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アフターレジスタンス  作者: 島村時雨
第一章 叛逆者の覚醒
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14話 四面楚歌の奇想曲

 警戒していたものが現実となる。

 見えない相手に独り怒っていた傑の向こう側に、一人の学生が佇んでいた。


 やはり来たか、そう傑は相手に知られないように身構えながら考える。


 混雑が際立つ食堂では同席になるのは非常に高い。普段から教室で食事を取る傑だったが、現在ばかり歪んだ景色によって気が引けた。


 彼らの視線が妙に恐ろしく感じる。


 一体何を考えながら視線を向けるのか。それを知る術を傑は失われた。余計に詮索するなと分かっていても、不安は一方に取り除けない。


 実際こうして仮面を被る学生に囲まれる状況に立たされているのだが。


 唯一仮面を被っていないクラスメイトは一人だけ。

 クリーム色で縦ロールの髪型をした少女、葛葉(くずのは)京華(きょうか)のみだ。


(遅かれ早かれ、こうなる事を分かっていたたけだ)


 誰一人味方のいない傑に対し、この日において仮面の被る学生との対面をする。


 静かに目線だけ見上げた傑が目の当たりにする光景とは。


 それは一人の青年がいた。

 少し身長の高い深い藍色の髪をした学生。同学年と思わせない雰囲気は無頓着に微動しない。目の前に空いている席を視界に写っただけに過ぎないような、寡黙を貫き、頑なに言葉を発することはない。


 何よりも謎の仮面が異常な風格を醸し出す。


 青年が付けているのは狐の仮面だった。それはとにかく面妖で、特徴のない彼らとは種類が全く違う。身の毛をよだつ隠された恐怖が仮面の内側にあるのでは、そう考えてしまうほど、その仮面には目を疑うものがある。


 こちらを睨む錯覚が生じる厳かで末恐ろしい狐の仮面だった。


(なんだ、コイツ……)


 突飛的な展開に傑は身構え続ける。

 何せ仮面の青年ま立ったまま動かないのだから警戒するのは当然だ。青年の両手にはトレイを持ち、丼を乗せている。


 そしてこちらを見ているような角度に流石に不気味に思う。不動の青年に傑は仰け反りながら嫌な顔をストレートに露呈した。


 これは絶対に関わってはいけない人間だ。

 目を合わせたら下手に殺されるかもしれない。


 丁度良い温度になったカツカレーを食べなければいけない傑はスプーンを持っていざ食べようとした所で、仮面の青年は何も言わずに空いている席に座る。


「……」


 不意に驚き、口へ動かす手は凍結したように固まる。

 そして意思を聞かずに体は動かない。


 向かい側に存在する仮面の青年は明らかにこちらを見ていた。


 限られた空間は隔離される。

 学生達の賑わいを断ち切る境界線は近くに存在していた。


 対して傑は何も言わず動こうとしない。目の前にいる仮面の青年に恐怖を覚えたからではない、単に先に動いたら負けであると勝手に決め付けているだけ。


 傑にとって目の前の存在は、隠し切れようのない異常そのもの。

 歪んだ景色の中の異端児だ。


(……コイツだけ他の人とは違う。仮面は全て統一して見えているのに、目の前にいる奴は狐の仮面だ。明らかにコイツは怪し過ぎる)


 未だに仮面の青年は傑を見ているような角度。一方で傑はトレイに乗せられた丼の中身について気付いた事があった。


(きつねうどん。このままふやけるんだけど、大丈夫かコイツ……)


 一体何がしたいのか分からない。

 そもそも理解する人間がいない。あの変人のアイリスでさえ頭を悩ませるような特殊の類を兼ね備える仮面の青年を、知る人物がいるのか。


(というか、コイツ何者だ……?)


 これまでの雰囲気を圧倒する一人存在。

 ふやけるか冷めるかの対決をしてる場合ではないのに、目の前にいる奴は無言を貫いている。普通なら一言を掛けるハズが、協調性など皆無に等しい。


 全てにおいて異常という言葉が似合う。


 特別な異彩を放つ仮面の青年の前に、賑わいの嵐に飲み込まれている学生達は気付こうとしない。仮面を付けていない彼らや大人達も視界に入らない。


 ただ傑だけが、この現状を目撃していた。

 誰もが残された安らぎの時間を優雅に過ごすだけ。


(……もしかして、コイツはアイリスが言う参加者の一人でも有り得るのか?)


 隠す必要のない違和感。

 傑はそれでも可能性があると信じ、思案を巡らす。


 取り残された空間の中で知るものは、唐突に繰り出す歪んだ出来事でしかない。

 それを傑は事実を見逃さないで平常心でいられるのだろうか。


(もし目の前にいる奴が、参加者の一人だとしたら、俺は逃げるべきか? それとも対峙しなければならないのか? ひたすら見ているだけなのか? 勝つためには見ず知らずの相手を傷付けなければいけないのか?)


 勝敗を蔓延る世界に慈悲などないと理解しても。

 弱者が救われる方法は強者を奈落の底に落とさなければならない。


 傑は名前の知らない誰かを蹴り落とした。

 生きる術の結果で多くの人を弱者にしてしまった。その罪を抱えても過去してて忘れてしまった人達にとって忘れられた記憶に過ぎない。


 けれど過去を忘れることのない人は必ずいる。


 奈落の底で見上げながら、復習を遂げようと必死になる。弱者にした軽率な行動を記憶に刻み付けなければ償いは消えない。


 思い続けるこそが傑にとっての贖罪だったのに。


(もう一度勝者にならなければならないのか……)


 不気味に座り尽くすかめんの青年に傑は睨み付ける。


 もし青年が敵であるとしたら、傑は戦わなければならない。勝たなければ彼女にも世界にも響かない。残響を轟かせるためな傑は決断を下すしかない。


 だから、傑は仮面の青年に対して質問をしようとした、が。


「……は?」


 思わず傑は瞬きをする。

 先に仮面の青年がきつねうどんに手を出してしまったのだ。


 清々しく割り箸をパチンと割り、手を合わせる。最初に出汁の聴いたスープを味わう。それから箸を器用に使い麺を仮面の向こう側にある口に運ばせる。


 何事も無かったかのように、食事をし始めやがった。


(本当に分からん奴だな……!)


 無駄に警戒をして実に馬鹿馬鹿しい。

 張り詰めた雰囲気は何かが起き始めそうな威圧があったのに対し、傑は肩透かしを諸に受けてしまった。


 ただならぬ風格をあれだけ貫いていたのに幻滅する。


 行動が謎過ぎて付いて行けそうにない。ある程度想定したものを読んで把握しているつもりが、読み外れるどころか規模外な行動をしてくる。


 最後まで本性を明かさない姿勢には驚愕するばかり。

 相手を牽制し常に自身のペースで進んでいる自体に、傑はふと思う。


(それ、身を隠すのに便利だな……)


 感情を表に出さないポーカーフェイス。これなら見向きもされないし声を掛けて来ないのでは? そう考えると傑にとって都合が良く、身の負担が掛からない。


 実質、何もしなければ被害は起きないのだから。


 一時的のシュールな出来事に訝しんでいた傑だったが、食事を取れるなら平気だと識別し、ようやくスプーンを口に運ぶ事ができた。


 けれどすっかり冷めている。

 当然隔離された一部に自ら維持できる訳がない。


(というかその仮面、取れるのか。取れるのなら何故外さないんだ。邪魔じゃないのか? 絶対に食べにくいだろ……)


 目の前にいる青年は悪戦苦闘しながらきつねうどんを食してる。どうやら狐の仮面は取り外しが可能で学生達はとは違うのは本当に仮面を被っている所だ。


 他の人から見て、青年の存在は当然のように異常に見えている。

 超常現象ではなくただの変人だった。


「おい、もしかして、普段から仮面をしているのか?」


 箸を動かす手が止まる。

 不条理な空間の狭間で、傑は仮面の青年に対して問い掛ける。ため息を吐いた傑は怪訝そうにして声を掛けてみると、一方の青年は何もして来ない。


 本当に仮面の青年だけが時間が止まっているようだ。

 返事は迷子になってどこかへと消えた。


(……なんか喋れや)


 自ら質問したというのに反応のない相手に一層と警戒心を強めていく。


 大体狐の仮面をして学校生活を送る奴などいるのか? 考えるだけでも無駄だ。コミュニティーを大事とする彼らに空気が読めない人間など相手にしない。


 むしろ、からかわれたり嫌な思いをするだけだ。

 そうなると分かっているのに、何故青年は仮面を被るのか。


(この状態自体が違和感そのものだけどなー!)


 一人悶絶する傑は頭を抱えてしまう。

 このままだと休みを含めた昼休みの時間が終わる。謎のまま終わる。カツカレーを食べずに終わる。納得の行かないまま、時間を潰してしまうのか。


(ああ、面倒だ。どうにでもなれ……)


 そして考えるのを諦めた傑は払拭するように首を振る。

 闇雲に関わらず、意を決して本当にカツカレーを食べようとしたが、


「なあ、そのきつねうどんに最初からカツ乗ってる訳ないよな? ん?」


 気付くとカレーの上にカツが存在せず、きつねうどんの上にカツが乗っていた。


 それを豪快に食べる様はバレないと思っているのだろうか。青年はふと気付いたように食べるのを止めるかと思えば、休憩していただけで、勢いを増してがぶり付いていく。その姿は実に馬鹿馬鹿しくて衝撃的だった。


 感情は怒りを越え、おかしく笑うしかない。


 向こう見ずにガツガツ食う仮面の青年はこちらのカレーを狙っており、照準を合わせてゆっくりと身構えていく。


 傑は蔑む目付きで睨み付け、カツのないカレーを青年から離れさせる。

 死守しなければこのまま空腹で死ぬ。


「何時カツカレーきつねうどん定食が出来ると思ってるんだ?」


 すると仮面の青年は静かに箸を置き、手を合わせる。先にご馳走様するな。

 途端にダブルピースをしてきた。ちょっとだけ殴ってもいいか。


 とはいえ、ここで問題を起こしたら即、退学だ。

 風紀の厳しい初枝高校では問題の引き金を引いた者に処罰を下す。つまり謹慎では済まされるものではない。


 この学校では彼らは加虐をしない。学校そのものが加虐をするのだ。

 正義という名の、悪行を。


 微かな苛立ちを抱く傑だったが、仮面の青年はどこかへと姿を消し、ようやく落ち着けいられるようになれた。


(絶対に会いたくない人物ナンバーワンだな、コイツ。目を離したらカツを取られていたし、いつの間にか姿を消したんだあれ)


 颯爽と消えていった仮面の青年。二度と遭遇したくはない。

 こんな不愉快にさせたのは何時振りだったのだろう。過去を振り返ろうとしても勝手にブレーキが掛かり、途中で止める。


 どうせ嫌いな人は存在する。それを忘れなければいい事だ。

 絶対に忘れもしない、残酷な記憶に紛れた相手を。


 気を取り直して冷えたカレーを食べると、その美味しさは何も変わらない。猫舌だった傑にはとても美味しく感じた。


「普通に美味い……」





 時間はあっという間なものだ。

 ふと思えば時計の針は思っていたよりも先に進んでいて、自分は取り残されそうな感覚になる。そして気付けば休み時間もおしまい。


 既に食事を終えている傑はそろそろ教室に戻らないといけなかった。

 ただでさえ人混みの列に飲まれたくはない。


 仮面だらけの世界に安らぎなど無い。


(まあ、授業を受けた方がマシなんだよな……)


 黙々と黒板に書かれてく字をノートにひたすら写すだけで構わない。

 とても簡単な時間潰し。


 誰かの繋がりより孤独でいる事を選ぶ。過去は違っていたのかもしれないが、今を生きれば違うものに変わる。興味も価値観も、何もかも。


(これからずっと、今までずっと、アイツらに会うのは避けよう)


 彼らにはそれぞれの時間がある。

 それを壊してしまわないように傑は離れていくだけ。出会いもあれば必ず別れもやってくる。人間はそういう生き物で従順だ。


 遠くで眺めても構わない。

 そこに一人の人間と関わらなくても、丈夫に生きていけるのなら。

 出る幕は失われる。


「……これで良かったんだな」


 傑はある金髪碧眼の少女をほんの少し見掛ける事ができた。

 彼女はとても美しい。その輝きは色褪せない。透き通る瞳は何を見ているのか。


 それを知る事はきっと無理であり無駄だ。

 共に見てくれる人物が、そう遠くはない未来で待っているのだから。


(もう、行かなきゃ)


 身を隠し続ける傑は急いでその場から去ることにする。これ以上長居したら自分との約束を破ってしまう。破らないためにも廊下を早めに駆けた。


 何が正しいのか分からない。

 この先に起きる出来事が理不尽なものだったとしても、否定するのは許されるものではない。自ら選んだレールの上で止まる事なくいかに進められるのか。


 傑はその先にある答えを知りたいだけなのだ。

 人の可能性についてを。


 そして何も起こらないまま、傑は教室に辿り着いた。


 相変わらず見慣れた景色は歪んでいる。偽りの友情を築く仮面の彼らに囲まれながらも、前と同じく携帯端末を弄り、時間を潰していく。


 たったそれだけの事で傑は自然と生きられたのに。

 授業の始まりを告げるチャイムが鳴り始まる前に崩れ去った。


 唐突に、逃れられない撃滅戦が始まる。


「先生から、非常に深刻な話が。この教室の中に一人、愚かな犯人がいる」

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