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アフターレジスタンス  作者: 島村時雨
第一章 叛逆者の覚醒
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13話 仮面

 もしかしたら自分は夢を見ているのではないかと、傑は時々思う事がある。


 これまでの出来事が全部自分から生み出した妄想の海だとしたら、なにより嬉しいと思えることが。他人には分かるハズもない境地に達するのは、間違いなく非常識の溢れ返った場所で空気を吸っているからだと思う。


 交差点にいた時間。学校にいた時間。友達といた時間。自分の部屋でいた時間。


 常に周りにあるのは非常識に溢れていたもの。時間の流れと共に慣れていく技術は、生き抜くための知恵であり進歩を促すための塩梅だと分かる。求められているものは事実だと受け入れられる証拠だ。


 だからこそ、人は現実から逃げてはいけない。

 現実を直視しなければ何も始まらないと、肝に銘じるのだ。


(いや、その理屈はちょっとおかしい)


 それを頑なに否定する傑は静かに教室を眺めている。


 スクランブル交差点で始まった超常現象は二日の時間を過ぎた。その超常現象の発端とされる謎の少女、アイリスからゲームの招待状を貰い、自ら参加することにしたものの、


(これが演出だったらもう分かんないんだけど)


 眺めていた景色は常識さえ覆していた。


 視界に飛び込むのは、いつものように学校生活を送るクラスメイト達。当たり障りのない彼らだったが、幾ら目を凝らしても、その奥にある本性を見据えることは出来ない。


 何せ彼らは仮面を被っていたのだから。


 これが当然ですと言わんばかりの堂々とした態度。もしかしてこれは誰かに対して仰天させようとするフリなのかと、最初はそう思い込んでいた。


 だが、意図的に仮面を被ってはいない。

 そもそもクラスメイト達は自分の顔に仮面を被っている事を認知していないのだ。


 何事もなく親しい人達と会話をする彼らに傑はその人達の素顔わ見ることは不可能だった。彼らの口から発するオリジナルの音色でさえ紛い物に扮してしまい、感情の色も掻き消されている。


 本物の声が聞こえない。

 心を閉ざしたコミュニケーションはまるでノイズの掛かったスピーカーだ。


(あれだな、人が肉塊に見えてしまうゲームのようなものか)


 紙パックのカフェオレを飲みながらクラスメイト達を観察する傑。

 その様子は至って冷静で今回の超常現象に動じない。視線に敏感な学生達は振り向くと、隙あらば欠伸をしたり携帯端末を弄ったりして彼らの視線を綺麗に避けていく。


 教室に入った途端に、自分は既に末期だと思えていた。

 見えるもの全て害悪を決めつける判断はとても心地の悪さを露呈する。非常識な錯覚は元々あった居場所を壊してしまう。余程我慢し続けていたのか、限界に至るまで自分を殺してきたのかと。


 だけどそれは昨日についての感想にしか過ぎない。

 現に傑は相変わらずのように、違和感のある空間の中で生きていた。


(……こんな状況なのに平然に過ごす俺はもっとおかしいだろ)


 あれだけ散々苦しめられていたのに、体調は良好でむしろ清々しい。

 まるでこの現状に慣れてしまった。というのだろうか。嫌気に差していた景色は何とも思わずにただただ傍観するだけ。背伸びがしたくなるほどのリラックスした状態にある。


(全然嬉しくないんだけど……)


 体調は優れるようになった。けれど病状は悪化した。視界に映る彼らの異常な存在が歪んでいるからか釈然としない。

 こんなシュールな空間では余計に訝しむだけだ。


(むしろ、教室から出た方が都合がいいな)


 現在絶賛昼休み中。彼らは昼食を取ったり時間潰しの談笑が弾む。外からも活気のある賑わいが絶えないでいる。どこへ行っても群衆から逃れられない。


 ならば受け入れられる場所に傑は移動するだけである。

 カフェオレを飲み干して紙パックを綺麗に折り畳んだ傑は教室を出た。


 傑が選んだその場所は食堂だった。


 流石に人気は多かったものの、昼食を食べるなら当然かと。未だに食事を取っていない傑だからこそ行く必要があった。でないと腹が減っては集中出来ないから。


(人が多いな。空いている席はあるか判断しかねないぞ)


 今日はやけに人数が多い。

 もしかしたら同席になる可能性もある。


 けれどカツカレーを食べたいという衝動が走って堪らない。意を決して傑は食堂を歩み、食堂のおばちゃんに注文してみた。おばちゃんは潔く答えてくれるがこんなに食べられる量ではないことに苦笑した。


 とりあえず空いている席を探しに旅に出る。


 困難を迎えると想定していたが、運良く見付けられる事ができた。観葉植物に日が当たる暖かい場所に辿り着く傑はそれでも一人だ。


 しかし安心してはならない。

 これ以降に同席してくる学生が来る可能性が増えた事に警戒しなれば。


(ゆっくりと食べたいが、今回ばかりは無理そうだな。仕方ない)


 諦めて納得させた傑は食事をする事を決める。誰かが居たら気まずくなるのは間違いなく確定するので越したものではない。


 仮面を被る学生達のオンパレードの中にただ独り食事をしようとする傑。

 口に運ぼうとするが、手が止まる。


(そういえば食堂のおばちゃんは仮面を被ってなかったな)


 よく見てみると仮面を株っていない学生の姿が見て取れる。

 クリーム色の髪をして縦ロールの髪型をしたお嬢さんと、にこやかに笑う可愛らしい容姿をした男の子と、物静かに食事を取る風紀委員の少年。


 そして大人だけは仮面を被っていなかったのだ。


 登校する時には普通だった。異変の起きた後でもその景色は変わらない。けれど目を凝らすと一部の学生に仮面を被った人達が人混みに紛れているのを見掛けた。


 未だにその意味が解明されていない。

 他人には全く見えていない。傑のみがその事実を知っている。目に映る現状を証明しなければこの違和感は一生消えないだろう。


(やはりアイリスの仕業なのか……?)


 彼女が仕掛けた可能性が実に高い。

 疑うのに十分な人物だ。


 会う前までは至って平凡に暮らしてきたのだ。だからこそ度重なる異常な空間は常識さえ覆す。平穏の中に潜んでいた本性が露となって。


 原因を掴めていない傑はカツカレーを手にするのを止めていた。

 思考を巡らせ、考える。


 最初はあまりにも違和感のある現象に吐き気を覚えた。長居しても体調を崩していくばかりの展開なら外の世界に逃げても構わないと思っていた。


 だが、今回は状況が違う。


 何故二つに分けられているのか、果たして本当に彼らは仮面を被っているのか。何故大人だけが仮面を付けていないのか。知る必要のある要素が限りなく湧く現状に、そう簡単に答えが出るハズもない。非常識な現象に耐久性を身に付けていても分からないものは分からないままだ。


(このままだと、話し掛けられたらどうする? 対応するのにも相手の表情が分からなすぎて答えられないぞ……)


 もし知り合いに仮面を被っていたら非常に困る。

 なんて顔をしたらいいのか難しい。嘘は吐きたくないし相手にも申し訳ない。


 思考を幾ら巡らしても、解決策は見付からない。

 難しい顔は晴れそうにない。


 これから生活していくのに支障はもう始まっている。平凡を奪われた世界の下で抗うように生きる事を決意した傑に、最初の害悪は不公平に降り注がれる。


 未だにゲームの主な内容を知らされていない傑は実際何も出来ていない。

 最弱の立場にいるのだろう。


(……俺は、一体何をすればいいんだ?)


 圧倒的な不利に立たされている傑は、彼女からも今まで通りに馬鹿にされてる事を理解する。他の参加者の方が都合がいいと目を付けて、興味のない相手には当然の対応で蹴り飛ばす。慈悲などない。


 これが彼女がするやり方か。

 そして、それが生きるための賢い選択か。


 希望を与える振りをした偽善者。全員を信用を得ようとするトリックスター。

 全てが計算されている行動はもはや彼女も参加者だ。


(なにが賢い選択を選ばせるためにノーヒントだ。一体何を応援してるんだ。お前は俺に何も手助けしてない……)


 ふと沸いた憎悪が発散する、確定する事実を見出した。

 結局は傑自身で解決しなければ意味がない。


 他人に任せるのは無知だ。あまりにもデメリットが大きい。初めから自分だけで解決に挑めばリスクを伴う必要はないのだと。


 だからこそ。

 傑はあらかじめ独りで行動する方が最も賢い選択だと、何一つも言わなかった。


「……まさか、あの野郎、他人には妥協するなと知っていたのかよ」


 アイリスは何も助言をしてこなかった。

 それも傑が他人とは共闘しないと最初から見定めていたから、重要なヒントさえ与えなかった。いいや、傑にとってヒントが邪魔であると読み切っていたから、あえて言わなかったとしたら。


 参加者である傑はきっと誰かに相談していたのだろうか。

 この異常に映る歪んだ景色の事を。


 生き残るためなら今の環境を馴染む事が最優先。自ら動くよりも後手の方が都合がいい。狙われる確実も低くなり、生存する確率も大幅に増加する。


 表の舞台で活躍するよりも、裏方で活躍した方が功績に繋がるのだと。


 それは正しく傑がしてきた今まで通りの生活と同じだ。


「普段通りに生きろってか」


 流石にこれほどの遠回しな理由に傑は鋭い笑みを浮かべている。


 独りで生きてきた傑しか分からない理由。根拠もないのに、それを証明できてしまう簡単な問題を彼女は手を加えていた。けれどそれが生きるための方法だとしたら、傑は他の選択を選ばなかった。


 かつての平凡に暮らした時間を、捏造しながらも生きるのだと。


(アイツ、もし今日も話す機会があればとことん質問してやるから待ってろ)


 握り拳を作る傑は激昂しながら笑う。

 ようやく目的を見定める事が出来て、本格的にゲームについて行動しようとする。今度こそ情報を得るためには相手を騙しながら掴むしかない。正々堂々のない悪辣な戦いになるのなら、生きるために誰でも対峙してやる。


 そんな見えない相手に闘志を燃やす傑の向こう側に、誰かが現れた。

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