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アフターレジスタンス  作者: 島村時雨
第一章 叛逆者の覚醒
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3話 平凡に潜む嘲弄

 結局。

 昨日起きた出来事は一体なんだったのだろうか。


 傑は当たり前のように学校に登校し、教室にある自分の席に着き、惚けた表情をしながらガラス越しの先にある景色を眺めている。


 告げる事なく、いきなり携帯端末がジャックされた。


 イヤホンから漏れる声の主は機械染みた女の子。最初脅迫されるかと思いきや、とあるアプリでのゲームの参加を申し込まれた。説明を告げるだけの理由だったのか相手は何事も無かったかのように勝手に途絶する。


 自宅に帰ったその後は充電の切れた携帯端末を再起動させた。すると謎のアプリは画面のどこにも無くて、痕跡すら存在の欠片もない。


 詮索しようにも方法がなくて。

 未だに未解決のままだ。


 けれど携帯端末は無事に機能が働いていて、何ともないようだ。しかし前の機種のデータを移すのには気が引ける。それから非常識な現象を浴びて、人体の影響がないか不安と嫌悪が目まぐるしく交錯させていた。


 強いて言ってしまえば。

 現在落ち着ける状態ではない事。それは自身でもよく理解していて、今は誰とでも会話したくはない気分に満ちていた。


 傑は元々誰かと話すのは苦手で、裏の顔では根暗。

 自分から話すことも皆無に近いほど。


 理由として欲しくはない才能が、これまでの平凡な日常は変わってしまった。


 ただみんなが持っている能力が他と長けているだけなのにだ、廊下を歩くだけでも物珍しく視線を凝らしなから、遠くから囁くように黄色い声が嫌でも聞こえる。


 何故。

 自分は勉強を励もうとしただけなのに、どうして人が寄ってくるのだろうか。ごく自然に過ごそうとしても彼らの視線に捉えればその平凡は遠く離れてしまう。


 別に彼らが悪いとは言わない。


 ――自身にある才能が、とても嫌いだった。


 全部自分が悪いのだと気付かされた瞬間、それは後悔の色に変えられた。人は何かの興味を持った途端に獣のように獲物を喰い殺す。珍しいものなら害悪だと判断すれば有無を問わず(いた)()りながら砕き殺す。


 どれだけ天才だとしても。

 どれだけ劣才だとしても。


 世界のルールではそれが気に食わない。不公平を利用してズルい人間だけが生き残るための策略が今でも続いてる。そして狂った人間達が築き上げた社会に感嘆し、身を隠しながら、傀儡と化した人形を操っていく。


 生きている世界はまさに笑劇そのもの。

 どこにも幸福など存在しないのだから。


 生まれたその瞬間、死ぬ事が確定された。窒息してしまいそうな狭い鳥籠に入れられた小鳥のように、羽ばたく事も許されない。


 とても詰まらない世界だ。


 都合のいい話は全てまやかし。あるのは相手が転ぶ姿を陰で笑う事だけ。

 きっと優しいあの子も、正義感ある少年も、か弱そうな少女も。


 この世に正しい人は居ないのだ。自分も含めて、欲望を抱いたまま息苦しく生きている。全員が気まずい空気を読んでは胡散臭い笑みを浮かびながら談笑を交える景色は、吐き気を何度も覚えてきた。


 答えがないことを知ってしまったことは罪である。


 空っぽの景色を眺めることしかない傑は常に退屈だ。学校に行かされる感覚を噛み締めても結局のところ早く家に帰りたかった。


 外の世界の方が煌びやかで、歩く人達はどこか楽しそうで。


 縛られることの無い解放感が、傑にとって唯一の望みだ。だから学校のない休日こそが至極の時間だと思ってる。人間関係を築くことよりも自分の時間の方が優先するだろうと傑は決然を貫く。


 そもそも他者に関わらなければいい話なのだが……。


「おいおいどうしたどうした。冴えない顔をしてるぞ?」

「ッッッ!?」


 いきなり後ろから声を掛けられた。


 立て続けに背中を叩かれた事により、警戒心むき出しの傑は俊敏に自分の席から離れた。即座に身構えては相手の姿を凝らして見てみると、そこに立っていたのは傑がよく知る人物の一人でもある。


「加藤。後ろから話し掛けるなよ……」

「ああ、悪い。そういうびっくり系はダメだったか」


 明るい茶髪をした少年、加藤(かとう)(すすむ)は申し訳なさそうに頬を掻く。相変わらず制服はボタンを閉めない着用をしていて、思いっきり学校の規則の身だしなみを破っているのだが、切りが付かないのか誰もがスルーされる始末だ。


 そんなイケメンだから許される野郎の将は厚がましい様子で机に座った。

 当然であるかのように傑の机に。


「汚い。退けろ」

「あはは。その二言がめちゃくちゃ怖いなぁ。分かったよ」


 自身の席に着きながら険相のある表情をする傑に対して、爽やかそうに笑みながら退ける将。空気の流れが淀んで気まずくなると思いきやそうではない。


 最初から、このやり取りから始まるのだ。


「そうだ。昨日のアニメ見た? まさかヒロインが死ぬなんてな」

「ああ見た。確かに視聴者にとっては衝撃的だったが、どういった経緯で意味なく死んだのか未だに分からないんだけど」


「まあ、ただ死んだらで後味悪いよな」


 今日を乗り越えるための話題を振っても、これは上部だけの会話ではない。本音が言える話し相手なら傑は難なくと解決出来てしまう。元も子もない人間が告げる余計な一言が嫌いなだけで。


 たとえ目の前にいる奴がかなりのド変態の性格を除けば。


「話を変えるけどさ、アリサの事、どう思ってるんだ?」

「はい?」


 なに言ってんだコイツ。

 いきなりと思えば幼馴染みの話に切り替わりやがった。


「だからアリサの話だよ。幼馴染みなんだろ? やっばりこう、進展してる?」

「一体何の話をしてるんだ……」


 唐突に携帯端末の画面に映る写真を見せられても、意味不明だった。


 月宮(つきみや)アリサ。


 彼女はイギリスと日本のハーフであり一時期日本に住んでいた。金髪碧眼で人形のような可愛らしい容姿は悪ふざけでもなく天使のような印象があった。誰からも好かれる優しい性格はみんなにとって憧れであり、生きる力になっていた。


 しかし家庭の事情により日本から離れてしまったが、高校の時にアリサは日本に帰ってきた。いわゆる帰国子女となって。幼い頃近所に暮らしていたため立場は友好的で幼馴染みと認識されている。


 そんな彼女の事を将は話に来たのだ。


「もう一度尋ねるが、これは何の話なんだ?」

「まだ分からないのか。どこぞのラノベ主人公だよ」

「ラノベ主人公じゃない。千住傑だ」


 根本的な内容を話してないのだから訝しむのは当然である。それでも将は冗談のつもりだったのか再び笑みを浮かべてみせた。


「ごめんごめん。冗談さ。……本題なんだけど、アリサって彼氏いるのか?」

「……知らないな。というかその話、俺に聞かれても皆無だぞ」


 幼馴染みはただの肩書きに過ぎない。


 彼女が日本に帰ってきても傑は一度も話した事はないから。昔は割と悪ガキのように遊んだ記憶はあるが、それ以降はアリサのいない思い出ばかりだ。


 アリサに彼氏がいるかと聞かれても傑は知らないので意味がない。

 その前に関係ないのだから。


「そうなのか……。じゃあ傑はアリサの事はどう思っているんだ?」

「なんだその尋ね方は。何も思った事も考えた事も一切ないな」


 ただの幼馴染みであり、近所にいるだけ。


 同じ高校に居ようが傑はアリサに声を掛けることは無い。根暗の性格が他人との挨拶がどれほどの苦行なのか、その相手は知らないだろう。


 淀みのない真っ当な正真正銘の本音に将は微かに畏縮する。


「どうした。そんなに可笑しいものなのか」

「……いや。何でもない。傑はアリサの事が好きだと思っていたんだと……」

「何度も言うが、赤の他人だ」


 どんな適当な事を言われようが真実は常に一つだけ。嘘は言ってないし、相手が信じなければこのやり取りは終わるだけでいい。


 ただ静かに、望む平凡のために傑はこの縛られた時間を過ごすだけ。


「なるほど。それじゃあ、アリサを彼女にしてもいいのか……」


 何かを確認し終えたのか晴れて明るい表情を取り戻す将は、さぞかし夢のあるような戯言を述べている。その前に傑には関係のない話を振り掛けるのか。


「……なんで俺に尋ねた。アドバイスなら逸に貰えばいいのに」

「いやいや。流石にラブラブリア充に話しにくいよ。……それに、傑の許可がないとアリサを彼女にしても気まずくなるんじゃないかと思ったんだ」


「別に気にする事はないだろ。リア充乙、死んだ上に爆ぜろ。って言ってやるよ」


「ははは、今日の傑はやけに辛辣だなぁ……」


 確かに自分は当たりの強い言葉を放っている。そう思ってしまうのは本心だから仕方ない。しかし、相手が引いてしまうほどの荒さには内心驚いていた。


 根暗の性格が表に現れている。隠してきた本心がそのまま放つかのように。


 それでも傑は平常心を保ちながら会話を続ける。


「丁度このぐらい言ってやればいいさ。だから加藤もアリサと付き合ってリア充になれよ。アドバイスはできないが応援してやる」

「ほ、本当にいいのか……?」


 先ほどの勢いはどうした。虚勢を張っていた将に背中をバシッと叩いてやる。男ならガツンとやらなければ後悔に殺されてしまうだろう。


 殺されないためにその後悔を燃やしてやれ。

 命の限り、己の限界を越えろ。


「加藤、お前は本物の男だ。本能のまま暴れて差し上げろ」

「本能の、まま……」


 背中を押された(物理)加藤は何を思ったのか言葉を呟いたまま動かない。ただの屍のように。だが膠着状態から解き放たれる将の表情には、鼻の下を伸ばしては恍惚と何もない空間を見ていた。


 これはあれだった。まさしく本能という名の変態だった。


「あはは、二つぷるんぷるん柔らかそうだな。そこ、弱いの? いやぁこれは流石に、おっとぉ! 手が滑ったなぁ、あーっはっはっはっ!」

「よだれを拭けよ。その前に鼻血をなんとかしろ」


 このように、残念イケメンド変態である。


 初めから分かっていたけれど、コイツは同年代の異性に対して野蛮でよこしまな目でしか見ていない。まして相手が可愛い女の子なら狼と化す。やっぱりコイツは人の皮を被った変態なんじゃないか。


「……おっとっと、みっともない姿を晒してごめんよ」

「ああ。朝から騒がしい奴だな」


 ホントそれ。最初の会話が変態丸出しなんて聞いてる身としてはうんざりだ。


 大体そういう話をするのが悪いので、この話は終わりにしよう。


「……とにかく、アリサについてはお前、加藤の問題だ。後はお前が一歩を踏み出して彼女と向き合うことが必要だ。だからこの場面で俺は必要のない部外者だ」


「けれど、本当に、それでいいのか?」


 何を持って後ろめいた事を話すのか傑には未だに分からない。


 どこで拘る理由があるのだろうか。関係性は皆無でありこれ以降も会話する機会もないと思える。それぞれの行く道は既に決めており、これもまた人生の定めだ。


 この物語に、傑は居ない。


「言ってるだろ。これはお前の決めた人生なんだ。それでも男なんだろうが」


 少し強めの言い方だったが、このぐらいの勢いが無ければ終わらない。その勢いに押された将は呆気に取られるが直ぐに息を吹き返し、拳を握り締めた。


「そう、だよな。……分かった。俺は決心したよ。アリサに告白しようと思う」

「おう。その勢いだ。当たって射止めておけよ」

「もちろん。失敗は許されないさ」


 そう言葉を溢す将の姿はどこか決意した熱血のある目をしていた。霧掛かる迷いを払拭し、その先にある景色を見るための覚悟を見出したのだろう。


 先ほどの曖昧さはすっかり消えて、イケメン面になる。


「じゃあ、男になって行ってくるよ」

「……」


 言いたい事は散々告げたのか、将は自分の席のある別の教室へ向かうため踵をひらりと返しては背中を見せる。謙虚に手を振る景色は確かにカッコ付けていると傑は直ぐに理解したが、あえて言わないままにしておく。


 それは途中に湧き出した疑問が、傑を切実に悩まされていたからだ。


「……何故、こんなに易々と話してるんだ……?」


 自分は。

 こんなに話すような性格ではない。


 学校にいるこの時間が大嫌いだ。誰かと話すのも苦手で自分から話す事はないのにだ、将とどうでもいい談笑をしていた。自身を問い掛けた規定なのに、容易く反してしまったこの事実に疑いざる負えなかった。


 集団生活を送る密着した空間を過ごす苦しさに、傑は会話する事を避けてきた。

 放課後を告げる音楽が流れたその解放感に、傑は外の世界に待ち焦がれていた。


 ここには無い自由のためだけに抑えていたハズが、まるで人が変わったかのように溢れていく。偽りの表に出すことのない本音は意図も簡単に響かせる。


 話すこと自体薄情の傑が熱弁してクラスメイト達にざわめきが蘇り。


 落ちた水滴は波紋を走らせては広がる事をやめない。


 明確な変化を遂げている。固定された概念が徐々に崩れていくのか分かる。それを傑は黙視するしか手立てはなく、騒ぎが鎮まるまで、動けなかった。


 平凡を取り戻した教室の中、それでも傑は自身を疑う。


 他人の虚ろな笑顔を眺めるだけの時間。とても詰まらなく生きた心地の無さ。居場所がないと気付かされた日から人を避けてきたというのに。


 意味などないのに、馬鹿みたいに話して。


(こんなの、まるで俺が俺じゃないみたいだ)

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