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アフターレジスタンス  作者: 島村時雨
第一章 叛逆者の覚醒
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9話 生きる意味

「……ッッッ!?」


 傑は直ちに声のする方へ振り向く。

 まさか背後を取られるなんて、想像が付かなかった。


 身を守るためなら全てに疑う事を長けていたのにだ、自分が人の存在に知らずに立っていたなんて考えられなかった。自信はあった。なのに、どうしても現実を受け入れる事が傑には欠けていた。


 相当の自信を持っていた傑を、驚愕させた人物というのは。


「なんで驚いた顔してんの傑?」


 人懐っこい童顔をしながら勇ましさを見せ付けるオレンジ色をしたポニーテールの少女。瞳は橙色に輝き、黄昏色に染まる世界と同化する。少し背が低い彼女はこちらに顔を上げては眩しい笑顔を浮かべる。


 鈴村(すずむら)日和(ひより)は、いつの間にか立っていた。


「なんだ、日和お前だったのか……」


 つい反射神経で身構えていた傑は、よく見知った人物の一人だと理解する瞬間に込めていた肩の力を落とし、深くため息を吐いた。神経を擦り削るような経験の少ない傑には心臓にとても良くはない。


 イヤホンしなくても、周囲に関しては研ぎ澄まされているのに。

 それを意図も簡単に破られてしまうのはショックだった。


「なんだって何よ。それじゃあ傑にとってあたしはオバケ見えていたの?」

「音もなく背後にいたら驚くものは驚くだろうが」


 むーっと訝しむ日和に対して傑は、制服のポケットに携帯端末を仕舞い込む。


 咄嗟の判断だったが悪くない。昨日の事は誰かに相談しない方が賢明で最善。誰かが都市伝説の噂話の程度で振ってくれたなら尋ねるくらいは出来るだろう。

 今は自身から告げる時期ではない。


「別にあたしは驚かせるような事はしてないけどさ、傑は何してた?」

「俺は休憩してた所。だからこうしてテレビを見ていたんだ」


 親指でテレビモニターを差す。詰まらない論争は天気予報に変わっており複数の海上都市を含め日本の全体図が映し出されている。


「海上都市第三東京! 是非行ってみたいな~」

「水上バイクで行けるだろ……」

「まだ免許取ってないんだよ!」


 高校生になれば誰でも水上バイクの免許を所得する事が可能。


 普段見慣れない海上都市には憧れを持つ人が多く、休日なら遊びに行ける。これまで蓄積した疲労を解消するために傑も来ている。ちなみに第三東京は遊園地や商業などの施設が備わっており日本にある全ての海上都市を合わせると世界ではトップクラスの経済力を誇ると言われている。


 国土を保持し、海洋大国にも進出を成し遂げた日本。その理由に挙げられるのは地球温暖化による海面上昇を恐れたため再生可能エネルギーの研究と海上都市の計画を早めることになった。結果、これらの対策により日本は経済発展の促進と実現に先進国の希望と言われるようになった。


 しかしながら海上都市の存在に傑は疑問を抱いている。

 経済発展と世界貢献には賛成するが、裏がある気がしてどうも落ち着けない。


「あれだ、夏休み混むから早めに取った方がいい」

「うぇ、面倒くさいんだよ。それに道具整えるのにお金が掛かるの分かる? だったら飛行機とかフェリーに乗った方がマシだよ」


「飛行機は、確かに便利だよな……」

「あっ」


 日和は思わず口を押さえても、既に遅い。

 黄昏色の世界を傑はずっと見上げている。共に生きていくと決めたこの街の上空を横切る飛行機は人を乗せて目的地へ飛んでいく。


 飛行機雲は直ぐに消えてしまう。きっとこれからは晴天が続くだろう。


 遠退く飛行機はこの街から離れても、傑は目線を外さない。例えどんなに世界は眩しくても、頭上を掲げる手は日差しを遮り続ける。

 鋭い視線と、悲しい目線を交錯させながら。


「あちゃー……、ごめんだよ。あたしの不注意だったわ」

「すまない、俺も悪かった」


 弱々しい日和の声が耳に入り、思わず正気になる傑は素直に謝る。自身の不覚さに頭を抑える日和は過去を忘れていた事に苦い顔をする。


「えっと、辛い事、思い出しちゃった……?」

「……いや、俺にとって忘れる事はない記憶だ。こうして今も覚えているし、過去は変えられない。俺はその人の分まで生きることが価値だからな」


 恐る恐ると尋ねる日和に傑は首を振り、涼しく笑みを浮かべている。


 過去は変えられないと決めている。

 取り戻したい物の価値があっても帰ってこない。風化していく物はいずれに壊れて消えてしまう結末だ。ただ遅いか早いかだけの問題なのだから。


 残された者として傑は愛した人達の分も生きなければならない。

 それが、生きる理由の証明だ。


「俺はもう平気だ。叔父さん達とは仲良くしているしな」

「傑……」


 きっと人は変わってしまうものだと分かっていた。


 一度は英国へ帰国し日本へと戻ってきたアリサや、仲が良かった由貴と逸の二人は付き合う事になった。アリサに好意を抱く将も己の道へ進んでいる。


 傑は両親と妹と弟の四人の家族を失い、たった独り平凡を掴もうとした。


 何故歯車が狂ってしまったのかは分からないけれど、それでも今まで通りに過ごしていられるのがこの世界だ。


 これからずっと、傑は他者には分からない心境を隠しながら生き続ける。

 安寧の終わらない平凡を手に入れるまでは死ぬ訳にはいかない。


「休憩も十分取れた所だし、俺はそろそろ帰るよ」


 傑は涼しい笑みを止めないで日和から離れようとする。けれど、その背中姿には寂しそうに映っていた日和は、唐突に傑の腕に掴み出したのだ。


「日和。お前どうしたんだ…?」


 小柄な体躯でも油断してはならないほどの強い力が働く。

 そして日和は顔を上げながら不敵な笑みを浮かべてはこう告げた。


「いいや。傑は考えが甘いんだよ。休憩してるって事は調子が悪いんでしょ?」

「そんなことは、ないと思う」

「本当に?」


 嫌味の含めた鋭い言葉には正直自信が無かったりする。


 傑は無差別に相手の事に対して嫌悪を抱いている。特に、仮面を被った偽物の人格を表で生活している姿にはうんざりする。平等のない階級生活をのうのうと生きている学生達に正気はない。


 強い者の紐になる。それはまるで国家の犬のようで。


 見える景色に違和感を覚えようが様々な出来事が身に起きている以上、これから続くだろうと想定する。今の傑は自分らしくないのが決め手だった。


 明日になれば傑に対する印象が変わっていたら、それはそれで怖い。


 なんて想像してしまった傑は顔を真っ青にする。


「……あ、ああ! だからとりあえず家に帰って気持ちの整理整頓でも……」

「それじゃあ遅いね。というか何も変わらないと思うけど?」


 全くの通り、何も変わるものではない。

 傑はにとってそれは当たり前の生活だから、何かしらの特別なものじゃない。

 むしろ無意味な生活だ。


「あたしには傑が疲れて見えるんだよ。間違いなく、無理してる証拠よ」


 指を差されストレートに告げられる。

 確かに無理はしてる。病院に行って医者に見てもらわないといけないレベルの。


 散々だ。

 本来なら将との話は軽くあしらう程度だったのに、困っている人を助ける代償として知らない人を傷付けたり、由貴と逸の二人だけの時間に割り込んでしまった。


 誰にも関わらないよう静かに過ごしてきた。けれど昨日の超常現象によって全て塗り替えられた。平凡が遠退く危機感と自身の変化が何より怖くて。


 知らない内に傑は体に負担を掛けながら逃げていた。


「無理をしなくてもさ、人は生きていける。頑張らなくてもいいの。たまには買い食いとか楽しい事をしない? あたしが奢ってあげるからさ」


 無邪気に笑う日和の笑顔はとても輝いて眩しかった。


 昔から何も変わらない笑顔。悲しい時や辛い時でも、日和はいつも前向きで誰よりも心が強くて芯を曲げない。喧嘩も勝った試しもないほどの男勝りな部分に知る限り日和は最も男らしかった。


 本音が言える強さに、傑は密かに憧れていたのを思い出す。

 誰かを守れる優しい人に。


「ちゃんと三食取って力付けてる? 食べないと元気出ないから気を付けなよ」

「食べてるに決まってるだろ……」


 小さなオカンとなっている日和に傑は微笑して答える。


 大切な家族を失ってしまったが、傑には、分かり合える仲間がいる。同じ時間を過ごしてきた友達は違う道に進む。それでも友情の意味を教えてくれた人達の優しさは絶対に忘れたくない。


 そこに確かにあった暖かくて懐かしい思い出を。


「分かった。買い食いはするのは賛成だが、日和の金から出すものは断る」

「意地を張って、今更どうしたの?」

「そのお金は是非水上バイクに費やしてもらう。だから今回は俺が奢ってやるよ」

「あ、悪魔なの!? 全然嬉しくねぇ!」


 ニッコリと微笑む傑に反して頭を抱える日和は悶絶する。昔からのめんどくがりを克服させるためには利益を捨てても効率の方が先だ。


「きちんと乗り方教えてやるから。絶対無駄使いするな」

「うぅー……、嬉しいような嬉しくないような、全然分からん!」


 どっちがオカンなのかはもう忘れた。

 今は本来の調子を取り戻すために傑は楽しむ事に専念する。お金に関しては問題ないが、日和の財布の中身がとても寒かった。


「お前、よくそんなセリフが言えたよな……」

「うるさいな、とにかく心配してたんだよ!」


 顔を真っ赤にして恥ずかしそうにする日和だったがザクザクのシュークリームを美味しそうに食べていた。納得は行かないものの結果的に良かったのかもしれない。


 買い食いの知識が豊富の日和によって幾つかの美味しい店が見付けられた。だが当分は甘いのは要らないと傑は思いました。糖分だけに。


「日和、もういい。流石に夕食を残しそうになる」

「あ、そうなの? あたし的にはまだいけるんだけどなー」


 未知なる食力の暴走に傑は戦慄しながらも日和は至って物足りない様子だったが、素直に言うことを聞いてくれた。そう言えた時には街に街灯が照らされており、もう少しで世界は闇色に変わる。


 日が暮れる中で帰路の違う二人は立ち止まる。


「今日は奢って貰えて、楽しかったよ。いつの間にかあたしが楽しんでたけど」

「そんな細かい事はいいだろ。感謝するのは俺の方だから」


 日和に会っていなければそのまま独りで帰り一日を終えてた。明日を生き残るために起きて、牢獄のような生活を送る。その繰り返しを続いていく。


 味気のない寂しい記憶の一つを楽しくさせてくれたのは彼女のお陰だ。


「それじゃあ、また学校でな」

「おーう、傑。じゃあね」


 各々の目的地へ向かうために背を向ける。決して振り向くことはせず、止まることなく歩き続ける。多くは語らないのは明日も続くと願う。全員が会うことは皆無だけど少なからず惹かれるように集まれる。


 けれど傑は学校が大嫌いであることは変わらない。 


 鳥籠に閉じ込められた小鳥のように自由を奪われる。居心地は言葉では言えないほど酷い。見る限り多くの学生は仮面を被った偽者。仮面を着けた彼らは最後、化け物になるだろう。


「まだ、俺は恵まれている方なのか」


 彼らは本物の友情を知らない。

 傑はそんな彼らを生み出してしまう理不尽な世界の下で恨み続けていく。


 正直者が勝つ平凡の世界を手に入れるために、悪い人間を地獄へ落としてやる。

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