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アフターレジスタンス  作者: 島村時雨
第一章 叛逆者の覚醒
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15話 犯人探し

 愚かなる犯人。

 傑は確かにそう聞こえた。疑いようのない言葉は、静まり返る空間を瞬時に行き渡らせる。何も知らされぬまま隠された事態を担任の吉田は告知する。


 広がり続ける言葉の響きは教室を反響し、ゆっくりと元の場所へ還る。


 ざわざわと音を立てる囁き。


 やがてそれを理解する彼らには疑惑が生まれ、徐々に波紋を広げていく。抑えきれない極彩色の感情の音色は壊れたスピーカーで、その姿は目障りであり、耳を劈く泣き声は抵抗する術を奪っていく。


 まるで阿鼻叫喚のように一斉に騒ぎ始めた。


(……なんだ、この緊迫した嫌な空気。未だどんな問題なのか知らされてないのに、どうしてそんなに攻撃的になるんだ?)


 傑には既にそれが異常に見えていても。

 クラスメイト達がただの誹謗中傷をする害悪にしか見えなかった。


 本来ならそこまで発展しない。それは理性が物事を捉えるから。

 しかし現状は目の色を変えた獣のようで。


(……嘘だろ)


 傑はある事に気付く。

 何度も確かめてみても、それは悉く否定される。アイリスと遭遇する前に見てきた光景を思い出そうとしても、彼らの自由だったであろう表情が思い出せないでいる事実に、目を泳がせてしまう。


(元の顔が、思い出せない)


 記憶にあるのは仮面を被るクラスメイト達だった。


 共に過ごしてきた記憶には、彼らが常に仮面を被っている。覚えには自信のある傑はどんなに過去を振り返ってもクラスメイト達の素顔が思い出せない。まるで本当に仮面を被っていたような記憶の改竄に、傑はただならぬ違和感を抱く。


 自分が見てきた人物は、果たして本当にクラスメイトだったのかと。


 急激に現れる嫌悪感が無抵抗の傑を襲う。


 動揺する心境はもはや何が真実なのか、確信を得られずに掴み取れていない。

 気付くばかりの展開は自身のあまりの無知さに脱帽する。


 彼らとの距離はこれで無くなってしまった。


 これまでの記憶が全て曖昧となり、いつまでも不可解な現象は続いていく。そこに日常が無かった事実を確定した途端、傑がいる場所は原型を留めていない。


 思い出のない彼らにクラスメイトだとは思えなかった。


 そもそも理性のある人間なのか、疑いばかりが強くなる。


(別に親しかった訳ではないが、明らかにおかしい。俺だけが幻覚を見ているのは分かる。けれど記憶すら改竄するほどの異常は、現実では有り得ない)


 最初は仮面を被っているようにしか判別してなかった。しかし徐々に時間を刻み続けていくと、違和感のある現象は変貌の鱗片を表へと見せ付ける。それはやがて甚大な規模になるまでの助力に過ぎないと。


(……まだ、知らない事が沢山あるな)


 未だに見落としているものがあるかもしれない。

 まだそれは傑が動く出番ではないと。


 周囲を当たり散らす学生の怒号に対し吉田は手をひらひらさせ、肩に付いた埃を叩くような身軽さで、興味の無さそうにして払った。


「そんなにガヤガヤ騒ぐな。まだ本題に入ってないだろ」


 相変わらず大人は仮面を付けていない。

 それからクリーム色で縦ロールの髪型をした少女、葛葉京華は騒ぎを起こす群集とは違い、何かに語ることはなく、物事を冷静に静観していた。


 幸いにも二人の存在によって傑の心境は冷静に居られてる。

 これが本来の景色なのだから。


 だが、その人に対する思い出が存在しない。


 別に親しい人物ではなかったので、傑は何かを行動にする意味はないと思える。ただその区別を確定するために一秒も無駄には出来ない。今後の課題を整理して今夜アイリスと対話する。


 繰り広げる怪奇現象はお前の仕業なのか、と。


 今はこの現状を越えなければその先も越えられる意味がない。

 傑は吉田の話を素直に聞くことが優先だった。


「……あの」


 すると醜い群集を静観していた京華はそっと手を挙げたのだ。

 唐突に視線の虜になる彼女だが、それでも視線は吉田へ向ける。


「先生。問題って、なんですか?」


 周囲の騒ぎに対し平然として質問をする彼女。そのあまりにも涼しい対応に蚊帳は熱を冷めて静まり返る。我を取り戻す彼らの連動性に最後列にいる傑は訝しむ。


「流石は葛葉だな。お前らも少しは静かにしろ。千住も真面目に聞いている。そんなんだから二人のような優秀になれないんだぞ」


 急に話題を振られて傑は固まる。

 吉田は周りをよく見えている。だからこそ人の危惧には気付かない。


 群集の目には京華と傑が止まる。それはどのような色で見ているのか不明だが、担任を無視して凝視するのは些か不満だった。


 そこに憧れなんて存在しない。

 あるのは他人を蹴り落とすための犠牲の数しか過ぎないから。


「……俺からも、話を進めて下さい。授業、もう始まってますけど」

「ああ。授業についてなんだが、自習にするから特に問題ないぞ」

「そうですか」


 とっくに問題が始まってるとは言えなかった。


 現代社会を自習にするほどの問題は一体なんだろうか。犯人というパワーワードを想像しても明確に事態は深刻なものにしか置き換えない。


 下手したら退学レベルの、それ相当の問題か。


 ようやく落ち着きを取り戻す教室に、張り詰めた鋭い雰囲気が現れる。ガラリと一変する空気の流れは沈み、とても重々しく、心地が悪くなる。


 そして吉田の口から発せられた言葉というのは、


「今日の昼休みに、女子更衣室にカメラが隠されていたそうだ」

「……!?」


 静まり返っていた空間は一瞬にして怒号の雨を降らせた。

 隙の見せない感情は教室を震わせるほどで、壊れたスピーカーのオンパレードに思わず傑は耳を塞ぎたくなる。


 正直言って犯人は愚かだと思う。


 自身の首を締める圧倒的な自虐に呆れて何も言えない。まさか風紀に特化したこの学校で理性を越えた行動をする事態考えられなかった。


(こんなの退学で済まされるものじゃないだろ……)


 何より盗撮の発覚により、感情を爆発させるのは女性だ。


 突然の事実に衝撃を露とする女性陣。未だに信じられないのか甲高い悲鳴は冷めないでいる。その被害は甚大で、か弱き乙女の心境を瓦解するほどの問題はそう簡単に解決するものではない。


 守ってきた彼女達の人権を穢されたのだから。


 ざわめきの悲泣が入り乱れる中で、担任の吉田は何一つ厳かな表情は変えない。

 威圧を放つ社会の人間はただその場を見据えるだけ。


 けれどその目付きに傑は何かを知っている。


「先生は非常に残念だ。とても残念でならない。どうして行動に至ったのか、私には到底分からない。何故、このような事態になってしまったのか」


 犯人は決して越えてはならない事をした。


 平和だと思っていた居場所に、安心だと思っていた空間に崩壊を招く原因を起こしてしまった。たった一人の行動によって彼らの日常は掻き消された。


 許される行動ではない。

 だからこそ事態は隠されるのではなかった。


「二度と非行の過ちが起こらないように、先生はこの中にいる犯人探しを行う」


 これまでの安寧が意図も簡単に終わってしまうというのなら。

 残された選択肢に終止符を打つしか方法はない。


 そのための犯人探しが、始まった。

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