自由行動の時間です
木々が鬱蒼と繁る森の中を私は従者と共に歩いていた。時刻は深夜、辺りには虫達の鳴き声が響いたいた。わずかにある木々の間からは月光が注している。その隙間から空を見上げると、丸い月が宝石のように輝いていた。
私はその月(宝石)に手を伸ばす。勿論届くはずが無い。
「リーフ様、何を?」
私の奇行が気になったのか、半歩後ろを歩いていた、フィンが声をかけてくる。
「ふふ、月が綺麗だなって」
「確かに、大変美しいですね」
そして、私は一本の大木の前で足を止めた。
(懐かしい)
木を撫でながら、過去に想いを馳せる。この木は国防を担う大事な木。それとともに私にとっては別の意味でも大事な木だった。
「ねぇ、私はどうすればいいかな?」
「……リーフ様」
空を見上げる。木々は私を包み込み、逃がさない。そんな印象を受ける。
あぁ、ここは籠だ。翼を持つのに飛び立つ事が叶わない、どうかお願い。誰か私を連れ出して。
叶わぬ願いと知りながら、私は祈る。どのくらいそうしていただろうか、さきほどまで聞こえていた、虫達の声は聞こえなくなっております、時折、叫び声の様なものが聞こえる。フィンを見ると杖を構え油断無く辺りを見回している。
「何者かが争っている様です。ですが、ご安心を」
フィンが手をあげると、私の前に5人の兵士が現れる。おそらく隠れて私の護衛をしていたのだろう。フィンが指示を出していく。
「ディル、グレラは状況の確認を、二人が戻り次第対応を決めます」
指示を出された二人は隠密魔術を唱えると夜の森へと姿を消した。緊張感が場を支配する。数刻後、二人が戻ってくる。
「報告します。オーガ同士の戦闘が発生している模様。どうやら、逃亡者を追っている様です」
「逃亡者?特徴は?」
「家紋を見るにペンナトの者です。また、追っては正規兵では無くギルドの者と思われます」
ペンナト――の家の者とは昔よく遊んで貰った。フィンを見ると目をつむり考え込んでいる。
少しして目を開き、大木に目を向け、私を見て告げる。
「ここを離れ、城へと戻ります」
「ダメ!助けて上げて。国境を超えて逃げて来たのよ!きっと、リーフ達に助けて欲しいからよ!」
「……分かりました。それに――逃げるという選択肢は無くなりました。そこに隠れている者出てきなさい!」
フィンが杖を向ける。他の兵士達も一斉に構える。
「分かった分かった分かりましたよ!出るから、その物騒なの下ろしてくれ」
軽薄そうな声とともに両手を上げたオーガが出てきた。
「おや?おやおやおや、そちらさんはもしかしてリーフ姫様かい?」
「黙れ!国境を侵し何をしている?」
フィンが杖を向けたまま問いただす。
「…アンタ…はっ!嘘だろ、フィン・マクラディウスか!冗談じゃねぇ、アンタとの殺し合いはごめんだ。俺達は裏切り者を捕らえに来ただけだ、国境侵犯は確かに悪いがもう撤退するからよ見逃してくれよ。ここで戦闘になって姫様が傷物になるのはそっちも望まねーだろ?」
「裏切り者?」
「おい!お前らちょっとこい!」
オーガが後ろに叫ぶ。すると呑気そうに三人の鬼が出てきた。そのうちの一人は何かを引きずっていた。
「なんすか?分隊長ー?」
そして、状況を見て声を上げる。
「なんなんすか!?この状況!?」
「黙ってろ!そいつを見せろ!」
そして、引きずっていたものをこちらに見せてくる。
「カーレル!」
私は咄嗟に叫ぶ。見間違えるはずが無い。小さいときに何度も遊んでくれた優しいオーガ。
「…っ…リーフ姫様?」
良かった、ボロボロだけど生きている。
「フィン、助けて上げて!」
フィンは何も答えない。難しい顔でオーガ達を睨んでいる。
「姫様はそう言ってるがよ、こっちには戦う意思はない。見逃してくれよ」
そして、フィンが口を開いた。
「分かりまし―」
全てを言い切る前に、轟音が響き渡った。音の出所の方を見上げると、木々の隙間からは雷が迸っているのが確認できた。
「アレは上級魔術!?」
その場にいた全員が驚愕する。
「グァーヴァチの旦那どうしてあんな所で!?」
グァーヴァチ――その言葉を聞き兵士達が身を固くする。私でも知っている。大陸全土に名を轟かせる超級の戦士。性格は残虐で、全てを弱者と見下しいたぶったりするそうだ。そのオーガ(男)がこの国に来ている。
にらみ合いが続くなか、それを破ったのは突然の奇声だった。
ガサガサと木々を揺らしながら何かが上空より降ってきた。
「ぬおぉぉぉぉぉっ!」
軽薄そうなオーガが上を見ると同時に上から降ってきたソレと衝突した。二人が倒れ込む。降ってきたのはヒューマンの少年の様で、ムクリと立ち上がった。オーガの方は目を回して倒れている。よく見ると角が折れている。私はなになにやら分からなくて、立ち上がった少年を見つめるしか出来なかった。
「風よ舞え」
フィンがそう呟く。一陣の風が吹くと瞬く間に呆然と立っている三人のオーガを吹き飛ばしカーレルを救出した。
「呆ける暇はありませんよ!捕らえなさい!」
叱責され、慌てて兵士達が倒れているオーガを拘束魔術で捕らえる。
「カックとユネは急ぎ城に戻り援軍の要請を!また、グァーヴァチとの戦闘が予想されます。団長をお連れしなさい!」
「「はっ!」」
兵士達は強化魔術を唱えると城へと飛んでいった。
私はカーレルの元へと行き、意識は既に無く、呼吸も荒い。急いで回復魔術をかける。
「癒せ」
少しすると荒かった呼吸が落ち着いてくる、それを見て安堵する。そして、ボーと立っている少年を見る。服はボロボロで所々出血が見える。
「あの、大丈夫?」
少年は何も答えない。心配になり近づいてみると、何か呟いているのが分かった。
「……約束…したんだ…」
そう呟くと少年の体が傾き倒れ込む、咄嗟に抱き止め地面に寝かせる、ポロリと少年のズボンから何かが落ちた。
(何だろう?)
私はそれを拾う。それは手の平に収まる位の大きさの布の袋だった。表面にはニホンゴで何か書いていたが私はカンジが読めなので分からなかった。
(起きたら渡せばいいか)
それを自身の服の物入れへと治す。近くで見ると少年の怪我はかなりひどい、すぐに回復魔術をかける。それにしても、少年は見慣れぬ服を着ていた。
それに先程の言葉はこの国の、この世界の言語では無い。アレはニホンゴだ。持ち物や服装、喋った言葉をからするとこの人は―
「リーフ様、そのヒューマンは?」
「フィン、この人はスプラウール様だよ」
「なっ!?本当ですか!?」
「うん、こんな服見たこと無いし。この腕に着けてるのは多分ウデドケイ。それに、さっきニホンゴを喋ったよ」
「では、我が国で保護を」
「うん」
それから、少しして騎士団の兵士達が到着した。
そして、深紅のマントを纏った一人の男が私の前に立った。
「姫様の気分転換になるかと思って夜の散歩は許可してだけどよぉ、これからはダメそうですぜ」
この男こそ、我が国の騎士団の団長を務める男、カイゼル・スピリラールだ。
「……うん」
「さてと、カーレル卿はこんな時間に国境侵して何してんだ?意識が無いようだが……」
「回復魔術をかけたから大丈夫だと思うけど、早くちゃんとした治療をした方がいいわ」
「了解ですわ、お前ら急げよ!」
カイゼルは他の兵士達に檄を飛ばす。
「それで、そっちのヒューマンは?スプラウール様とかいう言葉が聞こえましたが?」
「そうだよ!この人はスプラウール様だよ!」
周囲の警戒に当たっていた、兵士達がにわかに沸き立つ。
「おいおい、本当なんですかい?そりゃ、一大事ですぜ」
「間違いないよ!」
カイゼルは手の空いてそうな兵士を呼ぶと命じた。
「城へと運べ、丁重にな。姫様もそのまま城へ、フィン護衛をしろ」
「はっ!了解しました!団長は?」
「俺は山狩りだ。連中、もう逃げただろうがな」
「気を付けてね」
「ははっ!誰に言ってるんですかい!」
カイゼルは豪快に笑って答えると私達に背を向け、残った兵士達に指示を出し始める。
私はチラリと少年が落ちてきた場所を見上げる。枝は折れ月光が差し込んでいる。まるで檻が壊れたように、これから何かが起こる、そんな予感を胸に私は帰路に着いた。
「……っう」
眩しさを感じ俺は目を開ける。起き上がろうとして激痛が走り俺は悶絶する。痛みに耐えながらも今の状況を整理する。
まず、俺は生きている。あの鬼と戦い生還した。
次にここはどこだ?俺は自身の体を見る上半身は裸で下半身は短パン一枚だった。所々に包帯がまいてあり誰かが俺を治療してくれたのは明白だった。薬のような匂いがツンと鼻をつく。周りを見ると、壁からベッドに至るまで白で統一されていた。どこか清潔感があるのを見ると恐らくは病院やそれに類するものだろう。と当たりをつける。
「どうなってるんだ?つーかここ何処だよ…?糞!」
よくわからない状況に悪態をついていると、ドアを開け誰かが入ってきた。
入ってきたのは、小柄な緑髪の少女だった。少女は笑顔で俺に近づいてくるとおもむろに俺の体を触りだす。俺はというと少女から目が離せなかった。少女の翡翠のような緑の瞳も美しかったからもあるが、一番は少女の背中だ、その背中には二枚の蝶の羽のようなものがついてたからである。
そして俺は気付く。少女の手が発光していることに。
(何で光ってるんだよ!?アレ?痛みが和らいでるぞ!まさか回復魔術!?)
更に俺を驚愕させる事態が起こる。
「ダイ、ジョーブ?」
……は?日本語?何で?俺は少女の両肩を掴み質問を浴びせる。
「何で喋れる!?ここはどこだ!?あんたは誰だ!?」
「イタイ…」
少女の目に怯えの色が見え、俺は冷静さを取り戻すと同時に急に体を動かしたので痛みが全身を走る。
少女はそんな俺にまた回復魔術をかけてくれた。
「その、さっきはごめん」
「ヘイキ」
少女は笑顔で答える。
(可愛すぎない?)
回復魔術をかけてくれていた少女が次は俺の頭に手を置く。残念ながら回復魔術じゃそこは治らないぜ!はっはっは…
次の瞬間、俺の頭に建物や道の映像が流れ込んできた。
(何だっ!コレ!?)
少女が手を離すとその映像は途切れた。
今のはまさか…この辺りの建物や道?ここがどこかを教えようとしてる?
俺は考える今の魔術は一方通行なのかを、俺にはどうしても伝えたいことがあった。それは腹が減りました…ええ、スゴく。
俺は自信の手を腹に当てる。少女は腹に回復魔術をかけようと手を伸ばしてくる。違う、そうじゃない。俺は今度は何かを口に入れて食べる仕草をする。そして止めに俺の腹がなった。
少女は声を出して笑いだす。めっちゃ恥ずかしい…
「マッテテ」
そう言うと部屋を出ていった。しばらくして少女が戻ってきた。
その手には食事を持っていた。キター!腹へって死にそうでした。
少女の他にもう一人男が部屋に入ってきた。
凄い髭だなそんな感想を初対面の人に抱かせる位の立派な髭を持っていた。
(これは間違いない髭男爵だ)
俺は勝手に命名した。
「カラダはダイジョウブですか?」
…!今度こそちゃんとした日本語だ!
「何で!?」
俺が質問しようとすると、手で遮り。
「まずはゴハンをハナシはそのあとに」
俺はお言葉に甘えて少女から食事を受け取る。そうして少女と髭男爵は部屋から退室した。
食事の内容はと言うと、パンのようなものとスープだった。俺は早速パンをほうばる。うん、うまい!
次はスープだ、これもうまい。夢中になってかきこんだ。
食事を終えると、部屋を歩き回る。気付いた点は家具等が全体的に小さい事。
先ほどの妖精の二人も小柄だったことから考えられるのは、種族として小柄なのだろう。
俺は窓辺に立って外を見た。やっぱりあの羽は飾りじゃなくて本物なんだ。
そう、遠くに妖精が飛んでるのが見えたのだ。記憶を辿り、師匠達の話を思い出す。恐らくここはフェアリーンの国だろうな。
そんなことをしていると部屋をノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
返事をすると髭男爵が立っていた。
「食事、ありがとうございました」
俺はお礼を伝えると。髭男爵は恐縮しながら答える。
「メッソウもない、このテイドではオレイにならない」
(…?オレイ?俺は何もしていないが…)
「これからジョウオウにあってくれ。ワタシもニホンゴがトクイではない、セツメイはジョウオウから」
「わかりました」
「ツイテきて」
俺は髭男爵についていった。宮殿?城?だろうか髭男爵の後を歩く。すれ違う人たちが何故か跪く。
(もしかして、この髭男爵めちゃくちゃ偉い人?というーか女王に会えって…俺、そんな礼儀作法とかしらないぞ…まぁ、なるようになれ)
そうこうしているうちに大きく立派な扉の前に着いた左右にいた。
髭男爵が手を翳すと、扉が開いた。その先の部屋はとても大きく、奥にある王座に女性が座っている。そして俺は女王の間へと脚を踏み入れた。
髭男爵が立ち止まり跪く、俺も其れに倣おうとすると、
「そのままで結構です、スプラウール様」
何だコレ?ドッキリか?状況がイミフすぎるぞ…それにスプラウールって何だ?
「初めまして、スプラウール様。私はこの国の女王。サナディア・イルミストーラです。お名前をお聞かせ願っても?」
流暢な日本語で話しかけられ困惑しながらも答える。
「えっと、俺――あっすいません、僕は永井舜司です」
微笑みながら女王が答える。めちゃくちゃ美人だ。髪の色や瞳の色もそうだが、顔の造りがさっきの少女と似ている。その少女は王座の横に立ちこちらを見ている。
「永井様、いつも通りの喋り方で構いません」
「ありがとうございます。あのいくつか質問があるんですけど?」
「当然でしょう、答えられる範囲で可能な限り答えさせていただきます」
「はい、じゃあ。最初にここはどこなんですか?」
「此処はシルジレリア大陸のフィエダムと言う国です。貴方様のいた日本ではありません」
「……!?日本を知っているんですか?何で日本語を話せるんです!?」
「過去にこの国にいらっしゃったのです。貴方様と同じ日本からいらした方が。我々はそういった方をスプラウール様と呼んでおります。先に来られたスプラウール様はこの国に多くの繁栄を齎して下さいました。私はその時に日本語を教えていただいたので、こうして喋ることが出来ます。」
なるほどな、そういうことか。俺は次の質問をする。
「では、その人は今どこに?」
女王の顔が歪む。その表情は知っている、つい最近見た。
「残念ながら数年前に病で……」
会うことかなわずか……だが、いい情報を得たぞ。いくら身体能力や治癒力が上がっていても致命的な病気になるということだ。
「そうですか……あの日本に帰る方法とかは分かりますか?」
「伝説――今では御伽噺として語り継がれていますが、そういった話はございます。ただし、それを確認した者をわたしは知りません」
「あの、その伝説について教えてください」
「永井様のようにこちらの世界に迷い込んだ4人の若者が世界を救済し元の世界に帰るというものです」
(師匠達のことだろうか?)
「その若者達の名前分かりますか?」
「諸説ありますが、私が知るのはササクィ、アイナ、ロジョル、の4人ですね」
(う~ん、微妙だな。ササクィはササキっぽいけどな)
「成程、ありがとうございます。オーガについて聞きたいんですけど。オーガは誰でも襲うんですか?」
「そんな事はありません。やはりオーガに襲われたのですね?」
「えっ?はい、そうですけど……どうして分かったんですか?」
質問すると、女王が隣に立つ、俺を治療してくれた緑髪の少女に何かを話しかける。
「私の孫娘を貴方様が助けてくださったのです」
「孫って一体あんた何歳なんだ!?」
(あっ!やべっ声に出た)
「200歳ですわ」
すげーな……というか俺助けた記憶なんかないんですけど……
そして、少女が話し出す。
「ワタシハ、リーフ・イルミストーラ デス。タスケテクレテアリガトウ」
少し頬を染めながらそう言われた、うん、かわいい。
日本語の挨拶に続き現地語で少女が話を続けるが、俺には分からず女王が通訳してくれた。
「この子の悪い癖なのですが、夜に散歩に行くのです。私は辞めなさいと何度も言っているのですが……そんな時にオーガに出会ってしまい襲われた所を空から降りてきたあなた様に救われたそうです」
あ~読めたぞ……つまりは俺があの傷鬼に吹っ飛ばされた先にたまたまリーフとオーガがいて、俺かもしくは待っていた剣が当たったのだろう。良くあの高さから落ちて生きてたな俺……
俺はこちらに来た経緯から全てを説明した。もちろん、崖から落ちただけだで助けたのは偶然だとも。
「なるほど、そういった経緯があったのですね。他のスプラウール様に関してはこちらでも捜索致しましょう。また、どんな真相であれ、永井様がリーフを助けたのは事実です。お気の済むまでこの国にご滞在ください。それにしても、スプラウール様にまで害をなすとは……永井様、お一つお伺いいたします。戦われたオーガの特徴などはわかりますか?」
「顔に、右目の所に大きな傷があるオーガでした」
「グァーヴァチ……永井様、今は少し混乱していると思いますので少しお休みください。また、改めてオーガや他のスプラウール様の事を話し合いましょう」
「そうですね……俺も少し疲れました」
そう言うと女王は髭男爵に目配せをする。髭男爵が俺の元に歩み寄る、その手には一冊の本が握られておりそれを差し出してきた。俺は受け取り、もう何度目か分からない驚愕をする。その本の表紙にはこう書かれていた。
〔コレを読む者が日本人である事を切に願う〕
「コレは…」
「先のスプラウール様であるツチヤ ミライ様が遺された物です。きっと貴方様のお役に立つと思います。お暇な時にでもお目を通されてください。では今回はこれにてまた、後日お時間を設けます」