18話 皮肉な埋め合わせ
相変わらずのように平凡を過ごそうとしていた自分は、過去の産物に過ぎない。
たった一人でのんびりと学校生活を送り青春する者から現実逃避する行動は自分にとって価値のない物だったから必要だとは思わなかった。
しかしそれは意図も容易く変化を遂げていく。
見える世界は変わった。
思っていた世界観も変わった。
これまでの常識さえ覆る非常識は全てを越える。囚われ続ける知識の薄さを露呈した瞬間、平凡は消え、それが当然だとばかりに想像を超越する不可解な現象は途切れる事なく鮮明と表に現れる。やがては本来あった形も変えて過去の記憶は誰にも触れぬまま風化していくと同じように。
自身の内側にある感情も、コロコロと変えていく。
善意も悪意さえ関係ない。両方を兼ね備えるこそが人間と呼べるのだ。
この世に常識があっても正しい人は存在しない。
故に悪い人も誰一人居ない。その選択を選んだ末の結果だ。
生まれた瞬間から人生という名の選択肢は始まっているのだから。
ただ、千住傑は運が無かっただけの事。
綺麗に言い換えればちょっとだけ神様から見放された不幸な人。
というかそう思いたい自分がいた。
(かなり面倒な役を任されたのか俺……)
他人の事を思っていても厄介な事には非常に避けたかった心境をしていた傑は逃れられなかった事に内心幻滅する。
「犯人探しに俺が向いているから呼んだのか?」
「将が立ち上げた事だから、その考えは合っているだろうね」
「非常に困難な頼まれ事なんだけどな……」
笑顔で言うけれど、傑は気乗りはしなかった。
親友の事だから手伝っても構わない。しかしあくまでも犯人を探すことが重要でその手掛かりを見付けるのがとても至難だ。ただでさえ情報が少ない上に聞き込みをしたら逆に怪しく思われるリスクが高い。
何も委員会に勤めていないフリーの学生が何が出来る訳ではないのに。
「僕も一様犯人に繋がる情報を入手しとく。……もしも由貴に何かが起きた時に、手遅れになる前に守る努力をしないと」
拳を握り締める逸には確かな決意がある。視線の先にいる由貴を守らなければならない使命があるという事を。好きになった人のために日常を取り戻そうとする意欲は将以上の想いが込められている。
「将と共感するものがある。だから僕も手伝うと決めた」
「……そうか」
誰もが欲している当たり前の景色だから、必死になって取り戻そうとする。
大切な人を守ろうとする姿勢は実に美しい事だ。
「なら、俺も頑張って犯人に繋がるものを探す。この事態をなるべく抑えるように徹底的に見付けてやる。これ以上自由にしてやる訳にいかない」
あくまでも犯人を見付けるだけの作業。
傑が出来る事は犯人らしき人物を追い詰める、執着した固定概念のみ。証拠を出さないというのなら精神を狂わせるほどの恐怖を与えなければならない。
この問題によって傷付けてしまった人達のために。
諸悪の根元に痛みを分からせなければ、悲劇は終わらない。
「……随分と気合いが入っているようだね」
「ああ。俺ができる精一杯は奈落へ蹴り落とすぐらいしか無いからな」
厳かな決意と鋭い着眼を持って犯人を探す。どこにもなかった平凡を求める必要の無い傑は事件を起こした人物に慈悲なんて有るものか。
「そうだよな? 将」
「え、ああ。傑は本気になると凄く怖いから、犯人は直ぐに見付かりそうだ」
「任せろ。丁度暇で仕方なかったんだ」
ただならぬ圧力に押される将は苦笑をしながら言葉を告げた。
犯人が仮面を被っていようがいないが傑には関係ない。
連動性のある彼らの行動に違和感を覚えればそれだけでいい。騒ぎになるほどの事件を起こした人間だ。興味本意で仕掛けたのなら想定していないだろう。
あるいは、計画した上で行動をしたのであればそれ相当の人物だ。何を残すためのメッセージが隠されている可能性も含まれている。
相手が強ければ傑もそれに合わせて証拠を見付けるだけだ。
既に、犯人探しは開始しているのだから。
「とにかく僕達の方向性は決まったようだね」
「まさかこの事件で集まる事になるとはな……」
「流石に僕も考えてはいなかったよ」
二度と会わないと願った日は残念ながら覚えていない。自然と離れてしまった傑は誰とも会いたくなかった時期が続き、性格が冷静かつ根暗になっていた。
その分周りがよく見えるようになれたが、今は違う。
不利益に生まれた人間の醜態だけが残されているだけだ。
息苦しい空間の中で足掻き続けることが傑にとって生きる術なのだから。
「話、終わったの?」
落ち着いた雰囲気に察したのか日和は腰を両手を当てながら話してくる。
その様子だと将が言う悲劇を聞かされていない。
流石に女子に話すのは性格的にも根性がないから言うまでもない。それに将が言わずにアリサ本人から聞けばそれでいい。
余計な詮索でもされたら手元が狂いそうで困る。
「傑も犯人探しに加担してくれるようだよ」
「ホントに!?」
「それぐらい普通だろうよ。何驚いてんだ……」
狐に騙されたような拍子抜ける日和の表情に苦い顔をしてしまう。ここまで呼はれて集団から解放させてくれたお陰もあって犯人探しに決意したというのに。
「いや、傑なら関係ないから手伝って貰えないと思っていたからさ……」
「本人に向ける言葉か?」
みんなが思う傑のイメージに不意に興味が湧く。
けれども独り過ごしていた時間が誰よりも多い傑では当然話し掛けにくさが学年を通して浸透している。それも何を話したらいいのか分からないため、話し掛けてくる人が皆無に等しいのがその理由にある。
「誰も話し掛けにくいのは、傑くんがどんな人なのか分からないからだよ」
「……」
それ以上の反論できる言葉が見付からないほどの正論な由貴の発言に普通に傷付いた傑は何も言えず、黙ってしまう。
分かっている。分かっていた事だ。
普段から独りで教室の隅で居たら自然と目立つぐらい。それも学問には長けていると周囲から聞いていればより話し掛けることは迷惑だと思って避ける事実に。
「あーあ、傑が思いっきり落ち込んじゃったけど?」
「え、私、そんなに酷い事言ったつもりはないよ……」
本人は自覚無し。天然と呼べばいいのか、それとも単なる毒舌なのか。
結果は覆らない上に傑は肩を落とすしかない。まさか由貴に皮肉を言われるなんて思っても無かった事で、初めて言われた気がする。現在リア充だから、ぼっちには厳しいのか。
やはり身分がこんなに違うものなのか。
「……お前の彼女さん、結構冷たくないか?」
「そうかな。僕としては普通だよ。君の境遇のままを由貴が素直に言っただけなんじゃないかな? そう思えてしまう傑の生活にも問題があるんだろうね」
「悪いな。俺は独りで過ごす事が好きな寂しい人間で」
「全然反論にもならないんだけど……」
ぼっちを否定しない傑の溢れてくる自信に頭痛でもしたのか頭を抱える日和。
「傑は私達が居るから別にぼっちじゃないでしょ?」
「違う。こう見えて実際省かれているんだ」
「状況の違いじゃないんだけど!?」
結論を外していく傑に諦める事を決めた日和はげんなりとしている。
どっちみち殆どの時間は独りでいる方が多いのだ。周りに合わせる理由もなく丁寧に過ごせるのだから何も支障は来さない。ただクライメイト達が仮面を被っているだけで。
それを省けば授業も真面目に聞いてられる有意義な時間になるのだ。
「傑がそう言うんだし、仕方ないよ」
「本当にそれでいいの? やっぱり傑は独りでいた方が楽なの?」
「当たり前だろ!」
「そこは否定しろよ!」
ある程度揃っても目指す道は同じではない。
全員が同じ考え方を共有することは困難なものだから軋轢が生じる。けれど元々の性格が働いているため亀裂が走ることはなかった。
見えている世界が少し違うだけに過ぎない。
「とにかく、その話は切りがないから話を進めておくよ」
話が進みそうにないので、逸の言葉で発破を掛ける。ふざけて見えながら真面目だった傑と、まだ納得がいかない表情をする日和。素直に話を聞く姿勢の由貴と少し離れた所で見越す将。
場所は違えども、月日を隔てこうして集まったメンバーは動き出す。
全ての想いは一致している。
未だに見付からない犯人を捕まえるためには力を合わせなければならない。それから悲しむ人達が一日も早く笑顔が戻る事を祈るために努力を尽くす。平和になるための、大きな一歩はさらに力強くなる。背中を押す決意は紛れもなく人のためにある事を。
誰かのために頑張ろうとした証を残したかったのだろう。
今まで通りの傑は何も変わらない。
「僕らはこの事件を起こした犯人を探す。いつまでも平和で居られるようにこれまでの日常を取り戻す。これ以上不安が広がらないように、僕達の手で犯人に繋がる証拠を掴むんだ」
「いいね。逸に賛成だよ!」
力強い逸の言葉に惚れ惚れする由貴は声援のエールを送る。日和におだてられると由貴は顔を真っ赤にして恥ずかしそうにするが、誰も馬鹿にする者はいない。
認められる優しい世界に冷たい反駁なんて有り得るのか。
「でもさ、どうやって犯人を見付けるの?」
「いい質問だね」
日和の率直な疑問に対しても逸の柔和な表情に変わりない。
やはり場を展開させるのに適任な逸には指揮が向いており、ペースも至って順調なのは彼の技術の賜物か。
闇に紛れて生きる傑には到底出来ない業だ。
「まずは日和と由貴には女子の聞き込みをしてほしい。情報が必要だ。僕らでは普通に怪しまれるから、適任である由貴達が必要になる」
「なるほど、事件が盗撮だから犯人は男に限られてくるよね。そうしたら三人も疑いが掛けられる訳だ。そういえばそうだったよ……」
傑の予想では未だに犯人が男であると確定出来てない状態にある。
冤罪を掛けようとする可能性と捏造も含まれているため確定にはならない。
「もしかしたらこの中に犯人が居たりして……、ね?」
「冗談は止めてくれ。普通に有り得ないから」
リア充どもに囲まれてそれはない。
青春を謳歌する者に命を刈り取る行為をしても無意味だ。約束した人がいるのに考えられない傑は冗談抜きに鼻で笑い、手をパタパタを振ってみせた。
「……俺だけが除け者であるのは、ぼっちなのは独りで居たいからだ!」
「なんか、その理由に悲しくなったよ……」
「実に傑らしいなぁ」
事件が起きて変わることのない姿勢に各々の感想が漏れていく。それでも構わないと傑は前向きになる。本来佇んでいた場所に思い出はなくても確かな記憶は存在するから。
好きで孤高にいるという事を改め直せた気がする。
心が冷えるような寂しい思いを傑は思った事がないのが強みだった。
「……こほん、話を戻してもいいかな?」
「ああ。日和がふざけて悪かったな」
一刻も状況を確認したい逸は咳払い。それに傑は両手を上げて降参した。
罪を被せられた日和は傑にガンを飛ばすが本人は見ちゃいない。
「それから、僕ら男性陣は犯人に繋がる痕跡を探すことに決まった。フリーの傑に頼りになるけれど、僕と将は立場を生かして情報を収集してみせる。怪しい人が見付ける事が何よりの道標になる」
「少人数で動かすのが大事だ。油断している犯人を慌てさせるのに都合がいい」
「つまりあたし達だけで犯人を見付けるのか!」
大掛かりで探す事になると、その中に犯人が紛れ込んでしまう恐れがある。そうならないために少人数で犯人を探せばリスクを負うことは無くなるので傑達は楽動けられる。
探すことは同じなのにわざわざ大掛かりでやる必要性はないのだから。
要は情報を共有する事が大事なのだ。
「犯人を捕まえるためにも常に情報は共有しておこうか」
「なんだか、私達、探偵みたいなことをしてるよね」
やっている事はストーカーの類いに入るような危なっかしいものだが、犯人が一番悪い。それだけは言える。由貴の言う通りしている事は明らかに小学生がするごっこものだ。
「チーム名、どうする? どうするの?」
「名前付けるのか……」
なんか一人だけ楽しんでいるポニーテールの少女がいる。
目をキラキラ輝かせながら眩しい笑みを浮かべる姿に直視出来ない。というかその熱気に耐えられない。面倒だと思えてしまう傑は気乗りのしない苦い顔をしてしまう。
どうしてそういう発想に辿り着くのか分からない。
特に意味などないというのに。
「そうだね。何にしよっか?」
由貴も賛同している当たり感性が違うようで。犯人探しだけを注目している傑にとって興味がないものには行動しない性格はどうも否定的になるのに、賑やかな周りは絶えない。
流石に本題に外れそうになる危惧になんとなく挙げてみることに。
「犯人撲滅隊でも構わないだろ……」
「却下だね。何かと物騒だし」
「じゃあ何があるんだよ」
ため息を吐きそうな無駄な時間を日和は鋭く微笑む。まるで策でもあるのか、揺るぎなき自信を兼ね備えているようだ。この場にいる全員が納得する名前があるのか。
グループの名を告げる日和の言葉に、傑は目の色を変える。
「あるよ? それはね、『友達と遊び隊』って奴よ!」
「……は、はあ?」
「それは懐かしい響きだね……」
反応は様々な色を醸し出す。
想像外の答えに生返事をした傑は刺のある態度をし、逸は穏やかに微笑み懐かしそうにその言葉について思い耽ている。由貴や将も過去の思い出に感傷に浸っていた。
友達と遊び隊。
まだ小学生だった頃に思い付いたグループの名前で、人数はこの場にいる数よりも多かった気がする。どうでもいい決まり事と街の安全を維持するヒーローごっこをした今で思うと黒歴史に過ぎないものだ。それを現代に甦らせてどうする。
「犯人探しに何の接点が?」
「またもう一度みんなと遊べるように、事件を解決しようとすんのよ」
「仁王立ちで言われても……」
事件が終わったとしても、傑の歪んだ生活は変わらない。逸達の生活が平穏を取り戻してもだ。仮面を被る彼らに囲まれた非常識の中でしぶとく生き残らないといけないのに。
解決してしまえば傑は独りに戻るだけだというのに。
「いいんじゃないかな」
逸が納得してしまえば何も反論する理由が無くなってしまう。それと一人だけが戦っても揺るがすほどのものではないので、渋々承知する。
ホントにこれでいいのか……。
言わなくても通じてる部分には強い絆があるんだなと思いつつ、無言の一致団結にやはり傑だけが省かれている。分かっていた事だけど自分要らないな思っていました。
交錯する視線は誰とでも合わなかった。
「それじゃあ、決まりだね。僕達『友達と遊び隊』は今日において再結成する」
「おおー!」
鼓舞を上げる讚美の渦に飲み込まれる傑。元気いっぱいの日和と由貴はとても無邪気に手を掲げている。再結集した、友達と遊び隊はどことなく人を引き寄せる不思議さがある。
何より、傑は不可解な点について考えてしまう。
(……そういえば、誰がこの名前を付けたんだろうか?)
未だに思い出せる事のない未開の領域。
初期からいた傑だったがどうしても昔からいたメンバーの名前と顔が思い出せない。同じ時間を過ごしていたハズなのに、記憶に空白が生じてる。まるで思い出すのを拒むかのような反応を。
そして名案者の存在でさえ疑いを持つことに。
当たり前のフレーズだった言葉が誰の手に工夫されたのか、知る必要になる。
謎は湧水のように増えていく。
身における怪奇現象というのにも関わらず、傑は違和感の拒絶など何も感じなくなっていた。




