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アフターレジスタンス  作者: 島村時雨
第一章 叛逆者の覚醒
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20話 哄笑の渦と陰湿な崩壊

 翌朝、いつものように登校する傑は何かしらの違和感を捉えた。


「……なるほど」


 軽く一言を告げる。

 至って素っ気ない反応を見せる傑は考える素振りをしながら、その先にある景色を拝見する。微かにひんやりした朝の空気をゆっくりと吸いながら状況をいち早く把握する。


 そして浮かび出した答えは瞬時に浮かび上がった。

 目を凝らした途端に理解はしていたが。


「ふむ、机を解体されてるって中々斬新な作品だわな」


 教室に入ったら自分の席とついでの椅子が解体されていた。それは美しいぐらいに床に散らばっており、見た感じ部品が足りなそうだった。現実的には有り得ないのだが、ある程度は予想を出来てしまっている傑は特に反応するものではなかった。


 変に平常心を維持する訳でもなく、見た感じの反応だけで済む。

 不意に欠伸をするほどの呑気な感性。


(早めに家を出でこの始末に至るとしたら昨日の放課後辺りでやられたのか)


 居ない間に改造されてしまった事に驚く必要のない傑は一つ机だった部品を手に取る。工具を使って丁寧に解体したのだろうか、傷すら無かった。もっとボロボロで使い物にならないくらいの被害になると思えたが、外れた事に不愉快に思えた。


 外からクスクスと囁くような笑い声が聞こえる。

 他人の気持ちそのものを聞かせるために廊下に突っ立っているのか。


 見えない相手に睨み付けながらも傑は時間が惜しい。

 そこで傑は無断で担任の吉田のデスクの引き出しを開き、運良く工具を見付ける。けれど時間が進むと仮面を被った学生が増えてくる。小馬鹿にした視線と平気で人に聞こえる噂話をしても素性すら忘れた傑に感情が沸くことはないし、悪口言われようが構わない。


 今はただ、眼前にあるものを修復することが意味あるものだ。

 黙っていれば何かに振られることないし、本人の前なら手は出せない。


 隠れながら携帯端末を向けて撮影しようとする輩には男女問わず傑も携帯端末のカメラ部分をちらつかせながら静かに対抗。誰も助けない当たりこの教室には誰一人味方がいないと確信する。


 分かり切っていたものだけど、こんなにクズなのは思えなかった。


 どういう経緯で至るのかそれを知る必要があり、動機も必要になる。

 わざわざ道徳を反してまで一人の学生に仕打ちを掛けるのが知りたくなった。


 その中に犯人に繋がるヒントがある思えば大分意識が変われる。傑が犯人だと疑っているクラスメイトに対して証明する鍵は唯一それしかないので慎重に行動しなければならない。と言っても傑は決別の選択を選ぶけれど。


 元々独りなので差異はない。

 むしろ彼らに対する記憶が改竄されている可能性が非常に高いので関わることに一つも得するものは皆無に等しい。敵になれば尚更だ。


 頼る必要の無くなった傑では目に見える全員が犯人に見えている。

 強いて言えばほとんどの人達が敵だった。


(根に持つ理由が無駄なのにな。俺が何をしたって話だよ)


 彼らの怒りを傑に向けられた根本的な要素を思案する。瞬く間に点火した爆弾を使用した人間が当て嵌められる。相当の強い意識によって無関係の傑を貶めようとするのが現状を見て分かった。隙を見た瞬間に、クラスメイトを意図も容易く憎悪を向ける事が出来た人間がいる事を。


(けれど相手は馬鹿だ。わざわざ探してくださいとヒントを与えているだけ)


 影から潜む犯人は表には出ないと思っていたが行動に出た模様。

 目標を無差別に決めた訳ではなさそうだ。


(明確に俺を狙った行動だとすれば動機が気になる所。でも奴は俺の事を知っているようだから、特定は可能。自らの手で加えない臆病者の仕打ちは流石に卑怯に思えるが)


 なんとか椅子を組み立てる事が出来た傑。残す所は机のみ。


 それを黙視する彼らには一切手を差し伸べる者がいなかった。見下す視線はさぞかし眺めが良さそうで、一人の学生に集中する視線は無言で笑っていそうだ。


「妥協しないか。分かった分かった」


 状況を把握するのに時間は要らない。

 クラスメイトの態度と雰囲気で察すればいい。


 青春する者とは違う道に進む傑では共通点は存在しないが独りでいた事が何よりの賢い選択だった事を素直に感嘆してしまう。裏切られた数の絶望を受けずに済むのだからやはり自分を守るのに他人に頼っては一方的に弱くなるだけだ。


 自ら進んだ道は間違っていなかった事を改めて認められる瞬間を見届けられた。

 その自信に繋がる糧はどんなに小さくても傑では十分に実力を発揮できる。


(犯人を探してるつもりが加害者になるなんて想像していないんだろうな)


 クラスメイトの対決さえ躊躇すら思えなくなった。むしろ笑えてくる。見る目のない相手にしても成果を得られることは決してないのだから、彼らの行動は無駄に終わる。伝播した感情を物にぶつけるだけの生き物に言葉という知恵を与えるのは勿体ない。


 何か正しいのかは傑でも世界そのものでも分からない。

 ただ、その先にある景色を見るためならば立ちはだかる選択を選ぶだけ。そこに待っている真実を理解するだけが傑の与えられた生き方だ。


 それを邪魔する奴等に同情なんて死ぬほど要らないのだから。

 とにかく傑は机を修復することが一番である。今まであった学校生活を送るフリをするために無関係の彼らと対峙する。犯人を決め付けた人間から逃れるためのか逆手を取る一撃を食らわせる願望を抱きながら。


「おっと、画鋲とは典型的のいじめかよ……」


 机を持ち上げた所で収集スペースから幾つかの画鋲が足元に落ちた。床に散らばるほどの数に仮面の群衆は笑い続ける。見せ物の反応に興味を抱いているようだった。


 もはや常識のある理性はどこにもなく。

 ただ敵意する者に感情をぶつけているだけ。


 やっている事は陰険だろうが彼らは関係ない。

 傑が嫌な思いをする場面を拝見しようと人が教室の前で現れていく。


「……」


 横目で見た傑は自身のいる立場を確認するとため息を深く吐いた。周囲は寄せ付こうとしないのではなく、教室の出口を封鎖しているから固めていたのだ。一人の学生に対して囲う大勢の仮面を被る人間は既に勝利の確信を得ているのか声の囁きは一層と強くなる。


 それを傑は無視しては引き続き机を修復に専念。

 画鋲は刺さると痛い。


 流石に危ないので、画鋲は安全は場所へ移すと、誰もが思っていただろう。

 けれども傑はしなかった。


 その前に常識的な解答は既に存在しない。目に映るのは狂い歪んだ最悪な日。あの日から変わった世界観には悪い人間の部分しか映らない。そんな非常識に埋め尽くされる空間をただ利用するだけだった。



 傑は無表情で画鋲が転がり落ちている床に左手を勢いを付けて叩いてみせた。



 紛れもなく、誰かの悲鳴が教室に響かせる。

 想像を裏切る非常識の領域。それを扱えるのは彼らだけではない。今までの常識が通用しないのであれば、彼らがする非常識をぶつけてしまえばよかった。


 効率を高めるのに視覚の刺激を欲しかった傑は左手を犠牲にする。

 全てを動かすために、どんな犠牲を産み出しても惜しまない。体がボロボロになっても何かを失うことになっても、自分の周りが効率よく動かしてみせる。


 そのための犠牲の選択は正しいと思っていたかった。


「……ッ」


 ただならぬ激痛は神経を傷付け拒絶が生まれる。疎らにやってくる鋭い刺激に険しく笑む形相を走る傑。引きずる顔にはそれ相当の痛烈な感覚を表現している様。震える左手は扱える代物では無くなっていた。


 明らかになる違和感返しをクラスメイトに一撃を食らわせる。

 効果は絶大なものだが、静寂が貫く空間の中でも傑は悲劇の行動は止めない。


 左手に刺さる幾つもの画鋲を乱暴に抜いたのだ。

 傷付けた指先には簡単に鮮血が伝う。それは止まることを知らず、画鋲を抜く毎に鮮血は広がりを増し続けていく。床に血溜まりが生まれるほどの痛々しい量に仮面を被る彼らは衝撃を受け入れられず、ひたすら絶句していた。


 戦意を喪失する事に成功しても傑は険しい笑みは止まらない。

 血だらけになった左手をこれでもかと工具を持ってみせた。


 何事も無かったかのように左手で机を修復することを切り替わる。しかし、僅かに力を加わるだけでもポタポタと床に落ちていく血は血痕を残し、広い床の一部を赤に染める血溜まりはさらに拡大する。


 それでも群衆は嗜虐を続ける傑を止める手立ては生まれない。

 気分の悪くなる最悪の景色に背中姿を見せる学生もいた。


 実に情けない姿を傑は直視しても想定通りでため息を吐いてしまう。

 影で隠れて生きる敵はかなりの臆病者だ。


 一方的な責任の押し付けを傑に仕掛けようとした行動自体間違いだ。


 奴は千住傑という一人の学生をよくは知らない。

 そして傑もまた冤罪を企てる犯人を知る理由に至らない。


 立場は五分かもしれないけど、状況だけは違う。牽制を成功した相手は人の痛み付けた真新しい高揚に浸ると思うが現状は空気をガラリと変える。


 机と椅子が解体された挙げ句、一人の学生が大量の血を流して切る被虐の光景を黙って見過ごせる人物は少ないはないと。


 時間は正確的に教えてくれる。

 それを最初から狙っていた傑は隠れながら笑っていた。


「おい、千住! 一体何があったんだ!?」


 傑の側に寄るのはこのクラスの担任でもある吉田だった。扉の側にいた縦ロールの葛葉京華が先生を呼んだのだろうか、珍しく息切れをする姿を見た。


 迫力のある吉田の表情は目に映る惨状に強張る。

 対してその場から動こうとはせず、目眩を起こしてる傑は膝が床に付きそうになるが弱々しい笑みを浮かべた。


「手元が狂ってしまって、大した事ではないですよ」

「大した事じゃないだろ! その手はどう見ても怪我では済まない! 誰か千住を保健室に連れて行け!」


 不意に工具は床に落ちて、鈍い金属音が鳴る。

 怒号は救いを求めても薄情な彼らには届かない。


 傑が悲劇に訪れる景色を望んでいた学生にとって、手助けする余裕はない。ただでさえ敵意を向けていたというのに他者を助けるのは不可能だ。


 それが悪い印象を築かせているのを知らずに。

 中庸の立場にいる人達は静寂が尽きない事実に違和感しか浮かばない。

 視界を外す事の脳のない学生はただの傍観者になった瞬間だった。


「まさか、お前ら……」


 自身の席に座るクラスメイト達は何も見ていない風にして、強制的に賑わいを溢れようと必死で。相変わらずの学校生活を送ろうとする彼らを見た吉田は、残酷なほどまでの狂った視界に、正義など何処にも無かった。


「……私が彼を保健室に連れて行きます」


 それを見兼ねた京華は傑の側に寄る。

 左手の出血を止めようと制服のポケットからハンカチを取り出し、傑の左手を押さえると激痛が走った。工具を持った時よりも鋭くて思わずうめき声を漏らしてしまう。


「うぐぅ……」

「少し我慢して」


 切羽詰まる彼女の声。真剣その物の眼差しは唯一仮面を株っていない学生だけあって、良心的な施しに傑は微かな安堵を取り戻しつつあった。


「ほら、急ぎましょう」


 止血の処置が早かったお陰で激痛との戦いは冷めていく。すると彼女は状況を伺いながら傑を立ち上がる事を促す。ふらつきながら立ち上がる傑の視界には血の付いたハンカチを持った京華を捉える。


「……」


 関係ない人を引き摺り出してしまった事に、苦い表情を浮かべてしまう傑。

 勝手に沈んでいく傑に対して京華は顔色を変えずに無傷の右手を引っ張った。


「何をしているの? 右手では不満? 左手で引っ張られたいの貴方」

「いや、何でもないです……」

「そう」


 素っ気ない態度が怖かったので率直な回答を述べる。小心者の反応を見ても京華はそれ以上何も言わずに傑を連れて教室を出た。集る仮面の群衆のざわつきを無視して、保健室に繋がる道を辿っていく。


 一刻も早く。

 群衆から逃れるために進む京華。


 そんな彼女の背中姿を追うしか出来ない傑の視界は、着々と失いかけていた。

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