11話 賢い選択
再び不可解な現象がやってくる。
それは携帯端末を片手で持ってたに過ぎない。
唐突な超常現象と携帯端末に仕込まれたアプリによって日常を狂わされた傑は、ゲームの参加を決意する。奪うことしか方法のない世界と自由を絞られた運命を変えるために売られた喧嘩の勝者となる。
全ては日常のままに。
これからも続く平和を願う傑は叛逆を決行すると携帯端末を持った瞬間。
『もしもーし、あ、聞こえていますかー?』
忘れもしない胡散臭い声が、防音を施されてる部屋に響いたのだ。
間違いない、奴だ。
ところがその声は機械を入り乱れたものではなく、本物の地声だった。覇気の溢れた清々しさと聞き取れやすい綺麗な声。傑と同年代と推測する相手は間違いなく女の子だった。
これがもし、おじさんだったら寒気を覚えるレベルだろう。
『もしかしてお留守? おーい返答してー』
画面越しで見られてる可能性があるので、とりあえず文庫本で画面を塞ぐ傑。
それを知らない彼女は徐々に勢いが無くなる。
(……なんていうか、すごく哀れに感じる)
苦い顔して携帯端末を見ていた。
昨日とは掛け離れた恐怖は明後日の方向へ。想定したものとはひっくり返されてしまい、脱力感に耽る。身構えてた事はどうでもよくなった。
『まさか本当に君は居ないの? 流石に困るよ!?』
(返答したらロクな事にはらないんだよな……)
相手も予測してなかったようで、冷静さを欠けている様子が見えなくても想像で補えてしまう。彼女も災難なのは全てこの世が悪い。
いっそのこと出ない方が無難であるのだが、参加することに決めた傑はこの気合いの入らない再会を本格に始める事に専念する。
聞こえない程度でため息を吐いた。
(仕方がない。気乗りはしないが今後の生活に邪魔されるのは嫌だ)
どうせ応答しなくても私生活で話し掛けられたら、もちろん迷惑だ。
特に人前にいる場合は絶命的である。何とかしなければならない。
「そんなに騒ぐことじゃないだろ。十分に聞こえてる」
『あ、ようやく答えてくれたね! このまま出ないと困っていたんだよ!』
「の割に明るい声だな」
声に勢いが戻ってくる。それはまるで離れ離れになった親友の再会に喜びを隠しきれない人か。けれど傑はそんな調子を狂わせるムードメーカーは居ない。
今の友達で十分だ。
人を裏切るような残酷なまでの冷酷な人間は要らない。
こうして元凶と被害者が対面する日は訪れた。一日を越えて、両者の持つ意図を敵対する相手に向けられることが出来る。
主催者と参加者という名の立場を変えながら。
『ところで昨日はよく眠れましたか?』
「ああ、お前からの返事が来るまで待ち構えていたところだ」
会話が全然噛み合わない。
雰囲気に飲み込まれる前に自分のペースになればそれ以降は圧倒する。何より自身の正体を晒さないこそが勝利への糧になる。
傑はただ彼女の告げた通りに動いているだけ。
生き残るためには知恵が必要なのだ。
『……なんていうか話が合わないんだけど、気のせい? 僕はもっと歪んでく現状に悩み続けるハズなのに、全く違う姿を見せている。君は、好戦的なんだね』
彼女は何かを探るような甘い声を出して唇を震わせる。機械染みたノイズのない正真正銘の音色は傑の聴覚を震わせ、蕩けていく。
「別に。俺はこういう人間なんだ。どれだけ誘おうが悪いが無理だ」
対して傑は彼女の言葉を否定する。
優しい声には刺がある。それらを知り得たのは勉強をせびるクラスメイトの姿を捉えた事。彼らの利益に妥協をしなくなったのはその理由にある。
そして、独りで居ることが安全だと同時に知り得た。
「俺はこのぐらいで怯えたりはしないさ」
知らない場所で観測する相手に鋭く微笑む傑には確信を持っている。現実味を覆していく超常現象を身に染めて、常識の概念が変わった。この世界にはまだ知らないことが溢れていることを再確認出来たのだ。
広大な海の向こう側にある、まだ知らない場所に憧れた幼い夢と。
雄大な大空が広がる無限の可能性に、小さな目標を見付けられた記憶。
それを教えてくれた大切な人達と過ごした時間を。
『……へぇ。君は僕の知らないパンドラの箱を持っているんだね』
傑の揺るがない決意に、彼女は興味を持つような明るい声をして微笑する。
どこもおかしい部分は言ってないつもりだが、画面の向こう側で何故楽しそうなトーンで告げてくるのだろうか。
その理解を求めたい一心で傑は彼女に尋ねた。
「お前はどうして楽しそうにするんだ」
いかに軽率な行動だと気付いた頃にはとっくに質問をしてしまう。内心何を答えてくるのか待っていたが、すると彼女はクスッと笑い、質問に答える。
『楽しそうにしている? そうだね。僕は君の奮闘振りに嬉しいんだ。僕の思う想像を勝手に越えてしまうことがね。本当なら君はこの現象そのものに興味がない。直ぐにゲームを放棄するようなつまらない人だと思えてしまうんだ』
今のは少しカチンときた。
さりげなく相手をディスる彼女に共感なんて存在しないが、確かに傑はゲームに関して否定をし、興味を持たなかった時間があった。全ては己の目的のために否定してきたのだから。
否定はしない。
けれども傑は気が変わった。現状の変化のない場所では本物の価値を見付ける事が出来ないなら、その場に残るつもるはない。答えは自らの力で探す。
誰かに言われる筋は無い。
「身勝手な想像力だろ」
『そうかもしれないね。君の言うことだ。否定はしないさ。勝手な判断で人のことは言えないのは世界共通なんだし、誰かのために考えても、その方式は解答できない。それは今でも謎のままだから』
何よりも人の心というのは、完璧に読み取れる事が出来ない。
どれだけの時間を費やしても尽きることのない秘められた可能性。研究する行為自体が無意味なものだと諦めてしまう。挑戦する者を壊していく一番近くて遠い存在は、様々な色彩に変える。状況と気分に応じて、時に人を傷付けてしまう事も少なくはない。
それが人々にとって当たり前の世界だ。
何かを傷付けるしか生きることのない人生というのなら、既に諦めてしまう人は多すぎる。現実を認識しない人達が増えている事により、さらに世界は残酷で杜撰になる。
クライメイト達もいい加減な環境で踊らされてる人形。
無知な彼らを見ていると、これからの未来が壊されそうで険しくなる。
『僕は、人の心なんてモノは知らないのさ』
好きで独りにいる人にとってグループの存在は邪魔でしかならない。
行動の自由を阻害する彼らには本来罪はない。しかし空気を読まずに事故中心で動くことは誤りで全員が善人であるのは欺瞞であり、安直過ぎる行為。親しくない人から見れば幻滅するだけ。
「そんな事は当たり前だろ。生きている全員が分かるハズがない」
『……君はかなりの非情者だね。夢が無い分現実をよく見ている。いい着眼点だ』
「どうでもいい」
最近は自分が相手に向けて冷酷な対応をする傾向がある。
人目から避けてきた生活をしてきたというのに、その歯車が唐突に狂わせ、周辺の変化を誘う。彼らから見る傑のイメージは着々と変化を訪れていく。
興味が暴走に変わる前に傑はいつものように自分の席で静かに過ごすだけだ。
そうすれば、作り上げられたブームは自然と去っていく。
「大体、他者について考えるような事はお前にも俺にも無いだろ」
どうせ世界は勝手に回っていくのだから、そんな人類崩壊レベルの大仰な事は考えなくてもいい。自分が正義だとか主人公だとか、有り得ない夢を見ても現実には変えられない。
「人が後悔する姿を見て、楽しんでいるだけじゃないのか?」
紛争の火種を撒く場面を楽しむ傍観者に傑は不快だった。
明確に現れる敵意の色とこの上のない嗜虐的な哄笑をする彼女だ。完全に弱き者を奈落の底に蹴り落とす悪魔は愉悦を覚えていた。冷酷なまでの残忍さを知る傑は辛辣で容赦なく根拠を突き付ける。
人間は本能のまま生きている。
どんな些細な出来事でも何かに思想を変えれば、毒牙を剥き、邪魔するものなら無差別に噛み付く。徐々にし蓄積する殺傷と衰滅させる知略は本来の姿を現し牢獄に隠されてきた奸悪は日常茶飯事のように人々を脅威の糧となり、次第に規模は流布する。
最終の地に見るのは、人の手で作られた残骸の山と極彩色の海。
小さな争いは自らの崩壊を招くのだから。
傑が目の色を変えている事に気付く彼女は、短い時間の中でクスクスと笑う。
おだてるように聞こえる笑声を無視するが画面の向こう側にいる相手は告げる。
『ふふふ、勘違いしないでほしいな。誰かの醜態を見て愉悦を覚えるような輩ではないよ。僕は、屈辱の運命に呪われた君達を変えようとしているだけだ。そのための願いを与えるために、こうして君のところに現れたんだ』
「それはどーも……」
どうしても胡散臭さが勝るため、話の内容が空っぽであると思えてしまう。
未だに彼女は願いについて語る。たかがゲームの筈なのに信憑性を欠ける事を理解している相手に話すのか。無意味だと分かっているというのに滑稽さを感じさせない自信が、そこにはあった。
まるで確信が形となって実現しているかのように。
「というか、お前。キャラ変わってないか?」
『アレが本心だと思っているのかい? 全く違うね。初見の相手には高圧的に見せる事で不意に見せる弱点を炙り出せるのさ。人を怯ませるのに良心的な常識なんて要らないだろ?』
さの当然であるかのような発言は惜しくもその通りだろう。
世界は都合の良さなんて存在しない。常に成功と失敗の二択しかなく、あまりにも狭すぎる。生きるための競争は日頃に行われており、必ず勝者と敗者が生まれる。
どんな些細な事でも起きる選択肢を、彼女は捻じ曲げていく。
先の展開を読み取るための賢い奇襲を巧みに扱いながら。
『それにさ、僕だけが仮面を被っている訳じゃない。みんなそうだろう?』
「……!」
言い返す言葉が見付からなく静寂が空間に浸透するが、彼女は再び笑った。
ブレることのない哄笑はより美しく響かせる。
『本当は知らない所で本性を隠してる。心の中に隠された狂暴な本性を。いつ起爆するか分からない地雷のように不安と後悔を背負っている。何のためにかって? 解放する行動も許されていないちっぽけな世界の中で生きる彼らなんて、本物の自由を知る訳がないだろ』
何のための仮面なのか、傑は何も知らなかった。
虐げられる現状から回避するための護身術ばかりだと思っていた。
しかし現実は常に歪んでいる。
『人は欲望の化け物だ。常に理性的であり、実に狂暴的だよ』
そこに常識は存在しない。あるのは本来の姿をした本能。
美徳と権利ない混沌の時代に生きた人達は、奪うための殺戮を繰り返し、生きるための鏖殺を築き上げてきた。歴史に飾ることがないのは権利を守るための規律によって隠されたのだろう。
人間が醜い生き物だという事を、認識させないがために。
『対して君は正直だ。物事を区別する判断力は紛れもなく君だけの物。自慢しても構わないくらいに潜在能力は天才的だからね。全く、惚れ惚れするよ』
「お前こそ自分の思う欲望のまま生きているんだろうが」
変わる気配のない弱肉強食の世界で数少ない賢い人物は限られている。
この世の仕組みを理解するか組織そのものを牛耳るのか、自身に利益になる方法を常に求め続けている。折れることのない精神は道を背くだけで腐敗の道へ進む。
探求心が全てになる。突き動かすキッカケは単純かつ末恐ろしい。
『そうだね。君を含め、欲望のままに生きている。だからこそ違う世界を見ることが出来る。それは視点じゃない、意識の問題だよ』
微かな笑声を漏らしながら語る彼女は実に楽しそうにしている。
傑には無い着眼点を備わっている。それも常識を覆すような切り札を。
画面の向こう側で対話する彼女は、傑に向けて言葉を放つ。
『じゃあ、賢い選択について少し語ろうか』




