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アフターレジスタンス  作者: 島村時雨
第一章 叛逆者の覚醒
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22話 放たれる怒りは想いに鎮めて

 千住傑はいつも独りだった。


 飛び抜けた才能によって、早くから人が遠退いていく立場を味わった少年に誰かの背中姿を見ることはない。それほどの稀に見る人格は神童とも呼ばれていた。


 けれどその元々備わっていた地位を落とす、物悲しい事件が巡り訪れる。

 それはこの先にあった人生を変えてしまう運命の一種だろう。


 他人には共感のない、奈落の果てを。


『父さん、母さん、……奨。……恋子』


 傑は飛行機の墜落事故によって、大切な家族を失ってしまった。

 ほとんどの乗客乗員が死亡。原因は着陸時によるエンジンの引火。一瞬にして機内は爆発し、瓦礫の雨は無慈悲に降り注いだという。


 その時中学一年だった傑は意識で理解していたがあまりにも酷だった。

 唯一、爆発した飛行機の中から生き延びた生存者である事を。


『なんで、どうしてこんな事に……っ』


 まだ十三の傑は孤独を覚えた。独立した生活を送るしかなかった。たとえ名家の人間だとしても、送る言葉には感情がない。ただの子供相手に意味など含めることを無駄だと言わんばかりに。


 胸の中心が穴が空いたような、締め付けられる日々は地獄だ。

 あの頃を奪われた運命は残酷だ。


 誰かが幸せになる瞬間が憎悪を生み出した時も、誰かが馬鹿にみたいに内容の欠けた無駄な時間にも悪意を覚えた時も、傑は自らの足で孤独へと進んでいった。


 背負わされた負の十字架を解放されるがために。

 友達の友情さえ、傑の失われた大切なものには代えられない。


 全てはあの日が千住傑の人格を正当化したに過ぎない。

 だが、失い続けるだけの人生に疑問が過った途端に、傑は思ってしまった。周りの人間が変わっていく中で、それを黙視するしか出来ない傑に生きる意味など皆無に等しいくらいに。


 鳥籠の中に閉じ込められた小鳥には死が待つだけの使命ならば。

 傑は別に死んだって構わないのだ。


 だって。

 元々飛行機の爆発に巻き込まれて死んでいた人間だったのだから。


『俺は死んた方が、幸せに居られたのに……ッ!!』


 大切な家族が居ない世界は不条理なほど楽しくなかった。誰かに支えられていてもそれは生かされているだけの傀儡だ。家族の分も生きようとは心掛けたが、全ては台無しにされる。


 あの日からずっと、今日に至るまで散々な世界を過ごした。


 馬鹿馬鹿しいアプリのゲームを参加して死に場所を選んでいた。傑にとって無駄な時間を過ごしている感覚から解放するために刺激を求めた。その結果、常識の外に外れた未知の世界の存在に可能性を見出していた。あまりにも非現実的な夢の続きは天才の面影を消した。


『もし本当にアイリスが言う願いが叶えるとしたら……』


 実に惨めな醜態なんだろう。

 無邪気な子供のように目をキラキラしながら想像力を躍進させた活性剤は、見事に生きる意味を教えられた。


 あの異様な景色を見てしまえれば、これまでの常識を覆せるかもしれないと。僅かな願いを増幅させるキーワードに傑は可能性を求めていた。


 何もない失われた世界に光を浴びる術を。

 恐れを無くすために。


 疑心暗鬼の種を振り撒きながら偽りの生活を送ってきた傑。

 それをようやく解放するための手段を手に入れたと思っていた。歪んでいく景色と変化を遂げていく空間は無慈悲に遮っていく。


『犯人探し? そんなの勝手にやってくれ』


 興味がないものに人は振り向かない。

 たとえそれが親友に関わる一大事だとしても、傑は他人だ。親友の情緒など分かり合える手段はないのに共感という言葉を使って自身を楽に生きようとしている。


 所詮人は下種の生まれ。

 傑はそれを一番理解している。何が正しいのか分からないのだから。


 全ては己のためだ。

 そのためにみんなの幸せを願おうとしたのは嘘だ。

 たかが付き合いの長いだけの知人に肩代わりする立場ではない。


 本物の平凡を掴もうと傑は夢の続きをするために、彼らから離れた本当の意味。

 単純な私利私欲のためだ。


 取り戻せる可能性があるなら友達なんて要らなかった。彼らの浮かべる笑みは毒にしかならない。失われた者にとって誰かの幸せは呪いそのものに代えられない。


 呪いから解かれようと傑は可能性へ手を伸ばした。

 あともう少しのところで、夢は現実に変われると思っていたのに。

 儚い夢は唐突に掻き消された。


 正直者は馬鹿を見る。


『やっぱり、『何も無かった』って事か』


 どうして人は傑から離れてしまうものか。課題は積み重ねになっていく。


 気分は最悪。

 目の前にあった知恵の輪を捩じ曲げて壊してやった。何か大切な意味を含まれていたと思えていたが、そんなのはどうでもいい。


 初めて幸せを掴もうと必死だった思いは自らの手で砕く。

 元々何も残されてなかった人生に、意味を残すのは無駄と思えてしまったから。


 もうこれ以上誰かのために見る世界を変えなくても。

 その先にいる彼らは望んでいない。


『生きても、無駄なんだな……』


 これから死に場所を選ぼうと考えている自分がいる。

 本当に死んでいた身なのだから、大切な物のない世界に居ても成し遂げる必要性はどこにもなかった。今でも締め付ける意味の傷は相変わらずで、計画的に仕向けられた冤罪が加えても風穴を埋めることは出来なかった。


 身の周りがどうであれ、傑はこんな茶番を終わらせたかったのに。

 とうに諦めていたのに。


「助けてほしい、か。それは有り得ない事だ」


 憐れな目で見る傑は鼻で笑う。

 頭を押さえながらも鋭利な刃物のように京華を突き付ける瞳。あまりにも滑稽さに口元は意味ありげに歪んでいく。傑の事を知らない彼女はそれだけの人間に過ぎなかった事に当然だと嗜虐の笑みを浮かべていた。


 結局人間は独りになってしまう。

 誰からも知られずに死んでいく人生をただ待つばかりの苦しみを、逃れる術を無くして瞬間を迎える。何かを残すことはなく、終わりを告げる。


 そこに向ける感情さえないのなら彼女の言葉は嘘だ。

 余計な親切心だけだ。


「俺は死ぬハズだった」

「え……?」

「都合良く神様が俺を生き残らせ、その代わりに家族が死んだんだ」


 きっとこれが最後の真実の言葉であるのだろう。

 クラスメイトの京華に告げても愚痴に変わらない。彼女は何も関係ないのだから、聞かなくても当然。それなのに傑は怒りに任せて語っていた。


 誰かに語るのも嫌だったのに。

 過去の出来事を掘り下げたくはないのに、傑は淡々と告げる。


「家族がいない世界に興味はない。それと事件の冤罪にされても構わなかった。犯人に仕立て上げられてもな。これから生きるのに目的がなくなれば、死んだも当然。完全に途絶するために死に場所を選んでいたんだ」


 痛みには痛みを。

 犯人を判別できない彼らに恐怖を教えるために左手を犠牲をした。


 その行動の裏に自身の終わりを近付ける魂胆が隠されていた。朦朧とする意識がやってきた途端に京華に助けられてしまったものの、貧血の病状は死へと近付いた証拠になる。


 だけど小さな規模では納得がいくものにならない。

 次こそは必ず果たそうと鋭い目付きで何もない空間を凝らしていると、


「貴方。そんな理由だったの?」


 どこか可笑しく微笑む京華の姿があった。

 目の前に死を決意した人間がいるというのに、清楚を含めた優しい笑みを小さく浮かべる彼女。意図も簡単に人の行動力を否定する彼女に苛立ちを隠しきれない。


「お前に分かる訳ないだろ。こんな価値のない世界に!」


 沸き上がる怒りは故人の侮辱するものに聞こえてしまった傑は、彼女を凝らす瞳に力が入る。すると徐々に蝕んでいく視界は京華を捉えようとするが、クリーム色の長い髪が揺れる彼女は言葉で遮る。


「実に馬鹿ね。本当は死にたくはないくせに」

「な……」


 痛感する言葉はこれまでの傑の行動を否定するような物だった。

 紛れもなくただのクラスメイトなのに。

 ただの同じ学生なのに。


 目の前にいる彼女は傑の知らない現実をちゃんと見ていた。


「貴方の考え方には分からないものが沢山あるけれど、これだけは私にも分かる。死にたくないから、誰かに助けて欲しかったのよね」


 家族のいない世界に生きる意味はない。

 だから求める物は死の向こう側にある天国だった。そこに家族が待っているのなら傑は自らの手で犠牲を選ぶ事が出来た。広がり続けていく痛みと悲しみを現実から解放するために、ただ家族と会いたいと必死だったのに。


 傑はまだ生きている理由は、実に簡単だった。


 それは間違いなく京華の助けによって生かされたから。

 痛みを抱える傑を知ろうとしたから。


「貴方はきっと知っている。死んでも意味がないって事くらい。大切な家族がいたこの世界を見捨てる事はできない。そこに確かな思い出があるから、手放せない」

「……やめろよ。この世界に家族は居ないんだ……!」

「今の時間を捨てる事は家族の時間を捨てる事に等しい。それを分からないの?」

「……ッ!?」


 残酷なほどまでの卑怯な現実に、身構えていた傑は力を失せてしまう。


 この世界には家族と過ごした時間があって、思い出のある大切な場所もあった。それが十分に幸せであると感じてなかった幼少の傑は、形振り構わず誰かの気持ちを考えないで自分の事しか考えてない最低なガキだ。


 もっと家族と楽しめる時間があったかもしれない。

 沢山思い出が増えていたかもしれない。


 それを今となってはもう遅い。二度と家族の優しさを触れることは不可能だ。

 限られた思い出は過去の産物となって。


 大好きだった人達の声も、笑顔も、欠けてしまうのだろう。

 そしていつか忘れ去られた瞬間。全てが無くなるのだ。


 ――そんなの、嫌に決まっているじゃないか。


「それから、貴方がこの世界に居なければ誰が貴方の家族が居た事を伝えるの? 千住くんにしか出来ないのに、それを手放してしまうの?」

「……」


 傑だけがそれを知る唯一の道。生きる者として故人の行き様を残す。

 それが傑の最初に決めた家族の約束だったのに。


 何故、忘れてしまったのだろうか。


 欠落感に囚われてしまった傑は家族に孝行などしていなかった。何も家族を幸せにせず己のためだけに行動していた。何も報われることのない虚しさだけが残る身勝手な願いは叶うことも意味を残さない。


 たとえ傑が死んでも天国にいる家族は望んでいないだろう。

 自分達の分も生きて欲しいと願っているとしたら。


 生きる者としての役目はまだ終わってはいない。


「……手放す訳には、いかないだろ」


 怒りに身を任せていた少年は、ようやく自分の過ちに気付いた。

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