる証拠だ。それを不思議そうに聞く将を見て、思わずため息を吐いた。


「今のお前なら、それが実行できるほどの能力を備わってる事。解明したい謎を強引で探求する力を。その意味を将は分かるか」


「いや、ごめん。さっぱり。流石に周りくどい話を撤回してくれないと困るよ」

「……撤回するとお前の評価はただ下がりになるけど」


 円卓を囲うのは傑と将の二人だけではない。

 通り掛かった所に困惑する少女を助けた。助けたお礼として、共に昼食を取ることになった才色兼備で有名の美散は、話を聞きながらサンドイッチを片手に小さく咀嚼をしていた。


 傑の視線に気付く彼女は微笑みを含ませて会釈を返してみせる。


「あ、私に構わずに会話を続けてください」


 相手の事を気に掛ける慈悲のある遠慮に申し訳なかった。


 残念ながら無関係の美散には話せられる内容ではない事を。本心を伝えるだけでも至難の業を要する。ゲームの参加者のみでしか本物は答えられない。


「……それは、常盤さんにとって面白くない話になるかもしれない」

「承知の上ですよ。私はただ、誰かが側にいるだけで十分に幸せですから。それに、助けてくれた貴方達は悪い人ではないことを理解してます。信じられる理由は私にもあるの」


 こちらに向けて浮かべる微笑みは、彼女自身に込められた意思を貫くように見えた気がした。


 彼女は傑の事を認識していても、傑は彼女の生き様について全く知らない。同じ環境で過ごしていないのだから、それは当然の結果だ。けれど意識の違いには美散の方が信念を抱く強さが違っている。美散のみしか見出せない景色を、その見据える瞳に鮮明と焼き付けている。


 どれだけ否定的な姿勢を取ろうとしても、美散の前では効果が無い。

 故に彼女は現実と向き合っているのだから。


「ごめんなさい。少しばかり生意気でしたね……」

「いいや、常盤さんは悪くない。原因はアイツにあるからな」


 根本的に事件を起こしたのは将であって、美散はトップカーストに所属するお手本のような学生だ。比べる要素は何処にもない。不用の案件だ。


「まだ何もしてないのに、そんなに弄られるものなのか……!?」

「言葉使いに弁えた方がいいぞ。将に関しては、全ての言葉が意味深が付くから」

「これ絶対に人前では話す内容じゃねぇよな!?」

「正解。見事だ」


 なんだ、自分でも気付いているじゃないかと、内心思う傑は激昂する寸前の将を無視しては美散の方へ振り向いた。乱暴に吹く台風のような強風を、涼しい顔をした傑はそよ風程度で受けながら、


「このように、将は見た目はイケメンだが中身は残念だ。要するに変な人。ある意味天才の領域に達するほどの玄人なんだ。最低な奴だが、多目に見てくれないか」

「は、はあ……」


 一様承知してくれるのは有り難い。だが、身構える姿勢は完全に警戒している。無理もないのは当然で、懸念の表情を浮かべる隠そうとしない傑を見たら、大概の反応は妥当の結果だったりする。


 たとえ親友の立場を借りても、同情は存在しないだろう。

 しかし新しい道に切り開ける未来があれば、いつでも手を差し伸ばせられる。


「それでも、俺の親友なんだ。極度の曲者だけど許してやってくれ」

「……」


 どんな結末が迎えようと傑は友達であると言い続けてみせよう。誰かのために生きる事は、その人の幸せを見届けるためにある。祝福の絶えない鮮やかな景色を見据える世界を目指すのなら。


 将が犯した積年に込められた過去の罪を帳消しを認められる。

 それが、今の傑が可能とする不完全な気遣いだ。


 親友としての優しさを見せる傑は肩を竦めて目を瞑りながら微笑む。覆ることのない自信を、その目で感じ取った美散は再び笑顔を浮かべてみせた。


「分かりました。千住さんがそう言うのなら、私も加藤さんを信じてみます。頼りになるかは自信はないですけど、助けてくれたお礼があります。手伝えるものがあれば、是非私で良ければ仰ってくださいね」


「……ありがとう。常盤さん。本当に助かるよ」


 正直に言う本心の答え。

 傑は自分自身に対して驚いていることに気付いた。


 誰かの手助けを求めている。軟弱というか弱腰な姿勢ではきちんと前には進めないのに、踏み出す一歩の勇気が足りなくて。どこか臆病な自分が求めていたものが人との繋がりと自分で居られる証明を必要としていたのかもしれない。


 同じ世界の下で微笑み掛ける仲間と過ごす日常の時間を求めていた傑は、目指すべき本物の景色を眺めるための答えを探す。


 孤高に走る必要は何処にもなかった。

 今は背中を支えてくれる大切な人達の存在が、新たな希望が始まる。


 ゆっくりと勇ましく微笑む傑は目を見開く。元々携えていた意志の威光を翳して、悲劇の物語を終わらせるための力を扱えた傑のみが知り得る方法をこの場を利用して振るう。


「……話を戻そう。どうして俺が将に対して辛辣なのか、その説明をする」

「どう考えても単なる嫌がらせじゃないの?」


 正論。大体正解なのであえて傑は答えない。

 ゲームの参加者でもある将は少なくともルールについて理解している事だろう。自分を透明化にする心意の扱いには心得ているように見えた。


 しかしそう簡単に話せられない理由があるのは、美散の存在が大きい。

 一般の立場で織り成す彼女の前で真実を言うのは抵抗がある。食事の最中なのに気分を損ねるような雰囲気にしたくない。


 なので傑はある程度の加減をしながら覚えてる事実を告げた。


「悪意無しで嫌がらせするかよ。お前は、俺達とは違う特技を持っているだろ。それを悪用する傾向があるから、俺は警戒してワザと蹴り落としているだけだ」

「あまり理由が変わらない気がするのは俺だけなの……?」


 容赦のない辛辣な親友の言葉を耳に貸して、肩を落として落胆する将は不気味に笑うしかない。散々言われているので耐久に限界が来ていたようだ。


 それでも事実に変わりはなかった。


 カレーライスを間食した傑はペットボトルの容器に入ったお茶を口に含み、思考が落ち着いた所で話題は剣呑なものに引き立たせる。


「将、お前は自分自身についてあまり理解していないようだよな。そこが欠点だ。自分が正しいと思っていても、対して周りの意見が分かれてしまうのは、どうしてだか分かるか?」


 首を左右に振る将は観念したみたいな態度で過ごす。

 美散の方は冴えているのか、微笑みを保ったまま口をみ開かず、答えない。


 制限時間を残す温厚な性格ではない傑は強制的に終了させた。


「それは他人から見た印象によって決まるからなんだ。常に怪しい行動をしてるのを見られたら、人は何を思うのか。園児でも理解出来るレベルだぞ」


「はじめの印象が悪いと、つい悪い方向へ考えてしまいますよね」

「今の将の状況だと、最悪だろうな」


 友好関係を築くのに肝心でもある印象。それが悪い部分だけ寄せていれば周りの反応は暗いのは一目瞭然。無意識で距離を置かれてしまう。


 以前、傑が盗撮事件の濡れ衣を着せられたクラスメイトの反応のような。

 ただただ一方的に、痛みというレッテルを貼られて。


 その原因を作ったのが暴走した別の将であるのだが、この機会でやり返した傑。込み上げてくる鬱憤晴らしは清々しく、自然に笑みが溢れてくる。だがテーブルの向こう側で思案する残念イケメンがある事の仕組みに理解した様子に。


「ま、さか、罵っていたのは、この時のために……!」

「ん? 気付くの結構遅いのな」


 隠す気ゼロの暢気な傑は当たり前のような程度で告げるだけ。


 というか首を傾げては頭上に疑問符を乗せていた。訳の分からない話に訝しそうな表情を浮かべて、自分が可笑しな行動はしてないと将へ目線で合図する。

 しかし理解される筈もなく、


「絶対に敵にしてはいけない友達だな……」

「そう思ってくれると有り難い。疑う事は賢い行為だが、俺の前では無意味だよ」


 能力持ちの参加者だと暴露されている将では、これ以上のない失態を晒す事に。相手が親友の傑であっても油断は瞬間の仇となる。協力する前提よりも前に、定められた上下関係は決して越えられない。


 傑と遭遇した瞬間。

 最愛する因果によって将は逃れられない結末を進んでしまっていた。


「ズルいね。その言葉は」

「俺もそう思う、が。これは夢じゃない。現実の最中なんだ」


 鼻で笑う将に対し冷酷なまでの冷ややかな目線を突き刺す傑。


 テーブルを囲う全員が食事を終えた頃を見計らった想定済みの行動力は、一人の人間の自由を束縛させる。それはとうに参加者同士の言葉なき冷戦が平行線を伝っていき、先に辿り着いたのは傑だった事実だけ。


 早朝の教室に繰り広げられたのは、紛れもなくただの友情こっこだ。


「……降参だよ。まさか、君も『違う人間』だったのか。道理で雰囲気が違うと思ってたら、案の定、裏で働いているとはね……。本当に傑らしいよ」

「それはどうも」


 降参の意を見せる将は両手を上げた。

 小さなため息を吐く親友に、片手にお茶の入ったペットボトルを持って口元に含ませた傑は素っ気ない様子で答えるだけで何もしない。


 一向にも手を下げないので、それを見かねた傑は言葉を告げた。


「万歳する余裕があるなら現実を見据えろ、将。俺がいる限りどんな困難に遭遇したとしてもお互いに乗り越えようぜ。そのためにお前を先に仲間にしたんだ」


「言う割には卑劣な手口だよなぁ……」

「別に。仲間の存在があるから如何なる手段を選ばないんだろ」


 全く懲りてない様子に将は苦笑いするしかない。それでも、傑の言う信憑性には信じる理由があった。


 強者と敗者を決めるゲームは既に世界の下で繰り広げているのに、お互いに夢を抱きながらも共闘する方向性は何よりも心強い。手を伸ばす者が、常に現実を見据える傑であれば、共に居る者は安心感を得られる。


 もちろん、共闘する条件からには逃げられないのも然り。


「ふっ、それで、俺は何をすればいいの?」

「将には早速『夢』を諦めてもらう。残念だとは思うが、その訳は後に話す」

「ですよねー。……ははは、近道をしても、上手くいかないもんだね」


 常識を覆す力を手にしても現実の厳しさは変わらない。

 勝者と敗者を決めるためのマスゲームは、醜態な争いしか生み出さない。自分が目指した夢を手に入れるのに他人を犠牲にするのは、人の歩む道を間違っており、過ちを犯すだけ。


 願いという希望に注ぎ込んだ悪魔に相応しい最悪最低なゲームに。

 危険な目に遭う必要性は無いのだから。


「大体この話をする以前に、現実を見た方が賢明だぞ」


 返す言葉が見付からない将は落胆。苦し紛れに反論するかと思いきや、呆気なく身を引いてしまった。傑にとっては最善な都合に回ってきたが、将がいつ盗撮事件を起こすのか警戒を怠ることは出来ない。


 それに校内には他の参加者が影の中で潜み、漏洩した情報を隈無く探すだろう。

 仇なす敵の弱味を握る一方的勝利を目指して。


(現況を支配してしまえれば、意のまま掌中に収められる。悪用されたら、それは末恐ろしいものに生まれ変わる。慎重に扱わなければ……)


 注意を払う方法を探すのに未だに実力不足であると自覚する傑は腕を組む。

 静かに現実を見定めては、凝らしていく。


 一体誰が参加者なのか。真相を届く気配すら消えてる。

 確定しない『箱猫』のゲームは、どのような世界の結末を魅せてくれるのか。


 その景色が誰もが予想のできない未来だとしても。


「あの。ちょっだけ、確認したいものがあるんですけど……」


 メビウスの輪のように延々と繰り返す物語に遭難したことを自覚している傑に、これまで静観していた美散は少しだけ手を上げて丁寧に訪ねてきた。それに気付く二人の参加者はやや反応の遅れを見せる。


「あ、ああ。勝手に身内の話をして済まない」

「常盤さんごめんね。話、置いてきぼりにしちゃって」


 無関係の美散には大層詰まらない話を聞かされたと思い、素直に謝る二人。

 しかし美散が取った行動は確実に見る目の色を変えた。


 制服のポケットから取り出す携帯端末を傑達に見せる。淡い光を灯す液晶画面の中に眠る異様な存在は、事柄を知る人物の想像を凍結させる。


 箱の上に乗る猫のイラストの載る、希望と絶望を重ねるアプリゲームを。

 美散は思うだけの素直な疑問を言葉に変えるだけだった。


「もしかして、皆さん。このアプリについて何か知っているんですか?」

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