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アフターレジスタンス  作者: 島村時雨
第一章 叛逆者の覚醒
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34話 狂人の喫茶店会議

 新しい未来がその先に待っている。


 有り触れた日常に紛れ込む不穏な空気を掻き消した鮮やかな奇跡は、偽物なんかじゃなかった。悲劇の物語を背負う覚悟を誓う。気付かせてくれた優しい人のために、千住傑は残酷で美しい世界の下で生きていく。


 雲一つない晴天が広がる景色を見上げるのを忘れすに。

 彼らが呟いた言葉を記憶に収め続けると。


(……次こそは、必ず救い出してみせる)


 空気のように過ごしていた傑は拙い亡霊だ。

 愛情という名の繋がりの意味を欠落した世界に絶望し、孤高のままに時間を無駄にしてきた日々に狂気の刺激に染めた。


 心も体も傷だらけなのに、何も感じられない。

 最期の死に場所を探していたそんな無き者に、語り掛ける人はいた。


『助けて欲しかったんだよね?』


 人は決して孤独ではない。


 見えない繋がりが人の心を溶かしてくれる。残された者としての、叶わない夢の続きを始める事が傑の生きる糧となる。大切な人達が好きだったこの街の面影を残し誰かに伝えるために、傑は過去の自分を取り戻す。


 生きる使命を教えてくれた彼女は、最後まで微笑みを絶えなかった。

 そして、彼女は何もかも覚えていないのだろう。


 親友という言葉を使って略奪を企てた盗撮の犯人でもあった将や、友達と遊び隊を再結成した各々のメンバーさえ過去へ置き去りにしてしまったのだから。


 全ては一つだけ叶えられる願いのままに。

 ゲームの参加者になる前の時間に目が覚めた傑は叛逆者として生きる。


 傑だけが唯一知る彼らの思いを背負い続ける。


 終わりの見えない狭間で悲劇の物語に終止符を打つ。今度こそはより明るい未来を目指して、叛逆者の傑は見る世界を変えた。





 昼下がりの時間帯で傑と有馬は揃って喫茶店。


「……なんで喫茶店になるんだよ」

「え? 君は別腹というものを知らないのかい?」


 某駅にある大型デパートの八階にある喫茶店にて、傑は呆れながら言葉を呟く。

 パフェを頼んだ有馬がスプーンを口に咥えてる姿に幻滅する。


 警戒心の欠けたごく自然のデートのような紛い物。


 確かに傑は会話をする場所を詮索しようと思案を巡らせていたハズだったのだが、目を離せばいつの間にか資格を彼女に奪われていた。


 正直言って頭が痛い。

 限られる時間の大切さを改めて認識させる出来事に傑はコーヒーを口に含める。

 糖分とカフェインを摂取しなければ脳は働かない。


 冷静かつ懸命な判断を下さなければ煮え滾る思考がいつかショートしてしまう。

 何せテーブルの向こう側に居るのは胡散臭い率トップクラスに君臨する。


 謎の少女、有馬忍なのだから。


「別腹なんて知るかよ。四つもあったら温暖化を貢献する二酸化炭素排出量生産機の牛と何も変わらないし、それと脳内の刺激による錯覚の一部に過ぎないぞ」


 要するに分泌される脳内の快楽物質によって反応を起こしてる現象。

 単に食欲の旺盛なだけなのだか。


「途中からなりげなく軽蔑してたよね」

「牛を害獣扱いするな。反芻動物にとって胃袋の数なんて議題しない」


 さっさと話題を変えたい傑だったがご機嫌が不安定な有馬は周到に振ってくる。

 コーヒーを飲む素振りをしてこちらの会話のターンを待つ。


「俺は牛の胃袋の話をしたいんじゃない。この世界の状況について知りたいんだ」

「金縛りは怖いよねー。人によってエコーが掛かった声が聞こえるとか!」

「それは丑三つ時だバカタレ」


 全然話題というものに進展していなかった。

 一歩を踏み込んだかと思えれば、実は踏み外していたり。片道逸れて別の方向へ進んでいたり。それはまるで迷宮のようにさ迷い続けている。空中の空気を掴むほどの隙のない無駄な行動に強いたげられている現状は、正直逃げたいぐらいに傑の心境は酷く衰退していた。


 真実を教えてくれるよりも自分で考えた方が都合がいいのかもしれない。

 その方が圧倒的に早いのは確信した瞬間だった。


「……とにかく、この世界は何かしらの引き金によってリセットらしき変化を起こした。それには強大な力が働いている事は違いない」


「ふぅん、中々良い発想をしてるじゃないか」

「こっちはゲーム感覚で遊んでいる訳じゃないんでね」


 大体の過程は分かっている。

 その先にある真実をただ知りたいだけ。


 目を覚めるとそこは色彩ある世界に立っていた傑は地獄の世界の最期を見てきた。暗転した視界に訪れる永久の祝福は歓喜なもので。現実世界に帰ったよりも、天国に来てしまった感覚がやたら強かった。


 全てを燃え付くす煉獄の業火の中で死んでも当然のような感覚。

 それを一瞬で吹き飛ばす奇跡には、ある可能性について思い当たりがある。


 彼女が小さく呟いた参加者への報酬だ。


「話を戻すと強大な力には鍵となるトリガーが必要としている。それと条件に当てはまらなければ効果は永遠に働かない。そもそもトリガーにする代償も、一部の参加者には必要としないものかもしれない」


「一部の参加者となれば誰になるのかな?」


 興味本意に詮索する有馬は面白そうに尋ねてくる。

 明らかに傑が言いたい事を見越している反応に過ぎず、ましてやその答えを神妙な出で立ちで待ち続けている。きっと傑がどんな答えを発したとしても、彼女の反応は大差のない。


 だからこそ傑は気の迷いも無しに模範解答を述べる事ができた。

 理由として簡単なものだ。


「例えば今の俺とか。他の参加者を倒したとしても、元から願いを必要としていない人間には勝利条件なんかに縛られない。……参加者の資格を剥奪する事もな」


 遠回しの言葉にアイスコーヒーを飲んでいた有馬は手を止める。

 鼻で笑いながらも高飛車な態度はどこか清々しく、こちらを見つめる瞳は冴えながら。それでも無反応の傑に痺れを切らした彼女はストローで上品な硝子のコップに注がれたコーヒーをかき混ぜる。


 カランカランと涼しい音を奏でらせながら、有馬は言葉を告げた。

 何の脈絡もなくあった事実を吐き出す。


「なるほどね。君はどんな参加者でも不殺を貫くと言うのかい?」

「ああ。だから、これ以上願いは叶わない」


 双方に向けられる瞳には特殊な可能性を見出す力がある。


 傑には真実を見抜き虚偽を誘わせる叛逆の力、六芒星真眼を携えて。一方の有馬には隠された切り札が存在する。能力者が目指すの方向性は等しくても、その先に映る光景は違う。


 決して揺らぐ事のない意志の強さを傑は無意識に視線だけで放つ。厳かな冷たい眼差しはどこまでも澄んでいて、そこには躊躇いの疑念さえ伺えない。


 有馬を見据える瞳はしっかりと彼女を外さなかった。


「……やはり君には、どうしても勝てないな」


 肩を竦めて微笑する彼女は難痒そうにして乱暴にソファーに凭れ掛かった。


 そこから瞳を閉じてみせて深呼吸を繰り返す有馬は悪戯を企てる賢い微笑みを浮かべる。しかし何を思ってか目を見開くと共に消えてしまう。


 ゆっくりとテーブルの向こう側に座る傑を見詰める。その瞳は鋭利に輝き、動く物を殺してしまいそうなほどの凄まじい威圧感を漂らせていた。それは警告のような、何かしらの危機を戒めるための恐怖だとしても、対しての傑は清々しいぐらいに微動だにしない。


 たとえ他の人が見えない所で空間を歪ませているとしても。

 コーヒーを口に含める傑は末恐ろしく冷静に佇んでいた。


「君は分かっているだろう。参加者を殺さない限り、永遠と心意に飲み込まれる最悪な結末を迎えると。それを見越した君は一体何を見たんだ?」

「お前が将を槍で貫いて殺したぐらいかな」


 終わりの世界を見届けた傑は掠めた視界でも鮮明に親友の死を黙認していた。


 手を必死に伸ばそうとしてみせても。

 それも奇跡というものが傑に力を授けたとしても、叶わない未来。


 結局過ぎ去ってしまった記憶の一部に過ぎないというのに。必死に問う必要とする意味を無くしてる。次に向けている傑では目の前に起きた悲劇の瞬間を目の当たりにしようが、答えは変わらなかった。


「だけどそれは過去の出来事。俺は過去に縛られる必要はなくなった。この世界では将は死んでいないし、盗撮事件を起こしていないのなら、俺が止めてみせる」


「同じ悲劇は繰り返す運命なのに?」

「諦めなければ抗える。生きていれば抗え続けられる。それだけの意味だ」


 傑の左目に赤き六芒星の紋様が浮かぶ。

 凶暴に現実世界に解き放たれる叛逆を司る強さの象徴。透明化と肉体強化の能力を持つ将を撃退させた真実と虚偽を併せ持つその眼は、望むべき未来のために傑を邪魔する者を裁いていく。


 親友さえも凪ぎ払える覚悟の違いはその瞳で証明する。


「誰一人殺させはしない」

「……」


 理想と幻想の区別の出来る不屈の意志。それは有馬に対しても向けられる。的であると認識した途端に傑は叛逆者の猛威を振るう。不殺を望む誰もが犠牲のない傑なりの正しい選択肢を目指していくだけ。


 この世界に目覚めた傑は、常識という固定概念を凌駕していたのだから。

 今更だ。


 ゲームが開始している時点で生死を問う悲劇の物語は既に始まっていると。

 傑にとっては二回目の経験に過ぎない。


「……それでも有馬は邪魔するのであれば、武力も辞さない」


 力を込められた右目から一筋の血が頬を伝う。

 制限された能力を使用していく構えは冗談という戯れ事を掻き消すほどの勢いを見せ付ける。それが日常に支障が来すと分かっている傑は、初めからこの方法を選んでいた。


「まさかこの僕に向けて脅迫かい? 狂人の部分は変わらないねぇ」

「お前もそれなりの狂人だろうがよ」


 飽きさせない傑の態度の連続に有馬はどこかおかしく笑う。そこから舐め回す目線は刃物のように鋭く、無言で次々と動く物を無差別に刺すほどの嗜虐を含ませている。影に潜ませた凶暴の一面はただただ雰囲気を一方的に支配する。


 いかにも美しく悪い笑顔を浮かべる有馬の前でも傑に大した変化はなかった。

 持参したポケットティッシュで頬に伝う血を綺麗に拭く。


 彼女の内側に秘められる思惑が未だに分からないため、どう表情を浮かべればいいのか率直に困る。前の展開と類似する流れには乗りたくはないのが本音。


 ただでさえ、目の前にいる彼女は妖しい。半分以上信用しないのが賢明だ。


「いいね。その姿勢。答えは既に見付けていたんだね」


 傑の決意を否定しない有馬はストローを介してアイスコーヒーを飲む。まるで人生相談を言わされてる感が限りなく漂うのは少し癪であるが。


「僕は君の選択について好きだけど、『彼女』は間違いなく反対だろう」

「……彼女?」


 耳覚えのない有馬からの三人称に疑念が浮かぶ。

 安直に言葉を言える温い感覚の中で傑だけは身の震えを感じた。それは迫り来る危機そのものを感覚だけが意識よりも先に判断していると思えなかった。


 一度は興味を抱いた最大の問題点を、当の本人は忘れていると知らずに。


「お前は一体何の話をしている?」


 巡る行く真相を掴もうと傑は尋ねると有馬は素っ気ない様子で答える。

 それはまるで彼女では当然のような解答を。


「ああ、そういえばまだ言ってなかったかな。この際だし、話すのは良い機会だ。世界を確変した事でゲームの支配者を降板させられた僕の代わりに、代行者が君臨したんだ。その名前はアイリス。正真正銘の実物の女の子さ」

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