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アフターレジスタンス  作者: 島村時雨
第二章 堕天の玉座
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3話  生存競争の邂逅

 四次限目の終わりを告げるチャイムが鳴る。


 その瞬間を待ち兼ねたクラスのみんなは一斉に活気に包まれた。待望の昼休みがやって来て、沈黙を破る勢いは知らずにいる。教室で昼食を取る学生や、食堂で取る学生を眺めるメガネを掛けた傑は静かにノートを閉じて机の奥に仕舞う。


 日常を心置きなく楽しめる事はいいものだ。

 青春らしい学校生活は無理に警戒しなくても構わない。学生の身分では未熟な立場だが、それなりに満喫に過ごす自分が存在する事実に偽りはない。


「ずっとこのまま、楽しく過ごせれば、俺は充分なんだけど」


 教室の片隅で陰湿に学校生活を繰り返した偽物の日常はもう何処にもない。

 全てを騙そうとした仮面を被った彼らも消えた。


 そして傑が見据えてる今の景色は正真正銘の眩しい平凡が待っている。


 色褪せる事もない、望んでいた日々を眺める幸せはあっという間に時間を過ぎていく。前にも学習していた教室の内容をノートに書き写して、ひたすら授業を終える一瞬が待ち遠しかった。


 手元に有り余るほどの幸せは釣り合わない。

 この幸せはきっと誰かのために生まれてきた物だと、そう思えてしまうから。

 違う世界で生きてきた傑は受け取ることは出来なかった。


「手に触れられる小さな幸せは硝子のように脆い。だから俺はその幸せのために守らないといけない。手塩を掛けて築いた居場所が崩壊してしまうなら、崩壊する原因をひたすら断罪するだけ」


 問題が起きてしまえばもう遅い。


 一度切りの人生の大切さを噛み締めた。二度と戻らない過去を背負う重さはその人でしか分からない。地に足を踏み締める行動がそれほどの受難が待ち受けていると、経験は教えてくれた。


 確実に、取り返しの付かなくなる事件を止めるために。

 叛逆者となった傑は悪辣なゲームを無視して参加者の不殺を貫くと決めた。


「これ以上は、好き勝手にはさせない。――絶対に」


 お手本になるような佇まいで傑は教室を出ていく。


 様々な人達の優しさを触れた、過去の世界。生きる希望を見出したキッカケを繋げた出来事は忘れない。楽しくても、痛くても、悲しくても、自分自身を否定したり嘘は付きたくない。この身に起きた全ての現実は、いつか必ず生きるためのヒントになると信じて。


 破滅へと導いた終わりなき挑戦に挑む傑は既に未来を見据えていた。

 何かを失いながら生き続ける過酷の運命を壊す方法を探す。


 誰かの幸せを知らぬ間に奪っていた傑。

 本当なら続いていたハズの幸せな日常を、全て無かった事にした虚像の張本人として今を君臨する叛逆者は自分なりの贖罪を決めている。


 これ以上は、過ちを犯してはならない事を。


「過剰な期待はするな。現実を甘く見るな。馴れ馴れしい親友を信じるな」


 左右を見下す審判は傑が決める。何が正解なのかこの際どうでもいい。本物の正しさは他人の言われた都合の良い戯言を躱す適応力だ。


 身近にいる人ほど警戒は薄れてしまう。

 その狭間に生じる隙は埋め込むことが不可能。抗う術を奪われてしまえば、これまでの繋がりは水の泡となる。


 繰り寄せる猜疑心を見抜ける人になりたい。

 常に先の先の展開を読み取れる冴えた観察眼が傑にとって必要な力なのだ。


「……俺は結局臆病者だ。いつまでも、勝者にはなれない」


 他の参加者を殺してまでも、約束された願いを叶える必要は何処にもない。強制的に当て嵌めた狭い規則に沿う事もさえ。


 終わりの見えない惨劇よりも、今までの日常の方がよほど幸せなのだから。

 最初から争う理由なんて何処にも存在しないと傑は知ってる。


「勝者とか敗者とは雌雄を判別する主義とか、強弱を競争させる輩にはならない。このゲームに必要なのは、共存という第三の答え」


 殺戮をモットーとするゲームに否定的な参加者を味方にする事。

 要するに、新しい勢力を作り上げるのだ。


「元々戦う意思がなければ争いは生まれない。なら、助けるのは当然」


 傑はある一点に起きている出来事に目を向ける。


 太陽の日差しを反射する廊下に、嫌悪感を湧く気持ち悪い声が聞こえた。眼前を凝らしてみると、そこに立談していたのは一方的に女の子に対して囲むように話す三人組の男集団だった。


「またコイツ等か」


 世界線を越えたり世界を変革しても彼らの行動は変わらない。

 だがしかし、その光景は穏やかでは無かった。


「え、えっと、これから私は教室で昼食を取るんですけど……」


 疎遠確定通告を言い放つ少女、常盤美散は遠慮した愛想笑いで返す。それでも男達は知らないフリをして成り立たない会話を続行。


 食堂へ誘導するような行動の兆しは明らかにセクハラと何も変わらない様子。


 どうやら彼女は昼食を取ろうとして教室ではなく食堂へ向かおうとしたが。

 不運というか、奴等に絡まれてしまったようだ。


「アレは絶対に高校生活失敗する末路だな。自分の事は何も言えないけど」


 人気の少ない時間帯を利用したナンパもといストーカーは予め計画されていたのか男達にも必死さがある。そのためか傑の存在に気付いていない。囲まれている状態の美散もまた同等に視野が狭くなっていた。


 周囲に誰も居ない傑は唯一、美散を助けられる救世主と化していた。


 助けるのも運命の内なのか。


 そう思えていた傑は躊躇なく前を進もうとしたが、いきなりと立ち止まる。

 周辺の違和感に勘付く傑は振り向きもせずに問う。


「透明化してまで、俺に近付くのはお前しかいないぞ、将」

「……ご名答だよ」


 降参の意を示す透明化を解除した将は焦りながら苦笑していた。


「ははは、流石だ。なんて言うか、言葉を返す答えが見付からないよ」

「そうだろうな」


 驚愕を隠し切れない現実の代償。それを完璧に否定した傑の天才的な慧眼に将は笑うしかない。それでも傑の反応は薄いものだった。


 今は、着実に彼女を助けることだけを意識に研ぎ澄ませて。

 透明化を可能にした将の相手をする量力は傾けていなかったのだから。


「……よく、気付けられたね」

「全部お前の足音で理解していた。歩幅の違いと体重を掛ける加減によって、俺の背後に見えない誰かの靴を鳴らすのを聞き逃さなかった。それだけ」


「何時からなんだ? 後ろから傑に付いてきたのを」

「教室を出て丁度。独り言する前に」


 昼休みに合流すると約束していた。

 しかし傑はまだやって来ない将を置いてけぼりにし、勝手に食堂のある一階へ向かおうと進んだ。その段階で透明化した将の存在を感知していた事になる。


 ただの独り言は決して自分に問い掛けるものではなかった証拠を。


「本当にスゴいな。なぜ、傑がこの力を認識して……」

「その話は後でする。今はストーカーに囲まれている学生を助けるのが先だ」


 懲りないくらいの執着を重ねる男共を確認した将はその現状に青ざめる。どうやら肉体強化の力を得ても根性は備わって無かったようだ。


「二人でも三人相手じゃ分が悪くないかな……?」

「何を考えて戦おうとしてんだ。助けるのは囲まれてる彼女、常盤美散の方だ」

「ラジャーです!」


 話の内容にとことん極端な将。敬礼をしているが弾む心は鼻息が粗暴。このまま鼻血を出す勢いが込められていそうで傑にとっては迷惑だった。


 ともあれ、奴等を蹴落とす準備は整った。

 先陣を切る傑は早速この場の温度に変化をもたらす。美散を囲う男達の前に佇んでみせると、手を前に差し伸ばす。


 奇妙な目線の釘付けにされる中でメガネを掛けた傑は言葉を言い放つ。

 表裏のない無個性な人間を演じた。


「ここに居ましたか。常盤さん。先生が呼んでますよ」

「え?」


 唐突に現れた傑に美散は硬直してしまう。元々認識は無かったため、反応は当たり前のものだが、男達にとって乱入の存在は凄まじい影響力を与えた。


 誰だお前、と男の一人が苛ついた態度で傑に挑発をしようとした、が。

 その瞬時に振るう男の腕を掴んでいた。


「先生が教室で貴女の事を呼んでいます。それも急用な話だそうで」


 相手の動きを微動だにさせないほどの底の尽きない握力を、笑顔を振る舞う傑は行使する。途端に男達は焦燥に駆られ遭遇してはならないと察したが、既に判断は遅い。彼らの行動について読んでいた傑は手を緩めない。


「ですので、常盤さんを解放してくれると、痛い目に会わずに済みますよ」

「あまりにしつこいと女子に嫌われるぜ?」


 将の無慈悲な言葉が炸裂。女性に接対する心掛けは人一倍あるようだ。


 流石に今の現状に痛感したのか男達は傑に睨み付けるが、その眼差しは微風に等しかった。抵抗力の無くなった相手に傑はあっさりと手を離すと、一人の男は怯えて仲間を置いて行ってしまう。


 その後を追うよう背中を向けてしまう男共も姿を眩ませた。


 相変わらず逃げ足の早い相手だ。

 廊下では走ってはいけないのだが、あえて傑は彼らに注意はしない。彼女を困らせた男達の態度が全ての原因なのは前から分かっている。


 過去に募らせた拭いきれない後悔を越えた傑は、正しい選択をしたと思う。


 今度ばかりは困っている人を助けてみせたのだから。


「……よし、解決したな」

「ははは……、無茶を言うよ。一歩踏み外していたら喧嘩では済まなかったって」


「いいや。最低な事態を避けるための至極当然の対処だった。彼らを誘導するのに最低限の挑発を、相手が勝手に動くのを待つだけで良かった」


「それにしてもやんちゃ過ぎるのは昔の傑を思い出すよ……」


 作戦すら立てないアドリブ本番の実行力。


 果敢に男達に向かう傑を見ていた将にとっては常に爆弾を抱えたもので、いつ爆発しても可笑しくない状態の中でただならぬ気迫が立ち込めていた。


 それも相手を圧倒する迫真の強さには、納得せざる負えないでいる。

 こんなにも頼もしい親友が戻って来たみたいだ、と。


 一貫して冷静沈着に状況を見据えた傑と危機が去った事に胸を撫で下ろす将。温度差を統一しない彼らの前に、美散は恐る恐ると二人に訪ねてきた。


「もしかして、あの、千住傑くん、ですか……?」


 意外な反応を見せる彼女の眼差し。それを受け止めた傑はこくりと頷く。

 一旦メガネを外してみせて、証拠を明らかにする。


「正真正銘の俺で間違いないけど……」

「私を助けてくれて、ありがとうございます……!」


 紫色に掛かった長い髪を滑らかに揺らす美散は感謝を告げる。そこから会釈をすると思いきや人懐っこい笑みを浮かべた事に傑は肩を竦めて苦笑い。


 才色兼備な印象のある彼女だったが、年相応の女の子の反応をしていて、雰囲気に問わず天真爛漫な人は本来の有るべき姿だと思える。


 しかし妙な擦れ違いが、芽生え始めていた。

 淀みなく起き始める美散なる感覚は何を示しているのか。


 それでも傑は違和感を押し殺して、美散との会話を続かせる。


「先生を呼んでいるフリをしただけだから、俺達は実績何もしてないよ」

「でも、私にはあなたにお礼する資格はありますっ」


 相当の自信を抱いて仁王立ちする美散はどこか確信の様子。可愛げにドヤ顔をする彼女の立ち位置が傑達が目的とする食堂の続く道が塞がれている事に察した傑は、否定しようとした所で、親友の発言によって掻き乱される。


「お礼、だと!?」

「駄目だコイツ……、早くなんとかしないと……」


 欲情という名の暴走に転移する変態少年、将。完全に鼻の下を伸ばしている。

 彼女の話を断るどころか斜め上の展開に転んでしまった。


「馬鹿野郎、二の舞を演じるつもりか。全く救えようのない輩たな!」

「だってお礼をするって言ってるじゃないか!」

「そういう、意味じゃねえぞ!」


 お互いの意志を通して論争を運ぶ展開へ。その勢いは気迫で止まらずに睨む傑達は掴み合いになる。引き締める音が微かに腕から鳴らされる。


 中立に佇む美散は何かを閃き手を叩いてはそのチョイスを選んでみせた。

 あくまでも彼女が望んだ願いとやらを。


「――私と一緒に、昼食を取りませんか?」

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