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アフターレジスタンス  作者: 島村時雨
第一章 叛逆者の覚醒
20/45

19話 瞬間の狭間で目覚めた感情

 本日にて犯人を見付けるべく、黒歴史を掘り出した過去のヒーローごっこ、友達と遊び隊が再結成した。


 日和が言うには日常を取り戻し昔のように遊べたらいいと、名前を付けたそうだが傑にとっては首を捻るようなもの。反論する者はいないけれど唯一傑だけが不機嫌な態度を続けていた。


 今もなお、雲掛かったモヤモヤ感は消えそうにない。

 なぜならば内輪の賑かさに抵抗があったから。


「これから何するー?」

「うーん、どうしようかな」


 まだ半日も経っていないというのにお気楽な女性陣。それはまるで打ち上げのようなノリだった。事件が起きても彼女達に変化は見られず、そこら辺にいる女子高生となんら差異が見られない。


 事件に遭遇していないから、その恐怖と不安を知らないでいる。

 直ぐ側までやってくる危惧に気付いていないようだった。


 本当に大丈夫なのか?


 真剣に見えない問題を挑む姿勢が馬鹿馬鹿しくなる。興ざめの行動に幻滅するしか方法はない。それに平和と思える今の状況が余計に危機を呼び起こすものなのに。


 苛立ちを隠し通す傑だったが、苦い顔をしてしまう。

 逸や将もその輪に溶け込んでおり、大分楽しそうに話す。それが呑気に見えてしまう傑は怒りと呆れが止まらない。


 積極性は見られても躍進は芳しい現状。自由行動とはいえ不安しか残らない景色にどうも抵抗がある。この先の未来が意図も簡単に崩壊しそうに見えてしまう。


 いいや、実績に一回は崩壊していると過言ではないのだが。


「今日は作戦を練りたいから、カラオケにでも行かない?」

「カラオケいいじゃん!」


 勝手に話を進ませていく由貴と日和は普段の生活とは何ら変わらない。

 それに絵顔で賛同する逸と将も放課後の時間を過ごすのと同じ。


 見据える景色に傑は不愉快だった。


 人が冷静に犯人について考えようとしても、疎通が合わない事に気付く。それは次元の問題というのか、はたまた意識の問題なのか。それでもこの状況でも笑顔を浮かべるのに違和感が生まれた。


 どこか釣り合わない景色に無意識に拒絶する。


「俺は、止めとくよ……」

「え? これから作戦を練るのに、傑くんは行かないの?」

「少しだけ考える時間が欲しい。今日は色々あって疲れたんだ」


 これだけは本音。

 まだ一週間すら過ごしていないというのに、破天荒な生き方をする傑はそろそろ体調を休ませなければならない。混乱して他の人に迷惑を掛けたくないのが一番だが、たった一人だけ考える時間が欲しいのだ。


 物事を整理するためのプライベートの時間を。


「今日はしっかり休んで、明日に挑みたい」

「そっか……」


 悲しそうな表情を浮かべている由貴だがそれほどに問題には至らない。

 彼女には仲間がいる。大切は人が側にいる。十分に幸せな青春を送っている。それに比べたら傑なんて底辺以下の生活をしてもなお、一人で過ごしていられる。何も問題なんて存在しないのだ。


 だから、由貴が考えるほどの、素晴らしい価値なんてないのだから。


「俺はお前が悩むようなことはしてないぞ?」

「そう、だけど」


 むしろ傑が困ってしまう。

 余計な手間で疲労するのは些か不満を募る。そこは一人にしてほしい。


「傑は一人で帰るの?」

「まあな。俺が集団に居ると不気味に思える。犯人に認識されないように俺は単独で行動をする。だからいつも通り一人で帰宅すれば、特に怪しまなくて済むだろ」

「そうだね、特別に傑は目立つ人間だからね」

「さりげなくお前ディスったか?」

「僕は高く評価してるんだよ」


 人の反応と見方はどうあれ、犯人を探すのに一人で行動した方が都合かいい。

 常に監視が付き纏う状態だ。返って怪しまれる。そうならないためにも傑は日頃の行動をするだけ。元々の印象によって人物は構成されるのだから、刺激のないモブキャラが最適だ。


 犯人もどさくさ紛れたモブキャラに似せていると想定済み。

 かなりこの現状について詳しい人物だろう。


「ということは、傑はカラオケしに行かないって訳ね?」

「本当に悪いな」

「別にいいよ! 傑が居なくてもあたし達がガンガン作戦を練るからさ!」

「……とりあえず期待してやるよ」


 つまり最初から傑無しに開始すれば問題なかったのでは。


 今更告げても圧倒的に無駄だ。一人で帰宅するのがずっと楽だ。せめて傑が出来る全力を仲間のために振るうことだけを思案する。この場にやってきた瞬間から、誰かのために頑張るのは当たり前。


 そこから取り戻した日常を過ごしてほしいだけ。


「じゃあ僕らはここまでだ。カラオケに行く途中で傑はどうするんだい?」

「普通に帰るわ。すまん」

「そうか。体調に気を付けてくれ」

「そちらこそ」


 お互いに鋭い笑みを浮かべては擦れ違う逸と傑。

 見ている景色は違うが太陽の下で暮らす街は同じで、同じ世界だ。目的を共にする親友は軽い会話でも十分に犯人を探す決意を理解出来る。それは守りたい人達がいるからこそ、背伸びしてしまうものなのかもしれない。


 別れの挨拶を付ける日和はカラオケに力を注いでおり、熱気が凄まじい。

 こちらを向く由貴はどこか信じているような目線。期待とは裏腹の雰囲気。

 そして将は笑顔を振る舞い、手を振っては別れを告げる。


 たった一人になるまで、傑は屋上の真ん中に立っていた。


 屋上は本来の閑散とした空気を取り戻す。冷たい風は悪戯に吹き荒れてグラウンドに土埃が舞う。それに襲われて楽しそうに部活をする学生を見て、単純な感想が内心に漏れた。


(事件は起きても彼らには関係ない、か)


 結局は身における出来事ではなければ行動にする意味がない。

 他者の立場は変わらないのだ。


 きっと誰かが犯人を捕まえてくれる、という曖昧な他人主義は客観視過ぎている。重要な役割ではないとはいえ、理性としては訝しい部分だ。ほとんどの人達がこの事件について意見を纏めようとはしないのを違和感に思える。


(まるで、見えない力に行動を理性を遮られているようだ)


 あの日からずっとこの景色だ。

 自分のいる場所はちっぽけで世界の何を知らずに生きている。内側に隠された本物の存在は故意に光に当たらない場所へ逃げ込んでいるように思えてしまう。それは自らの意識とは関係なく、事が進むに連れて真相は闇の中へ消えていく。


 身における全てが何かに否定しているように。

 居場所そのものは不可解に出来ている。


「……」


 屋上から見下す景色はいかに人がちっぽけな存在だと証明している。その中に浮かべる小さな笑みは隠された真実を知らない。誰もが教えてくれない沈黙の空気は弱い人達を守ってくれない。


 そこにある大切だった居場所はいつ崩壊してもおかしくない。

 彼らの生きてきた証明を守るために、傑は犯人を探す事を決意したのだから。


 次は確実に真相を暴いてみせるのだ。


「きっとあの時こうして見えていたんだろうな……」


 ぽつりと言葉を残し、その場から離れる傑は二度と振り返らない。


 どんな世界を見ていたなんて知らない。本当に傑が知りたいのは隠された唯一無二の真実のみ。偽りのない時間が残した出来事を傑は理解を得たいだけ。その先にある残酷な答えが待っている。


 もうこの場に用はない。

 校舎から出るまでに沢山の仮面を被る学生の姿が見て取れた。盗撮事件に対する過剰な熱意と共に無意識に人を敵視しようとも、表情を捉えずに済むから非常に便利だった。周囲からの目線も、ノイズの掛かるスピーカーの声もさえ抵抗の意識が薄れていた。


 彼らに構う価値は存在しない。

 何もかも、蚊帳の外の刺激に見向きもしなくなった傑は昇降口を出てみせる。


 いつまでも広い空が待ち受けている。やがて時間が経てば景色の色は季節に合わせて変化していく。空色の世界はもう少しで梅雨が続く事だろう。


 その世界の下で傑は、真実を見定めなければならない。眼前に見据える景色がたとえ偽りであったとしても、そこにはあった過去の出来事を思い出すために困難に立ち向かう。


 たとえ一人になったとしても。

 独りを望んだとしても。


 傑の人生は変わらない。





 視点の変えた日常を送る逸達に配慮して、帰宅する道を選ぶ。

 けれど何を思ってか傑はあの交差点に捕まってしまった。


(……俺のした事が、何にも変わってないなんて)


 苛つきを頭に抱えそれを手で抑えてる傑が佇む場所というのは、いつまでも信号が変化しない有名の交差点だった。気を配って思慮に含めていたものの、結局は捕まってしまう身に。


 見後に幻滅は繰り返す。

 まるで巡り合わせがあるというのか。短縮出来るからって一度捕まってしまえば何も無かったようになるのに。迂回するのにも手間が掛かるのは承知。最終的に傑は無自覚でここまで辿り着いてしまった。


 信号が変化を遂げるまで、各々の目的を持つ人達は待ち続けている。

 それは相変わらずのように表情は柔和だ。


 ふと思うと彼らの浮かべる表情は豊富だった。こちらにも振り翳すことも出来る溢れんばかりの力が感じ取れるような気がして。科学では立証できない不確定なものだけど傑は感じられる。


 人は人の顔を見て会話するのだと。


 仮面を被るクラスメイト達に友情や愛着など存在しないと考えていた。しかし外を出てみたり逸達と会話してみると、浮かべる表情を読み取るように思考は働かせている。識別したらそれに相応しい答えを表情として返す。


 テクノロジーに溢れた時代に生きて携帯の画面越しで会話するのが常識だと思っていたけれど、実際はそうではないらしい。


 便利な世の界になってしまったから、人とのコミュニケーションは衰退してしまう。出会いもなければ別れさえ失わない。ただ孤独ばかりに浸透する空気は静けさで満たされる。


 その静けさは本当に欲しかったものになるのだろうか。


 孤独である事に違和感を持たない傑には考えられる事じゃない。

 けれど他人の問題とは思えなかった。


(本当に独りならば、俺を構う人達は存在しないことになる)


 実際傑は決して独りではない。ここまで応援してくれた親戚は多く、遠縁も含めればそれなりの名家らしい。友達は少ないが信用出きると決めた人達だからこそ本当の事を言える。


 周りの誰かによって支えられている。

 自覚しなくても、傑を見ている人は必ず居る事を。


 信号が変化することを待ち続ける人達も必要とする掛け変えのない大切な人がいる。その人のために尽くす努力は知らない人にも降り注ぎ、幸せを分け与えてくれる。笑い合うだけでも十分に恵まれている事なのに知らないでいるくらいが普通なんだろう。


 けれど、傑は誰かに対して笑顔を振る舞うことが出来ないでいる。

 ぎこちない感覚が意識まで染み付いているかのように。


(……人を信じることも、薄れてきてるのか)


 首を左右に振りながら笑顔を浮かべる傑は呆れていた。

 元々信用する人しか真実を言わないというのに、それが瓦解しそうな予感が待ち受けている事に察してしまう。疑う行動は配慮した上で判断を下すものだが今の傑はそれがどうでも良かった。


 ただ真実を見付けるためならば。


 これから起きるであろう結末に、待ち構えないといけないのだから。

 彼らに離れるための組み込まれたもう一つの犯人探しを。


「犯人は一体誰なんだろうな」


 何かを成す訳でもないのに、真実までの道程は非情で残酷だ。一瞬にして崩壊を招くことになるから。事件の発端となる犯人を探す立場になろうが悲劇はどこまでも止まらない。何故なら傑は、誰が犯人であっても情けを掛ける慈悲は排除した。


 罪を犯す者に安寧を手に入れる資格など無い。

 多くの人を不幸にさせた愚かなる犯人を表へと晒け出すだけだ。


 それが傑の出来る唯一の方法。

 後は己の力を信じて犯人に繋がる方法を掴む。非常識に包まれた空間の中で生じた問題を終止符を打つために、明日に向けて信号が青になった瞬間に行動を開始しようとした。


『もしもし、僕だよボク』


 来世まで忘れもしないほどの胡散臭さに酷評のある声が聞こえたのだ。

 傑に話し掛けてくる奴はコイツしかいない。


「何の用だ、アイリス」


 本当の名前なのか疑うことも面倒になってきた傑は携帯端末を取り出してはゴミを見るような目付きで画面を凝視をする。


 すると彼女は反応してくれて嬉しかったのか、


『今回はちゃんと応答してくれたんだね! 嬉しいんだ』


 スピーカーから聞こえる無邪気な声。それは年代に重ねる少女の反応のようで。馴れ馴れしさがどうも信用に至り切れないが、裏の顔を演じる道化師のような靄は掛かっていない。


 会話する姿勢があることは分かった。


「それでお前は俺に何を思って話し掛けているんだ? 用件があるんだろ」

『あるにはあるんだけど、君、少し変わったよね』

「はぁ?」


 ふと思った感覚で話してくるアイリスに訝しくなる傑。

 何を思いながら彼女は話しているのだろうか。直ぐに用件を聞く理由がある傑はさっさと聞いて反応を答えるつもりだったのに。それを振り払うような態度に思わず声を漏らす。


「何言ってんだお前は」

『いやいやいや。むしろ僕が言いたいぐらいなんだよ。どんな反応をするかと思えば、意外と辛辣な雰囲気だったからさ、正直君は変わってしまったと思ったんだ』


 彼女が告げる言葉にどんな意味を含まれているのか思案を巡らせる。

 しかし巡らせる前に画面の向こう側にいる彼女が遮ってしまう。


 今も流れ続けていくであろう現実を見定める事を促すために。

 彼女は諭すために優しく呼び掛ける。


『君は、世界が止まっている事実に何も思わないのかい?』


 信号はいつまでも青が続いていく。点滅のない統一した色彩と、人の流れを断ち切る静寂。鳥は空へ羽ばたく意味を止める。それは傑以外の存在全てが切り取られたアナログ写真のように、モノクロの景色が眼前に広がっていた事を。


 そして傑だけがモノクロの世界の中で色彩に溢れていた。


『普通なら時を刻むハズなのに、世界は止まっているんだよ? こんなのは明らかに可笑しいと思えるよね? なのに君は何一つ顔色を変えないでいる。それが僕にとって不可解な部分だよ』


 スピーカーから漏れる厳しい声はどこか否定的な印象を含めている。それはまるで当然であるかのような常識な反応を望んでいたようだが、残念ながら実現することは不可能だ。


『何故君は反応しなかったんだい?』


 既に答えを知ってしまえば単純な反応さえ味気が無くなってしまうのを彼女は知らない。意味を教えるために傑は電話するように、歩きながら答える。


 たった独りだけ変わることのない青信号を渡りながら。

 面白半分に笑った。


「そんなのに反応しないのが、当たり前だろ。この世界は普通じゃないからな」


 信号が青になった途端に視界は暗転した。

 するとそこには現実から切り離された非常識が広がる。今度は自分以外の存在するものが時間を停止するモノクロの世界。目の前に映る景色が異常であることを瞬時に理解する。


 アイリスと初めて遭遇する時と酷似した場面。

 左右も分からなかった傑に非常識という知識を手に入れた。その代わりに理不尽な現実を見定める事になってしまったが、絶対に逃げることは無い。


 元々世界が普通ではないことを知ってしまえば、受け入れられるのだ。


「たった数日で普通じゃない事を沢山遭遇した。全部が常識を覆して想像よりも遥かに越えていく。今の常識に囚われてはいけないと、そう思い始めたのさ」


 瞬間を切り取ったような彼らを追い抜く傑の足並みは軽い。モノクロが広がる景色でもゆっくりと眺めていく。自分だけの世界を手に入れた感覚はあったが、それでも傑は非常識に溢れた世界の下で微笑する。


 否定的だった少年はもう消えた。

 現実から切り離された世界にいるのは紛れもなく千住傑だった。


「散々超常現象に遭遇すれば、慣れるのは必定だろ?」


 スローモーションのように見えるタキサイキア現象も、クラスメイトも含めてほとんどの学生が仮面を被る景色も、道徳に反し人の心境を震撼させた盗撮事件も、そして身の周りに起きる全てを待ち受ける傑本人でさえ、異常な繋がりは全てを通し元の場所へ返る。


 あの日から、傑が見据える世界観は豹変していたのだから。


「この世界に送り出したのはお前の方だ。俺はただゲームを参加をしている身分に過ぎないだけ。ノーヒントの俺が出来ることは、平常心を保ち、平常心を装う事」


 何事にも冷静で表情を露呈しないために他者が思う理想の姿を演じる。

 寡黙を貫き、冷静沈着に見定める孤高の存在の学生を。


「それから平常心でいて一つだけ分かった事がある。身における出来事は全て、超常現象によるゲームの一部に過ぎないんだろ」


 幾つもの不気味な現象に拒絶する自分は最初、自分がおかしいと思っていた。

 だけど違っていた。単純に周りが違和感に出来ていたことを。そこを確定するまでに手探りで判断を下しても、らしくもない行動をするが結局は主義に合わなかっただけに終わる。


 残された可能性が手元に残された。

 確信犯とも呼べる、全ての結末の権化を。


「言い変えれば、盗撮の犯人はアプリのゲームの参加者。って事だ」

『……』


 否定できない可能性の高さに傑は深いため息を吐いた。

 そうなってしまった原因よりも判断に至る動機が末恐ろしい。この不条理な環境の中で起きるのは紛れもなく異常そのものに過ぎないのだから。自身と同等の立場に立たされた残念なゲームの参加者。


 常識に沿って学校生活を送る彼らは道徳の部分について何も言うことはない。

 理性がブッ飛んだ狂人が真の犯人だ。


「それといちいち反応しても疲れるだけなら、仮面を被った方がマシだろ?」


 アイリスが放った言葉を自分なりに変えて告げてみせた傑は、ギラリと物を見定める眼光を鋭くさせながら携帯端末に向けて勇ましく微笑む。


 その笑みは喜びよりも惨めさを面白がっているような哄笑に近い部分があるものの、生きてきた中で、傑が最も素晴らしい笑みを浮かべた瞬間だった。


 傑の反応にどう思ったのか、画面の向こう側にいるアイリスは神妙に話す。


『……そうだね。その判断は満点以上の答えだよ。自分の身を守るためなら、君を知る人物さえ手の平返す姿勢は流石に僕も考えてもいなかった。まさか良心的な君が、身近な人達を疑うとは驚きだ』

「お前、その反応だと何か知っているのか?」

『まあね、君の携帯を使って会話を聞いているから。ちょっと君に言いたい事があって来たんだけど、お取り込み中だったね』

「勝手にプライベートを聴くな」


 まさかここまでの経過を易々と聞いていた可能性が浮上してきた。完璧なストーカーの行動に顔色を真っ青にする傑は携帯そのものに軽蔑な視線を向けていると。


『いやいや、そこまで僕は君について興味を抱いていないよ?』

「やっぱり見ていたのか。最悪だなお前!?」


 途端に気持ち悪くなって携帯の画面を何かで抑えようとしたが、手が止まる。

 自身にとって都合が良いと思えた傑は諦めた顔をする。


「……とにかく。お前は俺に用事があったんだよな」

『色々現実逃避したいのは分かっているけど、そうだよ。僕はこのゲームの支配者(マスター)だからね。きちんと参加者(プレイヤー)の背中を押さないといけない。けれど空いている時間が無くて、苦し紛れに君の所にやってきて今の所に至るよ』


 こうして世界を捩じ曲げても伝えたい事なのか。

 ハッキリ言ってしまえば時間が止まった世界は不可解の塊だ。理論を覆す事実にちっとも驚かなくなったが、何かしらの方法で現状を作り出す方が興味があったりする。


 しかしながら彼女の言うことは謎だった。


「それで何の用で俺の所に来たんだ?」


 用件の話題がここまで来るのに時間が掛かるのは彼女の作戦か。傑では単なる嫌がらせに過ぎないのだが、アイリスの歪みない発言によって目の色を変える事態に吸い込まれる。


『警告。このままだと君は痛い目に逢うことになる』


 不自然と思えてしまうほどの丁寧で冷静な発言。人が変わったような下から沸き上がる圧力を含む声は透き通るほど美しく、鋭利なほど冷たい。


 時々彼女が見せる本性は嘘を言わないから独特な雰囲気を醸し出す。

 それはまるで、終わりを告げるような儚さを。


「……まさか」

『僕が言える証明はこれまで。後は君の判断で全てが決まる。何が正しいのか僕には全然分からなかったけれど、君ならその答えを見付けられる事が出来ると思う』


 どこか消えてしまいそうな、か弱い声に胸は苦しく締め付けられる。

 彼女が言う意味に思考が追い付いていない。それどころかその先の映像も浮かべられない。手を伸ばそうとしても目の前にあるのは携帯端末で、彼女は画面の向こう側で優しく言葉を並べる。


『本当なら、変われるものがあったんだけどね。それが出来なくて悔しいさ』

「何を言って……」

『残された時間が無いって言ってんだ、そのぐらい男の子なんだから気付け!』


 いきなりの怒号に一歩たじろぐ傑は顔を避けようとするが、その反応に彼女は年相応に笑う。何処か馬鹿にされたような扱い方に傑は不機嫌そうにする。


 悪びれもないアイリスは落ち着きを取り戻しても小さな笑いは止まらない。


『傑。君は強くなれる。きっと誰かを守れるように強くなれる。この僕が言うんだから間違いない。だからさ、薄々気付いている答えを振り翳して欲しいんだ』


 名前を言われても抵抗はない。

 それよりも彼女がする行動に興味を抱いている。変化していく展開が限界に達するまで、待ち遠しくて堪らない。真実に辿り着くまで傑の探求心は限りなく続いていく。


 たとえ望んでいなかった結末だとしても。

 人間の本能には勝てない。


「お前どこまで知って……」

『心配は要らないよ。僕はなんでも知っているからね。ただ、今の僕と君では条件が満たされていない。賢い選択だけれどもそれは完璧ではないんだ。とても惜しくて、非常に残酷な時間だ』


 何かを残そうと必死に尽くしても、届かないものがある。その瞬間を傑は全てを知らないまま目の当たりにする。今にも消えてしまいそうな直感が一向に解けないまま、心境は徐々に焦りへ導いてく。


 突き刺された彼女の言葉という謎が立ち塞がる驚異になって。

 何もかも全てがひっくり返すように、異常に包まれた出来事は止まらなかった。


『残酷な時間でも、君は生きる事に変わらないんだろ? それだけの意味だよ』

「ま、待ってくれ!」


 会話はそれだけで終わった。

 ノイズが走る雑音と共に、澄み渡る景色は鮮明と脈を打つ。流れを呼び覚ますこの世界に存在するものは各々のすべき事を成し遂げる。その間にあったもう一つの時間があったということを知らずに。


 傑ただ一人のみが元の世界に目覚めた。


 道理の流れを拒むように立ち尽くす傑は周囲の目線など眼中に無かった。ひたすら携帯端末を鋭い目で睨み付けて、張り詰める雰囲気で人を寄せ付けなくする。

 光を灯す画面には、アプリなど存在しなかった。


「……何で、俺に真実を語らないんだ……!」


 消えてしまった者に語る口はない。足りない言葉が傑を苦しませる。一方的に突きつけられた謎にこれ以上傑は黙っていられなかった。理性を抑えても降り注ぐ不穏な空気は止まらない。


 散々振ってきた相手が退場するなんて、迷惑にも程がある。


 手数が少ない現状に貶めてくる現実から乗り越えるための、真実を探そうとした矢先で理不尽な展開に巻き込まれた。これからだというのに、腹を括るのに彼女は何も伝えずに消えるなんて。


「まだ何も知り得ていないのに! 何故なんだ、答えろよォ!」


 許されない現実は怒りを沸騰し、ぶつける代わりを見付けた。

 それは多くの人達の生活を歪ませた下らない事件へと向けられる。


 一人の少年に送られた悲劇の物語は急変に進むことを知らない。

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